第三十話 佐々木楓と対牡牛座作戦会議

「…………さて。それじゃあ早速解析結果を述べていこうか」


 別室でアイテム屋が眷属を調べている中、四人は地べたに座りだらだらと雑談をしていた。

 時折建物が揺れる事に最初こそ恐怖を抱いていたが、一向に変化が起こる様子もなくやがてそれも麻痺していってしまったらしい。

 体感時間にしておよそ一時間程度だろうか、白衣に血をべっとりとつけたアイテム屋が戻ってきた。普段はかけていない眼鏡のせいかどこか知的に見えるが――――恐らくそんな事を言えば、普段から知的であるという結論の御高説を預かるのは目に見えていた。


「おー、流石に早いねー。性格以外は完璧かー?」


「そっくりそのままその言葉を返させていただくよ。一仕事終えた私に労いの言葉の一つぐらいはあってもいいと思うんだけれど、どうやらそれも高望みだったらしい。サラ君、君だけ家賃を倍請求するからね」


「うそうそ、じょーだんだよじょーだん。それで、結果は?」


 実際のところ本気で言っているのだろうが、そう言わないと話が進まないと判断したらしいサラは適当に流し始めた。これ以上茶番を続けても仕方がないとアイテム屋は椅子に座り、部屋の中央に白い魔法陣を展開する。

 魔法陣は輝きとともに、宙空に半透明の立体映像を映し出した。短髪の精悍な顔立ち、豪奢な鎧と大きな外套を身にまとった男性の姿である。


「御察しの通り、今攻め込んで来ているのは『牡牛座の魔法使い』だ。名をアルデバラン、見てわかるけどこんな時代に鎧を着ている辺り相当な変人だと予測される――――それに見てみ、この表情。私は最強ですみたいな面が腹立つよね、どうでもいいけど。魔法使いなんて皆大体そんな感じだし」


「アイテム屋さん、脱線しまくっとるよ」


「おっと失礼。牡牛座の魔法の特徴は『搾取』だ。奪い取り、自らの糧とするのがこいつの得意技ってことさ。質が悪いったらありゃしないね。そしてその効果は既に君達にも及んでいる」


 立体映像が切り替わり、簡略化された旧牡羊座領域の全体図が出現する。


「知っての通り、今此の領域には二重の結界が張られている。一枚目は魔法使いが自分の領域に使用する『領域結界』。まあ魔法使いなんて基本的に自分勝手で我儘、他なんて信用ならんって奴ばっかだから他の魔法使いが入ってこれないようにするってわけだ。そしてもう一枚、その内側に結界が張られているのは」


「壊そうとしたけど、駄目だった」


「そうか。初手で破壊を試みたのは悪くなかった。だがそこで壊せなかったのは痛手だったね。この結界は結界内にある力を根刮ぎ搾り取り、それを新たな眷属の生成と結界の強化に注ぎ込む性質を持つ。この力っていうのは主に体力や魔力だね。君達が少しの活動で疲弊したのもそれが原因だろう」


 牡牛座の魔法使いは、最初の爆撃といい一々大規模な手段を取るのが好きらしい。だがそれだけの魔法を扱える実力を有しているということでもあり、実質たった二人で攻略した牡羊座とは違い三つの勢力の魔法少女と楓達がいて、なお攻略は一向に進んでいない。


「多分君達以外にも街へ出て調査なり眷属狩りを行った魔法少女がいるんだろうが、その手ははっきり言って悪手だ。なにせ君達が結界内で活動すればするほど、眷属は増え結界は強化されていく。特に後者は厄介だ。最悪と言ってもいい。搾取の速度が上昇するのは勿論、障壁の強度も上がっていく。無闇矢鱈に暴れた所で状況は悪化する一方で、ある程度の算段をつけた上で戦いに挑まなければ牡牛座の肥やしになるだけだろうね」


 話を聞く限りでは牡牛座は相当の強敵らしい。いや、聞けば牡羊座はかなりの穏健派だったと聞く。正確に言えばやる気がなかったということらしいが、魔法少女を倒すのにそこまで躍起でもなかったという。

 それを考えれば、こんな状況が普通なのかも知れない。だとすれば一人で魔法使いを攻略したというあの魔法少女の実力が、どれほど驚異的だったのかも理解出来る。


「あの、壊す以外に結界を解除する方法は……?」


「あるよ。こっちも単純だ。術者本人、つまりはアルデバランを倒せばいい。簡単だろう、たった一人殺しただけでこの絶望的な状況を打開出来るなんて――――あはは、そう睨まないでくれよ、サラ君。全く良く出来たモノだと感心するね、結界を解除するためにはアルデバランを倒さねばならず、アルデバランを倒そうとすれば結界が妨害してくる」


 堂々巡りだとアイテム屋は笑ったが、楓達はとてもではないが笑える状況ではなかった。

 高度な魔法戦において物量は大きな問題にならないが、物量が通用する領域にまで引き摺り下ろす事によって圧倒的物量で敵を押し潰す。しかも長引けば長引くほど敵の量は増えていき、こちらの消耗速度は上がっていくのだ。


「さて私からはこんなものだけれど、なにかいい案は出そうかな?」


 出る訳がなかった。現状わかることと言えば、このままでは手に負えないまま抵抗も出来ず負ける可能性があるということぐらいだろう。


「そういえば守護眷属は見つかったん?」


 牡羊座との戦いでは、守護眷属を探すのにまず時間がかかった。これで牡羊座のときのように気紛れに現れたり現れなかったりなんて神出鬼没な扱いをされたとしたら――――想像もしたくない。


「ああ、いたいた。中央部にアホほどデカイ奴がねー」


「甲冑を着た……えーと、アレなんていうやつでしたっけ」


「ケンタウロス。保有魔力の巨大さから考えてアレ以外はありえない――――問題はビルよりも大きいこと」


 守護眷属自体は隠していないようだが、隠す必要がないから隠していないだけらしい。守護眷属を倒せれば魔法使いがいる最深部へ至ることも出来るが、三人の口振りから察するにそれだけでも簡単な道程ではないようだ。


「あ、そうや。まなちゃんの転移魔法テレポートで最深部まで飛ぶっていうのは?」


 名案とばかりに思いつきを口にする楓。移動に特化したこの魔法であれば、一気に最深部にまで飛ぶ事が出来るのではないか。しかし誰もその提案に対し、誰もいい顔はしていなかった。


「楓センパイは魔法使わないから多分わからないんだけど、今外で魔法使うのすっごい大変なんだよねー」


「結界の効果で魔力の結合が崩れていく……発動出来なくはないけど、時間も魔力もいつもより要求される状態。飛んでる最中に恐らく術式が壊れて、下手をすれば戻ってこれなくなると思う」


「座標も分かりませんしね……お役に立てなくてごめんなさい」


「いや、うちこそごめん。皆だったら最初に考えるよね」


 魔法使いとの戦闘もそうだが、なにより懸念すべきは他勢力の妨害だろう。妨害があった場合、まず間違いなくその時点で魔法使いに到達する余裕は消える。

 そして牡羊座戦の時のように、前もって排除しておくのもこんな状況では不可能だ。潰すこと自体は不可能ではないだろうが、その間にどれだけの餌を牡牛座に供給してしまうかを考えれば、その策が完全な悪手であることは疑う余地もない。


「…………ちょっとなんも思いつかんな」


 そう言い切る楓に、三人も黙り込んでしまった。戦力さえ揃っていれば戦えるのかも知れないが、いまさら新しい魔法少女が現れるとも思えない。かくなる上はと、この場にいる魔法少女の中で最も多くの情報を持ちうるであろうアイテム屋に視線を送った。

 アイテム屋は顎に指を当て僅かな時間思索に耽る。基本どのような質問でも回答を用意しているアイテム屋には珍しい仕草だった。


「……優しくて美人で思慮深い最高の魔法使いの牡羊座と違って、牡牛座は苛烈でどんな相手だろうと全戦力で潰しにかかってくる。他の魔法使いと比べても余計な搦手を使ってこない分純粋に高い戦力を保有し、正面突破以外に攻略法がないくせに正面突破が思考放棄したくなる程に難しい。余計な策を弄した所で結局守護眷属を破って最深部に向かい、牡牛座を倒すのが最も簡単な攻略法だろうね」


 正面から倒せ。アイテム屋はそう言い切った。それが難しいからこその質問だったが、詰まるところアイテム屋もそれ以外の答えを持ち合わせていないらしい。

 短期決戦で片を付けなければいけず、その上小細工を用いる余裕もない。街に蔓延る眷属を減らすのも難しく、いずれ手に負えなくなるのも時間の問題だろう。


「アイテム屋ー、この結界いつまで持つー?」


 継続的に攻撃を受けている上に、アイテム屋の張った結界も所詮は牡牛座の結界内にあるもの。どれだけ硬かろうが徐々に結合を崩され、いつか遠くないうちに破られてしまう。


「そうだね……三日。希望的観測を完全に排除して、常に想定し得る最悪が続いた場合は三日が限度だろうね。まあ君達は運がいい、三日も猶予があるんだから。今頃武蒼衆以外の陣地の結界はもう破られているだろうから」


 〝武蒼衆〟遠藤梓葉は防御に特化した魔法少女だ。結界も当然得手とし、牡牛座の制圧に対しても未だ

抵抗する余裕が残されている。


「梓葉君の防御系魔法は優秀だからね、辛うじて武蒼衆はまだ大丈夫だと思うよ。前に見た分だと――――こっちは希望的観測を交えた上で、三日かな。幸いにしてシエラ君が攻撃を仕掛けたことで、敵はこちらを優先的に排除したがっている。攻撃の比重がこちらに向いている間は、あっちも延命出来るだろうね」


「一応聞いとくけど、結界を壊されたらどうなるん?」


「君が想像している通りだよ。君達を搾取から守る外壁は失われ、奪われ続け、現実へ逃げることも出来ず、その果てに君達は敗北するだろう」


 どちらにせよ長期間放っておけば、眷属の量だけでも対抗出来なくなる。分かりやすいタイムリミットがついたと考えるべきなのだろうが、結局得られたのは牡牛座に対する絶望感だけで――――


「じゃ、三日後に攻め込もうか」


 思考を切り捨てた訳ではなく、考えた末に出した結論だった。そしてそれに他の三人も異論はないらしい。

 どう足掻こうが三日後までに攻め込まなければ、彼女達は敗北する――――何もせずに負けるぐらいならば、全力で抵抗しようというのが彼女達だった。


「勝算はいらないのかい?」


「勝算がなくても、どうせ結界壊れたらあたし達はお終いだしねー」


 それに負けに行くわけではない。少なくともまなを除く三人は、極端な負けず嫌いなのだ。そして自分達の実力に一定以上の信頼を持っており、同様に並び立つ仲間の実力も信用している。

 状況は絶望的、なにもかもが劣っていて勝てる見込みがない。だがそれは彼女達にとって、戦わない理由にはならなかった。


「じゃあそれまでは身体を休めて、なにかいい案思いついたら連絡しよ」


「……楓センパイ、今度こそちゃんと休んでねー?」


 じとっとした目で見てくるサラに、楓はさっと視線を逸らした。既に休むために取った時間を全て修行に費やした前科がある以上、余計な反論は自分を追い込む結果しか産まない。


「……はーい、分かってまーす」


「見張ってるから、大丈夫」


 前はサラが深界に赴いていたため監視は不可能だったが、今は一つ屋根の下で暮らすシエラがいる。自信満々に胸を張って楓を見張ると宣言したシエラに、それならまあ大丈夫かとサラも頷いた。


「そーかい、んじゃ任せるわー。それで柳生ちゃん、あたしは参加を強制はしないから――――三日間でよく考えて来るんだねー」


 脅しでもなんでもない。楓は戦いの中で急激に成長したが、あれは強くなるための要素が揃っていたからこそ発生した必然だ。だがまなは経験を積む間もなく、前回よりも遥かに厳しい状況に放り込まれようとしている。

 叶えたい願いがあるならば、ここで無理をすべきではない――――自分達が牡牛座を獲り、その後に現れるであろう魔法使いを倒し願いを叶えるという手もある。


「……はい、分かりました」

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