第二十九話 佐々木楓と待ちぼうけ

「戦闘中に起きた意識の共有か、中々に面白い経験をしたらしいね」


 翌日、アイテム屋の拠点にて。楓を除く三人は敵の情報を探るべく眷属の蠢く街へと繰り出し、楓はそれをアイテム屋と共に待っていた。

 床に座ってマグカップに注がれた温かなココアを一口すする。昨日以来身体から怠さが拭えず、念の為ということも考えサラにここで待っているよう言い付けられてしまったのだ。毒の効力自体はシエラの治癒魔法ヒールで大分抑えられたが、サラは心配性が過ぎるところがある。

 とはいえ待っている間やることがあるわけでもなく、こうしてアイテム屋との会話に勤しんでいた。内容は昨日の梓葉との対決の最中に発生した奇妙な感覚――――気の所為で済ませるには、あまりに実感が伴いすぎていた意識の共有とも言うべき現象。


「そうそう、なんか戦ってる内にぶわーって」


 椅子に腰掛け、優雅にコーヒーの香りを楽しむアイテム屋。扱い悪いなあとは思うものの、以前の修行で慣れてしまったらしい楓は特に文句も言わなかった。

 アイテム屋は唇を濡らすようにコーヒーを僅かに含むと、デスクの上にカップを置く。ティータイムも悪くはないが、楓の話に興味が湧いたらしい。


「『潜在感応メルトリンク』。原理としては念話リンクと一緒かな。あれも思考の一部分を対象と繋げる魔法だからね。潜在感応は念話より接続部分が拡がった魔法、より多くの情報が本人の意志とは無関係に対象に共有される魔法さ――――まあ自発的に発動するのは基本無理な上に、発動条件もそうそう整うものじゃあないんだけどね」


「へぇ、じゃあ本当にレアな経験やったんやなー。それで発動条件って?」


「感情が昂り、なおかつ相手を強く想った状態で対象に触れる。実際の例が少ないから他にも条件があるかもしれないけれど、基本はこれで念話が自動的に強化されて発動する。ここは迷いがあるだけで存在が揺らぐ世界だ、意識の共有なんて事象が起きても不思議はない――――それで、感想は?」


「え、まあやっぱ梓葉ちゃんも悪い子じゃないなーって」


 楓の答えにあからさまに落胆の表情を見せるアイテム屋。それからため息をついて、どこか下卑た笑みを浮かべた。


「そうじゃあないよ。意識の共有、肉体の混じり合いよりも余程官能的だとは思わないかい?」


「……いや、そういうのはいいですから」


 ココアを飲んで答えをはぐらかす楓。そういう話題ははっきり言えば好みじゃないようだった。似非関西弁が抜けているあたり好みじゃないと言うよりかは弱いといったほうが正しいだろうか。

 これ以上突っ込むのもあまり良くないと判断したのか、アイテム屋は悪かったねと悪びれもせずに謝った。感情は一切込められていなかったが、このままこの話題を続けるよりかはまだいいと判断したらしく楓も追求するつもりはないようだ。

 そして話題を切り替えるためか、偶々思い出したのか。楓はそういえばと口を開く。


「すっごい初歩的な質問だねって嘲笑されるの分かってて聞くんやけど、魔法少女って魔法少女になった時点で願いごと叶えられないの?」


 楓の予想通り、アイテム屋はあからさまに楓を嘲笑うかのような目を向けた。まあ予想より数倍酷い感じだったけど、どこまでいこうが想定の範囲内だ。


「それはないね。だってそんなことしたら、願いを叶えるだけ叶えて戦ってくれない可能性もある。勿論そこは契約者を選ぶ使い魔のスカウト能力にも依るんだろうが――――いきなりそんな初歩的な質問をするだなんて、梓葉君に殴られて記憶でも飛んだのかな?」


「いや、その……」


 梓葉が原因なのは間違いない。楓は梓葉の記憶の一部を、その意志がないとはいえ見てしまった。助けたくとも助けられなかった過去、だがそれは魔法少女の特典である願いごとさえあればどうとでも出来たはずで――――それが出来なかったのはなぜか、昨日から引っ掛かっていたのだ。


「うち、魔法少女になった時に一つ願いを叶えてもらったんやけど」


「……なんだ、そんなことか。随分と今更だね。簡単な話だよ、君の使い魔は以前の契約者と共に魔法使いを倒し、そしてその魔法少女は願いごとを使わなかった。そしてそれは次の契約者である君に引き継がれ、記憶のないアルド君は契約時点で願いを一つ叶えることが出来ると勘違いした――――掻い摘めばそういうことだよ」


「……やっぱり」


 疑問は確信へと変わる。佐々木楓はその願いを使い、強くなる事を願った。楓が今持つ力の全ては、〝あの人〟から授けられたもの。ならば弱い訳がなかった。

 楓が一つの答えを得たところで、アイテム屋は一つの疑問を抱えていた。それは今気が付いた訳ではなく、昨日からずっと気になっていた事であり――――


「そういえば君、〝それ〟はどうしたんだい?」


 アイテム屋の言うそれがなんなのか分からず、楓は首を傾げた。それからアイテム屋の視線が昨日ヤヨイの一撃で作られた傷に向けられていると気付き、苦笑いを返す。


「ちょっと昨日やられちゃって……ええと、ストームの子やったかな?」


「なるほどね。彼女達は本当に手段を選ばないから納得したよ。それでその傷から毒を体内に仕込まれたことはもうご存知かな?」


「ああ、はい。昨日サラが自分でやられた時に気付いたみたいで……あの子は刺された瞬間自分にナイフ刺して血ごと毒抜いてたみたいやけど。あのときはびっくりしたなぁ」


 潜行ダイブならダメージのフィードバックがないから自傷行為も躊躇いなく出来るかもしれないが、毒が入ったからといって容赦なく自分を刺せるサラの判断能力と度胸は恐れ入るものがある。

 楓の場合、毒を入れられた事にすら気付かなかったのだ。周りを見る視界の広さと些細な肉体の変化に気付ける鋭敏さ、どれも楓にはないものだった。


「……いや、大したものだね。毒だと瞬時に気付いたのもそうだが、その毒そのものもだ」


 珍しく笑みを消し、訝しむような目で楓を見る。なんだろう、楓には心当たりがなかった。

 毒を入れられたのは事実だが、昨日シエラがかけてくれた治癒魔法で症状はかなり落ち着いた。あと数回治癒魔法を使用すれば、恐らくその頃には毒も消えているだろうと判断したのだが――――


「とんでもないね、君。知らなかったのかい、〝STORM RIDERS〟はこの私を以てしても〝意地が悪い〟。〝武蒼衆〟、そして〝Luminous Ars〟。古くよりこの領域に居座る古参勢力に対し、比較的新興勢力である彼女達が対等に渡り合えた理由はただ一つ、〝容赦がない〟の一言に尽きる。武蒼衆の梓葉君は基本卑劣な手は使わないし、ルミナスの悠理君もプライドが高いからそういった手は好まない。でもアスカ君は違うよ、あの子とストームの参謀はね」


 確かに基本戦法が奇襲と一撃離脱、正面から戦うことを想定せずに毒まで用いて相手を仕留める事に拘る姿勢は、他の二勢力にはないものだろう。戦うのではなく、あくまで殺す事を前提に戦力を整えているのである。

 そしてアイテム屋の言葉から、楓は毒の効果やその治療方法に対する考えの甘さを指摘されていると気付く。


「えと、それじゃあうちの毒って……」


「うん、悪化してるよ。その毒はね、多分治癒系の魔法に反応して一時的に症状が収まったように見せかけるように調合されているんだ。でもその間にも全身を蝕んでいく。そして気が付いた時にはもう手遅れ、いつの間にか動けなくなっていずれは心機能も麻痺するだろう。超遅効性の対魔法神経毒といったところかな」


 ならば今の状態は相手の思惑にまんまと騙された状態であって、症状は落ち着いているが毒自体は今も身体を蝕み続けているということだ。確かに身体の怠さはまだ消えていないが、動こうと思えば十分に動けるつもりでいた。

 サラは心配性だと思っていたが、決して杞憂ではなかったらしい。しかし楓には治療の手段がなく、傷を治す手段は身近にあっても解毒を得意とした魔法少女はいない。


「あはは、君のそんな目をまた見れるとはね。縋られるのは悪い気分じゃないよ」


 眼の前にいる偏屈な商売人を除いて。


「失礼、ちょっとちくっとするけど我慢してね」


 アイテム屋は立ち上がると、何処からか取り出した注射器を手に楓の右腕を持ち上げた。そのまま採血し、再び椅子に腰を下ろす。


「一応言っておくけど、タダじゃあないからね? 間借りの家賃はかなり譲歩させられたけど、こっちはちょっと手間も掛かりそうだ。はぁーなるほど、これは面倒だな……あの子の嫌がらせのスキルは、私も見習うべきところがあるかもしれない。解毒薬を作るのに、そうだな……三週間は貰う。大丈夫、症状の進行を遅らせる事は可能だから、君が死ぬまでには絶対に間に合わせるよ」


 自分が想像していたよりもずっと恐ろしい事態に陥っていたらしく、楓の顔も若干青くなっていた。戦闘における死の恐怖は乗り越えられても、毒でじわじわと死に近づいていくだなんて言われれば流石の彼女も怯えるらしい。

 とはいえ一週間前後でシエラと正面から殴りあえるようにしてくれたアイテム屋である。胡散臭さは未だに拭えていなかったが、その言葉に対する信頼は厚かった。


「お願いします……その、サラとシエラには心配かけたくないから」


「言ったほうがいいと思うけどね。君がそう言うなら私からは口を閉じておこう。といってもシエラ君はともかくとして、サラ君の目を誤魔化せるかはかなり怪しいところだけどね。私もサラ君と仲良くしたいところだけど、さっき偵察に行くときもエゲツない目で睨まれてしまったからなぁ」


「アレは怖かったなぁ……怒ってるところ見たことないけど、怒らせたらあかんタイプやわ」


 普段怒らない人間が怒ることほど怖いこともない。敵の大軍を前にしても飄々とした態度を崩さない彼女だからこそ、それが崩れた時というのはどうしようもなく追い詰められているということにほかならないからだ。

 それにしてもサラのアイテム屋に対する疑念の強さは、楓から見ても少し異常だと感じた。


「さて、そろそろ帰ってくる頃かな。取り繕う準備は大丈夫かい?」


「ん、余裕余裕。それじゃ改めてお願いします」


 アイテム屋の言葉から僅か数秒後、拠点の扉が開き三人が戻ってきた。監視カメラかなにかを仕掛けているのだろうか、予想というより完全な予知にしか思えないが。

 かなり疲弊した様子の三人は、一番低級だと思われる瀕死状態に陥った四足型の雄牛の眷属を引き摺ってきた。


「…………重い」


「ただいま戻りましたっ」


「ってわけでアイテム屋ー、こいつ解剖してほしいんだけどー」


 血塗れの黒い雄牛を見て、アイテム屋は顔をひきつらせた。解剖自体はやぶさかではないのだが。


「引き受けてもいいけれど、勿論代価は徴収するし――――そこ、ちゃんと綺麗に掃除してもらえると嬉しいね」

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