第二十八話 遠藤梓葉と全力エスケープ

 神々しささえ感じる死の光玉。シエラ、悠理を遥かに上回る大規模な攻撃魔法を瞬く間に展開出来る存在など、魔法使い以外にありえない。

 侵攻を防ぐ領域結界を展開していた牡羊座が落ちた以上、他の領域から新たなる魔法使いが攻め込んでくるのは時間の問題だったが、彼女達にとっては最悪のタイミングと言ってよかった。

 領域下にいる殆ど魔法少女が出張っての内戦、全員が魔法使いなど意識の埒外へ置いてしまっていた。

 光は炸裂し、領域全体に破壊を齎す――――威力、効果範囲、直撃すれば人など容易に消し飛ぶだろう。


「下劣な光ね、趣味を疑うわ」


「成金趣味……ハマル様もだったけれど」


 だがそうはならなかった。魔法少女の中でも破格の魔力量を保有し、既に攻撃準備を整えていた悠理。そして同様に全方位砲撃によって敵全員の動きを止めようと魔力を充填していたシエラ。二人はその砲撃魔法バスターの矛先を迷うことなく空に出現した光へと変え、炸裂するよりも早く砲撃を放っていた。

 だが彼女達の砲撃を以てしても、輝きが失せることはなかった。相殺しきれずに衝撃の波が領域全体へと広がっていく。

 だが迎撃態勢をしていたのは二人だけではない。武蒼衆頭領遠藤梓葉、最強の防御魔法シールドの使い手である彼女もまた、悠理の砲撃を受け止めるべく魔力を集中させており――――


「――――――――ッ!!」


 誰も見たことないほどに巨大な防御魔法が、広場全域を守るように空へ向けて展開される。

 殆ど全ての魔力を費やした巨大な防御、しかし防御魔法は範囲が大きければ大きいほど魔力が拡散し硬度も落ちてしまう。恐らく一人を守るだけの防御範囲であれば、この爆撃の中でも無傷でいられたのだろうが。


「全員防御魔法張れ――――早くッ!!」


 防御魔法は所謂汎用魔法に分類される魔法であり、楓や悠理といった完全な一点特化型の魔法少女でもない限り、大半の魔法少女は最低限の防御魔法を保有している。

 梓葉は攻撃を受け止めた瞬間に防ぎ切るのは不可能だと判断し、せめて全員が防御の準備を終えるまでの時間稼ぎだけでもと目的を切り替えた。

 だが既に防御魔法を展開し、防御に集中している以上他に手を回す余地のない梓葉がどうなるかは目に見えている。それでも全員がやられるよりはマシだと、梓葉は歯を食いしばった。


 そして梓葉の防御魔法が砕かれ、破滅の輝きが魔法少女達へ殺到する。

 逃げ場はなかった。息を呑む間もなく、熱と衝撃が梓葉の身体を打ち付ける。


「姐御ぉ!!」


 刹那とあいは梓葉を守ろうと動いていたが、彼女の下へ駆けつけるにはあまりに時間が短すぎた。

 咄嗟に張った防御で直撃こそ避けたものの、威力を殺し切れずに吹き飛ばされる。無意識的に受け身を取り勢いよく立ち上がると、視線の先には全身を焦がしながらも依然として立ち続ける梓葉の姿があった。


「撤退するぞ……一旦態勢を立てなお――――」


 梓葉の指示が飛ぶよりも早くさらなる魔法が展開された。梓葉は目を見開き、久我は舌打ちする。

 逃げられない。現実へ浮上出来なかった。|潜行魔法が解除出来ない、つまり――――


「二重結界……なんつうバカ魔力、これはちょっとまずいねー」


 魔法使いがその領域を支配下におくための魔法、領域結界。そして襲撃者はその内側にもう一枚、空間全域を包み込むほどの広大な結界を張っていた。

 結界の効果は様々だが、その主な使用方法は外敵の侵攻を防ぐこと、そして内部からの逃走を封じるために用いられる。結界の中にいる限り、魔法少女達は現実へ戻ることも出来ない。

 迷わずシエラは一番近くの障壁へ向け砲撃を撃ち込むが、傷一つつくことはなかった。魔法使いを後天的に生み出す実験により、魔法少女を上回る能力を手に入れたシエラですら、本物の魔法使いに太刀打ちすることは叶わず――――まだ終わりじゃないと、地面から湧き上がる黒い魔力がそう告げていた


「……よし、拠点の結界はまだ生きてる。そこまで下がりゃなんとか――――ヤヨイ、アキ、アーミーズ、全力でそこまで下がるぞ」


 次の手を打たれる前に先手を打つ。久我はレール上の対象を加速させる魔法疾走経路アクセルレールを真っ直ぐに自分達のアジトにまで引くと、一気に撤退を開始した。


「わたくし達も引きますわよ――――リリ!!」


「はぁーいっ」


 ルミナス所属の召喚士、リリ・サージェンスは悠理の呼びかけに答えるように、彼女の元に召喚魔法を展開する。獅子の身体、鷲の頭と翼を持つ幻獣――――グリフィンである。

 悠理はグリフィンの背に乗り込み、三人の侍女も近くにいたマンティコアに乗り逃走する。

 二勢力が撤退を終える頃には、地面から這い出してきた魔力が黒い牛を形成し始めていた。。視界の端から端まで黒の群れで塗り潰されていき、気が付いた頃には見渡す限り眷属で埋め尽くされ。


「チッ、私達も撤退するぞ……」


「応さ。あい、アタシが姐御背負ってくから道の確保は頼んでいーね?」


「うん。準備はもう出来てるから、いつでも」


「よし。和ぃ、榎背負ったげな。それじゃ、アタシらもこれでー★」


 ひょいっと刹那は梓葉を担ぎ上げると、あいは自分達の拠点の方向に在る障害物へ向けて銃を向けた。

 この数に対して拳銃一挺ではあまりに心許ないが、問題はない――――魔法少女なのだから、全て魔法で解決する。


「『二十一の犠牲ABSOLUTE XXI』――――連射でいいかな、リン」


 音声認識による魔法発動、使い魔に声をかけあいは銃口の辺りに魔法陣を展開する。

 放たれた一発の弾丸は二十一に増え、その全てが別々の眷属の脳天を貫通した。弾丸を複製し、一発で弾幕を生み出す魔法――――それがあいの魔法、『二十一の犠牲ABSOLUTE XXI』。

 次々に眷属を倒し、武蒼衆も撤退しようとした時、担がれた梓葉が楓に視線を向けた。


「――――おい」


 タフネスが持ち味の梓葉ですら、魔法使いの魔法は堪えたらしい。だが弱々しい声音は、真っ直ぐに楓の耳元まで響き渡った。

 ふらつきながら眷属を殴り倒した楓は、視線だけを梓葉へ移す。


「落ち着いたら、続きだ」


「いいね、楽しみにしとるよ」


 小さく手を振って梓葉を見送ると、改めて眼前に広がる状況を整理した。

 逃走不可能。結界は破れない。笑いたくなるような量の敵。ついでに身体はボロボロで、死ぬほどだるい。


「ってわけで取り残されたわけなんだけど、地味に今までで一番きつい状況だよこれー」


 ふざけた調子で言っているが、その間にもサラは敵の上を跳ね回りながら次々と眷属を殺し回っていた。それでも全く減っているように見えないという事実が、絶望をより確かなものにする。


「サラ、拠点があれば撤退出来るん?」


「まあねー。あいつら、予め陣地にそれ用の結界張ってたからなー。その中なら多分現実に浮上出来るんだけどさー」


「……消費魔力が跳ね上がってる」


「な、なんか疲れやすくなってません?」


「だねー、多分結界の効果だと思うけどー……」


 戦い続けるという選択はない。楓が万全であっても恐らくは撤退を選んだだろう、戦況的に勝ち目が薄すぎる。牡羊座戦など目じゃない、完全に本気で魔法少女を潰しにかかっている――――当然といえば当然なのだが。


「うちらもさっさと撤退したいけど……」


「残念、拠点は作っていないのでしたー。一応場所は幾つか目星ぐらいはつけてたんだけどねー、ちょっと遅かった。ホントごめんねー」


「大丈夫、うちに当てがあるよ」


「へぇ、センパイから提案してくれるなんて珍しいねー……大丈夫なの?」


「信用ないなー。大丈夫、あそこなら結界に守られてたし」


 拠点、結界に守られた陣地。確か魔法少女になって初めての夜、領域をくまなく見回った時にそれらしきものを何度か見たことがあった。生の気配が感じられないこの世界において、命の形跡が見られた立ち入り出来ない空間。思えばあれが拠点だったのだろう。

 そしてその中でも逃げ込める場所に、楓は心当たりがあった。


「まなちゃん、向こうまで飛ばせる?」


「あまり遠くへは難しいですけど……」


「それでええよ。出来る限り遠く、上の方でお願いな」


 眷属を狩りながら、転移のために徐々にまなの下へ集まっていく――――そして集合した瞬間、光と共に目の前の光景が瞬間的に切り替わった。

 そして突如襲いかかる浮遊感、空中に放り出されたのだから当たり前のように楓達は地面へ向けて落下を始める。

 楓は目標地点を定めると、三人へ手を伸ばし抱きしめた。何をしているんだとサラが動揺するが、今は構っている余裕もない。


「シエラ、砲撃であの場所までお願い」


「……!! 分かった」


 通常砲撃魔法は攻撃に利用するものだ。だがその威力を逆手に取り、砲撃を推進剤代わりに使う事を楓は提案する。砲撃の消費魔力を考えれば、加速如きに使うなどありえない話だが――――緊急事態だ、魔力に糸目をつけている場合ではない。

 砲撃を噴射し楓の指定した場所に向かって急接近する。急激な加速により視野が狭くなり、意識が飛びかけた。おそらくは重力加速度の上昇が原因だったが、そんな経験のない楓は間抜けな声を上げながらとあるビルの一角にまで吹き飛んでいき――――


「っしゃあ、お邪魔しまーす!!」


 勢いよくビルの壁に飛び蹴りを叩き込み、そのまま内部へと侵入する。そのビルの一室は怪しげな機械や魔法陣、謎のアイテムが並べられており廃墟とは思えない内装をしていた。

 だが体を襲う倦怠感や魔力の消費速度の低下など、魔法使いの結界の効果と思われる諸々は確かに消え、そこが何者かの結界内であることが伺える。というか。


「ってアイテム屋の店やないかーい」


「口調移ってる」


 そう、そこはかつて楓がシエラと戦う際に修行を重ねたアイテム屋の活動拠点だった。

 当然壁をぶち破られて放って置く家主などいるわけもなく――――


「いきなり乗り込んできて随分な言い方――――ってえ、なに、今の音壁ぶち破った音だったのか。何してるんだ君達、流石に常識を疑うよ。人がせっかくゆっくり眠っていたというのに、これ以上最悪な寝覚めはそうそうないだろうってレベルでちょっとひどくないかい?」


「おー、今日もマシンガントークが冴え渡ってるねー。ちょっとここ借りるな?」


「いや、間借りする分には構わないよ。緊急事態のようだし、そこには目を瞑ろう。場所を提供すること自体はやぶさかじゃあない。けどもうちょっとまともなお邪魔の仕方があったと思うんだよ、私は。それに私は商売人、当然だけど家賃は取らせてもらうよ。そうだな、一時間につき夜の雫千個で手を打とう。壁の修理費も含めてね。勿論一人あたりの料金だよ。とても良心的だと思わないかい? 私だって鬼じゃないんだ、コーヒーの一杯ぐらいはごちそうするさ。なあおい君達聞いてるのかい? え、ちょ、逃げ――――えぇー……無視はちょっと堪えるよ……」

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