第二十七話 遠藤梓葉と波状的ブリッツレイド
「気になってたんだけどよ、オマエ等魔法使いと繋がってんだろ?」
この間とは違い、久我の敵意は楓達ではなく梓葉に向けられていた。
無論サラやシエラは許せないし、その仲間である楓に対しても思うところがないわけではない。だがサラの妨害で仕事が出来なかったのはたったの一ヶ月だったが、武蒼衆による妨害は年単位で行われている。
魔法使いを倒せば、それこそ巨万の富が手に入る。明日を生きる当てもない彼女達にとって、魔法少女活動は一発逆転を狙う数少ないチャンスの一つだ。
そして梓葉さえいなければ、今頃既に牡羊座を倒していたのは自分達の筈だった。総合的な損失で考えればサラなど比べるに及ばず、武蒼衆を落とす絶好の機会を逃す手はない。
「だから魔法使いがやられたことに腹立ててんだよなぁ、えぇ? そこのクソ銀髪と腐れ金髪もムカつくがよ、まずはオマエだ遠藤梓葉。魔法少女だから魔法使いを倒す、その邪魔する奴はブチ殺されたって文句はいえねぇ――――そうだろうがよ、なぁ」
募りに募った梓葉への感情、そして奇襲を得意とする筈のストームが初手を誤ったことへの苛立ち。久我は渦巻く思いを隠すこともなく、犬歯を覗かせながら梓葉を睨みつける。
梓葉を落とすことが出来れば、なし崩し的に武蒼衆を壊滅へ追いやれる筈だった。それが出来なかった原因は一つ、あの新人魔法少女だ。
前もって『参謀』から話は聞いていたが、確かにあの手の人間は面倒極まりない。
損得勘定ではなく感情論で動く故に、行動の先読みが難しい。敵対している梓葉を助けるとは露程も思っていなかったが、この場における最大の不確定要素は伊達ではないということか。
「そう。利害の一致、ということですわ。貴方方は魔法少女としての役目を果たす上で、ただの障害にしかなりません。ならここで消えてしまったほうが、世界のためになるでしょう」
悠然と全員を見下す紅の魔法少女、織衛悠理。今まで敵対関係にあったストームと手を組んだのは、今が武蒼衆を潰す最大の機だったからだ。
「ストームなどと手を組むのは癪ですけれど、確実に勝てる手を選ぶに越したことはありませんわ」
だからこそ腹立たしい。下賤な輩と対等の関係を結んでまで排除を試みたにも関わらず、たった一人の新人魔法少女によってそれが失敗に終わってしまった。
堅牢な防御と小柄に見合わないスタミナとタフネスの持ち主の梓葉を確実に落とす手、それが臨戦態勢に入る前に一撃で決めることだったのだが――――
「全く……役に立たない方達だこと」
結局の所頼りになるのは自分だけ。自勢力の所属者ならまだしも、他勢力の人間などやはり当てにするべきではなかった。
悠理の呟きが聞こえたのか、久我はそれに舌打ちで返す。これだから高慢な高飛車女と手を組むのは嫌だったのだが、今後ありえない共闘を結んだからこそこの場で成果をあげなければならない。
「っせぇな。まだ終わっちゃいねぇ、勝てば正義だろうがよ。どいつもこいつもなに考えてるか知らねぇが、正々堂々なんざクソ食らえってな――――」
膠着状態を打開し、一気に攻勢へ移る為の次の一手。可能であればヤヨイとアキの二人に仕留めてもらいたかったが、こうなればある程度切り札を切ってでも終わらせる。
それにあの新人も、すぐにまともに動けなくなるだろう――――戦場に、複数の影が落ちてきた。
「――――気付いた時にゃもう遅いぜ」
ストームの主な構成員はリーダーの久我、そしてエースのヤヨイ、二番手のアキなのはこの場にいる全員が知っていることだ。だが勢力として体を成している以上、それでは他と渡り合うには戦力規模があまりに少なすぎる。
そしてそれは久我とストームの『参謀』による手の内の一つだった。戦力など過小評価されるに越したことはない、相手にナメられているぐらいがやりやすい――――情報は隠匿することに意味があり、切り札は温存しておくことに意味がある。
武蒼衆の人形遣い、ルミナスの召喚士のように大規模な戦力を揃える手段をストームもまた保有していた。
『魔導式絡繰機人』。一見すれば人間のようにしか見えないそれは、高度な魔法と魔導工学とも言うべき技術の結晶――――名を
「はぁ、このタイミングで新戦力投入とか性格わっるー……」
一見すれば人間のようにしか見えないが、七人の兵皆が瓜二つの容姿を持っていた。辛うじて髪型が違う為見分けることは出来るが、この場に彼女達が人形であると気付いたものはいなかった。
そもそもどうでもいい、来るなら倒すだけ。真っ先に襲い掛かられた――――というより真っ先に襲撃者の影に気が付いたサラ・クレシェンドは自分から飛び込んでいき、銃で牽制しながらナイフで心臓を抉りにかかる。
だが一撃目を躱され、二撃目へ繋げる前にボードによる滑走で捉えられない所にまで逃げられてしまった。そして背後に迫っていた別個体がすれ違いざまにサラへナイフで斬り掛かる――――完璧なタイミングで急所を的確に狙う一撃、機械的過ぎるからこそ読むのは難しくなかった。
そしてなにより大きな問題は、相手がサラだったことだろう。軽やかに後ろへ跳躍し回避しながら、同時にナイフを振るい手を切り落とした。相手も負けじと少しの傷だけでもつけようとナイフを微動させたせいで掠り傷を負ったが、その余計な執着の相手は手首から先を失った。戦果としては上等だろう。
相手の手首から血が出ることはなく、断面は生物のそれではない。だがサラが気になったのはそこではなく――――
「チッ、ほんと性格悪いなアンタ……こないだまでそんなん使ってなかったよねー」
舌打ちすると同時に、ナイフによって微かに作られた二の腕に傷に、サラは自分のナイフを突き立てた。噴き出す血液、激痛に冷や汗が一筋垂れる。
相手は最初こそ急所を狙いに来たが、外れたと判断した瞬間攻撃を切り替えた。攻撃の意図が致命傷を負わせることから、少しでも傷をつけることへ変わったのだ。
この程度の掠り傷、ダメージに数える程でもない。それでも手を失う事と引き換えに傷をつけに来たのは、彼女達のプログラミングが甘いからではなく――――
「なんの毒か知らないけどさー、やり方がいやらしいんだよなー」
そう、彼女達の武装には毒が塗布されていた。ナイフが掠った瞬間感じた奇妙な感覚、溢れ出る血の熱さと刃の冷たさ、そして痛みにすらなり損ねた痒みと同時に走った僅かな痺れ。
常人であれば気付かないであろうその変化に気付いたサラは、それが全身に回る前に血ごと体外へ毒を捨てたのである。
先日シエラがヤヨイのナイフで斬られたのを見ていたため、この程度ならば受けても何の問題もないと判断したが――――いや、問題はそこではない。先程楓は確か。
「――――センパイっ!!」
全員がストームの対処に意識を傾けるなかで、明らかに楓の動きは精彩さに欠け始めていた。
掠り傷どころではない、骨が見える程深く斬られたのである。サラのように対処するにはもう遅く、不敵に笑う久我を睨めつけると同時にサラは楓の方へ向けて地面を蹴った。
「おいおい、こっちに集中してていいのか?――――性格悪ぃのがオレだけだと思うなよ」
背後で膨れ上がる魔力、当然忘れてなどいなかった。だからこうして考えるよりも早く動き始めたのだ。
悠理と楓の間に割り込むように飛ぶと、迷わず防御魔法を展開する。数瞬後、砲撃の熱線が防御魔法と衝突した。
「くそっ――――」
勢力のリーダーの一人という肩書は伊達じゃない。砲撃の威力はシエラと比べても遜色なく、防御特化でもないサラが咄嗟に展開した防御魔法では心もとなさ過ぎる。
案の定威力に押し負け、防御ごと後退させられた挙げ句に弾き飛ばされた。ただの魔法少女ならばともかく、輝纏潜行を使っている楓があんな攻撃を受けたら――――
「――――危ない」
紅色の砲撃を塗り潰す様に、金色の砲撃が真っ向から激突した。周囲に熱を撒き散らしながら紅と金の光彩、シエラの機転によって砲撃が当たること自体は避けられたが、波状攻撃はまだ終わっていなかった。
砲撃に集中するシエラを捉えたそれは、真っ直ぐ突き進みシエラの身体を体当たりで弾き飛ばした。
赤い身体、毒針を持つ尾、獅子の鬣を持つ人面の異形――――マンティコア。幻想上の怪物を使役出来る魔法少女はこの領域下に一人しかいない。
「人聞きが悪いですわ。わたくしはただ最適な方法を選んでいるだけ――――そうでしょう?」
三人の侍女と合成幻獣の群れが戦場へ進軍を始め、それに合わせて悠理の支援砲撃が全域に向けて乱れ打たれる。その中には当然楓へ向けられたものもあり、弾き飛ばされたサラとシエラは再び割って入ろうとするもどう足掻こうが間に合わない。
佐々木楓と遠藤梓葉、優先的にこの二人さえ潰せれば、トップを失った集団など烏合の衆でしかなくなる。まずは一人目――――悠理が確信した瞬間、砲撃がなぜか予想外の方向へと逸れ廃墟に穴を穿った。
「……ごめん、ぼーっとしてたわ。うちは大丈夫」
〝拳圧〟。砲撃はそれ自体が魔力の塊であり、熱と衝撃そのものだ。直接触れるだけでもダメージは避けられず、肉弾戦のみに特化した魔法少女にとってはあらゆる意味で最悪の相性を持つ魔法。
しかし楓は散々砲撃使いとの戦闘を経験し、その末に一つの技を編み出した。直接触れずに、打撃を繰り出した際の衝撃によって無形の魔法を相殺、或いは逸らす技術。それが拳圧である。
『……それでサラ、なんか打開策は?』
楓、サラ、シエラ、まなの
とはいえそれもいつもどおり、そして悠理の妨害は失敗したものの、その間なにも考えていなかったサラではない。
『逃げるという屈辱的選択をしていいなら、手っ取り早いのが一つあるねー』
『ん、それでいこう』
『へいへいりょうかーい……じゃあ時間稼ぐから、アンタ一発デカイのぶっ飛ばしちゃってねー』
『……え、私頼み? それもこの間と一緒じゃ……』
『出来ないならいいけど』
『出来る』
『んで柳生ちゃーん、そのタイミングで全員そいつの所に集まるから出来る限り遠くへ飛ばせるー?』
『はい、魔力残量的にあまり遠くへは難しいですけど』
『あいよ、それじゃあそういうことでー』
フラつきながらもシエラの方へと歩き始める楓。そしてシエラが魔力を充填し始め、驚異的な魔力の集束速度に全員が意図に気が付いた。
先日も同様の手を使われ逃げられた。そして同じ手を許すような真似を許容する訳がなく――――。
「やらせないよ」
誰よりも早く動き始めていたヤヨイが、シエラの魔法構築を妨害すべく飛び掛かった。次いでアキ、疾風兵、そして合成幻獣――――四方八方より迫り来る敵に、それでもシエラは魔力充填を止めはせず。
「悪いねー、時間稼ぎはあたしの十八番なんだわー。アンタら全員相手に慕って余裕だしー……」
跳躍しながら疾風兵を拳銃による牽制で止め、その間に合成幻獣の顔に着地、蹴り飛ばして加速しながらアキへ向けてナイフを投擲し、飛び掛かった先にいるヤヨイの額に銃口を向ける。
手数の多さとは裏腹に一撃ずつが軽いのが難点だったが、今この場においてそれはさしたる問題ではないとサラは判断していた。
「手ぇ組んでるみたいで気に入んないけど、アタシ達もいるんだよねー★」
刹那とあい、そして動ける武蒼衆の面々が、シエラに殺到する者達へ牙を剥いていた。
この場を脱出したいのは武蒼衆も同じ、ストームとルミナスを見習う訳ではないが利害が一致してしまったため、不本意ではあるが支援を行う形と相成ってしまったのだ。
問題はシエラが魔力充填を始めたとほぼ同時期に膨れ上がり始めた魔力反応、シエラに並ぶ火力を持つ悠理の砲撃だった。密集してしまっているため、下手をすれば一網打尽にされる危険性すら抱えた状態、最も対処に適した魔法を持つシエラが出られない以上、対処に当たれる人間は限られている。
そしてその一人である楓は、明らかに顔色が悪かった。シエラの下へと辿り着き拳を構えたものの、拳圧が生じるほどの威力を引き出せるかさえ疑わしい。
悠理もそれを知っていて、シエラが砲撃を繰り出すよりも早く大威力砲撃を密集地帯へ向けて開放する。中にはストームの人間も混ざっていたが、それは彼女にとって知ったことではない。
「これで終わりですわ――――貴方の防御ごと、砕いてあげる」
そして立ち塞がる最後の壁、遠藤梓葉。最強の防御魔法の使い手であり、悠理の砲撃を真っ向から受け止めることが出来る数少ない魔法少女である。
悠理も梓葉が出てくるのを分かっていたからこそ、より多くの魔力を練り上げていた。彼女達の力は拮抗しており、今までに梓葉が押し負けることもあれば悠理が防ぎきられることもあった――――だが今日勝つのは自分だと、悠理は確信していた。
梓葉は楓との戦闘で少なからず消耗している。それに対し悠理は殆ど万全の状態、傷の一つも負っていない。負ける理由がないだろう、今日こそ勝って自分が頂点に立つ。
「あぁ、そうかよ。だったら来い――――テメェみたいな奴に私の盾は砕けねェ」
シエラ、悠理、そして梓葉。三人の魔力が爆発的な勢いで上昇していく。咽返りそうな程に濃密な魔力が空間を満たし、炸裂の瞬間を皆が構えていた。
そしてシエラの魔力充填があと数秒で終わり、それを潰そうとする悠理が砲撃を放とうとし、梓葉が防御魔法を展開しようとしたその時だった。
「――――全員伏せろォ!!」
三人のものではない魔力の塊、それも明らかに彼女達とは比較対象にもならない程に強大な魔力が場を飲み込み、街を光が包み込んでいく。
魔法少女を遥かに凌駕した大規模魔法、等しく全員が状況を理解した――――〝魔法使いの襲来〟。
そして灰色の世界は黄金の光に蝕まれ、熱と衝撃に満たされた。
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