第二十四話 遠藤梓葉と衝突リアライゼーション
刃の切っ先で肌をなぞられるような緊張感に、呼吸すらも震えていた。
領域結界中央部にて、向かい合うように集まった二つの勢力。蒼い和装を纏う旧牡羊座領域の最大勢力〝武蒼衆〟、その正面に立つは佐々木楓とこの領域におけるはぐれもの達。
柳生まなは楓達に色々聞こうと思い待っていたところ、巻き込まれる形で此の場に居合わせることになった。とはいえ昨日襲撃された時点で彼女も楓一味の仲間に数えられているため、この領域下で動いていくならば楓達と行動する他ないのだが――――
「…………悪ィな。
瓦礫に腰掛けていた武蒼衆頭領遠藤梓葉、彼女は元々一人で此の場を訪れるつもりだった。一対一、そう約束したからである。
しかし相手はかつて自分達を活動不能に追いやった銀色の魔法少女と、牡羊座の守護眷属を引き連れている女だ。正々堂々だなんて出来るわけがないと周りが言って聞かず、結局連れてくるだけ連れてきてしまう形となってしまった。
傍らにいつものように佇む二人の幹部は、厳しい表情を浮かべる梓葉とは対照的に笑っていた。
そしてその周りを五人の魔法少女と、僧兵を象った人形の群体が固めている。最大勢力と言うだけあって、総数は他勢力と比べても段違いに多い。
とはいえそれで臆する楓達ではない。牡羊座戦を考えれば少ないぐらいだ。楓は身体をほぐしながら、申し訳なさそうにする梓葉に笑いかけた。
「ええよ、この子達も似たようなこと言って強引についてきちゃったし。ああ、まなちゃんはたまたまそこにいただけだけど……どうする、今なら逃げれるよ?」
まなは迷った末、首を横に振った。昨日は何も出来なかった。そんな自分に情けなさを覚えなかったと言えば嘘になるからだ。
なにが出来るかは分からない。けれど助けてもらってばかりだから、なにかは返したいと思う。それが些細なことであっても、だ。
「当たり前だが、私等の方に手は出させねェ。私は約束通り一対一のつもりだが……」
当の本人達の意思など関係ないと言わんばかりに、まなを除く取り巻き達は闘志を漲らせていた。
武力が物を言うこの空間において、メンツは大きな意味を持つ。やられっぱなしという状況を享受出来る弱者は呼吸一つすらも許されない。
意思を問うまでもないだろう。自分達の頭がやろうというのに、その下につく自分達が黙っていられる筈がない。そしてそれは極度の負けず嫌いである彼女達も同様だった。
「昨日の借り返すにゃちょうどいいじゃんねー」
「楓の邪魔はしないし、させない」
楓の性格を考えれば、助太刀なんてした所で怒られることは目に見えている。それに勝負に水を差されるのはどのような形であれ〝萎える〟。初めから邪魔立てするつもりはなく、あくまで露払いがサラとシエラの目的だった。
「大丈夫ですよ、姐御。アタシらだってそんなつまらない真似するほど落ちぶれちゃあいませんって★」
「うふっ、そうですよぉ。それにぃ……折角の宴でお預けなんてそれこそ興醒めじゃないですかぁ♡」
どうあっても止まれないのは己と同じ、梓葉は渋い顔で小さく頷く。
相手を倒すなんて微温い感情ではない。喰い殺す、獣じみた殺意が重圧となってまなに降り掛かっていた。この流れで行くと、自分の相手は――――
「ちょ、ちょっと多すぎないかな……?」
残りは魔法少女五人、そして数えるのも面倒になる人形群。魔法少女二日目であり保有魔法が転移であることを考えれば、荷が重すぎて拉げてしまいそうだ。明らかにガクガクと震えるまなに、サラがぽんと肩に手を置いた。
そしてそのまま右手に何かを握らせる。重く硬い感触に、視線を向ける。
「あんまりアンタにも興味なかったけど、逃げなかったことだけは褒めるよー。よーく聞きな、やることはすごく簡単――――転移で逃げまくって、確実に殺れるタイミングでこれで刺すだけ。簡単だかられっつちゃれんじー」
「え、えぇ!?」
サラがいつも弄っている大振りのナイフが、まなの手元で光っていた。確かに攻撃手段のないまなからすれば、ナイフ一本あるだけでも大分状況が変わってくる。
「大丈夫だって、あいつら雑魚いからさー。んじゃ、後は任せたー」
「は、はーい……」
そうはいっても――――いや、とにかくやるしかない。中央に構える三人が段違いに強いことは素人のまなでも分かることだ。あの人達を相手にするより、周りにいる子達のほうが絶対に楽なのは間違いない。
といっても幾分かマシというだけで、まなからすれば誰が相手でも厳しい戦いになるだろうが。
「黒ギャル侍と腹黒ガンマン、どっちがいーよ」
「……じゃあ黒い方」
「いやどっちだそれー、じゃああたしは腹黒ガンマンとやろっかなー」
もう一本ナイフを取り出し、片手に拳銃を握り楓の一歩後ろに立つ。シエラもそれに習ってサラの横に並んだ。
各々が武器を持ち、緊張の面持ちで前を見据える。その中で怪しく笑う武蒼衆幹部の二人は一際異彩を放っており、開戦の時を待ち必死に己を抑え込んでいるようにも見えた。
そして楓が準備運動をやめ、梓葉が立ち上がる。緊張は頂点へと達し、そして――――
「行くぞ」
「じゃ、行こか」
呟きに近い二つの号令と共に、堰を切ったように一斉に中心へ向けて雪崩れ込んだ。その中で楓と梓葉だけが、異様なまでに静かに歩み始める。
その中で真っ先に激突したのは黒衣の少女シエラと、常に右目を閉じている遠藤梓葉の懐刀、東条刹那だった。
身の丈ほどもある刃を携える刹那を前に、シエラは急加速し間合いを一気に詰めた。
「……さぁて。昔何度かやられた借り、返させてもらうねぇ。覚悟は良いかなぁお嬢ちゃん」
「別に、いつでも」
異常な長さの刀身、そこから生じる間合いの広さは驚異だ。しかし距離を詰めてしまえばそれは欠点となる。シエラは一呼吸で拳の届く範囲にまで詰め寄り、そのまま勢いを乗せて殴りかかった。
「つれないねぇ、楽しまないと損っしょー?」
「あなた相手に楽しめるほど、落ちぶれちゃいないから」
外れる。僅かに横にずれただけ、必要最低限の動作を以て拳を躱し、次いで迫り来る裏拳も、そこから流れるように繋がれた回し蹴りも彼女を捉えることは叶わず。
「あはは、面白いね。ま、いいや。そんな事言ってられるの――――今のうちだと思うしぃ?」
瞬間、刹那が視界から消えた。空間転移なんて上等なものではない、体重移動と視線の誘導を駆使した単純な歩法によって、消えたように見えただけだ。だが一瞬でも視界から外れた、そしてその隙を見逃す程刹那は甘くなかった。
真横から横薙ぎに放たれる斬撃、だが隙を突かれたとしても見切れないシエラではない。基本スペックが魔法少女とは大きくかけ離れており、輝纏潜行を使用している楓とサラですらシエラには及ばないのだ。ただの潜行を使用している刹那に追いつけない訳がない。
(……でも、速い。隙がない)
躱したと思った時点で次の斬撃がシエラに迫っており、息をつく間もなくそれが繰り返され続ける。刹那の動作は所謂〝無拍子〟と呼ばれる技術だった。
全ての動作には拍子、つまりはリズムがある。そして動作ごとに継ぎ目があり、戦闘においてはその部分が隙となることも少なくない。だが刹那の動作には一切の継ぎ目が存在しなかった。
段階ごとに行われる動きを一度に行うことで拍子を消し、それを連続で行うことで一切の隙を生み出さない。途切れないが故に攻め込む機もまた存在しない。
サラが持つ戦闘技術は誰かに習ったものではなく、自らの才能と経験によって培ってきたものである。
そして楓の扱う技術は如何に威力を生み出すかに重点を置いており、それ以外の全てを置き去りにしてしまっている。
だが刹那のそれは二人とは全く違っていた。全ての動作が技術として研ぎ澄まされているのだ。呼吸から足運び、そして斬撃に至るまであらゆる全てをある一点に集中させている。
技術とは本来弱者が侠者へと至る為の物、であれば楓やサラのような者達にとって体系化された技術は必要ない。
刹那の技術は数十、数百という長い年月をかけて磨き上げ削ぎ落とし積み上げてきたノウハウの結晶体だ。普通に考えればどう足掻いても勝てない敵を、刀一振りで征する法――――弱者が強者を打ち倒す為だけに試行錯誤を重ね続け、それのみに焦点を当てた技法。
ならば相手が強ければ強いほど、常識から外れていれば外れているほど、刹那の剣術は有効となる。
どこで、誰が、どのようにして編み出したかは分からない。だがそれは紛れもなく人ではなく魔を討つ為の剣術だった。
「――――――――〝獲った〟」
シエラの身体に、一つの傷が刻まれる。
静かに立ち上がった彼女達の戦いとは対照的に、その戦いは音に満ちていた。
「あっちは意外と楽しそうだなー、相手選び間違えたかもねー」
銃声、弾丸が空気を貫く音、そしてそれが潰れる音。西條あいとサラ・クレシェンドの戦いは銃という普遍的な武器を用いながらも常軌を逸していた。
互いが放った弾丸に対し、全く同じ位置に弾丸を重ねることで相殺し続けているのである。化け物じみた反射神経と動体視力、そして銃撃のテクニックがなければ発生しないであろう状況を前に、サラは退屈そうに呟いていた。
「それ、どういう意味ですかぁ?」
対するあいもまた、常に左目を閉じながら一切笑顔を崩していなかった。清楚な雰囲気とは裏腹に、サラと同等の銃撃技術と胆力を持ち合わせているのである。
「あら、分からないかなー。アンタみたいな弱っちいのじゃなくて、あっちの黒ギャル侍と戦えばよかったなーって言ってるのよー」
「あ、そういうことですかぁ。ごめんなさぁい、私があなたに負けるっていう結果が想像できなくてぇ」
「実力だけじゃなくて頭も弱いなんて、流石に同情しちゃうねー」
「不意打ちしか能がないと思ってましたけどぉ、口も達者だったなんて驚きですっ」
秒間数発のペースで行われる弾丸同士の激突、その最中に煽りあいまで始めるのだから人間離れした集中力をお互いが持っているのは明確だった。
言葉はともかく、両者共に決して相手を過小評価はしていなかった。その上で勝てると踏み、売り言葉に買い言葉で罵り合いまでしているという訳だ。
「…………言うねー」
「ごめんなさいっ、口喧嘩も弱いとは思わなくて……」
「知ってるー?呆れると物も言えなくなるってさー」
「ああ、言い訳はお上手ですねぇ!!」
その時、サラの射撃速度があいを上回った。一切の妨害なく進む弾丸、だがあいはそれを首を傾けることで悠然と回避した。
「疲れちゃったのかなー?」
「あはは、気付かないなんて残念です。撃ったんじゃなくて、撃たせてあげたんですよぉ? その上外れちゃうなんて……でも仕方ないです。そんな狙い方じゃ止まっている物も撃ち抜けないでしょうから落ち込まないでくださいっ」
苛立ちを顔に出したら負けだ。言葉に揺れたら負けだ。とはいえ中々に口の回る相手である。自分を客観的にみたらあんな感じだとすると、楓に怒られるのも当然だなと自分で思ってしまった。
だがその程度で調子を崩すサラではない。技術、精度という点に関して相手は同等の技術を持っている、それは認めざるを得ない事実だった。
武器の扱いにおいて他の追随を許さないサラと同等の技術を持っていると考えればあいは銃の扱いを極めていると言ってもいいだろう、だが他の武器も同様に極めているサラに総合点では敵わない。
しかしそれで納得するサラではない。輝纏潜行というリスクを背負っているからこそ、サラは他の魔法少女よりも優れている。経験においてもサラが数段上だ。だからこそプライドが許さない。
相手と同じ土俵に立ち、その上で相手を打ち破らなければ気が済まない。
「私で良ければ教えてあげましょうか――――銃の撃ち方」
しかしサラのプライドの高さを理解し、その上で砕いてやろうとあいは猛攻を開始する。
当然サラもそれに追随するが、それを彼女は許さなかった。
「色んな武器に手を出してる
たった一発、先程サラがそうしたようにあいの射撃速度が一時的にサラを上回る。
心臓に迫るそれをサラは咄嗟にナイフで逸らし、そのまま弾き飛ばした。それを見て、あいはこれ異常ないほど楽しそうに笑い。
「あーあ、結局他のに手を出しちゃいましたねぇ♡」
楓のときのような偶然ではなく、完全に技術同士のぶつかり合いで一歩遅れを取った。
認識を改めよう、相手を過小評価していたのかもしれない――――こいつ相手に手を抜いていたら、どれだけ時間がかかるか分かったものじゃあない。
「……そうだねー、大したもんだよ。正直舐めてた。だからこれから本気出すけど、負けたからって怒るなよー?」
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