第二十三話 佐々木楓と遠藤梓葉

 旧牡羊座領域を拠点とする魔法少女勢力について、詳しく語るとしよう。

 保守派の筆頭にしてあの領域における最古参の魔法少女『遠藤梓葉』。魔法少女との戦いに積極的ではない牡羊座を利用し、あえて魔法使いを倒さないことで領域結界を維持し、外部から新たな魔法使いの侵攻が発生しない状態で魔法少女の質を高め戦力の向上を行う。

 そんな彼女の意思に従い動いているのが、旧牡羊座領域最大の規模を持つ武闘派勢力〝武蒼衆〟。

 特徴は所属者が皆蒼の和装を戦闘装束に取り入れていること、そして髪に蒼色のメッシュなどが上げられる。

 傾向としては近接戦闘を好む性質を持ち、魔法よりも元々持っている戦闘技術を魔法で補助することで戦闘を運ぶ。技術主体の戦闘を行うサラに近いタイプの魔法少女の集まりであり、特に防衛戦や持久戦に関してはあの領域内において右に出るものはいない。

 わざわざ大抗争によって弱るのを待たなければサラが仕留めきれないと判断した程彼女達は〝面倒〟であり、一勢力で他勢力を食い止めていたことからもそれは明らかだろう。

 リーダーは遠藤梓葉、楓を一方的に嬲っていた少女である。年齢は確か十四程度で、防御魔法を得意とし、本人自身のタフネスも相当なものを持っている。また高レベルな格闘技術を所有しており、攻撃手段も基本は格闘によるもの。

 そして幹部の二人がまた厄介だった。一人は浅黒い肌に金髪の少女、名を東条刹那とうじょう せつなと言う。彼女は剣術の使い手で、こと剣術に限れば武器の扱いに関しては天才的なサラ・クレシェンドにも並ぶだろう。一朝一夕では辿り着けない領域にいるため、恐らくは幼少より剣術に関わる人生を送ってきたと推測される。

 そしてもう一人。黒髪の清楚な雰囲気の少女、西條さいじょうあい。拳銃を使用する魔法少女で、拳銃で精密射撃を行う化物である。鉄壁の防御を持つリーダーと、飛び抜けた技術を持つ二名の幹部による攻撃性能の高さ。また部下には人形遣いと呼ばれる魔法少女と武器を作る魔法少女がおり、それらを含めれば勢力規模は他の追随を許さない。


 そして遠藤梓葉に次ぐ古参である織衛悠理。彼女は遠藤梓葉とは逆に、速やかに魔法使いを倒し戦いを終わらせるべきだと主張していた。戦力強化の必要性は悠理も理解していたが、安全な場所でのうのうと訓練を続けるより、実戦に身をおくことで得られる経験のほうが役に立つだろうとも考えていた。

 なにより魔法少女の本分は魔法使いを倒すこと、ならば一刻も早く牡羊座を突破するべきだと彼女達は動いていた。

 その結果、織衛悠理が纏める〝LuminousルミナスArsアルス〟通称ルミナスは武蒼衆と対立したのである。

 織衛悠理は超がつくほどの火力主義であり、彼女の下についている魔法少女は悠理を援護するための能力を持っている事が多い。

 悠理の基本的な戦闘方法は砲撃バスターであり、得意魔法は砲撃、座右の銘は砲撃は力なり。兎にも角にも砲撃砲撃と相当な砲撃家バスターマニアな彼女だが、それもその筈彼女はそれしか使えない。佐々木楓の砲撃版と考えてもいいだろう。だがそれしか出来ないからこそ、その一点を極めているのもまた同様である。

 その威力と魔力量は魔法少女を遥かに凌いでいるシエラとも対等に戦えるレベルであり、ある意味一番人間離れしている魔法少女ともいえるだろう。ただし命中精度はあまり高くない。

 部下の三人は拘束、シールド破壊、そして召喚の役割を担っている。中でも召喚士は幻想上の生物を呼び出す高等魔法であり、ルミナスの戦力を大きく底上げしていると言っていいだろう。

 悠理は紅のドレスを、他の三人はメイド服を着ており、共通として髪に紅のメッシュをいれている。


 最後に三勢力の中で最も新しい勢力、金を儲ける為に魔法少女になった者達がいる。リーダーである久我こがアスカを中心とした全員が港区出身で、数年前の大火災で家族を亡くして以来同地区でギャングの様な奔放な生活を送っている。

 魔法少女としての適性を見出されて以来魔法少女として活動しているが、それも基本的には金銭が関わっているからだ。詳しい事情は明かされていないが、回収した夜の雫をアイテム屋に渡す代わりに、金銭を得られるというサイクルがあり、魔法少女は彼女達の仕事の一つとなった。

 金銭を得ることを目的とした新興勢力〝STORMストーム RIDERSライダーズ〟の誕生である。

 通称ストームと呼ばれるこの勢力は、当然その目的から魔法使いを倒そうと考えた。願いごとによって得られる利益は図り知れず、手を出さない理由がない。しかし行く手を梓葉に遮られ、挙句の果てに大抗争によって使い魔を負傷し一ヶ月以上もの間変身することすら出来なくなってしまった。当然怒りは両者に向けられており、魔法少女活動が生活にも関わっている為他勢力よりも切実と言えるだろう。

 共通は緑のミリタリールックと、戦闘にボードを用いる為見分けるのは容易なはずだ。


「――――とまあ、こんな感じかねー。基本聞き齧った情報だから信頼度はあれだけど、弱いフリして潜伏してるときに集められたのはこんなもんかなー」


 ファミリーレストランの一角、楓及びその一味は今日もそこで作戦会議を開いていた。

 昨日の襲撃を受け、流石に対策を取らなければと放課後に集まった次第である。


「なるほどなぁー……協力していけたら一番なんやけど、昨日の雰囲気的にちょっと大変そうやねー……」


「そもそも協力は無理だと思う」


「つか役に立たないでしょー」


「二人揃ってやたらと厳しいなぁ。魔法使いに攻め込まれた時のこと考えるんなら、手を組んだほうが絶対やりやすいやん」


 牡羊座戦も勝てはしたが、はっきり言って一歩間違えれば命を落としていた。あの戦いが勝って当然の結果だったとは絶対に言えず、安全策を取れるのであればそれに越したことはない。

 だが楓は見逃していた。自分やサラは執着がなく、シエラはそもそも魔法少女でない以上権利も持たないが――――。


「叶えたい願いがあるなら、他に魔法使いを倒されるのは避けたいでしょー」


 魔法少女同士が争う理由の一つ。魔法使いの総数は決まっており、叶えられる願い事の数も決まっている。

 戦ってでも勝ち取りたい願いがあるのであれば、他者を蹴落とすことに躊躇いがない者もいるだろう。ストームなどがいい例である。


「そもそも協力出来るなら苦労しない」


 元々敵だったシエラは、ある意味もう一つの勢力として彼女達を見続けてきた存在である。

 その彼女をして、あいつらとは協力できないと断言した。それは彼女達の恨みを自分達が買っているというのも勿論あるが、それぞれが別の目的を掲げている以上一つに纏めるのは難しいだろうという判断でもある。


「癪だけど同意かなー。それが出来るんだったら最初っから無理矢理排除してその間に魔法使い倒そうなんて考えないってー」


 サラが彼女達を一時的に排除した理由も、手を組む余地がなくいるだけ邪魔だと考えたからだった。

 どこかに肩入れするほど彼女達の境遇にも興味がなく、またアシッドと同時期に出現したサラは彼女達から警戒されていた。結果として戦力としての価値よりもいないことへの優位性を取ったほどなのだから、サラの彼女達に対する評価の低さは聞かずとも察することが出来た。


「確かにそうやんなぁ……」


 まずはどれか一つと仲良くなる、なんて事をすればその勢力と敵対していた勢力とぶつかることになるだろう。

 おそらくだが、そんな事をしている間に間違いなく次の魔法使いが攻め込んでくる。サラ曰く牡羊座は相当な穏健派だったと言い、武蒼衆の行動の始まりも牡羊座が魔法少女に興味がないというところから来ている。

 つまり次に現れる魔法使いは少なくとも牡羊座以上には過激な可能性が高く、そうなれば魔法少女同士で争っている場合じゃない筈なのだが――――。


「…………おう、邪魔するぞ」


 楓が頭を抱えているところに、さらなる悩みの種が降ってきた。

 いきなり楓達のいる席に座った人物は、全員が見覚えのある人相だった。それもそうだろう、昨日楓を殴り倒した張本人がそこにいたのだから。

 しかも本人は何事もないかのような顔でメニューをめくり、デザートの辺りをガン見している。


「……ええと、こんにちは?」


「……おぉ、こんにちは」


「ええと……」


「遠藤梓葉、武蒼衆仕切っとる」


「うん、それは聞いた。その制服、白峰付属?」


「まあ。堅っ苦しくてしゃあないけどな」


「そうなんだ。うちはお嬢様学校憧れるけどなぁ……」


 どうすればいいか分からず挨拶をしてみたが、思いの外会話が出来てしまい普通に話してしまった。昨日の様子から考えるにてっきり出会い頭にぶん殴られるものかと思ったが、想像以上に理性的な人物らしい。

 だが楓はともかくとして、その光景を眺めている二名は警戒心を隠すこともしていなかった。


「……テメェんとこの犬共がやたらと睨んでくるから、本題入ってもいいか?」


「犬じゃないしー狐だしー。コンコーン」


「……ワン」


 サラはたとえ現実だろうが躊躇いなく相手を煽るらしい。それどころかそれにシエラまで乗っているのだから手に負えない。楓は溜息をつくと、呆れたような視線を二人に送る。


「こら、サラ。シエラが真似するやろ。んで、話があるんやね。ええよ、わざわざ会いに来てくれたみたいやし」


 ここは従っておくのが正しいだろう。どうやって調べたかは知らないが、梓葉は楓たちの居場所を調べて乗り込んできているのだ。それはどうあっても現実に逃げ場がないという脅しにも取れる。

 現実において、楓は無力だ。余計にことを荒立てたくない。それに相手がまず対話をしようとしているのだ、断る理由もなかった。


「……話し辛いってわけじゃねェけど、ちと面貸してくれや」


「はいはーい。二人共、いい子にしててな?」


 楓が連れて行かれる事に納得していないようであったが、梓葉は楓を指名している。梓葉は名残惜しそうにメニューから目を離すと席を立ち、楓も梓葉について外へ出た。

 入口辺りに置かれている待つための椅子に腰掛けると、暫しの沈黙が訪れる。それから少しして、梓葉はゆっくりと口を開いた。


「テメェが使ってる魔法は、私の尊敬する人が使ってた魔法だ。だから私はテメェがその人を殺したと考えてる」


 梓葉の言葉に、楓は目を丸くした。当然だろう、本人は魔法を使っている自覚など欠片もなかったのだ。


「うち、魔法使ってないんやけど……」


 その言葉に、今度は梓葉が眉をひそめた。楓が嘘をついている可能性は勿論疑っていたが、それにしても楓の呆けた表情は演技であれば相当なレベルである。

 とはいえ楓の持つ魔法は、理由も分からず命を落とした進藤渚沙の重要な手がかりだ。楓がそれを認識していようがいまいが、それは変わらない。


「〝天拳〟。全ての魔法を封印することで、爆発的な身体能力を得る魔法――――テメェが何一つ魔法を使えないってんなら、原因は確実にそれだ」


「…………あ」


 心当たりはあった。てっきりその原因は使い魔のアルドが記憶を失くしているからだと思っていたが、梓葉の言う魔法を使用している状態だと考えれば辻褄は合う。魔法は使えない、しかしそのかわりに異様に身体能力が高いという条件はまさしく楓と合致していた。


「テメェが犯人だったとしたら絶対許さないし、ここで殺したっていい。そうじゃなかったとしても、その魔法はあの人のモンだ」


 ここで殺したっていい、それが嘘偽りなく本気であると言葉の節々から伝わってくる。だがそうしなかったのが、遠藤梓葉の強みであり弱みでもあった。

 怒りに任せて行動するのではなく、そうではない可能性も想定してしまったのだ。どういう巡り合わせかは分からないが、偶然楓が天拳を手に入れてしまった場合も考慮してしまった。


「あの人は誰よりも強かった。私よりも、テメェよりも、当然テメェのところの犬共よりもだ。あの人は私の憧れだった。いや、今だって憧れてる。あの人の強さが今も胸に焼き付いてる。だからあの人の魔法を、そこらのぼんくらが我が物顔で使ってるなんざ許せねェ――――私はテメェを認めない」


 だからもし楓が犯人出なかったとしたら――――それが完全なる八つ当たりであることは、梓葉も理解していた。

 お前がその魔法を持っている事が気に入らない。全てはそこに尽きる。ある意味天拳は渚沙の残した唯一の遺品だ、それを何も知らない新参者がさも自分の力のように振るうのを許しておけるか。

 だが感情論とは別に、現在の状況を俯瞰する能力も当然梓葉は持ち合わせていた。最古参かつ最大規模の勢力のリーダーは伊達ではない。


「だがな、そうも言っていられなくなった。テメェ等が牡羊座の領域結界をぶっ壊したからだ。理由は分からねェが今も結界は残っちゃいるが、それも時間の問題だろう。そうなりゃ間違いなく外にいる魔法使いが攻め込んでくる。このままじゃ駄目だってことぐらい、私だって分かってるつもりだ」


「…………うん」


 梓葉が保守に徹していたのは、あくまで牡羊座の領域結界が外敵の侵攻を防いでいる事が大前提である。それが崩れた今、今までのスタンスを貫き通すことは不可能だ。

 どう動くべきか、ここが分岐点なのだ。間違えれば最悪の結末を迎えるかもしれない。そうなれば最後、渚沙が残したものを守るという梓葉の願いは達成出来ない。


「……それで、どうしたいのかな?」


 梓葉が出した結論は、簡潔だった。


「――――やろう。テメェと私、一対一で」


 それで全ては決着する。少なくとも梓葉はそう考えていた。


「他の邪魔はさせんねェ。悪ィが私は、戦わねェと納得の一つも出来やしねェんだ。それによ、殴り合えばテメェを殺すべきかどうかも判断できる――――拳が全部教えてくれるだろうから」


「……ええよ。場所は?」


「随分と物分りが良いじゃねェかよ」


「まあね。うちらを潰したいだけってんならちょっと迷ったかも知れないけど、梓葉ちゃんはそうは考えてない。分かり合おうとしてくれてる。そのための納得が欲しいなら、断る理由もないよ。それに梓葉ちゃんの尊敬する人を殺してないって、うちは証明出来ないから」


 殺してはいない。だがその証拠を出せと言われて、今すぐそれを提示することは出来ない。予めそういった場面を想定しているならまだしも、楓はつい一ヶ月ほど前まで本当にただの女子高生だったのだ。アリバイだの証拠だのを出せと言われても、いちいちそんな分かりやすい形で何かを残していない。


「だから語るよ、拳で――――うちらは不器用だから、それが一番確実で手っ取り早い」


「……はっ、上等。明日、午後六時。領域の中央で待ってる」


「ん、分かった。それじゃあまた明日、かな?」


「おう。時間取らせて悪かったな」




「というわけで、明日戦う事になりました」


 席に戻り報告すると、二人は露骨に嫌そうな顔をした。なにもそんなに嫌うことはないだろうにと思うが、二人は以前より他の魔法少女達と接点がある以上仕方がないのかも知れない。


「認めてもらうってよくわからないなー。認められようが認められまいが、その魔法は楓のモノでしょー。あいつの意見なんてどうでもいいってー」


「まあ戦うのはうちやしええやん?」


 あくまで楓と梓葉、一対一の勝負である。どう転んだ所で二人に迷惑もかからないだろうし、最悪楓が死ぬだけだ――――本当に最悪の場合だが。

 とはいえ二人はそれで納得できないらしい。この前の様に待ち伏せされる危険性もゼロではない。


「いや、出合い頭にリンチしてくるような奴信用しちゃ駄目だよー……ってことで、あたしもついてくから」


「……私も。なにかあった時、その人一人だと困るから」


「……え、なに。アンタなんていなくてもあたし一人で余裕なんだけど」


「ふっ……自信過剰。いつか身を滅ぼす」


「よーし表でろ、魔法なんて必要ねー、ハジキも必要ねぇやー」


「よくわからんけど、それ死にそうだからやめといたほうがええんやない?」


 二人の口論はもはや楓の日常になりつつあり、もうサラの煽りが身内に向いているだけマシだとすら思えるようになっていた。オレンジジュースを飲みながら適当に嗜めつつ、遠い目で虚空を見つめる。

 ここで上手くやらなければ、魔法使い以外に敵を増やすかもしれない。ある意味魔法使い戦よりも重要な戦いを前に、早くも心臓の鼓動が高鳴りつつあった。

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