第十九話 佐々木楓と新たな出会い

 曇天に覆われた空、生物の気配を感じさせない街――――ここは深界、魔法の駆ける灰色の世界。

 魔法使い達はこの世界を脱し現実へと戻るべく、魔法少女と闘争を続けていた。

 魔法少女の存在こそが深界と現実を繋げる鍵であり、魔法使いをこの退廃の都に繋ぎ止める為の希望である。

 魔法使いの目的は人類という種の統率と進化といえば聞こえはいいが、詰まるところ支配種として〝頂点〟に立ち、自分にとって都合のいい〝優勢種〟だけを残す――――即ち都合の悪い〝劣等種〟を滅ぼすことで、都合の良い世界を構築する事が目的だ。

 そして全ての魔法使いを倒すために、今日も魔法少女達は街を疾走する――――筈なのだが。


 少女は走っていた。息は乱れ、時折躓きそうになる様子を見れば、彼女が消耗していることが分かるだろう。

 今にも止まろうとする身体を叱咤し、宛もなく彷徨い続ける。そう、彼女に目的の場所はなかった――――逃走、今の少女の行動原理はそこに尽きる。


「はぁ……はぁ……」


 悪魔のような黒い生物が、少女を追跡していた。体長はおそらく二メートル前後、腕だけでも少女の腰程の太さがある。あんな腕で殴られたら、きっと一発で少女の身体は原型を失うだろう。

 その光景を想像してしまい、背筋に悪寒が走った。同時、足元にあった石ころに足を取られてしまう。


「あっ…………」


 その先の展開が脳裏を過ぎったが、もはやそれを防ぐ術もなかった。少女はバランスを崩し、勢いよく前のめりに倒れ込んだ。痛みを感じるよりも早く立ち上がろうとするも、疲労が限界を超えていたせいか身体が上手く動かない。

 仰向けになり、自分が走ってきた方向に視線を向ける。みるみると距離が詰まっていくが、恐怖で身体が強張って動いてくれない。


「なんで、なん、でっ……テレポート、テレポート……っ!!」


 涙目で自分が持つ魔法の名を連呼するが、魔導書は反応してくれない。とうに魔力は底をついており、抵抗はもう出来ないという現実を突き付けられる。

 敵が迫ってくる様子が、酷くゆっくりに感じられた。ああ、もう終わりなんだ――――そんな真実を上書きするように、音と衝撃が全てを覆した。


「っとぉ……君ぃ、大丈夫ー?」


 黒いセーラー服に身を包んだ魔法少女――――魔法を使えない彼女をそう呼称するのが正しいのかは分からないが、その乱入者は容易く少女に迫る死を退けた。

 たった一撃の拳で追跡者を倒した魔法少女は、呆然とする少女に笑いかけながら手を差し伸べた。


「うん、大丈夫そうやねー……ほら、立てる?」


 黒いセーラー服の魔法少女――――牡羊座の魔法使いを倒した佐々木楓は、今日も元気に魔法少女として活動していた。




「柳生まなちゃんねー……魔力が切れて眷属から逃げてたと。怖かったやろ、間に合ってよかったわー……。うちは佐々木楓、よろしくね」


「はい、よろしくおねがいします」


 周囲に魔法使いの眷属がいないか確認すると、領域の中心地である広場に落ちている瓦礫に腰掛けながら追われていた経緯を話した。

 柳生まなは新人魔法少女である。本日めでたく魔法少女デビューに至り、魔法を試していたはいいが使いすぎで魔力切れを起こし、そんなところに運悪く眷属と遭遇してしまったということらしい。

 そして現実に戻るだけの魔力さえ残してなかった彼女は逃げるしかなく、必死に逃げ続けていたが追い詰められてしまい、もうだめだと思った矢先に楓が現れたのである。


「にしても最近は眷属も見なかったんやけどなー……新しい魔法使いが現れたんかな?」


「そうなんですか?」


「うん。一週間ぐらい前に魔法使い倒したんやけど、それから今日まではここも静かだったよ」


 牡羊座の魔法使いを倒してから一週間。それから新しい敵が現れるということもなく、旧牡羊座領域は静寂に支配されていた。

 敵がいなければ魔法少女が果たすべき役割もない。そのため最近は楓も最低限の見回りだけで活動を済ませていたのだが、今日になってとうとう新しい敵が現れてしまったらしい。

 まずは報告してから相談かななんて考えていると、どこからか言い合いをする声が聞こえてきた。


「出汁に浸かったおあげにコシのある麺、どう考えてもきつねでしょー」


「サクサクかき揚げにのどごしのいい麺、どう考えてもたぬきしかない」


「はぁ……やっぱ分かり合えないみたいだねー……。そろそろ黙らせておいたほうがいいかなー?」


「一回私に負けたくせに、よく吼える……」


「あー……うん、そんなにやりたいなら今すぐ始めようか?」


 間延びした喋り方をする銀色の魔法少女と、淡々と言い返す黒衣の少女。出会う度に何かしら言い合いをせねば気が済まないらしい二人の姿に、楓は溜息をついた。


「…………おーい二人共ー、こっちおいでー」


 見回りは楓一人ではなく、彼女達も含めて三人で行っていた。楓の声が聞こえると、二人は仕方なく言い合いをやめて楓の方へと向かってくる。

 銀色の魔法少女は見慣れない顔に訝しむ視線を送りながら、警戒心を隠すこともなく手に持ったナイフをくるくると弄りつつ。


「今日も収穫はなしだったよー……で、こいつは?」


「いきなりこいつ呼ばわりはないやろ。この子、今日魔法少女になったらしいんやけど、眷属に襲われてたから助けたんや」


「や、柳生まなです。よろしくおねがいします」


 明らかに何かを疑っているらしく、まなを覗き込みながらふーんだのへーだのと声をあげる。それから数秒後、結局取り敢えず楓の言葉を信用したようでナイフを弄る手を一度止めた。


「サラ・クレシェンド。まあよろしくー」


「……シエラ、です」


「んで、なに。眷属が出たってほんとー?」


 サラはどちらかと言うと新人よりも、新しく現れた眷属のほうが気になるらしい。初めは楓相手にも敵対心を顕にしていた為、特別まなを嫌っているというわけでもないのだろうが。


「うん、なんか悪そうなやつ。なぁ?」


「はい、なんかこう悪魔! って感じの……」


 口を揃えてふわっとした表現を使われ、それじゃあ参考にならないじゃんとでも言いたげな視線を送り嘆息する。相手がなんだろうがやることは変わらないが、情報は多いに越したことはない。

 しかし楓の性格上、困っている人間がいたら情報云々より先に何も考えずにぶっ飛ばしでしまうであろうことも分かっていたため、落胆したという風でもなかった。


「ま、どうせ後で分かるでしょー……んで、柳生ちゃん? その眷属、自分で倒そうとしなかったのー?」


「えと、魔法を試してたら魔力がなくなっちゃって、そしたら敵が来て……」


「へぇ、どんな魔法使えるのかなー? あ、信用出来ないから手の内は明かせないってんなら言わなくてもいいよー?」


 楓相手にも自分の魔法の多くを語っていない彼女である、相手にそれを強要するつもりもないらしい。


「いえ……私の魔法は転移魔法テレポートです」


「おー、レア魔法だねー。あたしも実際には見たことない奴だー」


潜行魔法ダイブとは違うん?」


 潜行魔法は現実世界から深界へ、深界から現実へと移動するための魔法である。楓が使える数少ない魔法の一つだが、その性質上戦闘利用は出来ない。


「……潜行はあくまで範囲が固定されている。けれど転移は魔力がある限り、その範囲を自由に設定できる。でも距離が遠ければ遠いほど、運ぶものが大きかったり重かったりすればするほど要求魔力も大きくなる」


 魔法使いの弟子として魔法の勉強をしたらしいシエラは、魔法関連の知識は三人の中でも飛び抜けている。とはいえ楓は魔法の知識は殆ど皆無で、サラは戦闘に使える魔法か使われる魔法以外は興味もないらしい。


「まあここで会ったのもなにかの縁やし、仲良くやっていこ。それじゃ、今日は解さ――――ん?」


 魔法少女には魔力を察知する能力がある。範囲や精度は個人によって異なるが、魔力量が多かったり、或いは魔力を持っている者の数が多ければ多い程察知はしやすい。

 楓は魔法こそ使えなかったが、身体能力は他の魔法少女と比べても格段に高いらしい。らしいというのは比較対象が今までサラしかおらず、彼女も身体能力が高かったため実感したことがないからである。

 そして身体能力の向上の中には、視力や聴力といった五感から魔力反応を知る第六感にまで作用する。

 今日は解散しようか、その言葉が途切れたのはその第六感が喧しく楓に訴えかけたからであった――――魔力反応が多数、そして中には大きいものも幾つか。


「あー、なんつーかもう」


 如何にも面倒だとサラは頭を掻きながら、溜息をついた。そして楓達を囲むように、複数の魔法陣が展開されていく。


「これ、眷属?」


「いや、違うよ」


 楓の言葉をサラが速攻で否定する。その答えで、サラが溜息をついた理由を楓は察した。

 この世界において魔力を有する存在は二種類。一つは魔法使いとその眷属達、そしてもう一つは――――。


「無視して逃げる?」


「珍しく気が合うねー。あたしもそうしたいけど、ざんねーん……もう結界が張られてる」


 魔法に疎い楓だが、出現した魔法陣には見覚えがあった。何故ならその魔法陣は自分が変身する際、つまりはこの世界へ潜るときに毎回見ているからである。

 魔法使いと眷属以外に、魔力を有するもう一つの存在――――即ち魔法少女。


 広場の中心にいる楓達を包囲するかのように、魔法陣は展開されていた。

 右側に展開された翠色の魔法陣から姿を表したのは、グリーンのミリタリールックを纏った物々しい雰囲気の少女達。人数はたったの三人で、奥に控えている白髪で浅黒い肌の少女が真っ直ぐにシエラを見つめていた。おそらくは彼女がリーダー格だろうか。

 左側に展開されたのは紅色の魔法陣。エプロンドレスを着た三人の少女が恭しく頭を下げており、その中心に赤色のドレスを着た魔法少女が現れた。考えるまでもなく最後に現れたドレス姿の少女がリーダーだろう。侍女達は何処から取り出したのか、椅子と小さなテーブルにティーセットまで出現させた。リーダーらしき少女はなんともなしに座ると、淹れたての紅茶に口をつける。

 そして楓達の目の前に出現した蒼色の魔法陣。数は八つと断トツで一番多く、次々と出てくる少女達は皆青色を基調とする和装をアレンジした戦闘装束を身に着けていた。中心で瓦礫に腰を下ろし、煙管を燻らせている背の低い少女がリーダーだろう。脇を清楚な雰囲気の黒髪の魔法少女と、金髪で肌を焼いた少々昔のテンプレートなギャル風の魔法少女が固めている。


「…………え、なにこの集まり。サラお知り合い?」


 小さな声でサラに耳打ちする。一触即発の雰囲気の中、大きな声で尋ねる勇気はなかったらしい。

 まなはすっかり怯えてしまっており、楓は視線が向けられないようまなの前に立つ。サラとシエラは別に放っておいてもどうにでもなるのは分かっていた。


「まあ顔見知りではあるけどさー。それを言ったらそいつも知ってる筈だよ」


「……顔は知ってるけど、名前は知らない」


 真っ向から睨み返す二人。殆どの視線が二人に集まっている為、二人と関係ある人物たちなのは間違いなかった。そしてこの数の魔法少女である、楓も詳細は知らないが心当たりは一応あった。


「一応聞くけど、どなた?」


「アレよアレ、あたしが前にぶっ飛ばした奴ら」


 やっぱりと思いながら、ちらりと視線を送って様子を見てみる。無表情から敵意むき出しな人まで様々であったが、共通しているのは皆がこちらに敵意を向けていること――――まあ関係性を考えれば当然かと自分で納得しながら、どうしたものかと頬を掻く。


「あーあーあの……えーどうしよ、めっちゃ気まずいんやけど」


 自分が魔法少女になる前の話だから、はっきり言ってしまえば楓には関係がない。けれどその中心人物は他でもないサラとシエラだ、そんな斬り捨てるような真似は出来ないし、させてくれる空気でもない。

 無視して逃げるというシエラの案が一番楽だったんだなと今更実感しながら、いつまでもこの空気の中黙っているのは耐えられないと楓は蒼色の少女と向き合った。


「えーあー……どうも、佐々木楓いいますー。この度はうちのサラとシエラがお世話になったみたいで……」


「全くだぜ、お陰でオレ等は商売上がったりだ。どうしてくれんだ、ああ?」


 反応したのは最初に出てきた翠の集団の白髪少女だった。どうしてくれんだと言われても楓は何も知らないし、凄まれたところでどうしようもない。

 丁寧な対応で切り抜けようかと思ったけれど案の定無理だし、本当にどうするべきか考えているとシエラが一歩前に出た。


「どうしてくれんだって言われても、それが私の役目だったから……負けたのが悪いし、あなた達が弱かっただけ」


 相手をいい感じに説得してくれるのかと思いきや、シエラは思い切り煽り倒し始めた。楓は思わず目を丸くした。サラならともかくシエラも実は似た系統の人間だった。この先の展開が手に取るように分かってしまっただけに、深く、深くため息をつく。


「その意見には同意します、閉塞を打ち破ってくれたことにも感謝しましょう。でもそれとこれとは話が別ですわ。実力を隠し気を伺い、不意打ちで全員を排除するような魔法少女と、魔法使いの守護眷属は信用するに値しません」


 紅のお嬢様然とした金髪の少女が、こちらに視線すら送らずに口を開く。この中では比較的落ち着いているようだが、それでも言葉に棘があるのは当然として敵意も隠そうとしていない。

 そしてソーサーにカップを置くと、ようやく視線を上げた。相手はサラでもシエラでもなく、楓である。


「勿論そんな下賤な輩を仲間にしている方も、この場には相応しくありませんわ」


「おー言うじゃん。別にいいよ、相応しくなくたって。アンタに認めてもらう必要なんてどこにもないしねー。魔法少女同士で先に戦ってたのはアンタ達じゃーん? アンタ達は魔法少女と戦って、魔法使いは倒せなかった。あたし達は倒した。どっちが正しいかなんて一目瞭然でしょー」


 サラが捲し立てる。こうなるのは分かっていた。サラだから。


「……るせぇなァ。黙って聞いてりゃピーピー喚きおって……よくもまァわしの邪魔ァしてくれたじゃねぇか」


 そしてサラの発言に耐えきれなくなったのか、蒼色の少女が口を開く。

 その言葉は重々しく、言葉からはどこか老獪な雰囲気が漂っていた。明らかに彼女がこの場において頭一つ抜けた存在なのは、関係性をよく知らない楓でも察することが出来る。


「お陰で数年間必死こいて守ってきた此の領域もおじゃんになっちまったんじゃ。どうしてくれんだよ、なァ」


 そしてその言葉は他でもない、楓に向けられていた。魔法使いを倒したのがサラではなく楓だと知っているのだろうか、そして魔法使いを倒したことが彼女にとっては都合が悪かったらしい。

 魔法使いを倒したことにより不利益が生じるとは思ってもいなかったが、どうやら自分は無関係だと知らん顔をしていられる状況ではないようだ。


「どうしてくれんだって言ってもなぁ……うちは役目を果たしただけや、文句を言われる筋合いはないと思っとるよ」


「言い訳もしねェと。弁解するつもりもねェと。そうかい、それなら構わねェよ」


 蒼色の少女がゆらりと立ち上がる。楓は身体をほぐしながら、怒気を受け流して問いかけた。


「うん。それで、君達はどうしたいん?」


「どうもこうもねェよ……」


 空気が張り詰めていく。震えているまなには申し訳ないが、結界で逃げることも許されない。

 とはいえ彼女は完全に巻き込まれてしまった被害者だ、守り抜くのが努めだろう。どうせこうなるのは目に見えていたのだし、心構えなんてのはとっくに出来てる。

 だから蒼の少女がどの様な問いかけをしてくるかもなんとなく分かっていたし、答えも端から決まっていた。


「新入り……後ろの奴ら引き渡すしてさっさと消えるか、諸共潰されるか――――好きな方を選べや」


 きっとシエラとサラが煽らずとも、最初から彼女達はそうするつもりだったのだろう。

 そして聞いてはいるが、どうせ楓を逃がすつもりもない。この領域で動いていくならば、どういう形であれ彼女達とは決着をつけなければならない。

 ならばどうするかなんて分かりきっているだろう。拳を何度か開閉し感覚を確かめながら、楓は小さく口元をつり上げた。


「君たちをぶっ飛ばして、さっさと帰るよ。お腹も空いてきたから」


 楓がやる気なのは、サラとシエラからすれば明らかだった。楓は戦い始める前、準備運動がてら関節と筋肉をほぐす癖がある。つまり蒼の少女が立ち上がった瞬間から、既に臨戦態勢は整っていた。


「はっ……そいつァいい。元より私等はテメェ等ぶっ潰す為に集まってんだ。逃げる気ねェならこっちも楽だなァ」


「へぇー凄いねぇーアンタら協力できるほどの協調性あったんだー。いやーほんとビックリだわー、魔法使い手にも手組めない癖に、魔法少女相手だと躊躇いなく協力できちゃう辺り、本気で魔法使いなんて倒すつもりなかったんだねー」


 片手にナイフ、片手に銃。元々言葉が通じる相手だと思っていなかったサラは、ここぞとばかりに相手を小馬鹿にし始めた。

 蒼の少女は頬を痙攣させながら、サラを睨みつけていた。多少は煽るのもいいけれどやりすぎるのはやめろと、サラに言っておくべきだったかもしれない。


「……っせェな。こっちの考えも知らない癖に、新参者が好き勝手やってんじゃねェっつってんだよ」


「お伺い立てろってのー? 馬鹿いいなよー、弱いやつに従う道理なんてどこにあるって言うわけー?」


 いや、今言っておくべきだった。敵対者相手とはいえ、サラの言葉選びには明らかな悪意がある。今に始まったことではないし、彼女がいい子であるのは知っているが――――痺れを切らしたらしい白髪少女が、呆れながら嘆息する。


「はぁ……もういいだろ。話し合いの余地なんざハナからありゃしなかっただろうが。さっさと始めちまおうぜ」


 場にいる全員の魔力が膨れ上がっていくのを感じる。もう開戦は誰にも止められない。止めようと考えていた者もいない。均衡などありはしない。此処にあるのは唯一つ、弱肉強食の法のみだ。

 故に己こそが一番強いと、誰もが確信していた。そうでなければ此の場で、呼吸をすることさえ許されないから。

 開戦を告げたのは、紅の少女――――誰よりも早く魔力を迸らせ、強大な陣を構築した紅の魔法少女の一撃。


「それには同意しますわ、けれど残念なことに――――貴方方に、出番はなくってよ?」


 シエラですら使うのを躊躇うような、超大威力砲撃。楓達はおろか他の勢力まで巻き添えを食うのは間違いなかったが、紅の魔法少女はそれすらも想定した上でその魔法を選択したらしい。

 躊躇いなく膨大な量の魔力を放出する。サラの防御ではまず保たず、シエラならば防御可能だろうがその間一切の身動きが取れなくなる。選択肢としてはシエラが防ぐしかなく、どう足掻こうが防げたところで隙は確実に生じるだろう。

 一ヶ月前存在しなかった、佐々木楓というファクターを無視した上での想定だが。


「よっこい――――しょっとぉ!!」


 大気を揺るがす衝撃。紅色の砲撃は楓達を焼き尽くすことなく、灰色の空へと逸れていった。雲に開く大穴から、その威力を察することが出来た。

 楓がシエラとの戦いの中で身につけ、牡羊座の魔法使い戦で磨き上げた技術――――〝拳圧〟。

 拳撃を放った際に生じる衝撃波を用いて、触れずに砲撃を逸らしたのである。魔法も使わずにその様な芸当を行えるのは、魔法少女の中でもとりわけ外れた存在だった。

 隙が生じるという想定は間違っていなかったが、広場は呆然とした空気に包まれていた。動かなかったのではない、動けなかったのである。だがその中でも蒼の魔法少女と紅の魔法少女だけは、別の意味で驚いていた。


「まさか、天拳…………?」


「テメェ、その技どこで――――ッ!?」


 サラとの言い合いで浮かべていた感情など比べ物にならない程に、蒼の魔法少女は揺れている。

 〝天拳〟――――楓を見る二人の目は恐怖と、困惑と、そして煮え滾る憤怒に満ちていた。

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