第八話 佐々木楓とファミレス作戦会議

 あれから一週間。楓が少女に一撃を叩き込んで以来、少女はめっきり姿を現さなくなってしまった。

 現れる眷属もまた低級の四足型に戻ってしまい、戦闘自体は楽なものの修行としては物足りないといった状況が続いてる。


「現れないのはそれはそれで困るねー?」


 なんて笑いながら、サラはカフェオレに口をつけた。楓は心ここにあらずといった風で、突っ伏したまませやなーと気怠げに返す。

 特に取り決めはしていないものの、大体一週間に一回程度はこうして集まって作戦会議という名目で駄弁るのが通例となりつつあった。

 注文したポテトが届くとのそのそと起き上がり、揚げたてのポテトに手を伸ばす。そしてそれきりまた突っ伏して動かなくなってしまった。


「回復にしても時間かかりすぎだし、なんか裏があるんじゃないかと勘繰っちゃうよねー」


 楓の一撃は重い。実際にくらったことのあるサラはそれをよく理解していた。そのため初めは、治癒に時間をかけているから現れないのではないかと考えたのだ。

 だが姿を見せなくなって既に一週間。治癒系の魔法が使えないにしても、傷を治すにしては時間がかかりすぎている。相手の策略ではないかと一通り結界内を探ってはみたものの、なにかが仕掛けられている様子は見られなかった。

 理由なく敵の攻撃が弱まったのはこれが初めてではない。楓が魔法少女になったばかりの時も、守護眷属は消えて四足型ばかりになった。魔法使いの意図は掴めないが、眷属を作るにあたって一定のサイクルに組み込まれた期間の一つなのかもしれない。

 とサラが真剣に考察をしていても相も変わらずせやなーとだけ返す楓に、サラは少々ムッとした表情で楓の顔を覗き込んだ。


「……ねー、話聞いてるー?」


「……んおお。聞いとるよ。この期間限定黒みつきなこバニラ、美味しそうって話やろ?」


「おー、ここまで違う話題が飛び出すと逆にそうだったんじゃないかと自分を疑いたくなるよねー。確かに美味しそうだけど」


「ん、まあそれは冗談で……要は手詰まりって話やったね」


 進歩がない訳ではない。楓も魔法少女として活動している期間を考えれば、十分過ぎる結果を残している。守護眷属相手に生き延びるだけでも快挙であり、それを連続して行っている上にこの間は一撃を入れるに至ったのだ。魔法を一つも使えないことを考えれば、異常と言ってもいいだろう。

 そして小さな積み重ねの成果が、この前の結果だ。失敗した以上同じ手は使えないだろうし、なにより楓自身が使う気もなかった。元よりそんな小さな積み重ねを繰り返したところで、少女の立つ領域には到底届かない。

 なにより楓が少女の動きに慣れてきたのと同じように、少女もまた楓の動きに慣れてきてしまっている。多彩な魔法を以てすれば、対策を立てることはあまりに容易だろう。

 少なくとも以前楓は敵としてすら認識されていなかった。だが一撃を叩き込んでしまったことで、楓もまた自らの前に立ち塞がる敵であると認識させてしまったのである。

 それは楓自身が望んでいたことでもあったが、いざ本気の一端を垣間見て改めて実感してしまった。少女も、そして少女と渡り合うことの出来るサラも、自分と同じステージにいないということに。


「んー、まあそうだけどー……疲れてるの? ここ最近ずっとそんな感じだけどさー」


 元々ぼーっとしている楓だったが、今日はいつにも増して酷い。あの食い意地だけは一人前の佐々木楓がポテトを一個食べて以降手を伸ばしていないのだから、付き合いの浅いサラですら普通ではないことは見て分かった。

 サラの問いかけにもんあーとしか答えない辺り重症なのは間違いないだろう。溜息をつくと、カフェオレに口をつけた。


「疲れてるんなら、別に休んでいいんだよー?」


 サラは楓に戦うことを強要するつもりはない。むしろ手を組むと決めたときに言った通り、無理して倒れられるほうが困るのだ。

 今こそ状況は停滞しているが、それを打ち破る鍵は楓にあるとサラは考えていた。

 サラは決して弱くない。むしろ過去にこの領域にいた魔法少女達と比較しても、間違いなく一、二を争う実力の持ち主だ。単騎で守護眷属と渡り合うだけの戦闘能力に加え、戦闘経験という意味でも楓とは比べ物にならない量の場数を踏み越えてきている。だが逆に言えば彼女の実力は頭打ちということでもあった。

 伸びしろはまだある。しかしそれを埋めるには途方もない努力と天賦の才を要する。彼女はそのどちらもが備わっていたが、それらを育てるための時間が決定的に足りていなかった。


 サラが一人で勝てるのであれば、楓の出現を待つことなく全て片付けていただろう。しかし魔法使いを一人で倒すなんていう所業は、それこそ人間を辞めない限り到底成し得ることは出来ない。

 サラもそれを理解しているからこそ楓と組むことを了承し、共に行動することに決めたのだ。

 楓にはまだ膨大な伸びしろがある。彼女がどんな人間なのか試したあの日、サラはその身を持ってそれを叩き込まれた。

 魔法少女になったばかりにも関わらず守護眷属を相手に生き延び、魔法が一つも使えないにも関わらず一撃を入れる。ともすれば己をも超える才能を秘めた不確定要素だ。

 共に戦う度に、その考えは確信へと変わった。だからこそ最も伸びるであろうこの時期に、無理をさせたくない。


「んなこと言ったってなぁ……」


 楓の体調に関わらず、眷属は湧いてくる。定期的に倒さなければいずれあの街を埋め尽くし、状況はどんどん悪くなっていくだろう。

 それは敵が弱い今でも変わらない。ただでさえサラに頼り切りなのだから、これ以上彼女に寄りかかるのは心苦しい。


「急ぎ過ぎは禁物だよ。元々はあたし一人でなんとかしてたんだし、一週間ぐらい休んできなよ」


 慣れない生活が祟ったのか、近頃の楓はやつれてきているようにも見えた。無理もないだろう、サラですら最初は弱い敵で慣らし、先輩の魔法少女達に守られながら徐々に実力を上げていった。その時ですら毎日戦うのはやめろと先輩に言われ、体力回復のために何度も無理矢理休みを作られたものだった。

 ましてや楓は体力に自信がある訳でもない。弱音こそ吐かないが、無理をしているのは間違いないだろう。


「消耗した状態で勝てるほど、アイツは甘い敵じゃない。その後ろには魔法使いだって残ってる。それともここで無理して潰れて、全部あたしに被せて終わりにする?」


 世話焼きな上に頑固な楓の性格を考えれば、渋ることは想像できた。

 だが柔軟さを持ち合わせていない訳ではない。真意を伝え、それが正しいと納得させることさえ出来れば、相手の意見を無碍に扱うような人間ではないことも確かだ。


「ちゃんと休んで、万全の状態整えて、勝とうよ。それまではあたしがなんとかしてるから――――なに悩んでるのか知らないけど、さっさとそれ解決してきてさ」


「……はい」


 サラに言葉に対する反論が思い浮かばず、従わない理由がないと判断せざるを得なくなった楓は、十秒ほど考え抜いた末に渋々頷く。

 項垂れる楓を尻目に、サラは晴れやかな笑みを浮かべカフェオレで唇を濡らした。




「あー、そういうやつね」


 灰色の世界。黒の群れを前に佇む銀色は、涼し気な笑みすら浮かべて黒の少女を見つめていた。

 一人になった途端これかよ。なんて余裕な風を装ってみるが、冗談じゃない。楓が強いとわかった瞬間、どっちか一人を先に潰そうとでもいうのだろうか。少女だけならまだしも後ろに控える敵の数、どっちかだけならまだしも両方なんて欲張り過ぎるだろう。

 その上あの女、明らかに前より魔力量が多くなっている。多分それだけじゃあない。どうやらこの一週間、ただ休んでいたというわけでもないようだ。丁寧なことに結界まで張られており、逃がすつもりはないという意思を感じる。

 サラは右手で意味もなくガンスピンをしながら、衝動的に溜息をつきたくなった。


「ま、いいかー……。てわけで、今日からあたしがアンタの遊び相手だよ」


 思わず声をかけてしまったのは、彼女の影響だろうか。反応が返ってくることすら期待なんてしていないのに、本当に無意識のうちに口を開いてしまっていた。

 それでも若干の自己嫌悪を感じながらも戦闘を始めないのは、答えが返ってくるのを待ってしまっているからか――――。


「……そう。どうでもいいけど、私には都合のいい話――――あの人が戻ってくる前に、あなたを倒す」


 答えが返ってくると思っていなかったのか、サラは思わずガンスピンを止める。

 楓に少女を倒すほどの実力はなかったが、それでも足止め程度の役割を果たせていたのは事実だった。少女からすれば一人欠けたのは都合がいいというだけの話で、サラを倒すことさえ出来れば残りの楓を倒すのは容易だろう。

 しかし少女の答えに、サラは小さく笑いを溢した。サラと少女が戦うのは、これが初めてではない――――今までの戦いを想起し、そして笑いを堪えずにはいられなかったのだ。


「今までにあたしに攻撃が当たった回数、覚えてるぅー?」


 サラは圧倒的な速度と高度な技術を駆使して戦闘を運ぶ魔法少女だ。攻撃を魔法ではなく物理に頼るという点では楓と親しい戦闘方法の使い手だが、その性質は対極にあると言っても過言ではないだろう。

 超高速での戦闘において、攻撃を的確に当てていくのは至難の業だ。それを成し得るのはサラの逸脱した技術の賜であり、サラの恐ろしい点はそこにある。

 彼女と相対したものがまず一番に目をつけるのは速度だが、その分析はあくまで表面的なものであると言わざるをえないだろう――――サラ・クレシェンドの最も恐ろしい点は、汎ゆる武器を達人の如く使いこなすところにある。

 初めて手にした武器だろうが、次の瞬間には扱い方を心得、最適解にて運用する――――異質にして異常な彼女の天賦の才は、魔法少女になって得たものではなく先天的な生まれに起因するものである。

 魔法に頼ることなく、魔力切れを考慮する必要もない。更にそれを目で追う事すら難しい速度でもって使用してくるのだから、少女からすれば鬱陶しい事この上ないだろう。


「……でもあなたの攻撃は、当たっても意味がない」


 あからさまに不機嫌な顔をする少女に、サラは吹き出しそうになった。感情があるならば、もっと早く揺さぶっておけばよかったなんて性格の悪いことを考えながら。

 少女の戦闘は主に魔法を中心に展開される。その多彩さは魔法少女のそれとは比べ物にならず、そしてサラ同様距離を選ばない万能型だ。

 だがサラと少女に違いがあるとすれば、その重きを速度においているか威力においているかだろう。

 少女とて決して遅いわけではない。だが高威力の魔法は展開に相応の時間を要する。とりわけ少女が好んで扱う砲撃は本来必殺級の威力と消費魔力を必要とし、そう何度も戦闘中に扱う魔法ではない。

 当たれば一撃で落とせるが、速度で圧倒的に劣るサラには当たらない――――少女からすればこれほど歯痒い事もないだろう。逆にサラの攻撃は少女の防御を破ることは出来ず、そうして交戦回数だけを只管に積み重ねてきたのである。


「言うねー。でも気付いてなかったかな? 倒せなかったんじゃなくて、倒さなかっただけ――――アンタはいつでも倒せるけど、バックに控えてるこわーい魔法使いはどれぐらい楽しめるか分かんなかったからさー?」


 光弾の弾幕を全て回避し、抉るように放たれる狙撃弾をナイフで弾き、砲撃が放たれるより早く弾丸を叩き込む。なんとかならない程じゃあないが、光弾一つとっても威力が上がっていた。当たらずとも魔力反応を見れば分かってしまう。

 サラの言葉の半分はハッタリ、半分は本気だった。仮に倒せたとして、一人で魔法使いと戦えるか分からない。だからこそサラは少女相手にただ時間だけを稼ぎ、本気で戦おうとしてこなかった。

 魔法使いは魔法少女など比べ物にならない魔力と多くの魔法を保有している。魔法少女が複数いることから分かるように、そもそも魔法使い相手に魔法少女が一人で挑むよう想定されていないのだ。

 それを分かっていながら他の魔法少女を排除したのは、彼女達がいても邪魔にしかならないと判断した為であった。勿論それ以外に私情も多分に混ざってはいたのだが。

 楓の出現により、魔法使い討伐の希望が見えた。であればサラは、再び楓が戻ってくるまでに幾らでも時間を稼ぐだけ――――魔法使いに勝てるまで、何度でもそれを繰り返そう。

 時間は決して無限ではない。正直に言えば早めに片付けたくはある。だが急いては事を仕損じるという言葉があるように、楓に無理をさせるつもりはなかった。

 互いに出来ることをやればいい――――自分も、楓も、そして少女も。


「……やっぱりあなた、好きじゃない」


「あっそ、別にアンタに嫌われても困んないよー。これから殺し合うんだしさー?」


「…………」


「ああ、もしかして忘れてた? センパイはそんな感じじゃないからなー。多分アンタとだって仲良くしたいって思ってるし、そんなだから全力だって出せずにいる。困った人だけど、まあ良い人だよねー」


 銃の回転が、止まった。狙いは既に少女の眉間に定められており、寸分違わず外れることもないだろう。

 これは遊びではない。少なくとも少女も、そしてサラもやり直しは効かないのだから――――これは正真正銘の殺し合い故に。


「――――それでもあたしは、アンタを獲りにいくけどねー?」


 乾いた銃声とともに、永い夜が始まる。

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