第四話 佐々木楓と共謀者

「そのアイスそんなに美味しい?」


「アイスだし美味しいに決まってるやん。いきなりどうしたん?」


「めっちゃ美味しそうに食べるから、私もちょっと食べたくなってきたみたいな」


「しょうがないなー、お姉さんがおごってあげましょー。味は?」


「おーありがとー、チョコで。……んで、どうしてわざわざ呼びつけたの?」


 放課後、佐々木楓とサラ・クレシェンドは高校近くにあるファミレスに寄っていた。

 サラと『守護眷属』の少女に襲撃され無事に逃げ延びた楓は、翌日サラを捕まえこうしてファミレスにまで連行したのである。同じ高校であることは知っていたし、サラの外見は目立つためクラスの特定は容易だった。

 サラは若干不満そうというか面倒くさそうにしていたが、楓からすればサラは唯一魔法少女事情に詳しい人物である。そうしてファミレスは奢りという条件でなんとか連れ出し、今に至る訳である。


「……その前に聞きたいんやけど、その顔って」


 サラの頬に貼られたガーゼ、そしてそこは言うまでもなく楓が昨日殴った位置だった。

 アルドの話では魔法少女に変身している時のダメージは変身前の身体には引き継がれない筈であり、実際サラにアレだけのダメージを負わされても楓の身体には傷一つ残っていなかった。

 アルドは嘘をついていない。しかしサラの身体には傷が残っている。


「あーこれ? めっちゃ勢いよく転んだのよねー」


 笑いながら答えるサラだったが、その回答は妖しいの一言に尽きるだろう。説明できない傷を負った時、大体映画や漫画などでは転んだと答えるのが定石である。


「なにその疑ってますよみたいな視線、本当に本当だからねー? 魔法少女体で受けたダメージは肉体にフィードバックしない。使い魔の言葉は嘘じゃないよー」


「……ならええんやけど。それで呼んだ理由だけど、うち他に魔法少女の知り合いいないから仲良くしよかなー思っただけだよ」


 次は楓ではなく、サラが楓に疑いの目を向けた。


「え、嫌なん? 軽くショックなんやけど……」


「そうじゃなっくて、いきなり襲い掛かってきたやつと仲良くしようとかどれだけ寛容なのよと思っただけだよー」


「……確かに」


 サラの言うことはもっともだった。ダメージが残らないとはいえ殺されかけたのは事実であり、楓もそれを忘れたという訳ではない。だがその後の襲撃では利害の一致とはいえ脱出にも協力してくれたし、話が通じない相手ではないとも考えていた。

 とは言え昨日の今日でいきなり仲良くしようなどと言っても、疑われても仕方がない関係なのは間違いない。楓は場の空気を変えるべく、呼び出しボタンを押した。


「チョコレートアイス一つお願いします。……で、それは置いといて。うちの使い魔、アルドっちゅうんやけど、なんか記憶がなくてな? だから色々聞きたいっていう下心も、正直に言えばあるけど。でもそういうの抜きに仲良くしたいっていうのもほんまよー?」


「話変わってないしー……」


 呆れたと言わんばかりに溜息を付き、カフェオレをすする。昨日の口ぶりからしてサラは一人を好む性質にあるのはなんとなく察したが、想像以上に食いつきが悪い。普通に悲しくなった楓は、誤魔化すようにアイスを口に運ぶ。


「……ま、いいけどねー」


 空気に耐えきれなくなったサラはあっさりと折れた。飄々としているように見えて、案外押しには弱いのかもしれない。なんて考えていると、ただしという言葉が続けて出てきた。


「向こうじゃつるまないよー?」


「えー」


 今までの眷属と違い、『守護眷属』は楓の実力を遥かに上回る敵である。サラですら倒しきれない相手である以上、手を組むのは悪い手ではないだろう。とはいえ組織を作って動いていたらしい魔法少女達に対し、群れているだなんてたかが知れてると言い切っていたためこうなることは見えていたが。

 とはいえ楓も何も用意してこなかった訳ではない。たった数時間の付き合いではあるが、彼女の性格はなんとなく見えてきていた。ただの会話ではこうもいかなかっただろう、戦闘というのも決して悪いものではないのかもしれない。


「じゃあもうサラとは戦わなーい」


「……はぁ?」


 サラの反応はもっともだった。普通であれば何の交換条件にもなっていないことは考えるまでもないだろう。普通であれば、だが。


「うちと組むんだったらいつでも戦ってあげるよ。でも組んでくれないならちょっとなー」


 チョコレートアイスが運ばれきた。楓は店員に軽い会釈を返す。そして実にいやらしい表情を浮かべながら、そのアイスをサラの方へと移動させた。

 恐らく、いや確実にサラは負けず嫌いである。それも軽度ではなく重度のとんでもないタイプだ。

 本人はどちらかと言うとクールな性格だし、読まれないようにしている節が見られる。群れるのを嫌い孤独を愛するのであれば、他人に自分を理解されるのもまた好ましくないのだろう。だが昨日のやり取り、結界脱出の際に楓から役割を奪い取った時の顔を楓は忘れていなかった。

 昨日の勝負にサラは負けた。だがその後楓を完全に言い負かした後浮かべていた笑みは、所謂勝利の笑みというやつである――――危ない目にあったとしても、小さな勝利を得ようとする姿は実に子供らしい可愛さと言えるだろう。

 そこが付け込む隙だと楓は考えた。そして間違っていなかったことを、アイスにも手を付けずじっと睨んでくるサラ本人が証明していた。


「……そんなの関係ないし。襲撃するだけだし」


「逃げるよ、どこまでも」


「……私の方が速いし」


「それでも逃げまくるよ、最悪深界から現実に逃げる。このまま勝ち逃げする」


「…………」


「あーでも弱い魔法少女はいないほうがいいからうちを倒しに来たんだっけ? だったらその必要はないし、戦う理由もないのかな?」


「……私のほうが強いし」


「せやね。でもうちも弱くはないよ。だからうちらが組んだら超強いと思わへん?」


「…………」


 小学生のような理論だが、決して間違いではない。魔法少女を倒せば魔法を奪えるというメリットも、楓が相手では機能しないのだ。そして魔法を持たない楓は、他人から奪ってまで魔法が欲しいとも思っていない。

 確か襲撃された時、サラは弱い魔法少女はいない方がいいと言っていた。そこから読み取れるのは、仲間に関連する嫌な記憶がサラにはあるということだ。

 それを無理に聞き出そうとは思わない。話したくなったら聞くし、話したくないならそっとしておくのが一番だろう。だがサラは決して頭が悪いわけではないのだから、共同戦線を張ることで発生する利は理解出来るはずだ。


「サラになにがあったかは聞かないけれど、うちは悪い連中を懲らしめたいだけ――――一応、魔法少女やからね」


 楓の目的は一貫して魔法使いの打倒、それに尽きる。あくまでアルドに協力しているだけであり、こうしてサラを説得しているのも自分の身可愛さではなく魔法使いを倒す確実な方法だからに過ぎない。

 勿論サラ本人と仲良くしたいというのも本音である。元より人嫌いする質ではなく、こうして知り合った以上あえて距離を取るというのも嫌だった。

 なにより彼女は強い。端から自分が強いとは思っていなかった。だが弱いという事実を昨日初めて突き付けられ、自分に対する情けなさで張り裂けそうになった――――サラの強さに触れることが出来れば、自分も今より強くなれるのではないか。

 サラは唇を噛み、微かに溶けたアイスを見つめていた。その脳裏にどのような過去が焼き付いているのかを楓は知らないし、無理に詮索しようとも思わない。だが楓は本気で提案しており、サラもまたその提案に本気で考えてくれていることだけは理解出来た。

 それから静かに時間は過ぎていき――――からん、と。アイスに刺さってた小さなスプーンが倒れ。


「…………分かった。組もう」


 小さな、それでいて確かな声でサラは答えた。


「ほんまに!?」


「んー。負けっぱなしとか死んだほうがマシだしねー。全部落ち着いたら、約束通りもっかいやってもらうからねー?」


「勿論約束は守るよ。よし、それじゃあ頑張って魔法使いを倒そう! ……でもその前に、まずはあの子やね?」

 サラと仲間になることが出来たのは大きな前進だが、それでも抱えていた問題のうち殆どが放置されたままである。

 中でも肝心の魔法使いを倒すために立ちはだかる敵、昨日出会ったあの少女のことについて。直接戦闘をしていない楓でも分かる――――あの少女は、強い。


「そうだねー。私も何度か戦ったけど、一回も勝ててないし。……負けてもいないけどね?」


「分かってる分かってる。それで聞きたいんやけど、何度か戦ってるならあの子の情報とかないん?」


 何も知らない状態で戦闘に挑むのがいかに危険か、昨日それを思い知った。正義側は基本的に襲撃を受ける立場にあり、情報というアドバンテージで悪側に勝てないのが世の常だが、幸いにして今回はサラがいる。この先少女の打倒は必須である以上、なにか知っているのであれば聞いておくべきだろう。

 とはいえサラも数度戦っているが、それだけだった。仮に少女が致命的な弱点を抱えているとして、それを知っているのであれば今頃サラも頭を悩ませる必要はなかっただろう。考えながらアイスを口に運び、息をついて。


「馬鹿みたいな魔力量に、使える種類もこっちとは段違いで近接戦闘のスキルも割りとって感じ? この街の魔法少女も何人かあの子にやられたっぽいし、クロスレンジからアウトレンジまで隙らしい隙はないかなー」


「え。この街、他にも魔法少女いたん?」


「いたよー。大体私かあの子が叩きのめしちゃったけどねー」


「なにしてんねん……」


「下につけだのなんだのうるさかったんだよねー。邪魔だしうるさいし弱いしでいいことなしだったから、タイミング見計らって全員倒しちゃった。まあ使い魔に軽くダメージ与えただけだから、いつかは復帰してくると思うけどねー。一応アイテム屋っていう胡散臭いのはまだ残ってるけど、ほんと胡散臭いから近寄らない方が良いと思うよー」


「ふーん…………」


 呆れすぎて虚脱感に襲われた楓だったが、言葉通りに取るのであればサラ一人に集団で敗北するような実力の魔法少女しかこの街にはいなかったということでもある。

 それでも力を合わせれば今よりもマシな状況にはなったのではないかと思ったが、所詮はないものねだりでしかない。何よりそうすることが出来なかったから、サラはその魔法少女達を倒したのだろう――――にしても多数の魔法少女を一人で倒し、その上あの少女を相手に一人で戦い続けられる戦闘能力。


「……サラって、もしかしてうちが想像してるよりずっと強い?」


「さあねー、試してみる?」


「あー、アイス食べたらね」


 やはり昨日の出来事は奇跡だったらしい。まあもう一度やれと言われたら勝つ自信は正直ないし、サラの実力を疑っているつもりもないのだが――――だがそのサラを以てしても、あの少女を倒すには至らないのである。


「はー、アイスで懐柔出来たら楽なのになぁ」


「佐々木センパイじゃないんだから無理でしょー……そもそも眷属ってなんも食べないだろうし」


「え、そうなん。あの子達お腹空かないん?」


「あたしが知る限りではねー」


「……そもそも眷属ってなんなん? 魔法使いの手下ってことは聞いたけど、それぐらいしか知らんねん」


 楓が魔法少女になるキッカケとなったアルドは大部分の記憶を失っており、お陰で楓もろくに情報を持っていない状態である。それどころか魔法の一つすら使えないのだが、それは置いといて。


「うーん、魔法使いが作った魔法生物? 生物としては紛い物だけど、戦うために造られてるから戦闘能力は高くてー……作り手が優秀なほど、精巧で強力な眷属が作れるらしいよ?」


「だからあの子はあんなに強いんかー……ぱっと見じゃ人間となんも変わらんもんなー……」


「確かに作りは丁寧だけど、あれは例外かなー。あたしが知ってる守護眷属よりもずっと強いから。取りあえずは戦力分析のために戦いまくるしかないんじゃないかなー? 何かしら裏はあると思うんだよねー」


「おぉ、ちょっとは希望が見えてきたね」


「まあ多分だけどねー。純粋に強いだけなら、もう正面から突破するしかないよー」


「……もしそうだったら、とにかく頑張ろ」


 頑張るだけで勝てたら苦労しないけど、と内心で付け加えて。


「そうだねー。……あぁ、でも。無理と無茶は駄目だよ。ちゃんと休んだほうが効率良いし、ぶっ倒れられても困るから」


「ああ、うん……意外と心配性なんやね?」


「いや、楓センパイ見るからに無茶好きそうだし、今のうちに釘刺しておこうかと思ってねー」


 結局その後も作戦会議という名目の駄弁りは数時間続き、魔法少女側の肉体が回復しきっていないという理由で今日は深界へ行くこともなく解散となった。

 楓としては久しぶりに日常を謳歌することが出来たため、悪くない一日だったといえるだろう。サラがあの後食べ物を頼み続け財布が空になったことを除けばだが。

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