第三章 ✲✲✲ 1 ✲✲✲

「もう! ほんと急に課題出すのやめてほしいわー!」

「折角今日は早く帰れそうだからケーキでも食べに行こうかと思ってたのにぃ!」

「早く帰っても帰んなくても、ケーキはいつも食ってんだろ?」

「今日のケーキは、前回の課題頑張った自分へのご褒美なの!」

「じゃあ毎日がご褒美デーだな」

「うるさいわ‼」


 ある日の正午。

 集まったメンバーは、それぞれ学食やら弁当やらを食べながら雑談を楽しんでた。

 いつものように他愛もない話をし、笑って、時々ふざけて、変わり映えのしない、けれども落ち着く時間を過ごしている。

 

 和哉は『満腹カフェ』で店長との昔の話を、まず一番に淳平に伝えようかと思っていたが、結局何も言わなかった。

 伝えたいとは思ったが、そうすると自分があのカフェに一人で行ったことがバレてしまうし、店長と会話をする仲になっていることも知られてしまう。

 折角『秘密』を共有する仲にまでなったのに、それを知られて変に茶化されても困る。

 和哉は淳平に心の中で謝るだけにしておいた。


 和哉が店長に『特別な食材』の話を聞いた日以降の食後の雑談は、それぞれの好みについての話が続いていた。

 『特別な食材』の美味しい部位の話をきっかけに、和哉が本当は聞きたかったことが会話の中で少しずつ知り得ることができた。

 彼女の趣味は料理と読書。日々いろんなレシピ本を見ては作ってみたりと、手に入れられない材料がない限りは試してみるらしい。たとえ手に入らない材料があっても代用が効くなら代用して作る。そうして色々な味を楽しむのが何より幸せなのだそうだ。

 もう一つの趣味の読書についてはおまけのようなもので、レシピ本以外では、料理が美味しそうに描写される小説などが好きなのだそうだ。

 シェフが主人公だったり、飲食店が舞台となっているものはよく読むらしい。そしてその小説の中で出てくる料理を再現するのも、また一つの楽しみなのだと言っていた。

 結局は料理に繋がってしまう、と、本人も少し呆れ気味だった。

 それ以外にも、趣味とまではいかないが、映画も好きでよく見るらしい。

 『映画』という誘うには絶好の口実が出てきたことに嬉々としていた和哉だったが、そのあとに続いた彼女の話で、それが出来ないのだとわかった時には、内心かなりショックだった。

 というのも、彼女には休みらしい休みは無いのだそうだ。

 ほぼ毎日カフェを開けている為、仮に休日があったとしても、それは食材の調達だとか、調理器具を新調しにいくだとか、そういうことの為に休日が出来るだけで自由に遊びに行く時間などはほとんど無い。

 彼女曰く、「折角カフェを訪れて下さったのに、お休みしてたら申し訳ない」のだそうだ。

 SNSにカフェの情報が無いというのは、こういう時に不便だ。事前に店が開いているのかどうか調べる事が出来ない。

 開いていると思い行ったものの閉まっていた、という状況は作りたくないというのが、彼女の主張だった。

 全くもって、真面目な彼女らしい。

 そんなわけで、和哉は休日を見計らって彼女を外出に誘うことなど出来なくなってしまったのだ。

 和哉がショックを受けているなどと思っていない彼女は、「遊びに行ったりは出来ないけど、趣味の料理をずっとしていられるので楽しいですよ。私は満足です」と言っていた。

 それを聞いた和哉は、


 ――俺は満足じゃない…。


 などとは、当然言えなかった。


「未だカフェ以外では会えず…」

「え? 何が?」

「……や、なんでもない」

 軽く呟いただけだったのに、目ざとく亜弥が反応した。

 和哉はそれを適当に誤魔化して、具を全て食べ終えていた味噌ラーメンのスープを飲んだ。

 そのまま話題を逸らそうと、和哉は智晴に問う。

「そういえばトモさ、あそこのカフェのメニュー制覇するっつってたけど、出来たの?」

 急に話題を振られた智晴は、一瞬反応が遅れたものの、頷きながら返した。

「まだ半分」

「まだ半分って…、結構いってると思うんだけど……」

「最初にみんなで一緒に行ってから…大体一カ月くらいだよね」

「一ヵ月でメニューの半分制覇、って…。まあまあなペースじゃね?」

 和哉が思っていたよりもメニュー全制覇の挑戦は進んでいるらしかった。

 

 ―でもほんと…、一度も会わなくて良かった…。


 智晴がカフェのメニュー制覇の話を聞いたとき、一番気にしたのは、自分とばったり会わない事、だった。

 正直、かなり気を付けていた。

 他の客が行くであろう時間には行かずに、いつもラストオーダーぎりぎりでカフェに行っていた。智晴が大学終わりに行くのならカフェに時間帯も自然と分かる。そこをあえて避けてきたのが当たりだったらしい。

 おかげで、智晴とカフェで会うことは一度もなかった。

「でもさ、そんなに頻繁に行ってんなら、店長と仲良くなったりしてないの?」

「―――⁉」

 香織がなんとなしに智晴に問う。

 和哉は表情を動かさないよう必死だった。

 物凄く気になる。

 何故、そのことに気が付かなかったのだろう。

 カフェに通っているのが自分だけではないなら、自分と同じ、そういうこと、、、、、、も十分あり得る話なのに。

「……………………」

 和哉は智晴が答えるのを待った。


「あー……」


 ―なんだ、何なのだ。早く答えろ!


「すぐ食べてすぐ帰るから、別になんも話しないし……」


 智晴の答えに、香織は「ええー」と不満そうな声を上げた。

 一体何を期待していたのかは知らないが、和哉にとってはこれ以上にない喜ばしい回答だった。

 彼女と距離を縮めているのは、自分だけ。

 そのことに心から安堵して、またラーメンのスープを一口、飲んだ。

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