第二章 ✲✲✲ 6 ✲✲✲
「…………ってなことをこの間、友達と話してたんですよ」
亜弥たちが和哉抜きでカフェに行った日の、翌週の月曜日。
『特別な食材』がほとんど売り切れただろうと予想して、和哉はカフェを訪れた。
いつも通り料理を食べ終えた後の、二人だけの秘密の時間。
最初のうちは和哉から店長に何かを問うことが多かったが、今では店長から話し出すことも多くなった。
そんな会話の中での店長の「大学は楽しいか」という問いに、和哉は大学で受けている講義のこと、友人の事、そして先日淳平と交わした「カフェの過去の話」のことを話した。
淳平との話のことははもちろん、不快に感じられることのないように、適度にぼやかして話した。
「カフェの開店当初って、どんな感じだったのかなぁ」程度に。
それを聞いた店長は、「ああ…」と思い出す様に空を仰いだ。
「その頃は…、お客さん、あんまり来なかったですね。こんな鬱蒼とした場所だし、開店のチラシとかも入れてないし…。そもそも開店したこと自体、知れ渡ってなかったですから」
「ネットにも挙がってないなら余計わかんないですよ。てゆうか、このカフェを一番最初に見つけた人がすげぇですって。どうやって見つけたんだか…」
大学近くの公園内の、立入禁止区域に立ち入らなければ見つからないのだ。
社会人はそんなことしないだろうし、子供だって親が止めるだろう。
となれば、親の目が無く、自分の意志で、ある程度のことは自己責任となる年齢。
「…………大学生かぁ。それくらいしか思いつかないよなぁ」
「それくらいの方だったと思います。すっごく吃驚してたような気がします。何でこんな所にー⁉ …って」
「そらそーですよ。俺だって連れて来てもらわなきゃ、絶対分かんないですよ」
店長が「ですよねぇ」とおかしそうに笑う。
それを見て、和哉はひっそりと安堵を覚えていた。
…ほら、ちゃんと昔の話は聞ける。ちゃんと
やっぱり淳平も自分も、考えすぎだったのだ。
こうしてカフェを営業する本人から話を聞く。何より確実性が高いことだ。疑いようのない、ちゃんとした昔の話だ。
淳平にも教えてやればいい。そうすればあいつの抱えている不信感も消えるだろう。
そう思って、和哉は話題を切り替えた。
「そういえばですけど、店長さんは『特別な食材』食べたことあるんですよね?」
「もちろん! ありますよ。味見もしないでお客様には出せませんよ」
「はは、ですよね」
「ええ、そうですとも! でも、何でですか?」
店長は不思議そうに問う。
「この間、ステーキ食ったときに「ここが美味しい!」って、良いトコくれたじゃないですか。だから店長さんには、どこが美味しくて、どこが微妙か、ってのがわかるんだろうなー、って。んで、店長さんはどこの部位が好きなのかなー? って」
本当は他に聞きたいことがあった。
どんな本を読むのかとか、どんな音楽を聴くのかとか、休日はなにをしてるのかとか、そもそも休日があるのかとか…。
店長のことをいろいろ聞いてみたかった。
でもいざ聞こうと思うと、どうにも恥ずかしくて、一番店長が乗り気で話してくれそうな料理に関わる事――『特別な食材』のことから聞くことにした。
和哉想った通り、やはり店長は食材や料理の話が好きらしい。「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりの眼差しで和哉を見た。
「前は柔らかくて美味しい部位を和哉さんにお出ししましたが、それ以上に美味しいのは『頭』です! ほら、お魚とかでも、頭の方…目の周りとかは筋肉が詰まってたりとかで美味しいでしょう? それと一緒で『特別な食材』も、『頭』がいっちばん美味しいんですよ! 私、それが大好きで大好きで…!」
店長は恍惚の表情で言った。
きっと相当美味しいのだろう。
「それ、お客さんには出してます?」
「出してません!」
一番美味しいところは店長が持ってっているようだ。
そんなに美味しいと聞かされたら、是非とも食べたくなる。
「ええー、なんでですか。食べたいっすよ」
「頭の部分は大きな骨もあるし、身が塊で取れにくいから、綺麗な調理が出来ないんです。やっぱり見た目の悪いものはお客様にお出しできませんから」
「………と、言いつつ、本音は?」
「…………店長権限でいただいてます!」
店長が「ごめんなさい!」と言って誤魔化す。
「その代わり、というわけではないですが、ほかの部位は全部お客様用にしているんですよ。やっぱり美味しいものは共有してこそだと思うので」
見た目が悪いから出せない、というのを口実に、とっておきをいただく。
その代わり、他は全て客用の料理に使うのは、「絶品は共有して初めて絶品になる」という、彼女独自の理論からくる、お詫びの気持ちを込めたものなのか、それとも単純に、本当にそう思っているだけなのか。
「しょうがないから諦めますよ。その代わり、今度また入荷したときも、美味しいトコください」
「あ、キープですか? ホントはお客様みんな平等なんですけど、仕方ないですね。では予約という事で」
店長がエプロンのポケットからメモ帳とペンを取り出し、即席の『予約票』を作った。
そこに和哉の名前と「『特別な食材』の美味しいトコ、キープ」と書いてカウンター裏、店長からしか見えない位置に貼った。
店長との『秘密』が、一つ増えた。
和哉はそのことに何とも言えない嬉しさを感じて、その後もしばらく、二人だけの会話を楽しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます