第二章 ✲✲✲ 5 ✲✲✲
和哉は、淳平が出て行った講義実の出入り口をじっと見つめてまま、しばらく動けないでいた。教材を詰め終わった鞄を手に持ち、デスクを前に椅子から立ち上がった状態のまま、じっとしていた。
淳平の言ったことが、思考を食い潰していくように広がる違和感が、胸の中心を抉り、風穴を開けたかのような感覚に、
――誰も当時の話をしない。まるで、その頃など無かったかのように。
「……………………」
これまでの友人たちや店長との会話の中で「空白」となるものがやけに多いと、思わなかったわけじゃない。はっきりしないことが多い、という印象を抱いていなかったわけじゃない。
自分が過敏になっているだけ。あのカフェのことが、あのカフェにいる彼女のことが気になっているから、それに関わる全てに、過剰に反応しているだけ。
そう、思っていたのに。
「……………………」
淳平が抱いていた、カフェの「空白」への違和感。
和哉がずっと胸の隅に置いていたものが、淳平の話を聞いたために、表に引っ張り出されてしまった。
カフェの情報源を探った時の、亜弥の友人ら聞いた「忘れてしまった」
店長のSNS嫌いの為に、既にネットに上げられて記事までもひとつ残らず「消す」
『特別な食材』のことを聞いた時に店長が言った「秘密」
カフェが開店した頃の当時の話は、淳平の友人の範囲までだが、誰も「しない」
カフェがいつオープンしたのか、店長が誰に料理を教わったのか、分からない情報が無い訳ではない。店長本人から聞いたのだ、信憑性は高い。
「…………分かることが、ないわけじゃない」
分かることもあれば、分からないこともある。
そんなのよく考えなくても、当たり前のことだ。
すべてを把握するなんて、どんなことであっても、まず不可能なのだ。
何かが分からない状況なんて、あのカフェに限った話じゃない。
全部、
今の『満腹カフェ』を知っているからと言って、二年前の当時のカフェを知っているとは限らない。決して変ではない。
淳平が話を聞いた人数だって、そう多くはないだろう。一人の学生の友人の人数など、たかが知れている。この大学には何百人と学生がいるのだ。それに、大学内の人間が知らないだけで、大学外の住民らは知っているかもしれない。これだって、違和感はない。
それに加えて、カフェは人目に付きにくいところにある。カフェの存在さえ知らない者も多いのだから、過去のことも含めて詳しいことを知らないとしても、何らおかしくない。
そうだ。
おかしいことじゃない。
「気にしすぎってか……」
全て、気にしすぎなのだ。
さっき淳平との会話で感じた、あの嫌な感じも、きっと気のせいだ。
何かを不振がって、あれこれ考えるなんて、性に合わないことをしたから、きっと混乱してしまったのだ。
「…………帰ろ」
さっさと帰って飯食って、さっさと寝よう。
和哉は鞄を肩に掛け、講義室を後にした。
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