第二章 ✲✲✲ 2 ✲✲✲

「亜弥、あのカフェの仕入れ情報はまだないのか?」

 智晴がカレーライスを食べながら亜弥に問う。

「うーん、ないなぁ。あれから一度も」


 和哉が一人でカフェを訪れた日の翌週の金曜日。

 いつもの五人はいつもの食堂で、いつも通り昼食を取っていた。

 最初に五人でカフェに行ってから、今日で二週間ほどが経つ。

「また食いてーな、あれ」

 全員があのカフェで食べた、あの『食材』に焦がれていた。

 初めて食べた、あの肉。舌を蕩かすような肉のうま味が、歯で噛み切るときの柔らかさが、いつまで経っても忘れられない。

「もうそろそろ入荷しないかなぁ。あのステーキ忘れられないよぉ。和哉ももう一回食べたいでしょー?」

「……そうだなぁ」

 実のところ、和哉はあの『特別な食材』が、まだしばらく入荷しないであろうことを知っていた。

 一人でカフェに行った数日後、和哉はもう一度、一人でカフェに行ったのだ。

 その時に、もう一度店長に『特別な食材』のことを聞いたが、やはり教えてはもらえなかった。それならせめてと、次の入荷予定日を聞いてみたが、こちらはあっさりと答えてくれた。あっさり、と言っても「全く未定」という答えだったが。

 入荷状況を事前にインターネットで調べられない以上、実際にカフェに足を運んで確かめるしかない。

 和哉は今日もカフェに行くつもりだった。


 ―そうだ、そういえば、ネットの話…。


 店長がSNSをあまり好まないが故に、出回らないカフェの情報。

 亜弥は恐らく友人から情報を得たのだろうが、その友人はどうやって『特別な食材』のことを知ったのだろう。

「なあ、亜弥。お前あの店の事、どうやって知ったんだ?」

「んあ?」

 亜弥は定食のメインのコロッケを丁度口に入れたところだった。

 もぐもぐと咀嚼して、コロッケを飲み込んだ後、亜弥は答える。

「私は友達の裕子に聞いたんだよね。カフェそのもの自体はもうちょっと前から知ってて、『特別な食材』のことは、あの日の前日に」

 やはり、亜弥は友人から情報を得ていた。

 あの日、というのは五人でカフェに行った日の事だ。

「じゃあ、その裕子って友達は、どうやってカフェのことを知ったんだ?」

「んんー? なんでそんなこと聞くの?」

「え、あ…深い意味はないんだけど」

 亜弥は「ふーん?」と不思議そうにしたが、それ以上は気にしなかった。

「裕子は…どうだったかな。なんか聞いた気もするけど、忘れちゃったなー」

「そうか……」

 出来れば知りたいと思ったのだが、忘れてしまったのなら仕方ない。

 和哉の残念そうな顔を見た亜弥が、少し悩んで言った。

「何が気になんのか知らないけど、裕子に聞いてみよっか?」

「え、いいのか?」

「んー、うん。まぁそれくらいは、別にね」

 亜弥は膝に置いていた鞄からスマートフォンを取り出す。

 カコカコ、という小気味いいキーボード音をさせながらメールを打ち、送信した。

「そのうち返ってくると思う。返ってきたら知らせるね」

「サンキュー、助かるわ」

 その後は、次の講義について話しながら食事をした。

 あの教授の講義は眠くなるだの、毎回出されるミニ課題が地味に面倒くさいだの、たわいもない話だ。

 いつものように過ごした昼休みの終わり頃、亜弥のスマートフォンが、ピロン、と鳴った。

「お、返信きた。思ってたより早いわ」

「そうなのか?」

「うん。あの子、あんまり携帯見ないから。メールの返信とか、いつもちょっと遅いの」

 「ラッキーだったね」と言いながら、亜弥はメールを開いた。

「……………………ふーん?」

 送られていたメールを見た亜弥が、少し首をかしげる。

「なんだって?」

 和哉が急かすように聞いた。

「うーん、よくわかんないけど、あんまりはっきり憶えてない、っていうか、よく分かんないって。誰かから聞いたような気がするんだけど、それが誰だったのか、とか」

「ネットで見たとかじゃなくて?」

「うん、違うみたい。聞いた話だって」

「そっか…。ありがとな、わざわざ」

「いーえー」

 亜弥はスマートフォンを鞄にしまった。

 情報源探しは思ったよりも早く行き詰ってしまった。

 裕子という亜弥の友人がどこから情報を得たのか分かれば、その先を追えると思ったのだが、それが分からなければこれ以上は進めない。

 なんとなく気になっただけとはいえ、少し残念に思った。

 あまり期待は出来ないが、亜弥たち以外の友人にでも聞いてみようか。

 午後の講義で一緒になる友人に、ほんの少し望みをかけてみることにした。


「………全滅、かぁ…」

 結局、講義で一緒だった二人の友人からは、和哉が求めているような回答は得られなかった。

 一人はカフェの事さえ知らず、もう一人は亜弥と同じように、また別の友人から聞いた話だったらしい。さらに、その別の友人に連絡を取ってもらって情報源を遡ってもらったが、最終的には「忘れてしまった」のだと言う。

「この大学の学生の記憶力、どうなってんのよ…」

 たかが話を聞いた相手一人、何故どいつもこいつも憶えていないのだ。

 特に今回の友人から、そのまた友人へと遡った最後には「誰からか聞いたのか、何かを見たのか、まるっきり忘れた」ときた。

「……諦めるしかない、か」

 元々、なんとなく知りたいだけだったのだ。結果的に分からないでも、特に問題は無い。

 そう思わなければ、どうにもやっていられない。

「………ネットに情報上げたのは、結局誰だったんだろうなぁ」

 そのことも最終的に分からなくたって、特に問題は無い。

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