第5話 特殊性癖教室へようこそ 第一章④

 土曜の朝は、ものすごい頭痛と共に始まった。

 またやってしまった。もうこんな飲み方はしないと誓ったのに。正直あまり記憶がないのだが、職場で妙なイメージを抱かれてませんように……。

 月曜日は入学式があった。清純学苑は私立だけあって大きな講堂があり、新入生と保護者と在校生が一体になった盛大な入学式が行われた。

 二限目には新入生歓迎会があり、在校生の出し物を鑑賞した。

 二限目と三限目の間の休み時間に、俺と恭野きょうの宮桃みやももは、教科書置き場と化した生物実験室から教科書を運んだ。

「重いよー、伊藤せんせー、文香ふみかちゃーん」

 小柄な宮桃は、ブーブー文句を言いながらも手伝ってくれた。

 三限目が始まる前に教室に到着した。教室に着くとハカセが、外気を受けてゆらゆらと揺れるカーテンをじっと見つめていた。

「どうしたんだ、お前」

「先生。スカートっていいよね」

「まぁ、いいかもな」生徒に寄り添わねば。

「スカートの良さは、揺れる所にあると思うんだよね。女の子は、こんなにも無防備な布の下に、下着一枚をデリケートな部分に貼り付けて生きているんだと思うと、とんでもない異常性欲者の変態だらけなんじゃないかと思えてくるくらいだよ」

「気のせいだと思うぞ」駄目だ。寄り添えない。

「だから僕は今、カーテンの揺れを見ることで、スカートの揺れの研究をしてるんだよ」

 ハカセは陶然とカーテンを見つめている。中々にヤバい発想だ。カーテンの揺れを参考にスカートの揺れを研究する……。ひょっとすると、こういう発想からイノベーションは生まれるのかもしれな――いや、無いな。

「あっ、どーてーせんせー♡」

 ふと、甲高い声が聞こえた。声の主は胡桃沢朝日くるみざわあさひだった。今日の彼女は学校指定のセーターを腰に巻いて、胸元から谷間がチラ見えしていた。相変わらず、誰でも土下座すればヤれるんじゃないかと思うような露出度だ。ハカセも変なことを言っている暇があれば、胡桃沢に土下座をすればいいのに。百回くらい土下座をすれば、一度くらいは奇跡が起きるかもしれないのに。

「どーてー♡ どーてー♡ どーてー♡」

 そう言って胡桃沢はキャッキャと笑う。男子中学生みたいな絡み方しやがって。

 ……ん?

 よく見ると、胡桃沢の背中に隠れて、もう一人女の子がいた。

 あんまりにも無口だったし、気配が無かったので気づかなかった。三つ編み頭で眼鏡をかけた女の子だ。彼女は胸元を両手で守りながら、怯えたように突っ立っていた。胡桃沢とは対照的に、スカートの丈は長くて野暮ったい。えーっと……、彼女の名前は――

伏黒祈梨ふしぐろいのり?」

 俺は疑問文で聞いた。すると、オールドスタイルの三つ編み少女は答えた。

「……は、……はい」

 彼女は恥ずかしそうにうつむいた。後はうんともすんとも言わなかった。

 変わった風貌の生徒なので、なんとなく覚えていた。胡桃沢は、俺が少女の名前を知っていたことに驚いたようだ。

「へー、せんせーって祈梨の名前、ちゃんと覚えてたんだ」

「まぁな」

「祈梨って名前忘れられがちなんだよねー、こう言っちゃなんだけど影が薄いからさ。ひょっとしてせんせーって、祈梨みたいな子がタイプなの?」

「そ、そんなことはないっ」

 俺は驚いて否定した。でも、あんまりにも強く否定したので伏黒は気を落としたらしい。しゅんとして胡桃沢の後ろに隠れてしまった。

「あ、せんせーひどーい」

 胡桃沢は怒ったふりをしてみせた。あまり本気で怒っているわけじゃないらしい。

 二人を見て俺は――悪い想像をしてしまった。

 それは、ひょっとすると胡桃沢が、伏黒をいじめているんじゃないかという想像だった。なんたって、胡桃沢のような派手な女の子と、伏黒のような地味な女の子が一緒にいるのは違和感がある。誰だって二人を見れば、似たようなことを考えてしまうだろう。


 ホームルームが始まる。

 今日の議題は「学級委員を誰にするか」だった。俺はシンプルに質問した。

「じゃあ、学級委員やりたい人ーっ」

 学級委員なんて面倒なこと、誰もやりたがらないだろうと思ったら、意外にもちらほらと手が上がった。

 手を上げた生徒の中には恭野も混じっていた。そういえば武蔵野先生が、恭野は中二の頃から学級委員をやっていると言っていたな。

 えーっと、ここからどうやって決めるかな。

「投票でも行うか?」

 すると、立候補をした女の子の一人が言った。

「それだと、恭野ちゃんが絶対に一位になっちゃうよー」

 確かに。三年間学級委員をやっていた実績もあるしな。

「じゃあ、じゃんけんか?」そう言うと、じゃんけんで決めてしまうのはちょっと――という反応が教室から帰ってきた。

 うーん、どうすれば一番丸く収まるのだろう。

 なんて考えていると、ふとハカセの様子が目に入った。

 ハカセは数式を書いた紙を十枚ほど辺りに散らかしていた。どうやら本当に、カーテンの揺れからスカートの揺れを計算しているらしい。それから、ついに式を立てる段階は終わったらしく、鞄から古いパソコンを取り出した。

 ハカセはパソコンをおもむろに机の上にドンと置くと、カタカタと打鍵し始めた。何をしてるんだろう。まさか、本当にスカートの揺れを再現するプログラムを書いているのだろうか?

「せんせー、ハカセのことを気にしてるなら、意味ないと思うよー。ハカセって時々こーなるからさ」胡桃沢はスマホをポチポチいじっている。

「でもさー、ハカセくんってきっと将来大物になるよねー。成績もいいし、いっつも良くわかんないプログラム起動してるもんね。私思うんだけど、ノーベル賞取っちゃうのって、こういう人なのかも!」

 宮桃はきゃっきゃと笑っている。まさか彼女も、ハカセがスカートの揺れをプログラミングしているだけの変態だとは思ってもいないだろうし、ましてや、自分の子宮をイラスト化して喜んでいたなんて思わないだろう。

 打鍵音が激しい上に、エンターキーを「ターン!」ってやっているがために非常に気になるのだが、言われるがままに無視をすることにした。

 学級委員に立候補した生徒には立会演説みたいなのをやってもらって、それから投票にしようかなぁ……と考えていた――その時だった。

 ふと、怪音が聞こえた。

 ぴちゃり、ぴちゃり。

 水滴が天井から落ちる音だ。

 なんでこんな音が?

 ていうか、これ生の音じゃないな。録音された音だ。

 スピーカーで増幅されたような音だ。甲高くて耳に響くような音だ。

 鍾乳洞の音?

 いや違う……。

 もしかして風呂場の音か?

 やがて、ガラガラと横開きのドアを開ける音が続いた。

『やっほー、お風呂一番乗りぃーっ!』

 天真爛漫な声が聞こえた。宮桃がガタンと椅子を鳴らした。

「これ……、私の声?」

 もう一度ドアが開く音がした。今度はたくさんの人々の息遣いが聞こえた。

『祈梨って、意外とおっぱい大きくない? 揉んでやるーっ! ほりゃ』

『やめて下さーーーーーーーいっ!』

「……私の声だ」スマートフォンをいじっていた胡桃沢が目を丸くした。

 その後ろの席で、伏黒がふるふると震えている。

 ぺたぺたという足音が聞こえる。次は恭野の声だった。

『宮桃ちゃん。薬湯がありますよー』

『文香ちゃん。それで喜ぶのはちょっとおじん臭いよ……』

 恭野は黙り込んでいる。

『ねーねー、pHって授業でやったよね。文香ちゃん、これどーいう意味?』

『アルカリ性って意味ですよー』

『アルカリってなんだっけ? フランシスコ・アルカリ?』

「……これ、去年の林間学校ですよね?」

 恭野が呟く。確かに、生徒たちが一同に集ってお風呂に入る機会なんて、林間学校くらいしかないかもしれない。

 じゃあこれは、林間学校の、お風呂場の盗聴音声なのか――?

 俺はハカセのパソコンを見た。ハカセ本人は集中し過ぎていて気づいていないが、確かに彼のパソコンから盗聴音声が流れていた。

 ていうか、MAXの音量でダダ漏れしていた。

 それから、女生徒たちがきゃっきゃと遊ぶ音が続いた。かけ湯を浴びる音。ドボーンと湯に飛び込む音。貸し切りをいいことに泳いでいる音。湯に浸かる前に体を洗おうと、シャワーの栓をひねる音。水をかけられて叫ぶ音。叫ぶのを聞いて笑う音。浴場を走るぺたぺたという音。十代の女の子が、何でもかんでも笑いに変えてくすくす笑う音。

「は……、ハカセ殿……」

 蕎麦くんはおろおろしながら、隣の席にいるハカセの元へと駆け寄った。

 ハカセはようやくプログラムを書き終わったようで、上機嫌に蕎麦くんに言った。

「フフ……。出来たよ。素晴らしいプログラムが。あの、いやらしく種の保存を誘うような女の子のスカートの揺れを完全再現した、神のシミュレーションがね!」

「ちょ……ちょっと」

「では、見てくれたまえ」

 ハカセは蕎麦くんにシミュレーション動画を見せようとして――動きを止めた。

 哀れにもハカセは、今更音漏れしていることに気づいたらしい。

 ハカセはわざとらしく、ゴホゴホと咳払いした。はにかむような笑みを浮かべた。それからゆったりとした動作で盗撮音声の再生を止めると、わざとらしく言った。

「ごめんごめん。国会中継が音漏れしていたよ」

 それはさすがに無理があるだろ――

 胡桃沢が、ハカセのパソコンのディスプレイの右端を掴んで持ち上げた。

 機械的に揺れ続けるスカートのシミュレーション動画の隣に、動画の再生窓があった。

 胡桃沢は無言で再生ボタンを押した。

 こうして無慈悲にも――林間学校の女子風呂の音声が再開された。

 ようやく状況を飲み込めた女生徒の一人が、驚きのあまり椅子をふっ飛ばした。

「きゃ……、きゃああああああああああああっ!」

 恐慌の声が続いた。女生徒たちは困惑している。

「な、なんでぇーーーーー!?」

「ヘンタイ! 見ないでーーーーっ!」

「ハカセ死ねーーーーーーーーーっ!」

「これ蕎麦そばが撮ってるでしょ。蕎麦も死ねーーーーーーっ!!」

「これって、林間学校の映像だよね?」女生徒の一人が疑問を呈した。「どうしてハカセが動画を持ってるの? だってさ、去年の林間学校の時、蕎麦くんたちって盗撮騒ぎを起こして捕まったよね。その時に、盗撮映像は前田先生が責任持って処理するって言ってたのに……」

 前田先生?

 俺はふと、金曜日に蕎麦くんが言っていたことを思い出した。

「前田先生は、拙者たちと仲が良かったでござる。彼は教師の権力を用いて、ありとあらゆる盗撮シチュエーションを拙者たちに用意してくれたでござるよ」

 たぶんそれ、処理出来てないな……。

「あわわわわ……、拙者達のコレクションが……」蕎麦くんは、カッターシャツの脇を汗でびっしょりと濡らしていた。「違うでござる……。これには深い訳が……」

 蕎麦くんは崩れ落ちそうになり、椅子の背もたれで体を支えた。

 しかし、その瞬間――手の平の汗でつるりと滑った。

「ひでぶっ!」

 蕎麦くんは横転した。百キロ近い巨漢であるせいで、水風船が叩きつけられるようなピシャリという音がした。

 続いて、蕎麦くんの机も転がった。椅子も転がった。それらは回転しながら教室の後ろの方へとふっ飛ばされた。蕎麦くんは、まるで格闘漫画で格上の相手にエネルギー弾を食らったかのようなものすごい転び方をした。

 呆気にとられていると、べちゃりと、厚紙のような何かが俺の顔に付着した。

 なんだこれ。

 引っぺがすと、それは写真だった。蕎麦くんの机の中に入っていた盗撮写真だ。きっと机の回転と共に射出されたのだろう。蕎麦くんが持っていた大量の盗撮写真は、今や教室中に雨のように降り注いでいた。

 女生徒たちの阿鼻叫喚の声が聞こえる。

 驚愕の声は……、いつしか殺意の波動へと変わっていった。

「殺す……」

「死なす……」

「ボコして埋める……」

「原型を留めなくなるまで殴り続ける……」

 どこからか、そんな声が聞こえた。

 女生徒たちは教室の後方でうずくまっている蕎麦くんとハカセを逃がさないように、まるで手慣れた害獣駆除チームのようにジリジリと距離を詰めていった。

 蕎麦くんとハカセも、なんとか距離を取ろうとする。

 そんな中、何食わぬ顔で教室を出て行こうとしていた土之下くんだったが、どう見ても共犯なので女生徒たちに襟首を掴まれていた。

「じゃあ、制裁しちゃおっか!」

「死なない範囲でね!」

 女生徒たちは言う。一番前で制裁を取り仕切っていた二人の女の子が、ライターとタトゥーマシンを取り出した。

「早速、土之下つちのしたくんを燃やしちゃうね!」

「私は、土之下の頭に『変態』っていう刺青彫るね!」

 そういえば学苑長から貰った用紙に、火炎性愛パイロフィリア刺青性愛スティグマトフィリアという性癖が書かれていたような気がする。ひょっとするとこの二人は、その性癖なのでは……。

 ジイイイイッという、蜂の飛行音のようなタトゥーマシンの音が聞こえた。続いてヘアスプレーをライターに引火させる音も聞こえた。俺は目を瞑ることしか出来ない。

 死なないでくれ、土之下くん……。

 やがてウギャアアアア、という、痛々しい叫び声がこだました。蕎麦くんとハカセは後退するうちに、教室の後方にある掃除ロッカーの所にまで追い詰められていた。

「ハカセ、なんで再生しちゃったでござるか……。ハカセはいつだって詰めが甘いでござるよ……」

「それを言うなら蕎麦だって……。前々から、写真の扱いには気をつけろって言ってたのに……」

「ハカセのバーカ!」

「蕎麦のデブ!」

「白衣コスプレ野郎!」

「百貫デブ!」

 男子生徒二人は、醜い罪のなすりつけ合いをしている。あれだけ仲の良かった二人が、極限状態ではこうも変わるのか。人間の闇を見るかのようで胸が痛んだ。

「ただ僕は……、新しい仲間である伊藤先生に、盗撮動画を見て喜んでもらいたかっただけなんだけどな……」

 ……ん?

「昨日の夜、林間学校の盗撮動画をチェックしてたんだ。でも途中で寝ちゃってね。動画が再生された状態で、パソコンが自動でスリープしちゃったらしい。古いパソコンだから、パソコンを開くと同時に動画の再生が始まっちゃったみたいだね……」ハカセは頭をかいた。

「それを言うなら拙者も。今日は、先生に盗撮写真を見せてやろうと思って、多めに写真を持ってきたのでござるよ。ホームルーム中も選別していたでござる。それがこんな結果に繋がるなんて……」

 こそこそ話している二人に、胡桃沢がキレ気味で言った。

「あんたら何言ってんの? 死ぬ前の懺悔タイム?」

 胡桃沢は二人を睨む。普段からパンツが見えやすい胡桃沢だが、こういうふうに撮られることは許せないらしい。

 女生徒の一人はライターの火をつけると、ポケットから取り出した新聞紙に引火させた。更に一人がタトゥーマシンの電源を入れる。ガラスを引っ掻くようなピープ音が鳴った。

「あわわわわ」

 尋常じゃない状況を前にした蕎麦くんは、何を思ったか叫び始めた。

「い、伊藤先生~~~~~~っ! 拙者たちを見捨てるでござるか、この裏切り者~~~~~~~~~っ!」

 アイツ……、何を血迷ったんだ!

「伊藤先生~~~~っ! せ、折角、先生のために動画を持ってきたのに、どういうつもりですか~~~~っ!」ハカセも叫ぶ。

「仲間を見捨てるなんて最低でござるよ! 男の風上にも置けないでござる~~~っ!」

「助けて下さいよ~~~。僕らの司令塔。四天王で言えば朱雀的な存在の伊藤先生~~~

~~~~~~~っ!」

「初代で言えば、ワ○ル的な存在の伊藤殿~~~~~~~~っ!」

「責任取って下さいよ。この人でなし~~~~~~~~~~~~」

「ちょっと待って」胡桃沢は聞いた。「せんせーのために盗撮映像を持ってきたって……、それホント?」

「ほ、本当でござるっ!!」

「助かりたくて嘘ついてるんじゃないよね」

「う、嘘はつかないでござる。拙者達は言わば、伊藤先生に命じられる形で……」

「伊藤先生が持ってこいって命令したんだ。持ってくれば、次からは盗撮に協力してやるって……」

「あと昨日、伊藤先生のチャックが開いていたのもわざとらしいでござるよ」

「見せつけるのが趣味らしくて……」

「昨日も、胡桃沢殿の盗撮写真をご所望でござって……」

 ……へ?

 何言ってんのあいつら。

 あまりの事態に、脳髄が理解するのを辞めていた。

「わ、私の写真を……?」

 胡桃沢は驚くと、疑いの目で俺を見た。

「違うぞ!」俺は無実を叫んだ。「確かに、俺はお前の写真を見たが――」

「見たの?」

「見てはいるけど……」

「ふーん。見たんだ……」

 胡桃沢は何も言わなくなった。なんとなく、不要な勘違いをさせてしまった気がした。

 俺に対する疑念が、教室中に広がっていく。

「先生とグル?」

「まさかね……」

「でも前田先生だって、妙にあの三人と親しかったよね……」

 女子生徒たちが、ちらりと俺の方を盗み見している。俺は必死で弁解をする。

「俺はただ、こいつらに一方的に仲間だと思われているだけで……」

「はい! 先生はパンツを『人並みには好き』って言ってたでござる!!」蕎麦くんが叫ぶ。

「写真だって、勝手に押し付けられただけで……」

「はい! はいはい! 先生はスカートも好きだって言ってました!」

 ハカセも叫ぶ。こいつら……、助かりたくて必死か?

 胡桃沢は、地面に落ちた写真を一枚拾い上げた。

 それは、夏服の宮桃が校庭の池に落ち、スポーツブラの紐を透けさせている写真だった。

「でもさ。せんせーに見せるためだって言うなら、筋は通るんだよね」

「何が?」

「だってさ、これってたぶん、去年の夏に撮った写真だよね。宮桃が池に落ちたの、私も覚えてるし。もし男子連中が、ズリネタのために私たちの写真を共有してたとしたら――ていうかたぶん、してると思うんだけど――一年前の写真なんて、とっくの昔に共有し終わってると思うんだよね」

 胡桃沢は俺に向き直り、淡々と指摘した。

「その写真を今更学校に持ってくる理由なんて、新しい仲間が出来たからとしか思えないでしょ?」

 見事な推理だった。スカートが死ぬほど短い、知性ゼロの服装をした胡桃沢朝日は、意外と理知的なことを言ってみせた。

「こいつらが勝手に、俺にプレゼントしようとしただけで」

「今の状況じゃ、そんなこと言われても信じられないよねぇ……」

 胡桃沢は残念そうな表情を浮かべた。完全にクロだと思っているわけではないが、状況的に、俺が犯人だと認定せざるを得ないという顔だった。

「……じゃあ、やっぱり」

「信じられないけど……」

「先生が蕎麦くんたちに命令して……」

 教室のムードは、俺がクロで決まりかけていた。女生徒たちはみな、猜疑心にまみれた瞳で俺を見ている。ただ二人、ロッカーの前にうずくまった蕎麦くんとハカセだけが、難を逃れたというふうにニヤリと笑って――

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