Ch9.悪


 あなたは悪人ですか、と聞かれたので、こう答えてみた。

「私は悪を内包しているし、許容もするけれど、悪人ではありません」

 あなたは善人ですか、と問われたので、沈思黙考ののち答えを開陳した。

「私は善を内包しているし、許容もするけれど、善人ではありません」

 あなたは何人ですか、と個人的見解を求められたので、期待に応えることにした。

「あいあむあーすりんぐ」

 あなたは何人ですか、と哲学的質疑を向けられたので、応答してやろうと思ってやることにした。

「わたし、ひとり。わたし、そんなに、いっぱい、いらない」

 あなたは悪ですね、と首肯を強制されたので、それに逆らうふりをしつつ従順にその要求を飲み込むことにした。

「いぇーす。あいあむいびる」

 あなたは善ではありませんね、と否定を求められた気がしたので素直にその通りにしてみる。

「のー。あいあむぐっどねす」

 悪とはなんですか、と社会的風評を鑑みた冷静な判断を合理性に基づいて以下略。

「わたし」

 善とはなんですか、と、あー、うん、以下略ね。

「わ・た・し」

 私はなんですか、と真剣な面持ちで質問される。

 さぁ、なんだろうねぇ。

 知らないし、どうでもいいな。

「わたしだよ」

 なので、嘘をつきました。

「あなた、やっぱり悪人ね」

 呆れ交じりにそう言われた。

 まぁね。

「少なくとも、君よりは」

 そう、君よりは、私の方が悪人だとも。

 私が悪だと言い切るのに、君以上にふさわしい比較対象は存在しないのだ。

 さぁ、これで十分。

 私は悪で。

 君は何でもなくて。

 それで、おしまい。

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