第6話【制服はやっぱりメイド服】
マリベルさんの家は、屋台を出していた通りからさほど遠くはなく、大通りから一本入ったとこにある庭付きの二階建てだった。一階部分は店舗になっていて、二階部分が居住スペースなのだろう。
こう言ってはなんだが、パンを売って生計を立てている割には大きな家だと思う。
「パン屋さんだー」
「ええ、パン屋さんですよー」
紗綾はあっという間にマリベルさんに懐いてしまった。普段一緒に外出する時は必ず手を繋いでいたから、空いた手がちょっと寂しい…
「さ、遠慮せず上がって上がって。今お茶を入れるわね」
「お邪魔しまーす」
「お、お邪魔しまーす…」
どうやら店の中で飲食も出来るようで、俺達は手頃な席に腰を落ち着ける。とそこに、いつの間に入れたのかお茶とお菓子を持ってマリベルさんが帰ってきた。
「はい、お茶とケーキですよー。紅茶しかないけど、サーヤちゃん大丈夫?」
「あ、はいっ!大丈夫です!ふぁぁ、美味しそう」
そう言いながら紗綾の目はケーキに釘付けだ。サイズは小さめだが色とりどりのケーキが机の上に並べられていく。あれ?ここはパン屋じゃなくてケーキ屋なのか?
「さ、好きなのを食べて良いからね」
「わぁぁ、ど、どれにしよう……うー、どれも美味しそうで決められないよー……」
紗綾が目の前のケーキを前にあたふたしているので、俺はとりあえず果物が豊富に乗っている1番豪華なケーキ?タルト?を手に取った。
「あー、お兄ぃダメー!紗綾が選ぶまでちょっと待ってて!」
「お前がいつまで経っても決められないからだろう……ほら、これにしとけよ」
そう言ってさっきのをそのまま紗綾にスライドする。紗綾はいつもそうだからな……。決められなくて結局人の選んだのが1番美味しそうに見えるパターンだ。
「クスクス……仲が良いのね二人共」
そう言いながら微笑んでいるマリベルさん。恥ずかしいやり取りを見られたせいか、紗綾は顔を真っ赤にしながら、それを隠すようにケーキを食べ始めた。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末さまです」
結局あの後、俺はケーキを2つ、紗綾は何と3つも食べた。あの身体の何処に入るのか謎だけど、まぁ、女の子だし甘い物は別腹って言うしな……いや、この場合別腹じゃ無いか。ちなみに紗綾は「美味しくてとまらないよぅー」とか言いながら4つ目にも手を伸ばそうとしてたんだが、ボソッと太るぞ、と呟いたところ慌てて手を引っ込めていた。その後やれデリカシーが無いだの、乙女心がわかってないだの罵られ、またマリベルさんに笑われたのは別の話だ……
「さて、それじゃあさっきの話だけれど」
片付けから帰ってきたマリベルさんがそう切り出した。
「さっきも言ったけど、期間は特に気にせず家に泊まっていってね。その間あなた達にはお店を手伝って欲しいのよ」
「それはコッチとしても願ったり叶ったりですが、良いんですか?いきなり2人も増えて、その……」
何も消費せずに生きていける人間なんて存在しない。俺達2人が増える事で食費をはじめとする色んな生活費が増えてしまう。勿論生活費は入れようと思うけど、マリベルさんから貰った給料から払ってもマリベルさんに帰るだけだ。
「ああ、生活費の事?良いのよ、子供が生活費なんて気にしないの」
「いや、そういう訳にも……」
「と言うより、私もちょうど人手が欲しかったところなのよ。住み込みの仕事だと思えば少しは気が楽になるかしら?」
「まぁ、それなら少しは……」
「じゃあそれで決まりね」
何だか押し切られた感もあるが、実際助かる事に違いは無い。何より紗綾を一人にしないで済むのはとても助かった。
「それで、俺達は何を手伝えば良いんですか?パン屋だしやっぱりパン作りとかですか?俺達、パンとか作った事は無いんですけど……」
「ああ、パン作りは良いのよ、そこは私がやるわ。あ、でもその内作ってもらうのも悪くないわね」
そう言ってニッコリと微笑むマリベルさん。パン作りか……俺はともかく、紗綾は覚えが早そうだな。普段から料理はしてるし……
「あなた達にはね、スバリお店をお願いしたいのよ。勿論私も出るけど、それだとどうしてもパンが作り置きになっちゃうのよ……。出来たら焼きたてを出したいじゃない?」
確かに開店前にパンを作って店に並べて、店番まですると追加のパンは中々焼けないよな……。実際日本にあったパン屋も作り置きがほとんどだったし……
「今日は休みの日だからちょっとだけ屋台で出してたんだけどね?普段は店にかかりっきりなのよ……。そこであなた達の出番よ。特にサーヤちゃん!」
「ふ、ふぇ!わ、私ですか!?」
急に白羽の矢が立った紗綾がわたわたしている。まぁ、まだ中学一年だし、あんまり働く事なんてピンとこないわな。
「ええ、あなたにしか出来ない事よ。それはね……」
マリベルさんが妙な間を挟んできた。紗綾は何をさせられるのか、緊張した顔でマリベルさんをじっと見ている。マリベルさん、何させる気なんだろう……
「看板娘になって欲しいのよ!」
「か、看板娘……ですか?」
「ええ、実は一目見たときからピンと来たのよ。大丈夫、あなたならきっと人気の看板娘になるわ」
確かに小さい子が一生懸命働いている姿はなかなかにクルものがある。いや、しかしマリベルさんを目当てに来てる客からしたらがっかりしないか……?
「……お兄ぃ、言いたい事があるならはっきり言っていいよ?」
頭の中を読まれたのか顔に出てたのか、紗綾がジト目でこっちを見てくる。あえて藪を突くことはすまい…
「と言う事で、どうかしら?お願いできるかしら?」
「はいはーい!やります!私、頑張ります!」
「ええ、よろしくお願いします」
「良かった。じゃあサーヤちゃん、あなたはコレを着て頑張ってちょうだい」
そう言って差し出された服……ちょっとまてどこから出した!?……それは、黒いシャツに短い袖、同じく黒いスカートで、その上からフリフリが色々ついた真っ白いエプロン……え、メイド服?
「か、かわいぃー!」
「あの、この服は?」
「ウチの制服よ。私のお古だけど、ちょっと直せばまだまだ着られると思うの」
メイド服がお古?この世界は子供がメイド服を着るのが当たり前なのか?いや、街み見て回った時、こんな服を着てる子は居なかったよな……。この店と言い、なんか色々謎な人だな……
「マリベルお姉ちゃん、ありがとう!」
「良かったな紗綾、可愛い服が着れて。あぁ、俺もいい加減服を何とかしなきゃな……」
いつまでも学校の制服一着と言うのは色々問題がある。丈夫な分には助かるが、店に出る以上清潔感や衛生問題もあるし、何よりもう何日も同じ服というのに正直限界だ。
そんな俺を他所目に、紗綾は早速身体の前に合わせたりして楽しんでいる。やっぱり女の子だし可愛いものには弱いのか。
「あら?何言ってるのカズマ君?あなたも着るのよ?」
「は!?いやいや、冗談でしょう!?俺が着てもただの女装じゃないですか!」
さらっととんでもない事を口にするマリベルさん。え?俺が?これを着る?
「あら、制服だって言ったでしょう?大丈夫、あなたもきっと似合うわよ!」
例のニコニコ顔で有無を言わさず爆弾発言をさらりと口にするマリベルさん。紗綾は俺が来た姿を想像したのか、必死に笑いをこらえている。おい、笑ってないで助けてくれよ……。
「あはははは!大丈夫、きっとお兄ぃも似合うよ!」
こうして、ストラマの街にメイド服兄妹が誕生したのだった。誰か助けてくれ……。
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