第4話【ファーストコンタクト】

ソレは空に顔を向けたかと思うと、突然吼えた。産まれたことを報告するかのように。溜め込んでいたナニかを解き放つかのように。


「ゴガアアアアアアアアアァァァァァ!!」


っ…なんて声だよ!声を聞くだけで身体が竦む。アレはマズい。明らかにヒトより上位種だ。蒼白い肌、天をつく巨大な角。体毛のようなものは無く、何かヌメヌメした液体が滴り落ちている。そしてその体躯は、軽く大人の倍はある。体の割に小さな顔には本来白目だった部分も含め漆黒に染まった眼球が2つ。正真正銘、化け物だ。


「アロンゾさん、あれは!?あれはなんです!?」

「転生じゃ。言ったろう、魔素を溜め込みすぎたものは別のモノになると…恐らくリックじゃろうが、一体どうやって…」


目の前に居る存在を頭が上手く理解できていなかった。あれが元、ヒト?確かに日本にいた頃はアニメやゲームなんかでモンスターは山ほど見てきた。ホラー物の映画なんかで化け物もいた。だが実際に目の当たりにすると、そんなモノとは比べ物にならない恐怖だ。本能が拒絶しているんだろうか。


「や、やだ…お兄ぃ…怖いよ…やだよ…」


そうだ、ここには紗綾もいるんだ。しっかりしろ、俺!俺が不安がってたら紗綾はどうなるんだ。

「…紗綾、俺から離れるなよ」


紗綾をかばうように後ろに隠し、僅かな挙動も見逃してなるものかと眼前の化け物を見据える。ふいに化け物は俺達や村人に興味を無くしたのか、キョロキョロ周りを見渡しだしたかと思えば、ブルりと背を震わせ、一対の羽根らしきものを出し飛び去っていった…。


「た、助かった…のか?」


安心感から気が抜けたのか、尻もちをつく形で地面に崩れ落ちる。あんなのがいる世界なのか…


「…どうやら去ったようじゃの。リックが何故ああなったのかは分からんが、恐らく土地が枯れた原因はあやつじゃろう」


土地が枯れるほどの魔素を1年もかけて集め続けてたのか…。恐らく転生が目的だろうけど…。その為に村を犠牲にするなんて。


「村人には犠牲が出んかったのが救いじゃな。リックの家は後で徹底的に調べ、取り壊しかの。幸いあの家以外の土地は回復したようじゃし、お嬢ちゃんのお陰じゃの」


何はともあれ、結果的に村は救われたのかな。後味は良くないけど…。


「紗綾、もう大丈夫だからな……紗綾!?」


不意に後ろでドサッと、何かが倒れる音がした。


慌てて振り返ると紗綾は地に伏して倒れていた。なんで?どうして?さっきの化け物に何かされてたのか?


「ふむ…心配しなさるなカズマ殿。呼吸もあるし脈もある。大方緊張から気を失ったんじゃろうて。ワシの家で休ませてやるとしよう」





「ん……ふぁ…あれ…ここは…?」

「紗綾、気がついたのか!」

「きゃあ!びっくりした!え、お兄ぃ?あれ、私どうしちゃったの?」


あれからしばらくして紗綾は目を覚ました。良かった…心配させやがって…。


「あぁ、お前はあの後イキナリ倒れたんだよ。大丈夫か?何処か痛いところとか無いか?」

「うぅん、大丈夫だよお兄ぃ。あ、もしかしてずっとそばにいてくれてたの?」

「当たり前だろ」

「えへへ…そっか…ずっといてくれたんだ…」


何やらニヤニヤモジモジしながら嬉しそうに笑っている。なんだ?そばにいて当たり前だろ?


「あ、あれだね…ずっと居てくれるとか、その…こ、恋人みたいだね…」

「はぁ?何言ってんだ。妹が倒れたときにそばにいるのは普通だろ」

「あ、あははそうだよね!妹だしそばにいてくれるのは普通だよね!……はぁ…」


笑ったり落ち込んだり変なやつだな?


「おや、もう具合は良いのかいお嬢ちゃんや」


見計らったようにアロンゾさんが水を持って部屋に入ってきた。


「あ、はい!もう大丈夫です!ありがとうございます!」

「おうおう、元気になったようじゃの。ほれ、水じゃ」


紗綾に水を渡しながら、アロンゾさんが隣に腰掛けてくる。その目は何処か言葉を選んでいるようにも見えた。


「さて、まずは村を救ってくれた事、礼を言っておこう。本当に助かった」

「あ、いえ…その件については、あの…」


化け物騒ぎで有耶無耶になったとは言え、流石に隠し通せるものでもないか…


「うむ、お嬢ちゃんの使った魔法は本来ありえんものじゃ。知っての通りこの村に魔素はほとんど無かったはずじゃからの」

「ですよね…やっぱりあれは規格外の魔法ですか」

「うむ。恐らくあの御神木をはじめとする件もお嬢ちゃんの魔法じゃな?」


あ、バレてるや…。まぁ、当然だろうな…


「はい…すみません村を騒がせるような事をして」

「ご、ごめんなさい!その、私がやり過ぎちゃって…」

「なぁに、構わん構わん。むしろ感謝したいのはこっちの方じゃ。なんせ御神木をこの目で見ることが出来たんじゃからのぅ」


そう言ってアロンゾさんはカカカと笑い飛ばしてくれた。


「じゃがの、あれはまさに規格外じゃ。並の、いや、王都におる一流の魔法士達でもあんな芸当は不可能じゃろう。故に、その事は絶対にバレてはいかん。必ず面倒な事になるであろう」


あんな事をポンポンしてたら、目をつけられるのは火を見るより明らかだしな。しかし王都か…


「はい!わかりました!内緒にします!」

「うむ、いい返事じゃのお嬢ちゃん。…カズマ殿、そうは言ってもお嬢ちゃんはまだ幼い。お主がしっかりするんじゃぞ」


そう、今回の件も森の件も、いや、妹が魔法を使えるようになってしまったとこから、全部俺が浅はかだったからだ。自分の浅慮具合に嫌気が差してくる。


「はい、わかりました。そうですよね、俺がしっかりしないと…」

「差し当たってお前さん達、これからどうするつもりじゃ?何処か行くアテはあるのか?」


最終目的は勿論家に帰ることだが、どうしたものかな…。まずは衣食住を何とかしないと、どうしようもないよな…


「いえ、正直何もアテは無いんですが…まずは近くの街に行って考えてみようと思います」

「そうか…恩人じゃ、この村にいてもええんじゃが、村人達が食っていくのもやっとじゃからな。せめて街までは馬車で送ろう」


ただでさえギリギリっぽい食料事情のこの村で、イキナリ2人も食い扶持が増えるわけにもいかないからな。送ってくれるだけでもラッキーだろう


「ありがとうございます。行った先で何とかしてみます」

「わーい、馬車だ馬車だ。どんなのだろぅ…」


紗綾よ、お前の想像しているのは童話に出て来るようなカボチャの馬車とかだろうけど、多分違うからな…


「カカカ…すぐに出るかね?1泊くらいは問題ないんじゃが。まぁ、大した事はしてやれんがの…」

「いえ、すぐにでもお願いします。色々教えて貰ったし、充分ですよ」

「そうかそうか、ではいつでも出られるよう準備しておこう」


そう言ってアロンゾさんは出ていった。良し、俺達も荷物を持ったら出るとするか。


「楽しみだねお兄ぃ!どんな街かなぁ…」

「そうだな。落ち着ける場所だと良いな」


まだ見ぬ街が楽しみなのか馬車が楽しみなのか、足をパタパタさせながらご機嫌な紗綾。新しい街か…取り敢えずまずは職だな。なんせ先立つ物も何も無いわけで、住み込みでも日雇いでもしないと、帰るどころの話じゃ無いからな。仕事あるかなぁ…。ご機嫌な紗綾とは裏腹に、俺は一抹の不安を覚えるのであった…。

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