第3話【農村を救え】
目の前には広大な草原が広がっている。正確にはどんどん近づいてきているんだが。今、俺達は絶賛飛行中だ。とは言っても鳥のように自由に飛んでいる訳ではなく、言うなれば投げっぱなしのボール状態だ。このままでは地面に激突、バウンドする事間違いなしである。俺はともかく、まだ小さい紗綾が無事で済むとは思えない。なんとかしないとっ…
「紗綾!地面だ!地面をクッションみたいに柔らかくするんだ!」
「えっ!?えっ!?クッション!?あっ、そっか!わかったお兄ぃ!…柔らかくなーれっ!」
頼む、上手く行ってくれよっ!
迫りくる地面。出来てなかったら痛いじゃ済まないだろうな…。俺は紗綾を信じてギュッと目を閉じた。
次に来た衝撃は、硬い地面の感触ではなく柔らかいクッションの感触だった。反発する事なく俺の身体を柔らかく包み込んでいる。地面に包まれるって不思議な感じだな…
「はぁー…た、助かったぁー…紗綾ー、大丈夫…そうだな」
見ると紗綾も無事だったようで、感触が気持ちいいのか、ゴロゴロ転がっている。なにはともあれ、助かった…
「あ、お兄ぃ!気持ちいいねーこれ」
澄み切った心地良い風と、柔らかさに包まれて今にも寝てしまいそうだ。とは言え、こんな所で寝てたら何が起こるか分からないからな…っと!地面を元に戻しておかないとマズイか?
「紗綾、具合はどうだ?疲れてたりしないか?」
補給無しで立て続けに使ってるからな。それも地面を操作したりの大掛かりな魔法ばかり…。下手したらぶっ倒れてもおかしくない気もするんだが…
「全然ヘーキだよー。ちょっとお腹空いたかな?くらいー」
ふむ、随分燃費が良いんだな…。それとも所謂攻撃魔法とかじゃないから消費が少ないとか?うーん、わからないな。落ち着いたら説明書を確認しないとだな。
「よし、じゃあ地面を元に戻してくれるか?多分元に戻るようイメージしたら大丈夫だろ」
「うん、わかった!」
みるみるうちに元通りの地面に戻っていく。まぁ、実際には周りと硬さが違うかもしれないけど、この際そこは気にしない事にする。
「さてと、取り敢えずあの丘のてっぺんまで行ってみるか。高いところから見下ろせば道が見つかるかもしれないし」
「うん、わかった!あっ、お兄ぃ。はい!」
元気よく返事をしながら手を差し出してくる紗綾。俺はその手をしっかり握り、丘に向かって歩き出した。
「あっ!お家がいっぱいあるよお兄ぃ!」
「おぉ…あれは村かな?はぁー…良かった、これで何とかなりそうだな…」
丘の上まで来た俺達の前には、そう遠くない距離に小さな村が見えていた。家の数自体はそう多くなさそうだが、生活をしている感じが見て取れる。どうやら廃村と言う訳ではなさそうだ。
「よっし!じゃああの村まで行ってみよう。紗綾、まだ歩けるか?」
「大丈夫だよ!良かったねお兄ぃ!」
歩きはじめて1時間くらいだった頃、俺達は目的の村に到着していた。が、何やら村中が騒がしい。よくよく考えたら、最初に魔法で人がいる所までふっ飛ばしてるんだよな…。おまけに伸びすぎた樹がここからでもよく見える…。コレはちょっとマズイか?いや、マズイよな多分…。
「紗綾、ちょっとストップ。作戦会議だ」
「ふぇ?どうしたのお兄ぃ?」
「いや、ここで紗綾が魔法を使えるってバレたら、色々マズイ気がするからな。ここで魔法を使うのは禁止な」
「あっ、そうだね…。色々バレたら怒られちゃうね」
怒られる程度で済めば良いんだが、厄介事に巻き込まれる恐れもあるな…。最悪魔女裁判みたいに吊るし上げられる恐れもある…
「よし、俺達はアレとは関係ない。気がついたら草原に倒れていたって事にしよう。まだわからない事だらけだし、ガバガバだけど、後は臨機応変に何とかしよう」
「了解しました!隊長!」
ビシッと敬礼してくる紗綾。よし、あとは野となれ山となれだ。
村には門番なんてものはおらず、普通に入れそうだった。入り口まで近づいた所で、村人の一人がこちらに気づく。
「あ、あんたら何もんだ!さっきのアレはあんたらがやったのかっ!?」
声に気づき、他の村人も一斉にこっちを見てくる。見るからに痩せて不健康そうな男。いや、良く見ると村全体がそういう感じだな。食料が不足してるのか?
「あー、すみません。僕達も気が付いたら草原に倒れてたので何が何やら…。何かあったんですか?」
「何がも何も、見ろ!急に辺りが光って村の前まで地面が抉れたと思ったら森にあんなデカイ樹が生えてきたんだ!おまけに地面は何もなかった様に直ってやがる!」
うん、見事に俺達の仕業です。とは言わずに…
「アレは昔からあったものじゃないんですか?」
「いーや、あんなもん今まで見たこともねぇ!きっと何か災いの予兆に決まってる!最近食い物が取れねえのもきっとアレのせいだ!」
予想通りこの村には食べ物が少ないらしい。この村じゃイキナリ現れた余所者が飯をくれって言っても難しいだろう…
「そうですか…所でこの近くにもう少し大きい街なんかは無いですか?」
「馬車で3日くらい行ったところに街ならあるがよぉ、何かアンタら怪しいな…変な格好もしてるし…」
まずい、確かにこの状況だと俺達は怪しすぎる。何か身の安全を確保する手段はないものか…
「あの樹は古の昔に生えていた御神木様じゃよ」
返答に困窮していると、一人の老人が近づいてきた。御神木?
「村長…御神木ですか?」
「うむ、わしも直接見たことはないがの。昔この辺りには御神木と呼ばれる樹があったそうじゃ。わしらの先祖はあれを目的にこの地へやってきたそうじゃ」
なるほど…紗綾の魔法はそんな昔にまで戻してしまったのか…。
「あれが今なぜ生えたのかはわからん。もしかしたらわしらを助けるために生えてきてくださったのかもしれんがな…」
「あのー…この村は何か問題が起こってるんですか?」
簡単に解決できる問題なら、俺達で解決する事で事態が好転するかもしれないな。
「おお、旅人の方かね?それとも服装からして貴族様かの?」
「いえ、貴族ではありません。気が付いたら草原にいたもので…。大した事は出来ませんが俺達で何か手助けが出来ればと…」
「ふむ…ふむ…なるほど…。ならば少し話を聞いて貰おうかの」
「村長!?こんな怪しい奴らを村に入れるのですか!?ましてや子供ですよ!?」
「ワシらだけではこのまま何も出来ずに朽ちていくのみよ。ならば少しでも何かにすがっても悪くはあるまいて。御神木様の遣いかも知れんしのぅ」
そう言うと村長は村の中へと歩いて行く。
「こっちじゃよ。ワシの家で話を聞いてくれんかの」
「あ、はい。紗綾行くぞ」
村は全体的に寂れており、重い空気が流れていた。家は木造の簡易的なものが多く、畑も枯れた草花がまばらに生えているだけだった。
村長の家は村の中では一番大きな家だ。ただ、他と比べ豪華と言うわけでもなく、単に人を呼ぶ機会が多いからだろうか。
「こっちじゃ。まぁ、適当に座ってくれ」
村長に言われ席につく。そう言えば今更だが言葉がちゃんと通じてるな…。村長をはじめ、明らかに日本人じゃ無いようなんだが。説明書の文字も読めてたし魔法もあるし、ここは地球じゃない?いや、どこか外国で説明書の方が不思議アイテムって可能性もあるか…
「何か考え事かね?」
「あ、いやすみません。ここは何処なんだろうとかと思いまして」
取り敢えず場所の確認が出来れば帰る手段も色々出てくるだろう。願わくば知っている国であれば良いんだけど…
「ふむ…そう言えば草原に居たと言っておったのぅ。ここはコルセア領の外れにあるシトナと言う村じゃよ。おぉ、そう言えばまだ名も名乗っておらんかったの。ワシはアロンゾ。この村の村長を務めておる」
コルセア領…うーん、やっぱり聞いたことないな。国の名前はなんて言うんだろう。
「あ、俺…いえ、僕は御倉和真と言います。こっちは妹の紗綾です。」
「はじめまして!御倉紗綾、中学1年生です!」
そう元気に挨拶した紗綾だが、アロンゾさんは何やら怪訝な顔をしている。
「そうかしこまらんで良い。ふむ…ミクラカズマとミクラサーヤとな。変わった名じゃのぅ…」
「あ、いえすみません。カズマとサーヤが名前でミクラは名字…家名のようなものです」
「家名があるという事はやはり貴族では…いや、細かいことは聞かんでおこう」
やっぱりココは地球じゃないのかな?今時名前だけってのもおかしな話だし…
「それで、この国は何という名前でしょうか?コルセア領という名に聞き覚えがなくて…」
「おかしなことを言うのぅ…アーバンテレスのコルセア領と言えば、国中で一番大きい領土なんじゃが…ひょっとして他国の人間かの」
アーバンテレス…やっぱり聞いたことのない国だ…と言うかもう少し慎重に行くべきだったかな。
「まぁ、お前さん達がどこから来たかはええじゃろ。それよりこの村についてじゃったの」
助かった。深く言及されたらきっとどこかでボロがでる。もう少しこの世界のことがわかるまでは色々内緒にしておかないと…。
「この村はまぁ、見ての通り農村での。今までは問題なく作物がなっておったんじゃが、お前さん達も見たじゃろう?畑の様子を…」
「あ、はい。どの畑も荒れて作物が取れてる様子は無かったですね…」
「さよう。今年に入ってからさっぱりと芽が出んでの…そこへあの御神木じゃ。大地の恵みが全て御神木に吸われたのかもしれん」
いや…御神木はついさっき紗綾が使った魔法のせいです。とは口が裂けても言えないな。急に大地の恵みが無くなったか…。土地が痩せるにしてもそんな急激に起こるものか?
「他には何か変えたこととか変わった事はないんですか?例えば水が悪くなったとか雨量の変化とか…」
「いや、特に変わった事はないはずじゃ。村人にも聞いてみたが思い当たるフシも無しじゃ」
うーん…コレは素人にはどうする事も出来ないか?多分紗綾に頼めばすぐなんだろうけど…
「ねぇねぇお兄ぃ、私の魔法で直せないのかな?」
小声で聞いてくる紗綾。確かに土地を昔に戻せば大地の恵みとやらも帰ってくるだろうけど、根本的解決にはならないしな…。吸われてるんだったらまたすぐに無くなりそうだし。あぁ、スマホが使えたら色々調べられるだろうに…
「あの、大地の恵みと言うのは所謂、土の栄養の事ですか?」
「いや、大地の恵みとは空気中の魔素が大地に溶け込んだものじゃよ。土の栄養と大地の恵み、両方があってはじめて作物が育つと言うわけじゃ」
ふむ…コレはお手上げかな。正直俺の知識じゃ答えが出そうにないな。
「すみません、どうやらお力になれないようです…」
「そうか…いや、気にしなくても良い。ここで朽ちるのも我等の定めなんじゃろう…」
「諦めるのお兄ぃ!だって皆困ってるんだよ!?」
「そうは言っても紗綾、俺達じゃどうしようもないじゃないか…」
「じゃあ私がなんとかする!困ってる人達を見捨てることなんて出来ないよ!」
早々に諦めうつむく俺を前に、諦めきれない紗綾。そりゃあ紗綾の魔法があれば何とか出来るだろうけど…
「だからって俺達に出来る事なんて無いだろう!」
「もう良い!お兄ぃのバカ!」
そう言って外へ飛び出していく紗綾。あの馬鹿っ!
「すみません!失礼します!紗綾、待てって!」
慌てて紗綾を追いかけて外に出たが、既に紗綾は魔法を使おうと集中しているところだった。
「大地よ大地、元気になれー!!」
瞬間、眩い光が地面を駆け巡っていく。それは瞬く間に村中を駆け抜け、その後を追うように青々と草が生えていく。そして光は静かに消えていった。
「紗綾!何勝手に使ってるんだよ!…内緒だって言ったろう!?」
「だって、私なら何とかなるかもしれないのに、何もしないなんて出来ないよ!」
安請け合いしたのは俺なのに何も出来ない歯痒さと、また紗綾に魔法を使わせた事、いろんな感情がグルグル頭の中を回っていた。
「お、おい!何だこれ、草が急に生えてきたぞ!」
「あの女の子よ、あの子が何かしてたわ!」
突然の出来事に村中が騒然としている。当然だろう。さっきまで枯れ果てていた草も含め、辺り一面草だらけなんだ。さて、どうしたものかな…
「おぉ、これは奇跡かの…」
騒ぎを聞いてアロンゾさんも出てきたらしい。力になれないと言ったが、結果オーライかな…?でも理由とか聞かれたらどうしよう…
そう考えていた俺の目に、一つだけ不自然な光景が映っていた。あれ?あそこの家だけどうして枯れたままなんだ…?良く見ると、1軒の家を中心に徐々に枯れていっている…?
「アロンゾさん!あそこの家は!?」
「あの家はリックの家じゃの…ふむ。リックはおるか!?」
どうやらリックという人の家らしい。あそこだけ魔法が及んでいないと言う事は、必然あそこに何か原因があるって事だけど…
「そ、村長!違うんだ、これは何かの間違いだ!」
「言い訳は後で良い。今はお前さんの家を調べさせてもらうぞ。誰か、リックを見ておれ!…カズマ殿、サーヤ殿、一緒に来て頂けますかの」
そう言って例の家に入っていくアロンゾさん。慌ててついて行った俺達だが、家自体に不思議な所はなく、一見普通の家のようだった。
「ふむ…見た目には変わったところは無いようじゃが…」
「えぇ、どうしてこの家だけ…うん?」
なんだ、何か違和感が…。そうだ、地面の草は枯れてるのに、その割に妙に家の材木は綺麗じゃないか?周りの草も徐々に枯れていったのに、どうしてこの家は普通に建ってるんだ?真っ先に倒壊しないか…?
「アロンゾさん、この家は建て直したばかりですか?」
「いや…そう言えば周りの家は何件か建て直ししたが、この家はしとらんの」
家自体に何か秘密がある?例えば除草剤のようなものがこの家から出ているとしたら?普通に考えたらあり得ないが、何か魔法的な要因なら?いや、まてよ…魔素が土に染み込んだものが大地の恵み、魔素が無ければ大地の恵みは発生しない…つまり土地が死ぬ。この村の現状だ。じゃあ魔素は単体だとどうなるんだ?
「アロンゾさん、魔素は単体だと何かに使えるんですか?例えば魔法とか…」
「うむ?魔素はあらゆるものに使えるぞ。土に入れば大地の恵み、火に入れば焔の恵みと言ったようにの。草や木、自然にあるあらゆる物に魔素は含まれておる。そして魔法とはその魔素を己に取り込み使用すると言う話じゃ。サーヤ殿は先程空気中の魔素を取り込んだのではないのか?」
いや、紗綾のは自分の内側にあるエネルギーを使ってる…。そもそも魔法に使える程空気中に魔素があるなら、土地も枯れないんじゃないか?つまりこの家は村の土地から魔素を集めている?多分、魔素が多いほど凄いことが出来るんだろうけど、何のために?
「恐らくですけど、この家は村中から魔素を集めてるんじゃないかと思います。理由はわかりませんが…何処かに溜めているとか?」
「いや、魔素を溜め込むのは不可能な筈じゃ。人が溜め込める量にも限度かあるはずじゃしの。魔素を溜め込みすぎた生物は、違うモノになってしまうんじゃよ」
「じゃあ、定期的に何処かへ送っているとか?この村が無くなって何か得をすることは…?」
「ふむ、ココは領土の端とは言え、先には森しかない。村が無くなる利点など…」
「お兄ぃ!」
考えに行き詰まったとき、入り口近くに居た紗綾が急に声を上げた。同時に外が騒がしくなる。
慌てて外を確認すると、そこには人と言うにはおぞましい化け物が1体、それまで同種だったはずの、隣人だったはずの村人を、まるで虫けらでも見ているかのように静かに見下していた…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます