第2話【魔法少女、誕生】

改めて謎の本を見てみる。本自体は黒い、しっかりとした革仕立てで、銀色の刺繍が縁を飾っている。厚さはせいぜいハードカバー小説くらいのものだ。表紙には謎の文字で、【正しい妹の使い方】と書いてある。

そう、文字自体は見た事もない形をしているのである。義務教育で英語くらいしか習っていない俺達に読めるはずも無いんだが、何故かスンナリ頭に入ってくるのである。まぁ、いきなり森の中にいるわけだし、そもそも覚えの無い本が鞄に入ってるわけで、コレを疑問に思うのも今更だろう…


「ほ、本当にお兄ぃの本じゃないんだね?」

「あ、当たり前だ!こんな本買うか!つーか何だよ妹の使い方って!」

「ぅぅ…ほ、ほら…あの、え…ちぃ…本とか…あうぅ…」


自分で言って自爆しやがった。もう耳まで真っ赤である。つーか、そう言うのがエロ本であるのは知ってるのな。耳年増な…。


「仮にエロ本だとしても学校に持っていくか、こんな本!」

「じゃ、じゃあも…持ってたりはするのっ!?あわわわわ…」

「ないわ!」


と言いつつ、巧妙に隠して持ってはいるんだが。いや、妹ジャンルじゃないぞ!?普通のだ、普通の。


「それはさておき、中身を見てみるか…。何か解決策でも書いてるかもしれないし」

「うー…わ、私見ないようにしてるからっ!お兄ぃ、先に見てね!」


そう言いながら、顔を手で覆い隠す紗綾。…おい、指の隙間からバッチリ見てるじゃねえか。


これで本当にエロ本だったらどうしよう…とか思いつつ、表紙をめくってみると、また謎の文字が一文だけ記載されていた。どうやらエロ本じゃ無いみたいだな。なになに………


【正しい妹の使い方。まず、貴方の妹のタイプを選択してください。剣/魔法】


なんだこれ?好みとかか?選択肢に答えていくと理想の妹がわかるとか?んー、一応紗綾にも聞いてみるか。


「紗綾、剣と魔法だったらどっちが好きだ?」

「え、剣と魔法?うーん、魔法かな!剣って武器でしょう?やっぱりちょっと怖いし…」


まぁ、小さい頃から魔法少女物のアニメとか見てるしな。やっぱり魔法少女とかに憧れるもんかね。


「んじゃ、魔法、と」

「な、ナニナニ?何が書いてあったのお兄ぃ?」

「いや、何か妹は剣か魔法か選べって書いてた、ほら」

「あ、ホントだ。なんだろね?次のページは――」


『承認しました。妹、タイプ魔法で展開します』


「えっえっ?だ、誰!?何これお兄ぃ、何したの!?」

「俺が知るか!なんだこれ!」


謎の声が聞こえてきたかと思うと、急に本はバラバラになり、妹の周りをぐるぐる回っている。


「紗綾!」

「きゃぁぁぁぁ!お兄ぃ!助けて!」


くっそ、何が起こってるんだよ!待ってろ紗綾!今助けてやる!

飛び交う紙の間をぬって、紗綾に手を伸ばすものの――


「ぐあっ!?ってぇ…」


紙自体か、見えない何かにか弾かれ、近づくことも出来ない。


「やだやだやだ…お兄ぃ大丈夫!?」

「ああ、俺は大丈夫だ!お前こそ大丈夫か!?」

「こ、怖いけど大丈夫!」


くっそー、どうすりゃいいんだ…近づく事も出来ないし…


何か助ける術は無いかと考えていると、不意に紙が輝きだし紗綾の中に入っていった。


「きゃぁ!きゃぁ!何これ!何か入ってくるよぅお兄ぃ」

「紗綾ー!」


一枚ずつ紙が紗綾に入るたびに、紗綾自体が激しく光りだす。ついには、目を開けていられないくらいに発光して…………ん?収まってきたか?


「お、収まった…のか?っ…紗綾!大丈夫か!?」


あれほど舞っていた紙は1枚もなく、気が付けば本自体も俺の手の中に戻っていた。


『展開を完了いたしました。タイプ:魔法を実行可能です。』


「う、うん…大丈夫…みたい」

「なんだったんだ…さっきの…」

「お、お兄ぃ、私変なところないかな!?ふ、服とか変わってたりしないかな!?も、もしかして大人のお姉さんみたいになってたりとか!?」


まだ混乱しているのか、紗綾が変な事を言い出す。服が変わってるかとか、大人になってるとか自分で見てわかるだろうに。あれか、魔法少女の変身的なやつか。まぁ、紗綾は早く大人なりたいって常日頃から言ってるもんな。残念ながら何も変わらない紗綾のままだ。無論、見た目も小さいままである。


「あー、見た目には何も変わってないぞ…。いつもの小さい紗綾のままだ」

「あっ…あぅぅ。そっか、小さいままかぁ…。良いもん!いつかは私だって大人のお姉さんになるもん!」


紗綾の言う大人のお姉さんって何だろうな…。何に憧れてるのやら…。


さて、そうなればやっぱりこの本を読んでいくしか無いか…。改めて開いてみると、新しい文書が書かれていた。


【タイプ:魔法について。常時展開型であり、自己のイメージを外部へ展開、書き換えを行う事が可能です】

【範囲、展開時間について。効果範囲はイメージした内容によって異なります。ただし、明確なイメージが展開されていない場合、自動的に補正されます。展開時間についても同様の処理となります】

【展開に関するコストについて。術者自身の持つエネルギーを消費します。食事等、外部から摂取する事で補充可能です。また、展開イメージに対しエネルギーが不足している場合、効果を発動することは出来ません】


なんだこりゃ!妹がホントに魔法少女になってるぞ!てかこれって使い方次第ではヤバくないか?コストも食事で補えるみたいだし、お手軽過ぎない?まぁ、エネルギー次第みたいだしそうそう無茶な事は出来ないだろうけど…


「ねーお兄ぃ、これってどういう事?」

「あー、つまりあれだ、どうもお前は魔法少女になったらしい」

「えっ?」

「いや、だから魔法が使えるらしい。んでいわゆるMPは飯食えばオッケーだそうだ」


ただし食って貯めたエネルギーを使うと言う事は、乱発すると成長に必要なエネルギーまで消費するんじゃないだろうか。使えば使うほど大きくなれない…うーむ、これはコントロールしてあげないとまずいか?


「ど、どうやって使うのかなっ!?呪文とかその本に書いてるの?」

「いや、何かイメージするだけで良いらしいぞ。とりあえず家に帰れるか、イメージしてみてくれ」

「う、うんわかった!えーと…お家に帰りたいお家に帰りたい……………あれ?」


必死にイメージしてるみたいだが何も起こらないな…。まぁ、飯も食べてないししょうがないか。


「ごめんお兄ぃ、駄目みたい…」

「まぁしょうがないだろ。とりあえず希望は出来たんだし、飯にしようぜ」

「うん。食べたらまた試してみるね」




「ごちそうさまでした!今日のも美味かったぞ紗綾。いつもありがとな」

「えへへ、お粗末さまでした!」


弁当は仲良く半分ずつにして食った。魔法のことを考えたら全部紗綾が食べるべきだと言ったが、頑なに紗綾が譲らなかったんだ。曰く、

「紗綾だけ食べてお兄ぃが倒れたらどうするの!ちゃんと食べないと私も食べないもん!」との事だ。作ってもらっている以上、ここはしょうがないだろう。


「さて、飯も食い終わったしもう一回ためしてもらえるか?」

「うん!今度こそっ……お家に帰りたい………お家に帰りたい………お家に………駄目みたぃ」

「うーん、流石にワープ的なのにはエネルギーが足りないのかな。これは紗綾にたらふく食べてもらわないと駄目かもな…」

「えー!!そんなにいっぱい食べられないよぅ…それに…太っちゃぅ…」


いや、食ったエネルギーは消費されるんだし太ることは無いと思うんだが…と言うか紗綾はもう少し肉を付けたほうが良いと思うんだが、このあたりは流石に口に出すまい…


「じゃあせめて道だけでも何とか出来ないかな?こう四方が樹に囲まれてちゃどこに何があるかもわからないしな」

「あ、だったらお兄ぃ、私が飛んで見るってのはどうかな?」

「いや…高く飛んで途中でエネルギー切れってなっても危ないしな。素直に人里への道を作るとかで良いんじゃないか?」


今現在頼りの綱は紗綾だけである。兄としては少し情けないが…。安全第一で行こう。


「じゃあ試してみるね。えーと、進行方向の樹がなくなって、地面も歩きやすくなれば良いんだよね。それで人のいっぱいいる所までだね………じゃぁ、いっくよー!」


さて、弁当半分くらいでどこまで行けるかな。最悪向かう方向だけでも分かれば希望が出るんだが……


紗綾はギュッと目を閉じて集中している。イメージが大事だからな…。お、何か紗綾の身体が薄く光りだしたぞ!さっきはなかった現象だな。これは行けるか!?


「道よ出来てー!!」


紗綾が叫んだ瞬間、身体を纏っていた光が前方へ集中していく……ん?何か多くないか光…もう紗綾の身長を遥かに超えてるんだが…


「あ、あれ?お兄ぃ!何か変だよ!きゃぁ!」


紗綾の集中が切れたのかちょうどタイミングが良かったのか、光は激しい奔流となって前方へ発射されてしまった。あたりを覆う白一色。光は暴力的なまでにあたりを包み、あまりの眩しさに俺は思わず目を閉じてしまう……。



薄っすらと目を開けてみる…。どうやら光はおさまったようで、今は元の明るさを取り戻しているようだ…。


「そ、そうだ!紗綾、大丈夫かっ!?」


あれだけの魔法だ。もしかしたら身体中のエネルギーが尽きて倒れてるかも知れない。何せ散々歩き回ったあとに弁当を半分程度食っただけだ。蓄えてるエネルギーなんてたかがしれてるだろう。


「お、お兄ぃ…私は大丈夫…だけど…」


すぐに紗綾からの返事が返ってくる。良かった、無事だったか。まったく、何がどうなった……ん……


「どうしようお兄ぃ、私、とんでもない事になっちゃったみたい…」


樹という樹は薙ぎ倒され、地面も大きく抉れている。射線上には何もなく、遥か彼方まで続いている。


これが、紗綾の使った初めての魔法であった。





大惨事を起こした場所から逃げ出した俺達。ようやく一息つけそうな位は離れたかな…


「はぁっはぁっ、こ、ここまで逃げれば大丈夫かな…」

「ふぅっふうっ…ご、ごめんねお兄ぃ。私焦っちゃって…」

「あーいや、気にすんな。しょうがないしょうがない」

「うぅぅ…」


振り返ると明らかに他のより大きく、高くそびえ立つ樹が、さっきのは嘘じゃなかったことを主張している。うーん…どうしたもんかな…。


「けど、あんな事になって紗綾、体調とか大丈夫なのか?エネルギー、すっからかんなんじゃないか?」

「うーん…それが全然平気みたい。お腹も空いてないし、ホントにエネルギー使ってるのかな?」


あれだけの事をしておいて、ほとんど消費が無いのか…。いや、人間イキナリ倒れるってケースもあるしな、空腹感だけで判断するのも早いか?


「しっかし、本当大きくなったな…」

「えへへ、そ、そうかな…私大きくなったかな…」

「いや、紗綾じゃなくてあの樹な。紗綾は変わってないよ…」

「あっ…な、何だ…そっちね…あはは…はぁ…」


あの時紗綾は時間を元に戻そうとしたはずだけど、どうもテンパって違う感じにイメージしたみたいだな。何だろうな…。


「まぁ、結果的に人里への道はわかったんだし魔法が使える事もわかったからオッケーだろ」

「随分遠い所にありそうだったね…どうしよぅ」


実際根こそぎぶち抜いていった光は随分遠くまで伸びていったからな…。歩いて行くには少し無理があるか?


「せめて森を抜けることが出来れば何とかなるかもしれないんだがな…」

「あっ!じゃ、じゃあ森を抜ける魔法でどうかな。うーん、それより人のいる所まで飛んだほうが早いのかな…」


確かにこのままじゃいつまでたっても森から出られないんだが、ポンポン魔法を使わせても良いものか…。


「うーん、今度はしっかりイメージして…えーと、ワープみたいなの…パッと消えてパッと現れる…」

「あ、ちょっと待て紗綾!ストップストップ!」

「ふぇ?」


ふー、危ない危ない…。イキナリ人が現れた所何か見られたらどうなるかわからないからな…。最悪身体が壁にめり込むとか、人にめり込むとかしたら目も当てられないどころの話じゃ無い…。


「ワープみたいなのは無しだ紗綾。何が起こるかわからないからな。取り敢えず、森を抜ける道を作るとかかなぁ」

「あっ、私良いこと考えたよ!えっとねぇ―――」




「楽ちんだねーお兄ぃー!」

「あぁ、こりゃ確かに楽だなー。紗綾は大丈夫なのかー?疲れたりどこかおかしかったりしないかー?」

「全然へーきー!きゃぁぁー♪」


あの後、紗綾が使った魔法は森を抜けるまでの道を作る魔法。コレは壮観な眺めだった。使った瞬間、木々が横にズレ、目の前には森の出口までの道が出来ていた。ソコソコ距離はあるようだが頑張って歩くか、と考えてたら別の魔法が発動していた。


なんと紗綾は地面を動く歩道みたいにしてしまったんだ。ほら、空港とかにある平らなエスカレーターみたいなやつ。乗ってるだけで自動的に森を抜けられるって寸法だ。ただし、うちの妹はあんな見た目をして絶叫系マシーンが大好きである。多分移動式歩道じゃなくて、頂点から降りる系のやつをイメージしたんだな。俺達は割りととんでもない速度で進んでいる。時折曲がりくねってるのは刺激のためか…。


「お、そろそろ抜けそうだぞ!」


木々の間から光が見えてきた。やれやれ、一時はどうなる事かと思ったがひとまず森は抜けられそうだな。後は人里へ続く道が見つかれば良いんだが……ん?ちょっと待てよ、俺達は今猛スピードで進んでる訳だが、道は森の出口まで。これ、どうやって止まるんだ?


「さ、紗綾!これ止まるときはどうするんだ!?」

「あ…どどどどうしよぅ!止まるときの事考えてなかったよ!」


まじか!えーと、進んでるのは俺達じゃなくて道だろ。って事はこのまま行くと俺達、投げ出されるんじゃないか?ほら想像してくれ、仮に猛スピードで走ってる車が急停止したら?乗ってる人間はどうなる?やべぇ!


「紗綾!道を止められるか!?すぐにじゃなくてゆっくり減速するんだ!」

「あわわ…えーと、えーと、わぁん!上手くイメージできないよぅー!」


焦るとろくな事にならない妹である。案の定上手くイメージ出来ずにワタワタしている。そうこうしてる内に出口まできてしまった。ご丁寧に最後は少し登りになっている。妹よ、これじゃ発射台にしかならないぞ…何でココだけ登りにした…


「うわああぁぁぁぁぁあ!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」


道が終わった瞬間、俺達はスポーンと空中に投げ出される。森を抜けた俺達の眼前には、だだっ広い草原が広がっていた。あぁ、風が気持ちいいな…

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