第3話

「わあ! おっきいお家!」

 二人は家に着くなり歓声を上げた。一人暮らしにもかかわらずルナセレアの家は一般的なものよりも少し大きい。これは余談だが、彼女の補佐官が階級にふさわしい家を買えとうるさく、ルナセレアはもっと大きい家を勧められた。結局彼女の反対を押し切ってルナセレアは一人暮らしの家にしては大きい、この一軒家を買ったのである。

 ルナセレアは二人を家にあげ、風呂場に押し込んだ。着替えがなかったのでタオルケットにくるまって我慢してもらい、街に買いに行った。初めて訪れた子供服専門店で二人の体格を告げて店員に丸投げする。ルナセレアが服の詰まった袋を引っさげて家に帰ると、双子はソファーに丸まって眠っていた。

「初対面の人間の家だというのに、気を抜きすぎだ」

 ルナセレアが呆れた顔で呟くと、少年がゆっくりと体を起こした。少年に続き少女も目覚めて、ソファーに座り直してぼーっとしていた。

「服を買ってきた。この中から選んで着替えろ」

 ルナセレアが買ってきた大量の服を見て少女は一気に覚醒し、目を輝かせたのだった。

「さて、落ち着いたところで昼食にしようか」

 二人が身なりを整えている間に昼食の用意をし、ルナセレアは声をかけた。彼女は昼食以外自炊している。と言っても毎日作る訳ではなく、日持ちするものを二、三日分作って保存しているのだ。ちょうど昨日シチューを作ったばかりだったのでそれを皿によそって昼食にする。

 双子は忙しなくスプーンを動かす。それを見咎めたルナセレアがゆっくり食べるように注意すると、二人は素直に聞き入れた。これは躾に苦労しなさそうだとルナセレアの機嫌は良くなった。

 食べ終わり、片付けまで終え、三人は改めてテーブルについた。

「そういえば、自己紹介がまだだったな。私はルナセレアだ」

「私はミーナ」

「僕はミレトです」

「ミーナとミレトだな。よろしく。私のことはルナと呼べ。敬語もいらん。私は二人の保護者だからな」

 双子が元気よく返事をすると、ルナセレアは微笑んだ。しかしすぐに表情を硬くして二人に尋ねた。

「シングラリア、という言葉の意味を、本当に知らないのか?」

「うん」

 ミーナが答える。ミレトは首を傾げている。

「シングラリアとは、種族だ」

「種族?」

「そうだ。この国、というより世界には三つの種族が存在する」

「じゃあ、あと二つは?」

 ミレトが質問する。

「いい質問だ。レジアスとオーディナリアだ」

「何が違うの? みんな見た目は変わらない人間でしょ? だって私、私と同じような人しか見たことないもん」

「ああ。見た目はそう変わらない。まあ、レジアスは例外だが」

「例外?」

「順を追って説明しよう。この国はなんという名前か、知っているか?」

「セラステリア!」

「正解。我が国、セラステリア王国は人種のるつぼと言われている。人口の八十パーセントがオーディナリア、シングラリアが十八パーセント、残り二パーセントがレジアスだ。これでも三種族が共存している非常に珍しい国だ」

「他の国は?」

「ほぼレジアスだったり、シングラリアだったりする。隣国のひとつ、グリスロヴィナ帝国はレジアス至上主義の国で、その最たる例だ」

「で、それぞれ何が違うの?」

 待ちきれない、と言った様子でミレトが問う。

「オーディナリアは最も多い種族で、他の種族はここから進化して生まれたと言われている。特別なことはそれ以外ないな」

「よーするに、普通ってこと?」

 今度はミーナが訊いた。

「簡単に言えばそうだ。シングラリアは一人一つ何かが好きで、これを嗜好性という。その好きなことをするとこれ以上にないぐらいの幸福を得ることが出来るらしい。だから依存する者も多く、更生施設があるくらいだ。九割は三大欲求、特に睡眠と食事に関する嗜好性を持っている」

「よくわかんない。ねえ、それってどんなの?」

「例えば私の部下だが、補佐官はシングラリアで砂糖たっぷりの紅茶が好きだし、副官もシングラリアで飴が好きだな」

「じゃあなんで僕達にシングラリアか訊いたの? 好きな食べ物とか言ってないよね?」

「どんなものにも例外がある。最近、特に増えていてな。高次欲求……あー、誰かに好かれる、とか絵を描くとかそういった嗜好性を持った者もいる。きっとミーナは着飾ることが嗜好性だ。ミレトはスリだな。二人は『やめられなかった』って言っただろう?」

「うん。なんとなく分かった。僕達、施設? に入れられちゃうの?」

「私が引き取らなければいつかそうなっていただろう。おしゃれはともかくスリはよろしくない。ミレト、依存を断ち切る訓練をしよう。もちろんミーナもだ」

 ミレトとミーナは返事をしたものの少し不安そうであった。

「大丈夫だ。いざとなったら私がなんとかしてやる。話を続けていいか?」

 二人がこくりと頷いたのでルナセレアは続ける。

「レジアスは一人一つ何かに優れている。これを優性という。そのため技術力がずば抜けているが、他種族にはあまり伝えないし、自治区から出ないのが基本だ」

「なんで? すごいならみんなに教えた方がいいじゃない!」

優しく単純なミーナの言葉に、ルナセレアは苦笑を浮かべる。

「そうはいかない。軍事転用、つまりは悪いことに使う者もいる。彼らは賢く、争いを好まない。独自の言葉を持ち、独自の文明を築いている。このセラステリアにいるレジアスはセラステリアに自治区をもらい、王庁を通じて制約付きで技術を提供している」

「へー」

 ミーナが分かったような分かっていないような相槌を打ったので、ルナセレアは分かりやすい例を挙げる。

「例えば冷蔵庫、空調設備だ。レジアスなしの技術力では実現するのにもっと時間がかかったと言われている。綿や絹以外の合成繊維――ミーナが来ている服の布、医療技術も人々の役に立てることを条件に伝えられた」

「なるほど! レジアスってすごいんだね!」

「まあな。そしてレジアスの特徴はたくさんある。優性、言語、文明、技術力の他にあとは見た目だ」

「見た目? さっき言ってたね」

「ああ。彼らは白い肌に銀の髪、赤い目をしている。見ればすぐに分かる」

「なんかすごいね! 見てみたいなあ」

「……そうだな。自治区から出てくるレジアスもいるにはいるが、髪や目の色を誤魔化しているから滅多にお目にかかれんぞ」

「そんなぁ」

 肩を落とすミーナの横で、ミレトは何か考えていた。そしてぱっと顔を上げ、ルナセレアに質問した。

「ねえ、ルナさんはどの種族なの? 他の人より肌が白いから、もしかして目や髪の色を隠したレジアス?」

 ミーナが勢い良く顔を上げ、ルナセレアを見つめる。ミレトはじっと答えを待った。

「七割正解、三割間違いだ」

 ミレトは首を傾げる。

「どういうこと?」

「答えはまた今度だ。そろそろ買い物に行かねばならん」

「うん! 分かった。ごめんなさい。気にしてること聞いちゃって」

 ルナセレアは目を丸くし、ミレトの頭を撫でた。

「子供が気を遣うな。お前達には難しい事情があってな。もう少し大きくなって話が分かるようになってから、な」

 二人がコクコクと頷いたので、ルナセレアは頭をひとなですると、扉に手をかけた。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 照れくさそうに返して、ルナセレアは家を出た。このとき、彼女は家族というものをはじめて心地よく感じたのだった。

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