第2話
「休み、だと?」
ルナセレアは声をわななかせながら門番に言った。
「はっ。グラス少佐殿から仰せつかっております故、ナストリウス少将殿をお通しすることは出来ません」
「ガイアス? あいつはなんと言っていた?」
「一言一句違わず申し上げますと、『あの方は休むということを知らん。休日返上で出勤はするし、休んだとしても訓練所に入り浸り。このままでは倒れるやもしれん。何があっても決して通さぬように』との事です」
事実、彼女の頭の中は余暇という概念がすっぽりと抜け落ちており、更には今日が休日だということさえ認識していなかった。
「ご苦労。……確か先程人身売買の関係者が三人、『自首』してきたはずだ。取り調べをさせてもらいたい」
「それはこちらの方で適切に処理を行いましたので少将殿はお休みください」
「そうか。優秀な部下を持つことが出来て私は幸せだ」
「はっ。身に余る光栄であります」
「ところで、私は少々調べ物があってな」
「『何があっても決して通さぬように』と仰せつかっております」
彼女は盛大な舌打ちを残して職場を後にする。ブーツやサーベルの音も双子への好奇心も今の彼女にとっては煩わしかった。一歩進むたびに機嫌は悪化していくのだった。
シングラリア第三商業区の大通り。営業の準備に動き出した人々は不機嫌さを隠そうともしないで歩く軍人を苦笑いで見送る。ルナセレアは階級や立場こそ知られていないが、昼食は食堂巡りをしているために飲食店関係者の間ではちょっとした有名人であった。
「ルナ様、今日はどうしたんですか? えらくご立腹のようで。それに昼飯の時間はまだですよ」
一人の青年が彼女に話しかけた。彼はここシングラリア第三商業区の食堂兼居酒屋で働いており、ルナセレアとは顔見知りである。
「今日の予定が全部消え失せた。帰って寝るしかやることがない」
「そりゃ羨ましい限りです。俺らに休みはないもんで」
「それはこっちのセリフだ。まあ、仕事が出来ることに感謝して頑張りたまえ」
手をひらひらと振りながら再び歩き出した彼女の機嫌は愚痴を零したおかげでいくらかマシになっていた。
双子に出会った通りに差し掛かると、彼女は双子のことを思い出して少し顔を歪めた。
「ねえ! 待って!!」
子供のことを考えていたからか、子供が彼女を呼び止めた。今度は何なんだと振り返るとそこには先程の少女がいた。
「なんだ、お前か。片割れはどうした?」
少女は路地に指をさした。
「そこの奥にいる。お話したいことがあるの。お願い、来て」
ルナセレアは双子への好奇心を満たす機会を逃すまいと眼光を鋭くした。二つ返事でお願いを引き受け、路地へ入っていく。薄暗いそこには少年がいた。前髪で隠れて表情はあまり分からないが、少年は戸惑っているように見えた。
「ミーナ、なんでその人……」
「決めたの。私――」
何やら小声で話している二人をルナセレアは観察していた。視線に気づいた少年がビクリと身を震わせると、少女の後ろに隠れた。一連の流れを見届けると、ルナセレアは口を開いた。
「それで、話とは?」
「さっきの話について、謝りたいの」
「スリ以外に謝るようなことをしたのか?」
少女は俯いてぽつりぽつりと語り出した。
「……嘘なの。さっきの話。親はそもそも商人じゃないし、ほんとは二週間くらい前に親に捨てられたの。ミレトがこんな恰好をしているのは、私のせいなの。」
「ほう、それで?」
「私が可愛い服着るのが大好きで、捨てられた後も止められなくて、わがまま言って、ミレトにスリさせて――」
震えていた少年が声を荒らげて遮った。
「違う! 僕はスリが楽しくて止められなかったんです。生活のために初めてやった時、よく分からないけど今までで一番の幸せを感じて、それで、進んでやるようになったんです!」
ルナセレアは目を瞑って話しかけた。
「あのチンピラが言っていたことは本当だったのか」
「うん」
「お前達を捨てた親は?」
「知らない。私たちをこの辺に連れてきて、此処で待ってなさいって言ったきりどっかに行っちゃった。もう会いたくない。顔も見たくない」
「それは何故だ? お前達を捨てたからか?」
少女は俯いて黙り込んでしまった。すると今度は少年が答えだした。
「それもあります。でも、一番は今までずっとお母さんに『いなければ良かったのに』って言われて生きてきたからです」
ルナセレアは少し躊躇って少年に尋ねた。
「父親は?」
「いません。お母さんが妊娠したら出ていったって言ってました。お母さんはミーナと僕が嫌いなんです。ミーナはおしゃれが好きでお金がかかるし、僕はお父さんに似ているから。何より、僕達がいると好きなことも出来ないからって。お母さんは男の人が好きなんです」
「あー……お前達はシングラリアなのか?」
「シングラリア? 」
少年はぱちりと瞬きをした。
「まさか分からないのか?」
少年は頷いた。ルナセレアは少女にも同じ質問をしたが、少女も同じ答えだった。ルナセレアはため息をついて双子を見る。これはどうしたものかと考えていると、少女が何かを決意した表情で彼女を見た。
「私たちの母親になって!!」
「はぁ?!」
「ダメなら、雇って! 頑張って雑用でもなんでもやるから! だから、お願い!」
「お願いします!」
少女は勢いよく頭を下げた。少女に続いて少年も頭を下げる。
「頭を上げろ」
二人が恐る恐る顔を上げると、ルナセレアは呆れ顔であった。
「お前達の正直さと勇気を認め、家においてやろう。ただし、公的な手続きはきっちり行う。もし申請が通らなかった場合、お前達は施設送りになるだろう。これに留意せよ」
「はいっ!」
「いい返事だ。では私の家、いや、私たちの家に行こう」
目を輝かせる双子を引き連れて、ルナセレアは家に向かった。今日の予定ができたため上機嫌であった。
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