松のおまけ 麺屋マツと特攻女
お任せとは言われたが、細麺、醤油豚骨という、のぞみの好みを聞いたうえで、この夏開店した新しい店に行くことにした。祐介はオープンの日にも来ているので、今日はスープを変えて、変わり種トッピングを試すつもりだった。
時間が早いせいか、それほど行列せずに店内に入れた。カウンターに並んで座る。
のぞみはメニューを一瞥した後、祐介に少しだけ注文を待ってくれと頼んできた。それから、他の客が注文する様子を見ながら何か考えていたが、そのうち囁き声で尋ねてきた。何かと思ったら、麺のことだった。
「ユースケは、この前何て頼んだ?」
「俺はどこの店でもバリ硬、って言ってる」
「で、どうだった?」
「他の店の硬め、と同じくらいだったかな」
「ありがと」
何か納得したらしい。それにしても“すごく楽しみ”と言っていたわりに、のぞみは店に入ってから妙に難しい顔をしている。
「お待たせ。決めたよ」
祐介に続いて、のぞみはその店の基本メニューを注文し、最後に針金で、と付け加えた。
「あ、すいません、やっぱ俺も」
店員が去ると、すぐにのぞみは手首にはめていたゴムを外し、馬のしっぽを二つに折るようにして止めた。
それから間もなく、のぞみの注文品が運ばれてきた。基本メニューで針金のせいか、ずいぶん早い。
「ユースケ、お先!」
「おう、いってくれ」
見ていると、のぞみはレンゲで一口スープをすすって、うん、とうなずくと、すぐに麺に取りかかった。次のうん、は頭の振りが大きかった。針金の細麺に満足したらしい。
祐介が頼んだ品も届いたので、急いで写真を撮り、箸を割った。こっちのスープも悪くねえな。ちょっと魚介が強いか?
麺の硬さを変更して正解だった。確かに、バリ硬も店によって微妙に違う。許せる範囲だからあまり気にしてなかったが。
のぞみは無言のまま、せっせと箸を動かしている。ラーメンが到着してからは、こっちに視線すら向けない。でもこれが俺の正解、理想だ。こんなに身近にいたんだなあ。
「のぞみ」
「なあに?」
さすがに声だけは返してきた。
「お前、いい女だな」
「ありがと」
「押し倒していい?」
「バカじゃないの? ラーメンに集中しなさいよ!」
よしよし、ハリセンも健在だ。
数分後、空になったどんぶりをカウンターに置いた瞬間、ようやくのぞみが微笑んだ。
「うん!」
「お前、ラーメンの感想、さっきからそれしか言ってねえぞ」
「いいの」
ふと正面に顔を向けると、
「姉ちゃん、気持ちいい食い方するなあ」
店主らしきおじさんがカウンターの向こうから、楽しそうに言った。
「嬉しいねえ。惚れそうになったよ」
のぞみは笑っている。惚れられてたまるか、と思いつつ、悪い気はしない。
最高だろ、俺の彼女。
針金麺好きの特攻女。
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