竹の9

 トリプルグリルと中ジョッキ。

 人気メニューだから、注文が多いのは当たり前だ。でも頼まれるたびに、心の奥が少し疼く。

 朱里が店を出る時、三谷氏のすすめで、健太と握手をした。おかげで、お元気でと直接言うことができたし、最後にあの穏やかな笑顔が見られた。結局、一度も口には出さなかったけど、たぶん、お互いに想い合っていたと思う。

 今日はバイトの後、松竹梅で集まることになっている。祐介が集合をかけてきた。誰かと一緒にいた方が気が紛れるので、ありがたい。待ち合わせ場所がカラオケ店というのがちょっと気になるが。今の気分でラブソング(バラード)なんか聞かされたら絶対泣く。

 待ち合わせ場所に向かうと、祐介が入り口で待っていた。ちょうど健太と同じタイミングで直樹も到着した。

「梅さん、髪切ったんだね」

「すげえイメチェン」

 祐介の言う通りだ。今までの、眼鏡を覆いそうな長めのスタイルからかなり短くして、前髪を立てている。

「必要に迫られてね」

「ワイルドでいいよ。似合ってる」

 健太が褒めると、

「だよな。全然オタクに見えねえ」

「松ちゃんのは、なんか褒められた気がしないなあ。まあいいけど」

 直樹は笑った。

 受付周りには学生らしきグループが何組か順番待ちをしていたが、出て行く人も多い時間帯らしく、少し待つと個室が空いた。

「今日は何? 急に歌いたくなったの?」

「いや」

 祐介はそれだけ言って、どさりと腰を下ろした。

「梅さんが言ってた“閉鎖的空間”って、こういうとこだろ?」

「え? ああ、そうだね」

 とりあえずと祐介がメニューを差し出してきた。三人で眺める。

「俺、コーラ」

「僕はジンジャーエールで」

 健太は眉を寄せた。何だよ、夏の北海道フェアって。キタアカリのポテトサラダとかフライドポテトとか。ここでイモの品種必要? 誰か喜ぶ人いるわけ? 

「竹やん?」

「あ、ごめん。なんだっけ」

「何頼むの?」

 こうなったら、やけ酒ならぬ、やけイモだ。

「ポテサラ。キタアカリのポテサラ!」

「いいけど、何か飲むのもあったほうがいいよ」

 直樹に言われ、コーラを頼んだ。祐介が自分も何か食べたいと言い出し、鳥の唐揚げと特大ピザも追加することにした。

 飲み物が届き、特に名目のない乾杯を済ませると、祐介がスマホを取り出した。

「梅さん、前に竹やんに言ってたよな。来年の4月までは彼女探すの我慢しろって」

「言ったよ」

「こういうことになるからか?」

 と画面を突き出してきた。表示されているのはネットニュース、お笑い芸人の謝罪会見のニュースだ。

 直樹はその報道について知っていたようだ。そうだよ、と硬い表情でうなずいた。

「かずのこ、全然悪いことしてねえよな」

「うん」

「金で買ったんじゃねえし、無理にどうこうしたわけでもねえ。妹の友達で、芸人目指すか迷った時に背中押してくれて、売れねえ間もずっと支えてくれてた子だぞ。何年かしたら結婚するつもりだったって親同士も認めてる。どこが悪いんだよ」

「悪くないよ。だからこの場合はお咎めなしだし、ネットでも擁護派が圧倒的でしょ。ただ、ほんの少し足りなかったんだよ」

 あと5日。直樹は腹立たしそうに言った。

「だからマスコミが騒いだの」

「そこだよ。あと5日で18になる女子高生が、彼氏と久々に会ってマンションで誕生祝いした、それだけだ」

 他にネタなかったのかよ、と悔しそうだ。

「俺、かずのこには謝ってほしくなかった」

「彼女のことで謝ったんじゃないよ。世間を騒がせたから、ってことで頭下げただけ」

「勝手に騒いだやつらが悪いのにか?」

 祐介はふん、と息をつくとコーラを啜った。

「かずのこの逆が、竹やんなんだろ」

「え?」

「竹やんの好みから考えたら、相手は成人だ。17歳と20歳以上、付き合うのはリスクがある。だから梅さんは止めたんだ」

「それはちょっと、違うよ」

 直樹が言った。

「リスクがあるってだけなら止めたりしない。“お互い好きなんだから構わない”“条例なんか関係ない”。そんな風に考えられる人なら、僕は止めないよ」

「だから、俺ならOKって言ったのか」

「そう。でも竹やんの性格考えてよ。相手の立場を考えちゃう、相手を想って諦める、そういう人でしょ。好きなのに、そして相手も望んでるのに何もできないなんて辛すぎるよ。だから積極的に探すのはやめた方がいい、って言ったの」

「梅さん、肝心なとこが抜けてるぞ」

「なにさ?」

「なんで竹やん一人が苦しんでしょいこむことになってんだ? 相手の気持ちは? しかも大人だぞ。リスク込みで相手が惚れたんならいいじゃねえかよ」

「松ちゃんとは違うんだよ。相手の立場がまずくなるって分かった時点で、ブレーキかけちゃうのが、竹やんでしょ」

「かける必要ねえんだって。ごまかす方法なんて、いくらでもあんだからさ」

 これ、いつ止めたらいいんだ? 自分のことなのに全然話に入れない。

 健太がぼんやりしていると、ノックがあって頼んだ料理が運ばれてきた。それをきっかけに祐介も直樹も話を中断し、大きく息をついた。

 健太は、ポテトサラダの皿を抱え込むと、一口頬張った。うまい。甘味があって、やっぱりキタアカリはうまい。

「二人とも、心配してくれてありがと」

「竹やん」

「オレ、大丈夫だから」

 健太は笑顔を作ると、直樹を見た。

「やっぱオレ、キレイなお姉さんには弱いらしい」

「うん」

「それに、梅さんが言うほど人間できてるわけじゃねえからさ、もし彼女がフリーターとか会社員だったら、遠慮しなかったかも」

 それから、祐介にも言った。

「リスクっていっても、いろいろあるよね。今回は二人で、いや、どっちかっていうと彼女の方がブレーキかけた感じかな」

「それが分かんねえんだって」

 オレより松ちゃんの方が悔しそうだな。

「ブレーキ効かねえのが、恋とか愛ってもんなんじゃねえの?」

「まあね。でも」

 そうじゃない場合も、ある。

「何か月も頑張って、やっと内定取れたんだよ。それも第一希望の会社。そこに“仕事も恋も両方手に入れるなんて許さない”とか脅されたらさ」

 ライバルに脅迫まがいの言葉を投げかけられ、朱里は一時ノイローゼ寸前にまでなったらしい。これは後で三谷氏から聞いた。

「付き合ったら内定取り消しかも、って状況で好きだって言える? 言われて喜べる?」

「相手の人、就活生だったんだ」

 直樹がぽつりと言った。

「うん」

 健太の答えに、祐介がぐうと唸った。

「竹やん、悪かった」

「いや、オレもね、よりによってなんでこういう人選ぶかな、って自分でも思った」

 明るく言ってみた。

「でも、しょうがないよね。ブレーキ効かないのが恋だから、ってこの言葉、マジで恥ずかしいな!」

 松ちゃんよく言えたな、と健太が笑うと、

「いや、言ってて恥ずかし死にするかと思った」

 祐介も笑顔を見せた。それから言った。

「今のって、この夏休み中の話?」

「そうだよ」

「この何週間かで、竹やんは美人女子大生と、そういう、なんつーか、ヘビーな状況を生きてたわけ?」

 健太はうなずいた。ヘビーは言い過ぎだが、濃い夏休みだったのは確かだ。

「さすがレジェンド」

 また言ってる。

「健太師匠って呼んでいい?」 

「やだ!」

「こういうやりとり、前にもあったね」

 直樹が笑った。

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