梅の7
全員のコスプレ衣装が完成したのは、応募締め切りの前日だった。応募写真の撮影とひとまずのお疲れ様会をするため、“中の人”も制作スタッフも、全員がエリのマンションに集合した。
直樹が兄とともに、更衣場所として割り当てられた部屋の一角から足を踏み出すと、2to9の面々から声が上がった。
「やだ、ちょっと」
奈々が駆け寄ってきて、直樹の両肩をつかんだ。
「可愛い……」
その表現はちょっと、と思った直樹だったが、自分の変身ぶりは自覚している。今の直樹は、衣装はもちろん頭髪から瞳の色まですべて青づくしの修道士だ。奈々はするりと直樹の後ろに回ると、背中に張り付くようにした。
「リーダー、このまま連れて帰っていい?」
「いいわよ。でも衣装は置いてってね」
「ふっちさん!」
あなたは僕をどうしたいんですか! 直樹が目線で抗議すると、ふっちは冗談よ、と微笑んだ。
「修道士をたぶらかしちゃだめよねえ」
相変わらずおばちゃん風味だ。その後ろからぬっと鎧姿の戦士が姿を見せた。大柄な体がさらに大きく見える。
「軍曹、かっこいいですね」
直樹が褒めると、軍曹が兜に手をやった。
「のぞみちゃんの、おかげ」
軍曹に促されて、直樹の前に照れくさそうな顔を出したのは、のぞみだ。自分が手掛けた装備一式を、軍曹が身に着けた状態で見てみたいと、今日は直樹と一緒にここまで来た。その技術を絶賛されたのぞみは、皆と初対面とは思えないほど、すっかりスタッフの一員としてなじんでいる。
「東さんがこんなスキル持ってたなんて、知らなかったよ。ほんとにすごい」
戦士の鎧も兜もすねあても、土台が軽いボードだとは思えないほど、金属の重厚感や戦った後の使用感までがうまく表現されている。
結局、のぞみは戦士の鎧と武器の造形の半分、塗装のすべてを引き受けてくれた。
「作るのも塗るのもすっごく楽しかった。プロのそばで作業させてもらえたし。それにしても」
のぞみは直樹の全身を見回し、感心したように言った。
「別人だね。梅田君って知らされてなかったら、絶対分かんない」
「うん、僕もそう思う」
「すごく、かっこいいよ」
「ありがとう」
東さんこそ。可愛くて性格良くて腕が立つなんて、女の子として最強じゃない? 松ちゃんは、なんで隣に住んでて彼女の良さに気づかないかな。
「マガリ君もやるじゃん。こんなキュートな職人さんがお友達にいるなんて」
頭の後ろで奈々の声がした。あの、そろそろ背中から離れてもらえないでしょうか。僕、今修道士だから、こういうこと考えちゃいけないのかもしれないけど、背中に柔らかいものがふにふに当たってるのが、すごく気になるんです。
「ほんとよね。むっつりオタクじゃなかったんだ」
そう言ったのは、魔法使いの片割れだ。
「いつっちさん、僕のことそんな風に思ってたんですか」
「あたしは六よ。髪がピンクでしょ」
「面と向かってむっつりオタクなんて言いませんよ、むっちさんは」
「ち、バレたか。マガリ君なら騙せると思ったのに」
この人、黙ってれば美人なのに、の典型だな。
「直樹よ。ハーレムを満喫しておるか」
「兄者」
と言いつつ、視線は兄に連れ添っているエリに向いてしまう。やっぱり別格の美しさだ! 兄者ったら、親子設定だからってエルコス状態のエリさんと腕を組むなんて、越権行為が過ぎるよ。
「場所、変わって」
コスプレ中だからか、いつもより強気になれる気がする。
「断る。人間の修道士なぞに、大事な娘を渡せるものか」
すっかりエルフの族長になりきっている。もう一言何か言ってやろうと直樹が構えたところで、ふっちから撮影開始との声がかかった。立っているだけでいいと言われた直樹だったが、撮り始めてみると、目線や姿勢について、傍で見ているメンバーから、助言という名のダメ出しをどっさりもらった。
* * *
最後に制作組も加わって、皆で集合写真を撮った。お疲れ様でした! の掛け声とともに、試行錯誤しつつ制作に取り組んだ日々をねぎらい合う声が上がった。
「皆さん」
エリが呼びかけ、一度皆の顔を見渡してから改めて礼の言葉を述べ、深く頭を下げた。
「エリさん、もう気にしないで。私たちすごく楽しんでやったんだから」
みっちの言葉に、メンバー一同うなずいた。
「ありがとう」
「いい結果、残しましょうね」
エントリーは、リーダーふっちが引き受けることになった。
「チーム名なんだけどね。“With L”はどうかしら」
“エルとともに”というゲーム中のセリフと、このチームがエル(エリ)の申し出を受けて集まったことを踏まえた名だそうだ。
「確かに、言い出したのは私ですけど」
メンバーとの橋渡しをしてくれたのはナオミやふっちさんだから、とエリが遠慮がちに言った。
「良いのだ。Lには我輩も含まれる。族長ナオザーネは、エルフにしてLサイズだからな」
“ふっちさんもLサイズだし”と一瞬、皆の脳裏に浮かんだ(に違いないと直樹は思った)が、
「2to9や軍曹殿、のぞみ嬢が属するレディのLでもある」
兄者は、こういうところソツがない。
「弟君は? どこかに入れてあげてよ」
エルフの族長は、髭に指を滑らせると、にやりと笑って直樹を見た。
そうだ。この言葉を最初に口にしたのは修道士ジェイク。
「“参りましょう。希望の光、エルとともに”」
直樹の言葉に、双子の魔法使いが顔を見合わせうなずいた。戦士が胸に手を当て天を仰ぐ。合図はなかったが、皆の声がぴたりと合った。
「エルとともに」
* * *
初めは気が進まなかったコスプレも、衣装を着てしまえば、その気になるというか、なかなか楽しい。世界の果てまで旅した仲間がそばにいるせいかもしれない。それにさっきの一体感。コンテストに出る仲間を募ったエリの気持ちが、分かるような気がした。
そうだ、今のうちにコスプレ中のエリさんを撮らせてもらおう。直樹がスマホを持って戻ってくると、エリは軍曹と壁際で話をしていた。
全身を銀色に包まれた優美なエリと、鎧と兜で身を固めた軍曹は対照的だ。筋骨隆々の男戦士の中身が20歳の女性とは誰も思うまい。ついでに言うなら、中の人であるクララ軍曹こと真倉走が、夏の冷え性対策に余念のないシャイな女子大生の属性を持つとは誰一人思うまい。
エリの表情から察するに、雑談をしているわけではなさそうだ。遠慮した方がいいかな。直樹が思っていると、軍曹が直樹に気づいて手招きをした。
「今ね、お兄さんの話をしていたの」
エリの言葉に直樹はうなずいた。兄者じゃなくて、マクラーレン氏の方ですね。
「あつかましかお願いで」
「いいえ。言ってくれて良かった。お兄さんに、上京されたら、ぜひお話ししましょうと伝えてね」
軍曹は兜を手で支えながらゆっくりうなずき、今度は直樹の方を向いた。
「マガリ君、にもお願いが」
軍曹がずしりと踏み出してきた。思わず後ろに一歩下がる。
「あの、お願いって」
軍曹が再び進み出てきた。ゴゴゴゴゴと背景に極太の字が見えるのは、僕の気のせい?
「な、何でしょうか」
一歩一歩無言で間を詰めてくる戦士と距離を取ろうとした結果、直樹は反対側の壁まで移動してしまった。
これ以上下がれないよ。思った瞬間、顔の横に手を突かれた。
壁ドン!?
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