竹の7

 ライバルらしき連れと共に来店した日以来、朱里は店に来なくなった。

 アルバイトの帰り道には、コンビニや一緒にアイスを食べた公園につい目が向いてしまう。だが、朱里の姿はない。捻挫が悪化した、あるいは体調を崩したりしたのでなければいいがと案じつつ、来店しない理由がそれではないことはなんとなく分かっていた。

 あの時、あんなに気まずそうな顔をしていたのはなぜだろう。じゃがいもの時にはうまくいったと喜んでくれた。今回だって、嘘をついてないことが証明されたし、スピーチが成功したならそれでいいはずだ。

“17歳はNGだよ。捕まっちゃう”

 残念ながら、その直前の会話が分からない。でも、朱里がライバルに対して “彼を好きになったの”みたいな話をするとは思えない。

 NGだよ――好きになっちゃいけない、というのはライバルが勝手に言ったことだ。それがまったく的外れな言葉で、健太に恋愛感情なんかないと言うなら、これまで通り癒されに来ればいい。

 逆に、邪推でなく図星だったら? 彼女がオレを好きになってくれたんだとしたら? 前に送った時、別れ際に何か言いたそうにしていた。オレの方に期待するような気持ちがあるから、そう見えたのかもしれないけど、“癒し系店員”以上の気持ちをもってくれている感じがした。

 オレはどっちを願ってる? 

 オレのことは癒し系としか思ってない、だから、そのうち何事もなかったように顔を見せる。  

 それとも、好きになってくれて、その気持ちをライバルに見透かされたから、来にくくなった。どっちだ?

 どっちも嫌だ。そんなの、好きになってくれて、顔見せてくれる方がいいに決まってる。

 もし付き合ったら、本当に“捕まっちゃう”のか? オレが17だって理由で?

 ある夜、ふと思いついて、健太は直樹に電話をかけた。

“夏休み前半は、僕とは連絡取れないと思ってね”と直樹は言っていた。もう下旬だし、あっさりつながるかと思ったのだが、直樹は出ない。

 こういう時、いつもなら日や時間を改めて、と気楽に思えるのに、今日は気が急いて仕方がない。これでダメなら今夜は諦めよう、と直樹の自宅にかけてみた。

 梅田家の電話にはすぐに誰かが応答した。健太が名乗ると、

「おおレジェンド・バンブー! 息災であったか」

 大仰なセリフで直樹の兄・直実だと分かった。彼にとって健太は単なる弟の友人のはずだが、どういうわけか重要人物のように扱ってくれる。父とは別路線の変わり者で強烈な個性の持ち主である友人の兄を、健太は面白い人だと思っていた。

「申し訳ないが、直樹は不在だ」

 エルフや仲間と旅に出てまだ戻らん、と真面目な口調で言われた。

「そうですか」

 エルフについてはスルーさせてもらおう。通話を終えようとした健太だったが、思い直した。

「ナオザネさん」

「なんだろうか」

「直実さんもマンガ、描かれますよね」

 直樹が創作する時は、好きな世界を自由に描きながらも、規制や法律のことを一応頭に置いていると聞いたことがある。おそらく直実もそうだろう。

 もし、知っていたら教えてもらいたい、と前置きして健太は尋ねた。

「ふむ。竹中氏が今言ったのは、青少年保護育成条例のことだな」

「あ、たぶんそれです」

 もし成人が18歳未満と交際したとして、それがばれた場合、どうなるのか。

「未満、が13歳未満なら即アウトだ」

「いや、そこまで下じゃないです」

「金銭の授受と交際期間は?」

 そんなことを聞かれるとは思わなかった。

「金のやり取りはもちろんナシで。期間は――何か月、とかですかね」

 少しの間の後、直実は言った。

「ならば、どうもならん」

「え」

 問題なし?

「ほとんどの場合はだ。だが、過去には成人側が逮捕されたケースもある」

「逮捕、ですか」

「その時は、未成年者の保護者が訴えた。そうなると、当局が出張ってくる。当人たちが互いに好き合っていたとしてもな」

「親が訴えなければ、大丈夫なんですか」

「おそらく。さっき、どうもならんと言ったのは、人様の自由恋愛に難癖をつけてお上に届け出るようなヒマな人間、そうはおるまいと思ったからだ」

「いるとしたら、どういう人ですかね」

「相手を陥れよう、ライバルを失墜させようなどと考える輩だろうか」

「あの。就職決まったばかりの人が、もし、そういう人にチクられたら、内定って」

「取り消されるだろうな。会社もリスク抱えた人間をあえて採用しようとは思わんはずだ。プライベートだ自由恋愛だと言っても、条例違反であることに変わりはない」

 胃袋をつかまれたような気がした。

「竹中氏?」

「あ、すいません」

「直樹が案じていた。レジェンドが行くのは茨の道、地獄かもしれんと」

“積極的に彼女を探すのはやめた方がいい”

“4月くらいまでは”

 18歳になるまでは何かと不便だ、その程度の意味だと思っていた。そうじゃない。直樹は分かっていたのだろう。健太が誰かを好きになり、相手に想いが通じた場合、3歳以上年上なら、その恋は女性の立場を危うくする。さすがに相手が就職活動真っ最中の女子大生とまでは予想していなかっただろうが。

「梅さんが何を心配してくれてたのか、分かりましたよ」

「君は、すでに地獄におるのだな」

「そうかも、しれません」

 この人ほんといい声してるな。頼もしくて、人を落ち着かせる声だ。

「レジェンド・バンブー。我輩より心からの敬礼を贈らせてもらおう」

 健太は直実に礼を言い、電話を切った。その直後、着信履歴にたった今気づいたと慌ててかけてきた直樹には、直実が疑問を解決してくれたから大丈夫とだけ話しておいた。

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