梅の6
「お友達に、プラモデル作ったり、工作したりするのが好きな子いない?」
よっちこと蓉が、直樹が着た仮縫いの衣装をチェックしながら尋ねてきた。採寸から数日で衣装があらかた形になっていることにも、青いはずの修道士の衣装が生成一色であることにも驚いた直樹だったが、この生地でサイズチェックをしてから本番の生地で縫う方が近道なのだと蓉が教えてくれた。
「プラモデルなら、僕、時々作りますよ」
「塗装もする?」
「いえ、マーカーで少し汚すくらいですね」
直樹の返答に蓉がうなずいた。
「戦士の装備がやっぱり難しくてね」
これは最初に採寸をするために集まった時にも聞いた。軍曹の採寸中だったので、その場にいられない直樹は少し離れたところでそれを耳に入れた。
“なんちゃって鎧なら、いけそうなんだけどね”
“でも、エルフが本物なんだから、できるだけ他のもクオリティ上げたいじゃない?”
今回パターンを担当する、耶知(やっち)と蓉は2to9の中でも特に職人気質らしい。
いいものを作りたい、という気持ちは強いのだが、鎧と武器については洋裁ではなく工作の域なので、耶知や蓉の実力はあまり発揮できない。軍曹のサイズを耶知が確認し、型紙を起こした後は、軍曹本人やエリなど何人かで分担して制作を担当することになった。直樹も自分のブーツの他に、戦士のすねあて(両側)を受け持っている。
「動画、見てくれたと思うけど」
「はい」
基本の造形は、ネットに作り方が紹介されている(親切な、そして器用な人がいるものだと感心した)。専用のボードを切ったり貼ったりの地道な工作だ。やってやれないことはないが、かなりの細かい作業になる。普段やり慣れてないこともあり、メンバーが目指すハイレベルのものが自分に作れるか、直樹には自信がなかった。
「塗装が一番のネックね」
一人暮らしや一般家庭での塗装作業は、匂いや排気、設備の面でかなり厳しい。
「あ、塗装なら」
友達にプロの塗装屋がいると直樹が言うと、蓉は目を見張った。
「ちょっと聞いてみますよ」
「ありがとう。助かるわ」
蓉は微笑み、もし工作も得意なら、土台作りも含めて手伝ってくれるとありがたい、と付け加えた。
「お疲れ様。ピンがついてるから気をつけて脱いでね」
蓉さんって品があって素敵だなあ。エリもそうだが、直樹は大勢の女性に一度に囲まれた結果、自分の好みが痩せ型のお姉さんタイプであることを再認識した。年上好きの親友のことを思い出し、少し胸がしくりとする。
チェックが終わったと蓉が声をかけると、エリは、直樹たちが持ち寄った菓子とともに、アイスコーヒーを出してくれた。
ここはエリのマンションだ。メンバーの居住地の中でほぼ中心に位置するということもあるが、エリは自分が言い出したことだからと、採寸や打ち合わせ場所として自分の住まいを提供してくれていた。
エルフ(の中の人)の部屋で(二人きりではないが)、優雅なコーヒータイムが過ごせるなんて、本当なら天にも昇る心持のはずだが、前回ここへ来て以来、直樹の心には少しもやもやしたものが燻っていた。さっき健太のことを思い出した時の感情も原因は同じだ。
耶知が軍曹の採寸をしている間、鎧と武器の製作が難しそうという以外に、雑談の中でエリの話も出ていた。
“アンリ氏はどっち方の叔父さん?”
“父です。父の弟”
“お父さんもアンリ氏みたいな感じ?”
“それがあまり似てないんですよ。父は叔父みたいに明るくないし。顔も、叔父に比べたら祖母の顔立ちをあまり受け継いでなくて。その分、私がもらったみたい”
“エリさん、スウェーデン人で通りそうだもんね”
“面倒な時は、ニホンゴワカリマセンのふりすることありますよ”
“はは、エリさんが嘘ついてるとこ、ちょっと見てみたいな”
その時は、聞こえてくる会話が右から左に流れていっただけだったが、家に帰った後で思い出した。
“祖母の顔立ちをもらった”
“スウェーデン人で通る”
野上安理は父が日本人、母がスウェーデン人だと何かのインタビューで話していた。エリの話しぶりでは、父親も同じ両親から生まれた。つまりエリの祖母はスウェーデン人だ。
そこでよみがえったのが健太の言葉だ。
“おばあちゃんがスウェーデンの人だって”
これって偶然?
“スウェーデン人の祖母がいる、20歳くらいの日本人女性”は世界にどれくらいいるのか。その中の一人が親友の恋人になり、数か月後にFDM好きの仲間として直樹と出会う確率は? 直樹が校内で一度だけ見かけた“妖精風味”の彼女とエリは、髪の色も体格も違う気がするから、まったくの別人である気もするが。
健太に電話して野上絵理の名前を出せば、すぐに分かることだ。あるいは、エリに直樹と同じ高校に通ったことがあるかと聞いてもいい。
だが、できなかった。真実を知るのが怖いというのが一番の理由だ。もちろん自問はした。エリが健太の元恋人だとして、何かが変わるのか。そんなことはない。だから問題ない。でも、もしエリが該当人物で、欧州にいるはずの彼女が日本に戻っていると分かったら、健太はどう思うだろうか?
気にはなるが、今はコスコン準備で忙しい。その件は保留にしておくことにした。もし二人で話せそうなタイミングがあったら、それとなく聞いてみよう。
アイスコーヒーを半分ほど飲んだところで、直樹はエリと蓉に断って席を外し、電話を取り出した。
“塗装のプロ”に連絡を取るのは少し緊張した。緊張したのは、友達である塗装屋が親友の父親だからではない。彼の息子が健太だからだ。
エリのことはもちろん、コスコンのことも今は健太に内緒にしておきたい。先に、竹中家の他の家族がいないところで話したいとメールを送っておいてから、直樹は竹中孝志に電話した。
一通り事情を説明すると、塗装屋は予想通り面白そうに聞いていたが、
「もう一人、声かけてもいいかな」
ここしばらく本業の塗装が立て込んでいて、塗装場所や道具は提供できるが、工作したり塗ったりはその人にやってもらいたい、と言う。
「ちゃんと、秘密は守ってもらうからさ」
「いいけど」
「ナオちゃんも知ってる子だよ。可愛い大工さんだ」
誰だろう。心当たりがない。
「追って沙汰を待て」
「なにその、兄者みたいな言い方」
「悔しいな、ナオザネ君みたいにいい声はなかなか出ねえ」
エリたちのところへ戻って、力を借りられそうだと報告していると、まもなく電話がかかってきた。
「梅田君? 同じクラスの東ですけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます