梅の5

 2to9の打ち上げ会場は、喫茶店近くのカラオケボックスだった。スタッフに部屋番号を尋ねて行ってみると、ドアの向こうから某アニメの主題歌を大合唱しているのが聞こえた。盛り上がっているようだ。

 歌が終わるまで待って、軍曹がドアを開けた。拍手で迎えられ、新たな試練に立たされたような気になる。女の人だらけだ。個室中に“女の気”が満ち満ちている。これもハーレム状態? でも何かちょっと怖い。軍曹さん助けて! 頼もしそうな背中の陰に隠れていると、

「ようこそ!」

 ふっちの明るい声が聞こえた。

「特別ゲストのエリさんとクララ軍曹、百夜曲くんです」

 再び拍手。空けてあった席に通され、三人並んで座った。差し出されたメニューから、直樹はとりあえず目についたコーラを頼んだ。エリはオレンジジュース、軍曹はここでもホット(煎茶、みたらし団子付き)を頼んだ。

 直樹たちの前には、二手に分かれて2to9メンバーが並んでいる。ふっちによると、今日は番号順に座っているそうで、左側が2345の四人、その向かいが6chから9chまでだ。これでようやく、どの顔が何番なのかが分かる。

 リーダーのふっちから順番に自己紹介が始まった。ふっちの隣にいる雰囲気のよく似たみっちは姉妹だった。

 エリの髪と目を黒くしたような、痩身のよっちは、蓉という名から4番手になったと教えてくれた。いつっちはさっきイベント会場にいたからか、5番、作画とだけ言って手を振った。

「6番、むっちです」

 手前の方で手を上げたのは、いつっちと同じつり目顔だ。ただ、こちらは長い髪を二つに分けて、高い位置で団子にしている。

「双子なの。あっちの逸美が姉。私、睦美が妹。だいたい背景描いてます」

 片方が短髪で助かった。二人とも長いと見分けがつかない。

「ななっちこと奈々でーす。エリさんは初めてだけど、クララさんと曲君はイベントでよく会うよね」

 ななっち=売り子のイメージが強かったが、腹黒感満載の魔王軍キャラはこの人が描いているらしい。

 その隣にいる大人っぽい雰囲気のやっちは、ストーリー担当。耶知さんというそうだ。

 そこから、ここっちの本名を想像していたら、ずばり“心”だった。ネーム担当のここっちは軍曹並みにシャイなようで、自己紹介のあとになぜか、すいませんすいません、と二度謝った。それから遠慮気味に言った。

「リーダー、お酒頼んでいいですか」

「もちろん。でも、今日は第二段階くらいまでにしといてね」

「分かりました」

「じゃあ、今度はゲストね。お話があるからエリさんは最後にしようか」

 直樹から話すことになった。場慣れしてないとこういう時に大変だな。

「モモヤ・マガリです。みなさんと同じでFDMが大好きです。よろしくお願いします」

 これだけ言うのが精一杯だ。

「ちなみに、彼はナオミちゃんの弟」

「ナオミちゃんて、桃栗惨念よね」

 遠くの方で声が上がった。

「じゃあ、マガリ君、火器発燃?」

 そっちの名前が出てくるとは。直樹がうなずくと、ほとんどのメンバーが驚いたような顔をした。まあ、ペンも雰囲気も変えてるからね。それにしてもナオミちゃんは違和感あるなあ。夏休みに入ってから、兄者はひげもじゃもじゃだよ。

「クララ軍曹です」

 大人数を前に、いつも以上に硬くなっているみたいだ。

「小説書いとります。よろしく」

 ぺこりと頭を下げる。

「軍曹さんは、文は人なりって感じよねえ」

 みっちがしみじみ言った。お姉さん同様おばちゃん風味だ。

「その無骨さがいいのよ」

 何人かから共感する声が上がった。

 ふっちがエリをうながすと、エリは名乗って一礼した。

「みなさんの打ち上げにお邪魔してしまって、ごめんなさい」

「いいんですよ。売上報告して、アニソン歌うだけなんだから」

 すぐ傍で言ったのは、むっちだった。

「さっきリーダーに写真見せてもらいました。クオリティめっちゃ高いですよね。っていうか、エルそのまんま」

「ありがとう。お話したかったのはそのことなんです」

 エリはバッグから紙の束を取り出すと、皆に配り始めた。直樹にも回ってきたので、一枚軍曹に渡す。

「コスプレ、コンテスト?」

「これ、個人でも出られるんですけど、FDM好きな皆さんと一緒に、チームでやれたらと思いまして」

 なるほど。エリさん一人でも人目は集められるだろうが、他のキャラも揃えば迫力は増すだろう。

「それで、ナオミに相談したら、人材豊富な2to9さんを紹介してくれたんです。エントリーまでの時間があまりなくて申し訳ないんだけど、良かったら一緒に出ていただけませんか?」

 めいめいがチラシに見入っている。リーダーふっちが手を上げた。

「うちは、衣装の作り手なら何人かいるでしょ。どうかな」

「そうだね。私と蓉さん、やっちさんもパターン引けるよね」

 むっちが呼び掛けた。耶知がうなずく。

「じゃあ、中の人が決まればいけそうじゃない?」

 ふっちは乗り気だ。

「まあ、私と三葉はこんなだから、制作側に回らせてもらうけど」

自分の二の腕をふにふに揉みながら言う。

「ねえねえ」

 ななっちが手を上げた。

「これってさ、魔王倒すのに力貸してって、人間サイドがエルフに頼みにいった時の、逆バージョンじゃない?」

「確かに」

「今度はエルフがこっちに頼んでるわけよ」

「これもまた“エルとともに”だな」

「ってことで、私乗った!」

「あちしも!」

 一番端で元気よく手を振ったのは、ここっちだった。

「小道具とかなら、手伝うよ!」

 自己紹介の時とは別人だ。これがさっき言ってた第二段階? エリは気にならないのか、ありがとうございます、と頭を下げた。

「奈々ちゃん、女戦士やれば?」

 そのナイスバディを活かして、とむっちが言った。

「無理だよ。露出多過ぎ。装備なんて、肩当てとブーツだけじゃん」

 布ほんのちょっぴり、とななっちが大きな両胸に指で小さな三角を書いたのを見て、皆で笑った。あの、僕と軍曹さんがいるの、忘れてませんか?

「規約にも過度な露出はNGって書いてあるし。女戦士はやめとこう」

 みっちの言葉に、ふっちがうなずいた。それからこちらに顔を向け、言った。

「クララさん」

 湯飲みから煎茶を啜ろうとしていた軍曹が、動きを止めた。

「お願いできない? 戦士役」

「リーダー?」

「私は、あなたしかいないと思う」

 軍曹よりも他のメンバーの方が慌てている。

「いや、だから今、やめとこうって」

 ふっちは軍曹から目を離さない。

「私が言ってるのは、男戦士の方よ」

「姉さん失礼よ。女性にそんなこと」

 え?

「じょせい!?」

 思わずのけぞってしまった。

「マガリ君……」

「おいおい」

「いやあの、文章がすごく硬派で、カッコいいから、だからえっと、ホントにごめんなさい!」

 這いつくばるようにして、軍曹に詫びると、当のクララは湯飲みを置きながら苦笑した。

「勘違いしとるの、分かっとった」

「そ、そんなあ」

 早く教えてよ! 

 ってことは、十一人いる中で男は僕一人? なんだこの状況! 嬉しくない。むしろ怖い。

 内心では頭を抱えて吼えたいところだったが、ただでさえ軍曹性別問題で肩身の狭い状況なので、大人しくしていることにした。

「やります。戦士」

 軍曹がふっちに言い、エリを見た。

「エルフの助けになるなら」

 直樹を挟んで、エリがありがとう、と微笑み返すのが見えた。ふっちは礼のつもりか拝むようにしている。それから言った。

「あ、サブキャラだけど、エルフの族長はナオミちゃんがやってくれるって」

「わ、似合うね!」

 似合う? じゃあ、兄者の顔とか体型とか知ってて、皆さん“ナオミちゃん”って呼んでるの? うわあ……。

「あとは魔法使いの二人」

「これは、いつっち・むっちで決まりでしょ」

 直樹も、つり目の美女が双子と聞いた時から、魔法使いツインズにぴったりだと思っていた。名前もまさにウー(五)&リュー(六)なのだから。ちょっとできすぎ?

「まあ、そう来るよな」

 いつっちが頭を掻いた。

「むっちゃん、どうする?」

「いいけど、私、自分で作って自分で着るわけ?」

「お願い」

 リーダーがきっぱり言った。

「手袋とか髪飾りはこっちで何とかするから」

「分かった。がんばる」

「修道士はマガリ君よろしくね。じゃあ、製作費の話もしとこうか」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 危ないな! 聞き流すところだった。

「僕、中の人はちょっと。お手伝いなら喜んでやりますけど」

「何言ってんの。エルフが初めて心を許す人間、清貧貞潔の修道士よ。君以外に誰がやるの」

 ずるい。初めから僕にやらせるつもりで呼んだんだね。松ちゃん風に言うなら“女って怖え!”だ。

「大丈夫よ。衣装着たら気分上がるから」

「そうでしょうか」

「がんばんなさい。終わったらご褒美あげる」

「ご褒美?」

「奈々ちゃんのたふたふ」

 何言い出すんだ、この人!

「いいよ~」

 ななっちが笑顔で胸を揺すっている。頭がくらくらしてきた。

「でも、エルフ大好きマガリ君なら、別のごほうびの方が喜ぶんじゃないですかあ?」

「じゃあ、コスプレエリさんのチューもつけよう。おでこならいいですか?」

 最後のはエリに聞いたようだ。

「ええ」

 ななっちさんのたふたふ。そしてエルフのキス……。

「あ、マガリ君がひっくり返った」

 霞がかかったような視界に入ってきたのは、軍曹のものと思しきごつい手と、エリのたおやかな指だった。それから所々が真っ赤に染まったティッシュ。軍曹ありがとう。でも僕、膝枕してもらうなら、エリさんが良かったです。

 ぼんやりしている直樹の耳に、そのうちこんな大合唱が聞こえてきた。

 “賞金111万円!”

 “獲るぞ、グランプリ!”

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