松の4
「ねえねえ」
祐介の腕に軽く触れると、小町が左の方を指さした。
「あの二人、いい感じじゃない?」
小町が指したのは、少し離れたところにあるテーブル付きのベンチに座って、話をしているのぞみと健太だ。
「そうだね」
今、祐介はじゃんけんに負けた結果、小町と二人でアイスを買う行列に並んでいる。
実は、少し前から祐介も同じことを考えていた。何を話しているかは分からないが、二人の会話はずいぶん盛り上がっているようだ。アトラクションの順番を待つ間、並んで立っている時も仲の良いカップルに見えた。高身長の健太とすらりとしたのぞみが一緒といると体格的にバランスが取れる。のもあるが、健太を少し見上げるようにして話すのぞみの雰囲気が、妙に幸せそうだったり切なげだったりと、いつもと違う。
さすが竹やん。のん太郎がちゃんと女に見えるよ。
“遊園地いかない?”
のぞみから誘いの電話があったのは、小町と再会してから2日後のことだった。
のぞみから、できればもう一人、男子を誘ってもらいたい、と言われた祐介は、少し考えて健太に声をかけた。直樹は“夏休み前半は、僕とは連絡取れないと思ってね”とわざわざ忙しいアピールをしていたので、遠慮した。
小町は同い年だから、年上限定の健太に取られる心配はない。そもそも、レジェンドは親友のターゲットに手を出すような男ではない。
誘ったついでに小町のことを電話で話し、協力してくれと頼むと、健太は“東さんがそれでいいなら”と前置きしたうえで、Wデートもどきの“のぞみ担当”を引き受けてくれることになった。
大丈夫だよな。
そう考えた直後に、祐介は自分に突っ込んだ。
大丈夫? 俺は何を心配してんだ? 竹やんが“東さんならタメでもOK”って限定解除すること? それとものん太郎が竹やんに惚れるかも、って?
待て待て。仮にそうなったとして、何の問題がある?
俺には小町ちゃんがいるんだから!
と自分のそばにいる小町に目を向けると、大きな目でまともに見返してきたので祐介はたじろいだ。気を付けねえと、顔見たついでにうっかり目線が下にも向いちゃうんだよな。
ことさら胸の開いた服を着ているわけではないが、谷間ははっきり分かる。その窮屈そうな谷間から推察するに、小町の鎖骨の下には間違いなく二つの巨大肉まんが潜伏している。小町がはしゃぐたびに、それがゆさゆさと揺れるのだが、嬉しい反面、自分が物欲しげな顔になってないかすごく気になる。
ありがたいことに、小町は祐介のことを気に入ってくれたらしい。健太とも愉快そうに話すが、何となく祐介と一緒にいたがっている気がするのは、たぶんうぬぼれではないと思う。
「祐介君は何味にするの?」
「俺はね、クッキー入ったやつ」
「あーん、それもいいよね」
悩む表情も可愛い。本当にこの子は“どストライク”と言っていい。性格も悪くなさそうだし、しょうもないことでコロコロ笑っているから(これはのぞみも同じだが)、明るい子なのだろう。
しかも、さっきジェットコースターの順番待ちの間に聞いてみたら、ラーメンの好みもばっちりだった。ただ、一つだけ問題が発生した。
彼女はこう言ったのだ。
“小町はねえ、鶏だしが好き!”
小町がそう言った瞬間、襟足がちりっとした。もちろん“問題”とは、鶏だしのことではない。
「うーん、やっぱり小町はラムレーズンにしよっかな」
今度は、腹の辺りがぞわっとした。
今日、四人で遊びに出てから、時折覚えるこの感じ。初めは襟足が逆立つような気がしただけだったが、それがだんだんひどくなってきた。気のせいじゃない。
この違和感は主に、小町が自分の話をする時に発生する。
あの天真爛漫な笑顔と特大肉まんを手に入れるためには、己のトラウマを克服する必要がある。耐えられるか、俺?
祐介は脳内で一人戦いながら、小町とともに四人分のアイスを買い、ベンチに戻った。
四人で絶賛しながらアイスを食べていると、小町がのぞみと健太に向かって茶化すように言った。
「小町たちが並んでる間、なんか二人ですごい盛り上がってたね」
今度は背中にぞわっときた。やっぱダメだ。少なくとも、今日中に克服するのは無理だ。
「大した話はしてないよ」
健太が笑った。
「接着剤とか塗装とか」
「そうそう」
のぞみが嬉しそうにうなずき、祐介も知っている有名な商品名を挙げた。
「何でもかんでもあれでくっつくと思ってる人が多いけど、違うんだから」
「くっつけるモノに合わせて使い分けるのが大事、だよね」
「そう。竹中君はね、そこんとこの違いがちゃんと分かってる」
なんでお前がドヤ顔すんだよ。
「いや、オレは親父が使うの見てただけだから。東さんはさすがにいろいろ知ってるね」
二人が意気投合してたわけが分かった。それにしても話題が接着剤って。色気ゼロだな。
「次は何乗ろっか?」
のぞみが園内マップを広げた。小町が身を乗り出す。
「小町はこれやってみたい! Rakka!」
また、ぞわりがきた。
「それ落っこちるやつだよね。地上何メートルだっけ? うわ」
アトラクションの紹介文を読んだのぞみが、顔をしかめた。
「ごめん、私はパス。待ってるか、他の乗ってるよ」
「悪い、俺も無理だな。だから竹やんと二人で行ってきて」
祐介が言うそばから、健太の顔色が変わるのが分かった。
「え」
「そうなの? 祐介君、ジェットコースターの時はノリノリだったのに」
小町は残念そうだ。
「ごめん」
手を合わせると、小町が立ち上がった。
「仕方ないか。じゃあ竹中君、行こ」
「うわ、えっと」
健太が表情で“何で!? 松ちゃんどういうこと?”と訴えている。
許せ竹やん! わけは後で話す。生きて帰れよ!
祐介が合わせた手を頭上に掲げるようにしていたら、行ってくるね~の声とともに、親友は哀しそうな顔のまま、連れ去られて行った。
「ユースケ、どういうこと?」
当然だ。のぞみとの電話で、遊ぶ場所をこの遊園地に決めた時、祐介はRakkaに乗るのが楽しみだと口にしていたのだから(それにしても落下とは、まんま過ぎるネーミングだ)。
祐介は立ち上がると席を移動して、のぞみの隣に座った。
「何よ、どうしたの?」
「のん太郎、頼む。お前でも竹やんでもいいから」
祐介は、今度はのぞみに向かって手を合わせた。
「小町ちゃんの相手すんの、代わってくれ!」
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