竹の2
“おばちゃんかーい!”
級友と長話をしてきた兄に対するその突っ込みが、棒読みだったことはともかく、長話=おばちゃんという妹の見解には賛同できる。
バイト先のパートのおばさんを見ていると、終業後、休憩室で1時間近くしゃべっているくらいなら、その分仕事の時間を延ばせばいいんじゃないかと、時々思うことがある。
今日の松竹梅トークがおばちゃん並みに長かったのは確かだ。松&梅ががんばる宣言した後は、いつも通りのアホな話で盛り上がった。
がんばる宣言か。
“新しい彼女を探すのは、もう少し待った方がいい”
“5、いや4月くらいまで”
あの時の梅さん、真剣だったな。
あれはたぶん、来年の5月、健太が18歳になるまでという意味だろう。詳しい理由は聞かなかったが、直樹が健太を案じて言っているのは分かった。
早く年をとりたい。はじめは、早く従兄のように大型二輪に乗りたくて、そう願っていた。その後、好きになるのが年上の女性ばかりだったこともあり、なおさら子ども扱いされない年齢を望むようになった。
ここ数年は、誕生日を迎えるたびに、嬉しさと悔しさの両方をかみしめている。
先月17歳になった時も思った。やっと1歳増えた。でもまだ足りない。
同じように切望していた身長は、努力の成果か高校1年の冬に急激に伸びた。でも、歳は1年に1歳しか増やせない。40過ぎて27歳だと言い張る父親に、要らないなら何年分かもらってやると言いたいくらいだ。
健太は軽くため息をついた。
梅さん、心配してくれてありがとう。
でも、ちょっと遅かったかも。いや、言われたのがもっと前だったとしても変わらないか。積極的に探してなくても、惹かれる時には問答無用で心を引っ張られる。
もう、気になる人がいるんだよ。
彼女、間違いなく年上だ。たぶん22歳。
* * *
ファミリーレストランのアルバイトは、この4月から始めた。家族で時々食べに行っていた時から、店長や他のスタッフがとても感じのいい人たちだと思っていたので、求人の貼り紙を見てすぐ応募した。接客の仕事は、わりと自分に合っていると思う。
シフトに入ってから、1時間ほどすると、いつも通り常連の三谷一家がやってきた(名前は前からいるパートさんが教えてくれた)。
健太の顔を見て、笑顔を向けてくれたのは60代半ばくらいのご主人と奥さん、それから孫の健太君だ。今日は三谷さんの娘さんはいないらしい。
ここでバイトを始めたばかりのころ、その娘さんが、小さな息子の名前を呼んだのを、自分のことだと間違えた健太は、“なに?”と振り返ってしまった。その結果、一家に笑われ、下の名前まで知られることになった。また、自分と同名の1歳児は、普段は周囲の大人が手を焼くほどの人見知りらしいのだが、なぜか健太には妙に懐いてくれる。
平日5日出勤しているパートさんによれば、三谷一家は、健太の勤務日である火曜と金曜に来店するのが定番になったらしい。“竹中君の大ファンなんですって”と言われた時には苦笑してしまった。もちろん悪い気はしないが、年配の夫婦&1歳児&そのママの四人組よりは、気に入ってもらえるなら彼女の方が――と思うのが男子高校生としての正直な感想だ。
彼女とは三谷家同様、火曜と金曜に現れる常連客だ。6時ごろ来店する三谷一家の30分ほど後に、一人でやってくる。最近はスーツ姿のことが多い。その雰囲気から、彼女は大学生で就職活動中なのだろうと、健太は踏んでいた。
彼女が注文するのは、スモークチキンかサーモンが載った大きめサラダの単品に、コーヒー(時々グラスワイン)と決まっている。だから健太は、彼女のことを密かに“サラダのお姉さん(略してサラダさん)”と呼んでいた。
今日も彼女はいつもの時間にやってきた。いらっしゃいませ、と声をかける時に、ほかの客とは違って少し緊張する。
「お姉さん、お帰り~」
楽しそうに言ったのは、三谷氏だ。三谷家も彼女も座る席がだいたい決まっているから、顔を覚えたらしい。彼女は少し恥ずかしそうに微笑んで会釈すると、いつも通り健太が案内した二人連れ用の席に腰を下ろした。
サラダさんは、健太にサラダ(今日のトッピングは豆腐だった)とコーヒーを頼むと、経済新聞を広げた。
仕事中なので、あまり眺めていられないのが残念だが、注文を取ってから会計までの間に、うまくすれば目が合い、彼女の声が聞ける。
いただきます、ごちそうさまを丁寧に言える人は“いい女”(男も)の絶対条件だと健太は思っている。妹や父はどうしても信じてくれないが、胸が大きければ誰でもいいというわけではない。仮に、ここにすさまじく胸の大きな年上の女性がいたとして、その人が店員にぞんざいな態度を取ったり、食後の皿がいつも食べ散らかしたようになっている人だったら、自分は惚れないと断言できる。大事なのは性格であり、行動に品があるかどうかだ。
その点で、サラダさんは合格だ。食べ方も食べた後の皿もきれいだ。何か提供すればありがとう、と微笑んでくれるし、食事の前後には手を合わせ、会計後にはスタッフにごちそうさまと声をかけて颯爽と去る。
すごくいい。すらりとしたスタイルも、清楚な雰囲気も。そして、これはたいして重要な要素じゃないが、胸もでかい方に入ると思う。
最近は、火曜と金曜が楽しみになりつつある。
今日は、注文を取る間、面白がって腹をつついてくる幼い健太に、指で作った狐の顔で反撃しているところを彼女に見られてしまった。下を向いて、隠すようにして笑っていたのは優しさからか? 一歳児が喜んでくれるのはいいが、少しでも大人っぽく見られたいのに、これはちょっと困る。
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