松の2

 まずい。これはちとまずい。

 竹やんは仕方ないとして、梅さんに本気出されたら困るな。

 “眼鏡を外したら超可愛かった!“も、祐介はファンタジーの一種だと思っている。眼鏡かけてて可愛くねえなら、外した時も不細工なはずだ。ただ、直樹については(男だが)これが当てはまらない気がする。線の細い直樹が、あのインテリ眼鏡を外すと、けっこうモテ顔なんじゃないかと思う。

 いや、人のことより自分の方だ。4人目、どうする?

 三度の失敗を重ねて一つ悟ったのは、食の好みはかなり大事な要素だということだ。カフェめしはたまにならいいが、その後牛丼大盛りでも補給しないと自分がもたない。

 誰でも、とは言ったものの、ラーメンブロガー・麺屋マツ(略してメンマ)としてはラーメン好きの子が望ましい。

 それも、長い髪の毛気にしながら、ちまちま食うんじゃなくて、髪をさっとまとめて、箸割ったらすぐ麺に特攻するような女がいい。

“麺はバリ硬、こってりスープ、追加トッピングは要らない!(麺に集中できないもん)”とか言ってくれたら、たぶん、いや絶対惚れる。

 ラーメン研究会の女子をもっと増やすか。いや、ここは校外にも視点を広げて、ラーメン屋の姉ちゃんとかどうよ。俺好みのラーメン出す店で働いてるならラーメンの相性は合うんじゃねえか?

 そんなことを考えながら歩いていたら、隣家の前まで来ていた。鼻歌が聞こえたので、そちらに目を向けると、のぞみが駐車場に座り込み、大きめの板を組み合わせていた。

 あいつ、また何か作ってんのか。

 東のぞみは、いわゆるDIY女子だ。新しいおもちゃを買ってもらった子どもみたいな顔で作業している。口の端から少し舌をのぞかせているのは、集中している時の、のぞみの癖だ。

“東さん可愛いのにね”

 先ほどの直樹の声がよみがえる。

 可愛い、か? まあ、それほど悪くはないだろう。少なくとも男連中が陰でブス呼ばわりする顔ではない。でもなあ。こいつは、親からの入学祝いにインパクトドライバー頼むような女だからな。

 眺めていると、満足げに一息ついたのぞみが、視線に気づいたのかこっちを見た。

「やだ、いるなら言ってよ」

「今度は、何作ってんだ?」

「テレビ台」

「テレビ台? こないだも作ってなかったか?」

「これは、ユースケんちのよ」

 おばさんが家の見てね、気に入ってくれたの、とのぞみが嬉しそうに付け足した。

 ほう。外注を請け負うレベルに達したとは、たいしたもんだ。

「今、帰りなの?」

「おう。竹やん梅さんとダベってた」

「長っ、おばちゃんか!」

 呆れたように突っ込むと、のぞみは再び木工制作に取りかかった。棚になった部分の側面を指さして言う。

「リモコン置き場も作っといて、って頼まれたよ。ユースケがあちこち置いちゃって困るって」

「ふん」

“東さん可愛いのにね”

“性格もいいから結構人気あるみたいだよ”

 再び直樹の声がよみがえる。あの時は聞き流したが、そういう評価を実は祐介もちらほら聞いている。身近なところでは、自分の母親だ。昔からのぞみのことはなぜか高く買っていたが、この頃“のんちゃんキレイになった”をちょくちょく言う。一緒に砂まみれになりながらドッチボールやサッカーをして遊んでいた頃と、どの辺が変わったのか、祐介にはよく分からないのだが。

 こいつも、少しは女っぽくなったってことか。あえていうなら、定番だったショートカットをやめて、馬のしっぽが作れるほど髪が伸びた。そのくらいだ。

 まさか。

今度は健太の顔が浮かんだ。竹やんの例もある。こいつも俺が知らないうちに、誰かと?

 おいおいおいおい! 竹やんより、そっちの方がショックだぞ。

「おい」

 落ち着け俺。興味津々と思われても困る。

「なあに」

「お前、彼氏とかいんの?」

“変なこと聞かないでよ! バカじゃないの!?”

 いつもの雰囲気でスパパーン、と発せられるかと思いきや、のぞみは一度うつむいてから、祐介を見返してきた。何だよ。

「どうして、そんなこと聞くの?」

「べ、別に深い意味はないすよ」

「祐介は、山森さんと付き合ってるんだってね」

 のぞみが口にしたのは2番目、最速(3時間20分)で別れた子の名前だった。

「いや、もう終わった。今は絶賛大募集中! だ」

 ちょっと悔しかったから、親指をあごに当て、キメ顔で言ってみた。

「あ、そうなんだ」

 のぞみは少しだけ気まずそうな顔をしたが、すぐにいつもの小生意気な表情を見せて笑った。

「募集中って、そんなにカッコつけて言うこと?」

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