竹の1

 どんな言い方すればいいかな。健太は一瞬考え、結局ストレートに事実を伝えた。

「ケイケン、ズミ、ですと?」

 祐介が目を剥いた。

「やっぱ、そうだったか~」

 のわ~、としばらく顔を覆ってじたばたしていたが、

「何で?」

 急にがばりと身を寄せてきた。

「何で、黙ってたんすか!」

「ごめん、でもさ」

 聞かれもしないのに吹聴する気はなかったし、一緒にがんばろうぜとも言われなかったから、察しているのだろうと思った。話が回ってこなければ、本当は黙っていたかったくらいだ。

「いつ、どこで? 誰とですか!」

 ものすごい勢いでたたみかけてくる。

「それに、なんで梅さんだけ、そのこと知ってるんすかっ!?」

「落ち着け、松ちゃん」

 健太は手を伸ばして、祐介を制した。 

「そうだよ。それに、さっきからその言葉遣い何なの?」

 直樹は自分から話題がそれてほっとしたらしい。話す調子に余裕が出てきた。 

「僕も、直接聞いたわけじゃないんだ」

「どういうことだよ」

「間接的に知っちゃったっていうか」

 直樹が言っているのは、あのことだろう。でも、あれを自分で言うのはかなり恥ずかしい。困っていると直樹が続けた。

「1年の3学期、2月だったかな」

 直樹は、健太の様子がどうもこれまでとは違うと察したらしい。

「だから、ちょっとした検証をね」

「検証?」

「“カマをかけてみた”」

 体育の後、二人で制服に着替えていた時、

“竹やん”

 直樹は健太との距離を詰めると、下を向いたまま、さらりと囁いた。

“そんなとこ、誰に吸われたのさ”

「その瞬間、竹やん、がばって首押さえて」

 あの時は、言った直樹も言われた健太も二人して、わたわたしたのを覚えている。

「うわ、俺、自分を消してえ」

 祐介が頭を抱えて再び悶えた。

「捨てたい宣言とかしちゃった、ちょっと前の俺を消してえ!」

「いや、今一番恥ずかしいのオレだよね」

 こんな晒され方するとは思わなかった。

「梅さん、ほんと策士だよ」

「いや、マンガの参考になるかなって」

 えへ、と笑った直樹を、祐介がにらんだ。

「のん太郎の話してた時もそうだけどさ、梅さん、そういう人をハメるような真似、やめた方がいいぞ」

「ははは、ごめんね」

「いやあ、前々からタダもんじゃねえとは思ってたけど」

 今度は健太に目を向けてきた。

「さすが、レジェンドだよな」

 恥ずかしいといえば、この呼び名もそうだ。何なんだいったい。

「松ちゃん、その呼び方も、今の話と一緒に忘れて」

「今日から健太先輩って呼んでいい?」 

「やだ!」

 健太の拒否ぶりに、祐介は吹き出し、それから少し咎めるように言った。

「彼女いるなら、教えろよな」

 健太はうなずいた。

「いた、が正確かな。今は、もういないから」

「いない?」

 この3月、卒業とともに彼女は日本を発った。今頃、美術商の父親とヨーロッパ中を回っているだろう。

「ん? 今年卒業したなら、2こ上だよな?」

 祐介が不思議そうに言った。

「竹やん、3歳以上離れてねえとダメじゃなかった?」

「卒業する半年前くらいに転入してきたんだよ。それまではずっと外国で暮らしてたとかで、19歳だって言ってた」

「はは、そういうとこは抜かりねえんだ」

「偶然だって」

 年齢を聞いてから好きになったわけじゃない、と言いたいところだが、これについては正直自信がない。

「あ、僕一回だけ見たことあるかも」

 直樹が言った。

「髪が茶色でふわふわっとしてる、妖精風味の人じゃない? 留学生かと思ってた」

「うん、たぶん梅さんが言ってる人だと思う。おばあちゃんがスウェーデンの人だって」

「そんな人いたんだな。全然知らんかった。まあ、なんだ、とにかく」

 うらやましすぎんぜ! と祐介が叫んで頭をがりがりかいた。

「なあ、竹やん」

「ん?」

「やっぱ、全然違いますか? その、一人でするのと」

 松ちゃん、また言葉遣いが変になってる。

「うん、オレはそう思ったよ」

「おお~」

「これ以上の幸せはねえ、って感じ。梅さん、メモ取んなくていいから」

「そうだよ。マンガじゃなくて、自分の人生に活かせよ」

「それ言われるとちょっと」 

 直樹が照れくさそうに笑った。健太は続けた。

「松ちゃん、さっきOKしてくれるなら誰でもいいって言ってたよね」

「はい、言ったっす」

「でも、もし大好きな子とだったら、たぶんオレと同じような感想持つんじゃねえかな」

「ほほう」

「だから、松ちゃんの挑戦、うまくいくように協力するよ」

「さんきゅ」

 祐介は満面の笑顔を見せてうなずき、それから少し神妙な顔をすると言った。

「その彼女のこと、まだ引きずってんの?」

「好きなまま離れたからね。でも、もういいかも」

 国を越えての遠距離恋愛はできない。これについては、お互いの気持ちを確認してある。正直、思い出すと今でも辛いが、彼女の夢を応援すると決めて送り出したのだから、悔いはない。

「じゃあ、俺に協力するだけじゃなくて、竹やんも次の彼女探せば?」

「そうだね」

 健太が微笑むと、

「ちょっと待った」

 直樹が手を突き出してきた。

「僕は、やめたほうがいいと思う」

「梅さん?」

 なんで、そんな怖い顔してるんだ?

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