Dragon-Jack Co. 松竹梅の夏休み
千葉 琉
松の1
また振られた。2年に進級してから2か月。これで3人目だ。
「うまくいかねえなあ」
祐介がため息をつくと、
「松ちゃんは、何をそんなに焦ってるの?」
祐介の左隣に腰を下ろしていた梅田直樹が尋ねてきた。
「俺、焦ってるように見える?」
「うん」
右側でうなずいたのは、竹やんこと竹中健太だ。
「焦ってるわけじゃねえんだけどさ。俺はさっさと捨ててえんだよ」
ドーテーを! 祐介は、半ばやけ気味に言い放った。
沈黙。かつ両側からの微妙な視線。
うわ、これ何秒続くんだ? すげえ辛い。
「あの、どっちでもいいから、助けて」
「ごめん、叫ぶとは思わなくて」
トホホ顔の後に笑顔を見せたのは、直樹だった。
「そういう話って、もっと閉鎖的な空間でするものだと思ってた」
「オレも。河川敷で大声で言う話じゃねえだろ」
健太も苦笑している。
「別にいいじゃねえかよ、他に誰も聞いてねえんだし」
もちろん、自分の学校の生徒を含めて人が通らないわけではないが、学校帰りに座り込んでくだらない話ができる場所として、三人ともこの河川敷が気に入っていた。梅雨でこのところ雨続きだったが、今日は一時休止らしい。教職員の研修があるとかで、学校は午前中で終わりだ。明るめの曇り空の下、久々に三人でしゃべることにしたのだった。
「そうなんだけどさ」
念のためか、健太が周囲を見回してから言った。
「また何で急にそんなこと言い出したわけ?」
「松ちゃんのことだから、また何か変なもの読むか見るかしたんでしょ」
気のせいなんだろうが、眼鏡に手をかけた梅さんに何か言われると、すごく自分がアホに見えてくる。
「いや、結構まともなコラムだったぞ」
「あ、やっぱ何かに影響受けたんだ」
祐介は、3か月ほど前に読んだネットコラムの内容をざっくり話して聞かせた。筆者いわく、いいなと思う女性がいたら遠慮せずどしどしアタックせよ、たいしたリスクはない(ダメだった場合、当分の間ちょっと気まずいかもしれないが)。それよりも成功した場合のメリットは計り知れない云々。
「要はさっさと捨てちまえってこと。秋には修学旅行もあるだろ」
修学旅行の夜、男子部屋ではおそらく、いや、間違いなくそういう話題になる。
その時、真偽のほどはともかく、級友があれやこれや話すのを、涼しい顔で聞ける自分でありたい!
「そんなことで騒いでんじゃねえよ、ってな感じで」
「ちょっと上から?」
「そうそう」
祐介がうなずくと、竹&梅が揃って笑った。
「話は分かった。がんばれ松ちゃん」
「やっぱな。梅さんはそう言うと思ってた」
祐介はおほん、と咳払いをしておいて言った。
「梅田君は、この国の少子化についてどう思われますか?」
「え?」
「結婚率も下がってる。それはなぜか?」
どーん、と効果音付きで指を突き付ける。
「“健太君もそろそろお年頃よね?””直樹君、誰かいい人いないの?”てなことをズケズケ言っちゃう、縁結び役的おせっかいおばちゃんがいなくなったせいだ!」
「え? そうかなあ」
「人それぞれだから、とか言ってたんじゃだめなんだよ。俺は自分もオトナになりつつだな、そのおせっかいおばちゃんの役目をあえて引き受けようと思う!」
祐介は直樹の肩を叩いた。
「梅さんも一緒にがんばろうぜ」
直樹がまたトホホ顔をした。
「僕はいいよ。松ちゃんだって知ってるでしょ。そういうのが苦手だから別世界に心を飛ばしてるの」
「もちろん知ってる。ファンタジー世界は居心地いいんだろう。でも視点を変えてみろって」
体験したことで、描くマンガにリアリティや深みが出るとしたら?
「僕の読者さんたちは、そういうリアリティは求めてないと思うよ」
「そういうこと言ってんじゃねえって」
いろんな発見があるはずだ。たぶん。
「3年になったら受験勉強で忙しくなる。がんばるなら高2、今年の夏休みしかねえんだよ」
「僕、夏休みはかきいれ時なんですけど」
直樹の眉間にしわが寄ったところで、
「松ちゃんは?」
健太が聞いてきた。
「相手、誰かあてがあんの?」
「今、探してるとこ。次で4人目」
合法的かつ安全に目的を達成するなら、彼女ゲットが一番の近道だろう。
「え、さっきの“うまくいかねえなあ”ってそういうこと?」
直樹が呆れたように言った。
「松ちゃん、チャレンジはいいけどさ、あんまり立て続けにやってると、誰でもいい奴、みたいに言われるよ」
「この際、OKしてくれるなら誰でもいい」
「いやいやいや」
両側から突っ込まれた。今度は健太がトホホ顔をしている。
「それ前面に出すと、たいていの女子は引くから」
「うーん」
一応気をつけていたつもりだが、本心がにじみ出てしまうのか? 3人とも早々に離れていったわけだ。これからはもう少し気をつけよう。
「東さんは?」
直樹が尋ねてきた。
「のん太郎がどうかしたか?」
「僕、てっきり、松ちゃんは東さんが好きなんだと思ってたよ」
「何で。あいつ、ただの幼なじみだぞ」
祐介は言った。
「幼稚園からずっと一緒だしさ、女として見れねえよ。幼なじみは、ありそうで意外と難しいと思う」
「そうなんだ。あ、ちょっと待って」
「いや、メモとかしなくていいから」
急に恥ずかしくなってきた。
「向こうだって、こっちのこと男と思ってねえだろうし。親同士仲良いと、なおさらそういう気になんねえっていうか」
「東さん可愛いのにね。性格もいいから結構人気あるみたいだよ」
「へえ、じゃあ、梅さんがんばれよ」
「え、いただいちゃっていいの?」
「どうぞ。別に俺のモノじゃないですし。遠慮なくどうぞ」
「はは、ちょっと気にしてる。言葉遣い、変だよ」
「してませんて!」
「心配しなくていいよ。そんな勇気ないから」
東さん耳とがってないし、と直樹が笑う。
「耳? 大事なのそこ?」
健太が突っ込んだ。
「梅さん、現実世界にエルフはいねえよ?」
「だよねえ、ほんと残念」
「エルフって……」
梅さんの意識改革は相当手がかかりそうだ。まあいい、梅さんはひとまず置いとこう。
次は竹やんだ。
実は、さっき“一緒にがんばろうぜ”を直樹にだけ言ったのには理由がある。
竹やんはどっちだ? 何しろ“S中の生けるレジェンド”だからな(誰が付けたんだ、このあだ名)。正直聞くのがちと怖い。
別の場所でさらっと聞いておけば良かった。でもこの状況で、片方だけ聞かないというのは変だ。
「竹やんはモテるからなあ。楽勝だろ」
予防線を張りつつ、切り出した。
「つうか、もうとっくに済ませてたりして」
むははは、と妙な笑い声を付け足して相手の顔をうかがう。
む?
健太は真顔、そして直樹は“微妙”としか言いようがない表情を浮かべている。
何だよ? 何だよ二人して!
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