第八章 魔法学園~アルマによるキミに捧ぐレクイエム~
第49話 モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル42
情報をもらってすぐにレナータ村を出たことが幸いしたのか、それともアルマが往生際悪く渋々と道案内をしてくれたことが良かったのか陽が完全に沈みきる前にクリムヒルトに到着することができたモニカ一行。
辿り着いたクリムヒルトは遠くからでもよく分かる目印がある。それは、ぐるりと囲んだ壁の中心に位置するように天高く伸びる城のような塔だ。塔と呼ぶには装飾も仰々しく横幅も大きく、てっぺんに近づくにつれて細くなるそのシルエットは城とも呼べそうだった。
やっと街を囲む壁が見えてきたモニカ達だったが、事前に確認することのできた塔のおかげで容易にこの街がクリムヒルトだとすぐに気づいたモニカが一足早く向かおうとする。
「おお! あそこがアルマちゃんの故郷か! 早く行こう! はやくっ」
「ちょっと待ちなさいよ」
「もう! なんなんだよー」
不満そうに唇を尖らせるモニカを止めたアルマは道の脇へと歩き出す。
「また明日明るくなってから行きましょう。そこまで遅くはないとはいえ、夜は夜よ。通り魔の話が噂じゃないなら、こんな時間にやってきた来訪者は警戒されるに決まっているでしょう。私だけならまだしも、モニカ達はどうするのよ? 街の近くで休むならモンスターに襲われる危険性も低いし、レナータ村からいただいた食料もある。待機する理由はあるけど、焦る理由はないでしょう?」
「むぅ、それはそうなんだけどー」
納得いかない、と顔に書いてあるモニカを制したのは意外にもノアだった。
「私も今回ばかりはアルマに賛成だ。情報も集まらない内に、しかもこんな時間なら気をつけたほうがいい。アルマの言う通り、私達が怪しまれてしまう可能性が高い。それに、その通り魔が実在するなら、内側にいるとは限らない。外からやってくる可能性もある以上、街の前で待機していても損はないだろう。……すまないな、モニカ」
「むむぅ、二人がそう言うなら……。だったらしょうがないねっ」
もうすぐにでも街に入れる距離にはいるが、道の脇に簡易テントを張り寝床の用意をする。下手にたき火でもしようなら無用な警戒心を煽る可能性があるので、今日は小さなマキアを囲んで食事を始める。
ふと、それこそ思い立ったようにノアが言う。
「そういえば、アルマ。このクリムヒルトはお前の故郷なんだろう? どうして、あそこまでここに来ることを嫌がっていたんだ」
いきなりの質問にかじっていたパンを喉に詰まらせるアルマ。慌ててモニカが水をコップに注ぐとアルマに手渡す。
「ぷはあっー! ……いきなり聞かないでよ」
「聞かれて困ることなら、あまり詮索はしないが、今回の旅の目的と関係があれば困るからな」
「か、関係はないけど……ただちょっと……」
もごもごと口を動かすアルマは確かに実に言いにくそうだった。しかし、アルマの雰囲気にはそれほど重たいものはなく、言い辛いというよりも恥ずかしそうにノアは見えた。
「知りたい! 知りたい! アルマちゃんのこと、もっと知りたいよー!」
アルマの肩を揺さぶっておねがりをするモニカ。
「なあ、モニカもこう言っていることだし」
「こう言っているをどういう意味で言っているか知らないけど、少なくともモニカの態度は人にものを頼む態度ではないことは間違いないわね」
「教えて、アルマちゃーん」
無邪気に笑いかけるモニカをアルマが見れば、諦めたように溜め息を吐いた。
「正直、恥ずかしいからあまり言いたくなかったんだけどね。……私達、魔法使いにはいくつか種類があるのよ。思い出したくもないけど、あのルビナスは魔法使いの上位職である魔女。上位職は魔女だけでなく、魔法使いという職業は通過点。さらに上位の魔法に関係する職に就くことが魔法使いの目標なのよ。そして……本当は私、魔法薬師(まほうやくし)になりたかったの」
「魔法薬師?」
顔も声も不思議そうにモニカはアルマに問いかけた。それにアルマは、すぐにさま返答する。
「私はどうせ魔法は使えないから、まだ現在では治療できないような病気を治すことのできる薬を作りたいと思ったの。私の魔法の知識があれば、それも可能だと考えていた。嫌々じゃなくて、興味があったしね」
「賢明な判断だ」
「わわっ!? ノアちゃん酷いよっ!」
「いいわよ、そういうの言われ慣れてるから。でも、私はある珍しい上位の職業になれることが分かったの。それを聞いたお姉ちゃんやおばあちゃんが何が何でもその職業にさせようとするのが嫌で、私はルクセントを出てきたの。おかげで、学園も中退。……どう、ここまで揃えば帰って来たいとは思えないでしょう? ――て、何でモニカ泣いているのよっ!?」
「アァアァァルマヂャーン……」
涙プラス鼻水の二段コンボでアルマに抱きつこうとするモニカ。それを見たノアは、手際よく己の懐を探る。
「ちーんだぞ、ちーんだ、モニカ」
「ちーん!」
ノアが素早くハンカチを取り出せば、モニカの鼻に当てて鼻水を受け止める。そして、ハンカチの最も汚いはずのところを開き見たノアは何故か頬を赤らめてニヤリと笑う。アルマだけがその光景を見ていたが、これからの旅に影響を与えそうなのでモニカには黙っておくことにする。とりあえず、アルマの視線はふごふご鼻を鳴らしながら泣くモニカへと向けられる。
「だってだってねぇ! 私ねえ……アルマちゃんが一生懸命がんばっているのわかんのに、それ酷い! ひどいよぉ!」
おーよしよし、とモニカの頭を撫でつつ太腿や腹の辺りを触るノアに気づかないようにしながらアルマが苦笑しながら言う。
「……ありがとう。モニカがそう言ってくれるだけで、私は嬉しいわよ。魔法薬師になるためには、学園で卒業する必要があったけど、今はかけがえのないものが手に入ったみたいだしね」
「今日はデレ過ぎだよぉ……! ア、ア、ア、アルマヂャーン!」
アルマは胸に飛び込んできたモニカの頭を撫でる。胸の辺りが少しずつじわっと湿っていくのを感じるが、これは許してやろうと涙もろい友人の頭を撫で続けることにした。
後方でモニカに気づかれないように尻に頬ずりしていたノアが、また思いついたように聞いてくる。
「そうだ、ところで……そのなりくたくなかった職業とはなんだ? いくら嫌だとはいえ、魔法使いの上位の職業になれるんだろう。そういう力を手にすれば、魔力の制御も可能になるんじゃないか?」
「いやまあ、そうかもしんないんだけどね……。正直、凄く恥ずかしくて、ガラじゃないというか……て、あれ、モニカどうしたの?」
つい先程までわんわん泣いていたモニカが、じっとクリムヒルトの方向に顔を向けていた。目元が赤くなってはいるものの、きゅっと閉じた口元とその視線には緊張感があった。
「――今、街の方から誰かの悲鳴が聞こえた気がする」
言うと同時にモニカが立ち上がれば、真っ直ぐに街の方へと駆け出した。モニカの言うような悲鳴が聞こえなかった二人は、最初はただ呆けた顔でモニカの走り去った方向を見ていたがやっと我に返りモニカの小さくなる背中を追いかけた。
※
――ルクセントの裏路地。一人の女性が死に物狂いで走っていた。
彼女の年齢は二十代後半、酒場の給仕の仕事をした帰りの出来事だった。
近頃は危険な人間がいるという話を聞いていた。家族からも仕事は休んだらどうかとすら相談された。それでも仕事は仕事だ。自分が運ばなければあっという間に手は回らなくなるし、忙しい時間帯なら自分がいたとしても息つく暇もないほど忙しい。加えて、給料も良いので襲われる可能性だけで、辞めたり休むという発想は浮かばなかった。
その日はいつもの道がずっと暗く感じていた。気のせいだと言い聞かせて走り出せば、確実に何かが後ろからやってくる。振り返ろうと思いもするが、そうする時間さえも惜しくなり、さらに走る速度を上げた。追いつかれることの恐怖もなのだが、いざ振り返った時にどんな怪物が立っているのかも分からない、下手をすればその恐怖で足が動かなくなることを恐れたのだ。
「な、なんで……!」
彼女は声を荒げた。既に数百メートルを走っている。本来ならこの路地は、数十メートルで抜けることのできる道だ。そのはずが、永遠と終わることのない道が続いている。出口は見えているのに、走れば走るほど出口は遠い。
女性はクリムヒルトに住んでいるからこその発想が浮かんだ。
これは、きっと魔法が成せる技。魔法使いが自分の命を狙っているんだ。そう気づくと同時に集中力が途切れ、自分の足に絡まる形で女性はその場に顔から滑るようにこけた。
足音がさらに早くなり、足音が大きくなったような気がする。タンタンからドンドンへと――。
振り返れば、ただの幻いや想像かもしれない。自分が何か勘違いで逃げていたのではと考える。相手の姿を見てみれば、何てことはない。帰宅している姿をたまたま見かけた友人が驚かそうとしているのかもしれない。すがるように背後を振り返る。――そして、息を呑んだ。
『ウゴアアアアアアアアアアッ!!!』
目が合うと同時に上がる女性は悲鳴を上げた。見たこともない奇妙な怪物がそこにはいた。
ネコのようにも見えるが、馬車ほどの大きさのそれをネコというには常軌を逸していた。さらに、背中には爬虫類のような薄い皮に骨格の浮かんだ翼。口から生える槍ほどの大きさの二つの牙は、その凶暴性を高め、それに差し貫かれればひとたまりもないだろう。
腰が抜けて動けなくなる。意識を失うか、それとも命を奪われるか。そのどちらかの未来が浮かんだ。刹那――。
「おねえさあぁぁぁぁん! 頭伏せてえぇぇぇぇ!」
もうこれ以上、驚くことはないと思っていた女性はその声のした方向を見て目をぎょっとさせた。
金髪の少女が、家の屋根の上を飛び移りながら向かってきていた。
※
セミロングの金髪の少女が屋根を疾走する数分前。
クリムヒルトの巨大な壁を前にモニカ達はじっと頭上を見上げていた。正確には、モニカ一人が真剣な表情でそこを見る。
「ちょっと、いきなり走り出してどうしたのよっ?」
「この先から、声がするんだ。誰かが、助けて助けてって言っているんだよ!」
困ったようにアルマとノアは視線を交わす。モニカが一生懸命言っているのは分かってはいる二人だが、どうしてもその声とやらが聞こえない。しかし、そんな葛藤もほんの一瞬。アルマとノアからしてみれば、モニカの強い眼差しを見ていれば、ついつい自分の捧げられるもの全てを賭けてもいいとすら思ってしまう。
「お願い! 二人とも力を貸して」
「聞くまでもないだろう。私達のことは気にしないで、存分に勇者の力を使え。モニカが、いい加減な気持ちで、こんなことを言わないことを私達は知っているからな」
「ノアの言うとおり、先に行ってなさい。私達は、門番に話を通してから向かうから」
「ごめん、ありがとうっ。――たいぐんスキル発動! モニカ軍団、来るんだよっ」
右手を上に向ければ、輝く勇者の印。ちなみに、このポーズにはそれなりの意味がある。勇者の力には多少なりともモニカのテンションが影響するため、これも一つの能力アップの方法であることをモニカは知らない。
バタバタバタバタ、と森の中からモニカの集団がやってくる。
「いくよいくよいくよー!」
「痛いのはヤだよ!? 本当に嫌だよ!」
「ほんまに私の出番が来たんやなぁ」
「いくYO! チェケラ!」
「WRYYYYYYYYYYYYY!!!」
口々に様々な奇声を上げながらやってくるモニカ達。一人が壁に手を付けば、その上に肩車をする。そして、再びその上に肩車をして、次のモニカが登っていく。
「なるほど、モニカ達が自分の体で梯子を作るわけだな」
「ノア、感心するように言っているところ悪いけど、下のほうのモニカ凄くきつそうよ?」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!」と歯を食いしばり、顔を真っ赤にする下段モニカ達。しかし、そこに容赦なくなおも乗り続けるモニカ軍団。心配そうに見るアルマとノアの隣で、モニカは勝ち誇った顔で笑ってみせる。
「――安心して! あれは、辛いフリをしているだけだから!」
「はあ!? なんでよ!?」
「私の分身に痛みとか疲れとかないんだけど、そっちの方が雰囲気あるかと思って……てへっ」
「面倒な分身作り出す奴ね、アンタ……」
「モニカ達は、かわいいなー」
集まり続けるモニカ達をじっと見つめるノアの耳を引っ張れば、そのままずりずりと引きずりながらアルマは歩き出す。
「とにかく! 任せるわ、モニカ!」
「うん! ――いっくよぉ! 繋がる絆、アブソリュート・フォース!」
夜の闇を切り裂く光がモニカの右手から発生する。そして、光が消えると同時にモニカはその場から姿を消し、モニカ・アブソリュートとなったその体で、モニカ達でできた梯子を駆け上る。十階建てのビルほどの距離を、たいぐんスキルの肩や頭を踏み台にして頂上を目指す。
「助かったよ、分身ちゃん達!」
てっぺんにいるモニカの頭を軽やかに踏めば、最後に壁面を蹴り上げ、クリムヒルトの街に飛び込む。足元のモニカ達は、空気に溶けながら、全員が親指を立てて自分の主の姿を見送った。
視界の中で広がる街は広く、暗くなった時間だというのに点々と灯る家の光が人の温もりを感じさせると同時に、強く守りたいと思わせた。再び街の内側の壁面に手をつき、足でブレーキをとりながら、一番身近な民家の屋根に着地する。
「あそこ!」
先程よりも鮮明にモニカの耳に助けを求める声が届く。悲鳴だけではない、ここまではっきりと恐怖も伝わってくるようだった。さらに、何かの――殺意。
右に左に、まるで子供の頃に石の上を飛んで遊んだように、屋根の上を飛んでいく。なるべく足元の民家に響かないよるに、軽やかに次へ次へと移る。着地すれば、既に次の足場へ意識を向け、飛んでいる間にさらに次の足場を探す。そうやって、モニカは辿り着いた。
巨大な四足歩行の獣に、襲いかかられようとしている女性の待つ場所に。怪物の口は大きく開き、その牙で今まさに女性を噛み殺そうとしていた。この距離ではギリギリ間に合わないぞ、とノアの思考の部分が告げる。そこで、だったら私よ、とアルマの思考がモニカに提案をした。
「おねえさあぁぁぁぁん! 頭伏せてえぇぇぇぇ!」
勇者の剣の柄に手をかける。そして、空中ですかさず――抜刀。
「――ウィンドッ・クロアッ!」
勇者の剣の刃から、真空の刃が放たれた。それは次第に速度と勢いを増し、慌てて頭を下げた女性の髪の毛を数本持っていき、怪物の口から尻の方まで綺麗に寸断した。あまりに切れ味の鋭さに、怪物は血を上げることもなく、真っ二つになった体を地面に横たえた。
空中で剣を鞘に戻し、モニカは女性の前に着地すれば、怯えきった表情の女性に手を伸ばした。
「お怪我はないですか、お姉さん!」
「あ、あなたは……」
金色の髪が少しずつ黒に染まり、短くなっていく幼い少女の顔を見上げる女性。いきなり表れたモニカの姿に、女性は天使だとすらも思えた。それほどまでに、神々しく救世主的ですらあった。
ふふん、とモニカは胸を張った。
「――勇者でひゅ。……か、かんじゃった」
怯えと恐怖が渦巻いていた女性だったが、小さくも可愛らしい勇者のドジにホッと落ち着いたように吹き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます