第50話 モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル42

 怪物を退治した後、騒ぎを聞いてやってきた兵士に事情を説明するアルマと女性を家まで送り届けるモニカとノアで分かれた。モニカ達に泊まる場所がないことに気づいた女性は、助けてくれたお礼にと自宅へ泊まらせてくれることを提案してくれたのだ。最初は遠慮していたモニカ達だったが、どうしても言われるので、その厚意に甘えることにする。

 時間は深夜。家族が寝ているのだろう、音を立てず家に入れば、まず飛び込んでくるのは居間とその中心にテーブルと囲むようにいくつか椅子があった。


 「お好きなところにおかけください」


 「いや、私達のことは気にしないでいい」


 手を振って気遣いを断ろうとするノアだったが、まるで気にもしないように素早く温かい飲み物が入ったカップを二つテーブルまで運んでくる。そして、最後に自分の分のカップを一つ。


 「何もお礼はできませんが、飲み物ぐらいは出させてくださいよ。お仲間の方も、兵士とのお話が終わったら、こちらに来られるのでしょう?」


 「住所は教えている。場所さえ分かれば、問題ないのだが……。せっかくだ、いただこう」


 申し訳ないという感じにノアが椅子に座れば、モニカも申し訳なさそうにノアの隣の椅子に腰掛けた。


 「おねえさんは、すぐに休んでくれていいからねっ」


 「うん、ありがとう。でも、もう一人の方にもちゃんとお礼を言わないとね」


 「そんなの、いつでもいいのに……」


 「そういうわけにはいかないわ。やっぱり、すぐに感謝しないと落ち着かないよ。……あの、どこか宿の方はお決めになられているのですか?」


 「いや、まだだが」


 「でしたら、今晩は我が家に泊まってください。これぐらいしか、お礼ができませんが」


 「いや、しかし――」


 慌てて拒否しようとするノアの口を言葉で塞ぐ女性。


 「――みなさんが一緒にいてくれたら、今晩は安心できます。どうか、お願いできますか?」


 ノアは言いかけた言葉を引っ込めれば、そのノアの袖をモニカが引っ張る。お言葉に甘えようよ、そう語りかけてくる視線に困ったような表情で返せばゆっくりと頷いた。


 「……そういうことなら、今晩はよろしく頼む」


 「ありがとう、おねえさん」


 「いいえ、お構いなく。後、私の名前はミランダと申します。もし良かったら、お二人のことも教えてもらっていいですか?」


 「私の名前はモニカだよ。隣のかっこいい女の子はノアちゃん、そして、いつも怒っているように見えるけど実は恥ずかしがりやなのがアルマちゃん。そんな、三人で仲良く旅しております」


 ちょこん、と額に乗せるように敬礼のポーズをとるモニカ。その姿が可愛く見えたミランダは、口元に手を置いてクスクスと笑う。


 「さすがだ、モニカは笑いをとる才能もあるようだな」


 「べ、別に笑いをとるつもりはないよっ?」


 「ふふっ、ごめんなさいね。あまりにもモニカちゃんが可愛かったから」


 周りを穏やかにさせるような笑顔を見せられれば、モニカもノアもほっこりとした気持ちになってしまう。そして、二度ほど頷くノア。


 「ミランダさんは、話の分かる女だな。私と気が合いそうだ」


 「たぶんノアちゃんの考えとは、微妙に食い違うがあるような気がするけど……気のせいかな?」


 ノアは随分と落ち着いてきたミランダの様子を窺いつつ、街のことについて聞いてみることにする。


 「……ところで、ミランダさん。ああいう怪物は、最近よく現れるのか?」


 ミランダはその表情を曇らせる。聞くにしては配慮がなさ過ぎたかと、後悔しかけたノアだったが、ミランダはぽつりぽつりと語り出す。


 「いいえ、私は初めて見ました。しかし、通り魔の噂はありました」


 「噂? 通り魔なのにか?」


 ノアの疑問は最もだった。通り魔というのは、実際に事件を起こしているからこそその呼ばれ方をする犯人がいるというもの。噂にしては、はっきりと特定されすぎた。なにより実害がないと、通り魔などとは呼べない。


 「実際に傷ついた人がいるかどうか定かではないためだと思います。襲われたと言っていた人も、人間に攻撃されたとか、モンスターに追いかけられたとか、はたまた黒い影がいきなり現れたとか……。何者かに襲われて傷ついた人を見つけた人がいても、少し目を離した隙に傷を負った人がその場から跡形もなく消えていたという話も聞きます」


 「では、襲われたと言っていた人間達はみんなが夢や幻、それか虚言を言っていたと?」


 ミランダははっきりと首を横に振った。


 「いいえ、それはないと思います。一部の襲われた人には、傷ついた跡がありました。いずれも大きな怪我ではないものの、何らかの存在に襲われたのは間違いないみたいです。しかし、それも大したものではないため、魔法での誰かのイタズラだったのではないかと言われてもいました。結局のところ、被害も微々たるものに加えて情報が少なすぎて、この話も噂程度でしか考えられなかったのでしょう」


 自分の追い詰められた恐怖と抗うように、精一杯教えてくれるミランダは一息つくように自分のカップに口をつけた。

 そのタイミングを見て、モニカはミランダに話にかける。


 「もう大丈夫だよ、ミランダさん。街の人を襲っていた怪物さんは、さっき倒しちゃったんだし!」


 「……ええ、ありがとうございます」


 逆に気遣うように笑うミランダに気づいたノアは、モニカの一言は間違っていることを察する。


 「いいや、そうもいかないぞ、モニカ。先程の噂では、人間の姿だとか影の姿だとか言っていただろ? 今晩、私達が倒した怪物以外にも街の住民を脅かす存在がいる可能性が高い。まだまだ、調べる必要がありそうだ」


 「――そうね、ノアの言う通りよ」


 「アルマちゃん!」


 扉の前で腕を組んで立つアルマは、ミランダに軽く会釈をしながえら家に入ってくる。アルマが入ってくるのを見てカップをの用意をするミランダを止めようとするが、たおやかな笑顔に圧倒されてお願いすることにする。


 「無事に話は終わったのか?」


 「ええ、終わったわ。残念ながら、ここの兵士達ですら、何も分からないてところが分かったわ。あの怪物の死体を調べてみるらしいけど、どこまで調査できるのやら」


 言い放つアルマの顔には疲れが見えた。どうやら、アルマもいろいろ情報を聞き出そうとしたようだが、不発に終わったらしい。

 給仕という職業をフルに使い、アルマの分のカップを素早く運んでくるミランダ。


 「まだこちらの街にいるようでしたら、私の家に滞在してもいいんですよ?」


 そこに嫌な顔は一切なく、むしろ是非我が家にいてくれと言わんばかりだ。モニカとノアはアルマに視線を送る。どうする? と。対してアルマは、どうして、私を見るのかと内心げんなりしつつミランダを見た。


 「それなら、もしも必要になったらお願いします。たぶん、寝泊りすることは用意できると思うので」


 「おぉ、いつの間に宿まで見つけてきたんだ?」


 「まだ、明日になってみるまで分からないけどね」


 よほど残念だったのか、ミランダはしゅんと肩を落とす。落ち込んでいる姿に気づき、モニカは慌てて声をかけた。


 「ミランダさん、また遊びに来るからね」


 「うん、ありがとう。モニカちゃん」


 よしよし、とミランダから頭を撫でられるモニカは心地良さそうだった。

 ミランダを悲しませないで済んだことにホッとしつつ、ノアはアルマに言う。


 「明日になるまで分からないということは、また明日行く場所があるということか?」


 「ええ、明日はちょっとね」


 「どこにだ? 何か言い辛そうだが、どうせ分かることだろう?」


 「まあ、それもそうなんだけどね……。明日は――魔法学園に行くわよ」


 「は?」

 「ほえ?」



               ※




 ――そして、日付は一日動く。


 ミランダの家で一泊させてもらった後、朝食までごちそうになることになった。ミランダには弟や妹が多く、彼らの姿に懐かしく思いつつノアは食事をとり、アルマにいたっては魔法使いの格好がよほど羨ましいのかきゃいきゃいといじられ続け、モニカはミランダに定期的に頭を撫でられ続けた。どういう形であれ、賑やかな食卓は楽しく過ぎていった。

 ミランダの家を出た一行は、魔法学園を目指してレンガを敷き詰めた道の上を歩く。陽が昇っていることもあり、夜とは違い街中で行き交う人が見える。

 パン屋は表に看板を出して香りを宣伝に使い、子供達は学校にでも向かうのか足元を走りぬけ、大きな通りでは馬車の中に果物を積んだ男性が坂道を駆け上がっていく。石の壁で作られた家がどこまでも密集しているところから、クリムヒルトの街の建築技術の高さを感じさせた。


 「それにしても、驚いたよ。アルマちゃん、凄い大人気だったね!」


 モニカがアルマの背中をぱたぱた叩いてそう言えば、言われた本人は満足そうに胸を張る。


 「そうよ、私の格好といえばクリムヒルトでは憧れなの。魔法学園の生徒というだけでも、この街では人気職業なのよ」


 そんなアルマの姿を見ながら、ノアがなるほどと一人納得する。


 「どうして、アルマの自尊心が高いのか分かった気がするよ。原因はこの環境だな」


 「なっ……!? しょ、しょうがないじゃない」


 否定しようとしたが、正直そこまで否定できないアルマ。この旅でなんとなく自分の欠点に気づいているため、強くも言えない。


 「でも、どうして魔法学園に行くの?」


 モニカからしてみれば、通り魔の情報を集めるためにとか宿泊するために学校に行くというのは非常におかしいことに思えた。ノアからしてみれば、そもそも一つの教室で勉強をするということが理解できないため、一切イメージはできていない。

 アルマは自分の頬を掻いて、気恥ずかしそうに言う。


 「魔法学園は、経済的にも権力的にもこのクリムヒルトを支えていると言ってもいいわ。だから、普通に街の人が知らない情報でもたくさん入ってくる。特に、こういう怪しげな事件には魔法が関係していることが多いの。だったら、そこに行ってみるのが一番でしょう?」


 「魔法学園凄いね……。○グワーツみたい」


 「それはそうかもしれんが、どうしてそこが宿にもなるんだ? まさか、魔法学園が観光的にも活躍しているとは思えんが」


 痛いところを突いてくるノアの質問にアルマは、「あー」とか「えーと」とか言いながらしどろもどろになる。それでも、ここまで来たのだから、もう隠してもしょうがない。


 「実は、私に考えがあるの。――モニカとノアには、魔法学園に潜入してもらおうと思っているのよ」


 「嘘だろう!?」

 「え、学園に!? やったー!」


 随分と温度差のある反応にアルマが苦笑する。ふざけるな、と今にも飛び掛りそうな勢いでノアが顔を寄せる。


 「お前の言いたいことは分からなくもない! だが、どうやって潜入するんだ! まさか、泥棒の真似事でもしろっていうのか?」


 「ち、違うわよ」


 自分の視界いっぱいにアップになるノアを落ち着かせるように、握った杖を横に寝かせて一定の距離を保ちながら言いにくそうにぼそっと言った。


 「――学園長が、私のおばあちゃんなのよ」


 「はあぁ!?」

 「ノアちゃんのおばあちゃん!? やったー!」


 もう噛み付かれるのではないかと思うほどアルマに顔を寄せたノアの意識を逸らすかのように、アルマは手にしていた杖の先を頭上に向けた。


 「ほ、ほら、見えてきたわよ! あそこが魔法学園!」


 アルマの杖で向けた方向を辿る。そこには真下からではてっぺんが見えないほどの高さの、あの街の中心とも呼べる――巨大な塔を指していた。

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