第48話 モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル42

 赤腕のオオグ討伐後、今までの激しい戦いなんてなかったかのように、オオグの大群も屍さえも世界に溶け込むように消えていった。後に残されたのは、傷だらけで泥だらけのモニカとノアとアルマだった。

 戦いが終わった後のその空間は、思っていたよりもずっと広い。よくよく考えてみれば、こんなだだっ広い場所いっぱいにいた敵を少しずつ押し返しながら戦うのは無謀な考えだったと今さらながら思い知る。同時に、そこにはいないもう一人の協力者が力を貸してくれたことを三人は覚えていた。

 アルマが杖を体の支えにしながら、モニカの方まで歩み寄る。


 「……怪我はない?」


 「うん、私は大丈夫」


 沈みゆく夕日が見える方向からノアが歩いてくる。元気に手を振っているところを見れば、特別大きな怪我もしていないようでモニカとアルマはホッと呼気を漏らす。


 「どうやら、キリカに助けられたみたいね。モニカは、ここに来る前キリカに会った?」


 「会ったよ。いろいろお話をしたよ? 勇者のこととか」


 「実は私も村の人達からキリカのことを聞いていたの。私達が思っているよりもずっとキリカて子は、真面目ないい子かもしれないわね」


 「ふふっ、私は最初の頃のアルマちゃんみたいだなって思ったよ」


 自分の気持ちを見透かされたような言葉にアルマは顔も心も驚きつつ、照れた様子で頬を掻けばモニカに聞いた。


 「……で、その勇者のことの話はどうなったの?」


 「うーん……」


 話題を変えるために質問したことでモニカは両腕を組んで悩んでみせる。そして、自分なりに答えが出たのか深く「うん」と声に出して頷いた。


 「私もキリカちゃんも、勇者のことは何も分かんないてことが分かったよ!」


 「え、凄い笑顔でとんでもないこと言うわね。……ま、それでいいんじゃないかしら? モニカが勇者だろうが何だろうが、ずっと一緒にいる。……私もノアもそれだけよ」


 珍しくあまりにも素直過ぎるアルマをからかいたくなるモニカだったが、ここはグッと我慢して、身長差があるはずの自分の体に飛び込んでこようとするノアを迎える準備をすることにする。



              ※



 アーリア村に帰ったモニカ達は村人達から手厚く迎えられ、抱え込んでいた悩みや重たい空気から開放されたモニカ達はアドリアの明るい性格の後押しもあり、祭りのような雰囲気の中でその夜は過ぎていった。

 そして、翌朝。目覚めたモニカ達は、アドリアの家で地図を見ながら、この先の旅の目的地を相談していた。

 机の上に広げられた地図をトントンと指で突きながら、アルマは唸る。


 「この先には港町があるみたいだから、船に乗って他の場所を目指すのもいいかもしれないわね。だけど、こっちの山の方に行けば首都もあるし……」


 ぶつぶつと葛藤を声にするアルマ。その隣でモニカとノアはぼんやりと地図を見ながら話をする。


 「モニカは、どこか行きたいところはないか?」


 「え、うーん……おいしい物が食べれるところっ」


 「だそうだぞ、アルマ」


 モニカとノアの方は見向きもせずに、素っ気無くアルマが返答する。


 「だったら、アンタが何かおいしい物でも作ってあげさいよ」


 「なるほど、その手があったか! モニカ、私がおいしい物を作ってやるぞ」


 「うわーい! やったー!」


 このやりとりを本当に素でやっているのだろうか、などと仲間達のことを不安に思いつつアルマは地図の一箇所が目に止まる。


 「あれ、ここって……。ああそうか、確かそうよね、うん……」


 独り言を言うアルマに気づき、モニカは机に両手をついてアルマの見ている地図の一箇所をのぞき見る。しかし、モニカはこの世界の文字が読めないため、眉間に両眉を近づけて困惑の表情を浮かばせる。

 続いて顔を出したノアは、モニカに訳すようにその部分の文字を読む。


 「クリムヒルト? あまり聞き覚えのない街だな」


 「なんだか、おいしそうな名前だね!」


 「どれだけ、食いしん坊なのよ……」


 「で、この街が何だというのだ?」


 「え、いや、まあその……なんでもないわよ」


 「なんだ、隠し事か? アルマがこっそり書いている詩集のことをバラさられたくないなら、早く言え」


 そのままトマトにでもなってしまうのではないかと心配になるほど、アルマの顔が真っ赤に染まる。


 「な、なんで、ノアがそのことを知ってるのよ!?」


 「しまった。つい口が滑った」


 「絶対にわざとでしょ!?」


 「ねえねえ、アルマちゃん! 今度、詩集読ませてね! この間はあんまり読めなかったんだ、残念」


 「嫌よ! ていうか、読んだのね! うわぁぁん!? 引きこもりたーい!」


 その時、扉が開かれて外からは両手に子供一人は入りそうな鞄を一つ持ったアドリアが現れた。アドリアのような世話になってる人間がやってくれば、普段は一礼でもするところなのだが、よほどショックだったのかアルマはブツブツと言いながら両手で顔を隠し続けた。

 「よっこいしょ」と年相応の声を上げ、地図を見ているテーブルの脇に荷物を下ろすアドリア。


 「どうだ? 目的地は決まりそうか? これからの旅に必要になると思って、食料も持ってきたから役立ててくれよ」


 「わぁ! ありがとうございます! 村長さん!」


 両手をバンザーイとさせて喜ぶモニカと軽く頭を垂れるノア。そして、アルマは病的なまでに赤くなった両耳を押さえてブツブツと言っている。対して、アルマの異変に気づかないアドリアは気にするな、と手をぱたぱたと。


 「いいってことよ、俺達は命やこの村もお嬢ちゃん達に救われたんだ! これぐらい大したことねえっての! そういやぁ、さっきはやたら騒がしかったが、何かあったのか?」


 「騒がしいのは、アルマちゃんだけだったんだけどね」


 「うっさいわよ、モニカ!」


 「ふえぇーん! アルマちゃんがこわいよー!」


 「アルマ……」


 「いちいち剣を出して脅すんじゃないわよ! モニカもしゃっきりしなさい!」


 「じゃ、じゃあ、詩集のことは許して!」


 「ふざくんな!」


 「ふえぇーん!」


 「アルマ」


 「何度もやらすんな! ツッコミさせんな!」


 ドタバタと騒がしいモニカ達を見て、戦っている光景とのギャップに頭がついていけていない様子だったアドリアがぼんやりと言う。


 「……芸人の一行か?」


 「ち、違います……」


 否定するアルマだが、何となくそれっぽい感じだなと思っているだけに自信なさげだった。


 「……村長、少し聞きたい。クリムヒルトという街を知っているか?」


 「あ、こらノア勝手に……!?」


 「クリムヒルトか? そこはこの辺では有名だが、やっぱり遠くから来た人間には、それほど知られていないみたいだな。あそこはな、魔法使いの学園があるんだよ」


 「へー魔法使いの学園かー」と何気なくモニカは言っているが、その目はギラリと隣にいるアルマを見ている。楽しげなモニカの視線を受けて、アルマはだらだらと滝のような汗を流す。


 「ほう、そこはここから遠いのか」


 「なんだ、地図も見ないで聞いているのか? そんなに遠くはねえよ。ここから道なりに一日中歩けば着くんじゃないか。たぶん、今出れば今日の夜には着くのかもしれねえな」


 「ほうほう」

 「へえへえ」


 相槌を打つモニカとノアは非常に楽しそうだが、アルマは青い顔で体育座りをしている。


 「おい、なんか一人やたらときつそうな顔をしている姉ちゃんがいるぞ」


 「安心しろ、女性にしか分からない苦しみだ」


 「お、そ、そうか。それはすまないことを聞いてしまったな」


 どうか、察したような顔をしないでくださいと言いたかったアルマだったが、精神状態がそれどころではないので、もうそういうことにしておく。

 その場の会話を変えるように、アドリアは言葉を続けた。


 「だがな、クリムヒルトには行かない方がいい。よくない噂があるんだよ」


 「ほう、よくない噂とは?」


 「これは行商人から聞いた話なんだがな、クリムヒルトの街中で人間を襲う奴がいるらしいんだ。犯行は夜の内に行われていて、もう何人も襲われて被害にあっているんだってよ。モンスターなのか魔法使いなのか、それとも他の何かなのか……。ただ俺も噂を聞いただけだから、はっきりしたことは分からないんだがな……」


 深刻そうに話をするアドリアを見るに、どうやら噂を教えてくれた行商人は信憑性の高い話をしてくれたのだろう。真実に基づいた噂と嘘から生まれた噂がある。多くの人と関わりがあるはずのアドリアが恩人とする人間達にここまで言うのだから、この噂は非常に信用できるものかもしれない。事実、モニカ達の顔には、アドリアを疑うような視線はなかった。それは、アドリアの性格も影響を与えているのかもしれないが。


 「ちょうどいい、次の目的地はクリムヒルトにしないか?」


 「うん、私もそこがいいと思う! もしかしたら、それも世界の異変に関係しているかもしれないし!」


 「はぁ!? ……私達が行かなくても……キ、キリカがなんとかしてくれるわよ……」


 ガバッと顔を上げるアルマを見て、ノアは不機嫌そうに鼻を鳴らして、モニカは頬を大きく膨らませた。


 「もう! 私達が勇者なんでしょ! 困っている人がいれば、助けに行くもんだよ!」


 「モニカの言うとおりだ。もしかしたら、そこがアルマの住んでいた街かもしれないという好奇心があったとしても、こんな話を聞けば行かなければいけないだろう! 行くか行かないかの話ではない、義務感だ! 義務だよ!」


 口々に「そうだ! そうだ!」と言うモニカとノア。ここで人助けを引き合いに出されてしまえば、アルマも首を横に振るわけにはいくまい。事実、行きたくない気持ちも少なからずあるが、自分の住んでいた街が危険かもしれないという話を聞けば心配にもなる。

 溜まった毒を吐きだすように、重たい息を吐くアルマ。


 「はあぁ……分かったわよ。今度はクリムヒルトに向かうことにしましょう」


 「いえぇーい!」

 「ちょろいな、アルマは」


 ハイタッチをする両者を横目にアルマは地図をたたむ。


 「なんだか、アンタも大変だなー」


 心労気味のアルマにアドリアがそんなことを言えば、アルマは嬉しそうな諦めたような、そんな感慨深げな苦笑いをする。


 「もう、慣れましたよ」


 モニカとノアの姿を見て、困ったような口調で返事をするものの、やはりどこか満足そうなアルマだった。

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