第47話 モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル42

 村人達のほぼ全員が撤退し、戦場はノアとアルマ、そしてモニカの大群対オオグの大群という形になった。そこに戦術というのは存在せず、ひたすら数の押し合いによる攻撃を繰り返すだけの殴り合いへと変わっていた。

 そんな泥仕合の中で、ノアは剣技を存分に披露し、アルマも切れかけていたおうえんスキルの援護を再び受けて魔力を叩き込む。そこで新たな戦局を再び好転させて、少しずつでも確実にオオグの群はモニカ達により圧倒されつつあった。

 さらには、根比べになるはずだった戦いは、本来の能力差が勝敗を分けることとなった。

 世界の意思とも呼べる無尽蔵に溢れるモニカの勇者の力に対し、借りものの邪悪な魔力を暴走させたに過ぎないオオグ。持つ者と持たざる者、それが今顕著に表れようとしていた。しかし、それでも勝利はまだモニカ達には見えてこない。

 モニカ軍団が取りこぼしたオオグにアルマが火球を打ち込んだ。そんな時、もう我慢できないと悲鳴に似た声をモニカが上げた。


 「どどどどど、どうしよー!? アルマちゃーん!?」


 「どうするもこうするも……。やっぱり、コイツらは人形ね」


 モニカが現れてから数十分は続く戦いによって、アルマはもちろんモニカも敵への違和感に気づきつつあった。

 全てのオオグが己の痛みを無視した動きをし、仲間が倒されようが、足元に転がる死体を踏みつけて進んでくる。基本的には、オオグの仲間意識は希薄。だからといえ、この光景は異常だった。

 少数のオオグなら今のよう状況もあるかもしれない。

 同種の屍を踏めば僅かでも嫌悪が浮かび、無意識にでも足蹴にすることを拒むような空気感を思わせるものだが、そうした当たり前の仕草すら彼らにはなく、その辺に転がる土の地面の上にでも進むようだった。彼らの踏みつけて進む道は何百という同胞の屍の山だ。それはもう既に地面などではなく、いくつもの小山を作り出している。オオグ達は異種であるモニカ達ですら嫌悪の浮かぶ小山すら何事もないように上り下り、その一部になってもさらにそこを進む。

 生物が持つ何かに反応する気持ちが欠落し、彼らの何も不自由なく行動していることこそが異常なのだ。

 目の前でオオグに飛び掛る十数体のモニカ軍団を横目にモニカはアルマに声をかけた。


 「で、でも、数っ……凄いよっ」


 「そりゃ凄いわよ。きっと、これは魔力によって形成されたモンスター。戦うためだけに生み出すなら、自我なんていらないでしょうね。……悪趣味な魔法」


 吐き捨てるようにアルマが言えば、杖を振り魔力で固めた真空の刃でオオグ達を薙ぎ払う。


 「それって、このモンスターを作った人がいるってことだよね!」


 「あら、モニカにしては鋭いじゃない。ええ、きっとどこかにいるはず。でも、この感じなら、どこか遠くで高みの見物でもしているんじゃないかしら? それこそ、一番安全な場所でね」


 「そんなぁ」


 「情けない声出さないの! 少しずつでもこっちが押していっているんだから、長期戦になることを覚悟するしかないわよ。せめて、召還魔法できるならいいけど、準備をしている間にオオグに囲まれるわね」


 「このまま、頑張るしかないってことだよね……」


 「そうよ! 気合入れなさい!」


 「ふえぇーん! あ、後さっきアルマちゃんのレベルが”なな”上がったたっていってたよ? おめでとふえぇーん」


 「今言う!? ていうか、泣きながら言わないでよ! もう!」


 いつ決着が着くかも分からない戦いに身を投じる覚悟ができた。言葉にしなくても、三人の意思は固まりつつあった。

 ――刹那、視界の外れのオオグの体を飛んだ。


 「つ、次はなんなのよ!?」


 「アルマちゃんが睨みつけるから、目から魔法かなんか出て爆発したんじゃない?」


 「――」


 「……に、睨まないでっ!? じょ、冗談だよ空気を和まそうとしただけ! て、いたたたた!? 杖の先で足をぐりぐりしないでー!?」


 襲い掛かってきたわけではない、まるで指で弾かれた子供用の人形のように軽く数体のオオグが宙で回転し頭から地面に落ちて行くのだ。その方向のオオグが今度は足から崩れ落ち、同時に数体のオオグの頭がぱっくりと裂ける。血飛沫が上がるよりも早く既に死に体となったオオグの中から飛び出して来るのは――キリカだ。


 「キリカちゃん!?」


 三十メートルほど離れた距離をキリカはたったの二歩で縮めれば、モニカの前に立つ。

 警戒しようとしないモニカとは反対にアルマが庇うように前に出る。


 「自分の村のことを無視してしてまで、モニカにお熱? 村の人が聞いたら、泣くわね」


 「キミには用はない、モニカに会いに来たんだ」


 じろりと煩わしそうにアルマを見たキリカは、足を僅かに持ち上げたかと思えば、足を下ろした瞬間にはキリカの脇を抜けてモニカの隣に立っていた。


 「なっ――!?」


 杖の先に魔力を練ろうとするアルマはモニカを見て、杖をゆっくりと下ろしていた。モニカの目はアルマに対して、大丈夫だよ、と語りかけていた。


 「こんにちは、キリカちゃん」


 「うん、こんにちは。モニカ」


 顔をぐにゃと崩して笑うモニカを前に、キリカは照れたように頬を僅かに朱に染めて挨拶をする。

 互いに、これが始まりだ、と。そこではっきりと感じた。


 「今、オオグの大群が来て困っているんだ」


 「親玉がいるよね? ボクも何度もオオグと戦ったことあるけど、こんなに気持ちの悪いオオグは初めてだよ」


 「やっぱりこのオオグ達おかしいんだ。……うん、アルマちゃんが言うには、その親玉は一番安全なところにいるだろうって」


 キリカは考え込むように顎に手を当てれば、数秒で顔を上げた。


 「あぁ、それなら……この場所を見渡すことができて、安全な場所をボクは知っている。道を教える時間がもったいないから、ボクの進む道を空けてもらうのを協力してもらってもいい?」


 「任せてよ! キリカちゃんの道は私が作るから!」


 「頼むよ、モニカ」


 キリカはモニカに背中を向けた。そこには殺意や敵意といったのしかかるような重さは感じない、ただそこにはスッキリとした表情をしたキリカがいた。

 大きな一歩を踏み出そうとするキリカを見て、モニカはキリカの名前を呼んだ。キリカは顔をモニカへと向ける。


 「キリカちゃん! お願いがあるんだけど、あの……私の友達に――」


 「――そこから先は言わないでくれ」


 キリカは目を細めてモニカに微笑んだ。そして、言葉を続ける。


 「いつか、ボクがボクを認められるようになったとき、改めてボクから言いにいくよ。だから、それまで待っててほしい」


 モニカがはっと息を呑んだ。よっぽど気持ちがモヤモヤするのだろう、複雑そうな顔をした後にモニカは小指を立てた右手を上げた。


 「じゃあ、約束! 約束だよ、キリカちゃん!」


 細く簡単に飛んでしまいそうな小指の揺れるモニカの右手を見て、笑顔を深くしたキリカはしっかりと頷いた。


 「うん、約束。ボクは必ず約束を果たしにいくよ」


 キリカも小指を立てた右手をモニカに見せるように掲げてみせれば、背を向けると同時にそこから駆け出した。



               ※



 赤腕のオオグは自分の顔を両手で挟み、顔中から浮かんだギトギトの汗を顔中でぐしゃぐしゃにしつつ、ただただ恐怖に震えていた。

 最初は復讐から始まり、後の蹂躙しか考えていなかった。その後に思いも寄らぬ反抗、それでも痒いところすらない。そのはずが、反撃へとなり、精神力を削るような進撃が始まっていた。そして、その先頭には最も憎いとしていた――眼帯の少女がいた。

 紙のようにオオグを切り裂くキリカは、まるで赤腕のオオグの場所を知っているようにどんどんと近づいてくる。

 悲鳴を上げて逃げ出したい気持ちを堪えて、力を込めて、さらにさらにさらにさらにオオグを生み出す。例え今の状況が赤腕のオオグの生命力を吸って発生したオオグだとしても。


 「来るな……来るな……来るな……」




               ※



 飛んで、跳ねて、回って、急降下。

 次から次にキリカはオオグを薙ぎ払う。そこには躊躇いもなければ、焦りもない。キリカからしてみれば感情のないオオグなんて、地面に転がる障害物にすぎない。

 香りのような魔力の残滓を頼りに、キリカの小さな体はオオグという木偶の坊を切り崩す。


 「あの時のオオグはもっと強かったよ」




               ※



 我慢できずに赤腕のオオグはそこから背を向ける。それでも、右腕の魔力から自分の逃げる道筋を残すようにオオグを発生させた。急斜面の山道をどしどし音を上げながら走り出す。

 ただ逃げたい生き延びたいという気持ちが、知能を持ったばかりのオオグに冷静になるという戦場で最も必要な要素を捨てさせた。


 「俺さえ逃げれば……また……!」


 身を隠して、また機会を窺うんだ。そうすれば、いつの日か。



               ※



 「キミ達の親玉は、随分とおばかさんだね」


 群がっていたオオグ達が急に点々と現れるようになった。不規則でありながら納得のできる並び。これは親玉のオオグの逃げ道だ。

 童話の中にはパンをちぎって森の道しるべにする話がある。しかし、あそこで野生動物にパンを食べられたらどうするのだろう? とキリカは思っていた。いくら創作物とはいえば、他にはなかったものかとも考えたりはした。だが今は思う、


 「いい道しるべ、これなら剣を振り回すだけで目的地に着く」


 でも、自分が通った後にその道しるべが無くなるというのは、パンだとしてもオオグだとしても一緒か。




               ※




 「うぐぁ……!? しまったあぁぁ……!」


 赤腕のオオグはそこでやっと気づくことができた。

 自分の失敗、情けなさ過ぎる道案内。あの少女がやってくる。全ての命を奪おうとあの少女がやってくる。

 仲間達の顔を思い浮かべれば、みんながみんな苦しそうな顔で死んでいた。

 今やっと考えるのだ。人間なんて襲わないで、最初から仲間達と魚でも獲って過ごせれば幸せだったはずなのに。なんであんなことをしていたんだ? 俺がオオグだからか? オオグは人を襲わなければいけない宿命なのか?


 ――どうして、ここ数年であんなに人を襲いたいと思ってしまったんだ?


 その時、体がぐっと重たくなった。


 「がぁ……」


 胸元に触れてみれば、そこには深々と突き刺さり……いや、貫通していた。既に視界の中には地面しかない。

 背中にあるのは誰かが乗っている軽い感触。おそらく、あの眼帯の少女だろう。顔を傾けて、少女の方を見た。



             ※



 「見つけた」


 キリカは足の下の赤腕のオオグを見ながら呟いた。

 姿がおかしなオオグだったので、もしかしたら何らかの力を隠し持っているのではないかと思ったが、どうやら仲間を召還すること以外の特殊な点はないようだ。

 一度貫いた刃をさらに奥まで押し込んでいく、赤腕のオオグの口から血がこぼれる。


 「よくも……仲間を……」


 「へえ」


 赤腕のオオグの口が動き、吐血しながらも喋りかけて来る。今までたくさんのオオグを見てきたキリカでも、ここまではっきりと人語を喋るのは初めて見た。


 「俺は……あの日殺されたオオグの……生き残りだ……」


 「だろうね」


 「仲間を殺されて……俺はオマエを壊したかった……」


 「ボクが憎くて、こんなことを?」


 「うぅ……そうだ!」


 憎しみに染まった赤腕のオオグの目は、二度とキリカも忘れることはできないだろうと思えた。

 ただ奪うことしか考えていないその目は、まさしく過去の自分そのものだった。こんな目を持つやつは、断じて勇者にはなれない。同時に、彼女の友達には……程遠い。

 右手で貫いたアンナス・セイバーはそのままに、左手に剣を発生させるキリカ。


 「言い訳はしないし、キミから全てを奪ったボクが何を言っても同じだろうね。……それでも、キミにはこれだけ言わせてもらうよ」


 「なに……を……」


 どんな形であれ、どんな方法であれ、誰かのために一人でも戦おうとする。これは過去に求めていたキリカの姿であり理想だ。だが、今目の前のいる存在がその理想だとしたら、あまりにも醜い。だから、彼にこの名前を送り、理想を終わらせる。

 左手の魔力の剣が鋭さを増せば、赤腕のオオグの首へと刃を傾けた。


 「――キミはオオグの勇者だ」


 キリカの言葉を聞き、赤腕のオオグが大きく目を見開いた。直後、そのままキリカの手によってオオグが首から上が地面を転がった。

 周囲に転がっていたオオグの屍は地面に溶けるように消え、魔力の粒子となり風に流れて消えていく。確かな終わりを胸に、キリカは両手のアンナス・セイバーをその手から消した。

 沈み行く夕日を見ながらキリカは村とは反対の方向へと歩き出した。

 後ろ髪引かれる思いをしながらも、その足は確実に未来へと向かう。




                ※


 ある場所、ある空間。そこは異世界であるはずが、そうした要素がない。

 六畳ほどの畳の部屋があり、障子が貼られた扉があり、部屋の角のテレビに繋がるのは家庭用ゲーム機プレス○。そして、その謎空間で、ごろごろとしながらクルミは、その手にコントローラーを握っていた。


 「ふんふ~んふふーん」


 『機嫌良さそうね』


 そこにはクルミしかいない。しかし、部屋にはもう一つの女性の声が響く。


 「うん、まあね。ずっとやりかったゲーム返ってきたし。あぁ、やっぱりほむらちゃんかわうぃな! クリスマスからが本番なんだよねー、この子。……よし、ほむらちゃん召還しよう!」


 『そんなもの作り出したら、逆に魔力高すぎて扱うの難しくなるわよ?』


 「うむぅ……現実に二次元嫁を呼び出すのは、私の夢だったのにな。で、用件はなに? まだお仕事中でしょう?」


 『そのお仕事をさせているのは、貴女なんだけど』


 「サーセン」


 『それが謝罪なら、怒るわよ?』


 声は深く溜め息を吐いた。それを聞き、クルミはケラケラと笑う。

 

 『――勇者一行は、乗り越えたみたいね』


 「キリカちゃんの力借りて?」


 『よくご存知で』


 「私、モニカちゃんのことなら詳しいんで。次いで、キリカちゃん」


 へらへらと言ったクルミは、コントローラーを放ればごろりと仰向けになり天井を見上げた。


 『次はどうする?』


 「次はいよいよ、あそこでしょう? そろそろ本格的に動き出そうかしら? アルマちゃんにとっては、何にしても大変なことになるでしょうね」


 『やれやれ、足元をすくわれても知らないわよ』


 「サーセン」


 『今度それ言ったら、その部屋に火を付けるから』


 「こわっ! ごめん! 本当ごめん!」


 実に楽しそうに彼らは世界の中心で笑い合う。

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