第46話 モニカレベル29 ノアレベル40 アルマレベル35

 その異変にまず最初、村人の一人が気づくこととなる。

 一人の少女が後方から走ってくる。その手に剣を抱えて走り、オオグに迫る姿をよく見れば――村にやってきていた旅人の娘だ。しかし、あの娘は空家で休んでいたはずでは?

 エドが目撃したのはモニカ。ただ、上から落ちることもなく、突然現れた少女はオオグへと走っていく。小さな少女の存在に気づいたオオグは、躊躇うことなく棍棒を横に薙ぐ。

 彼女達の仲間なら自分でどうにかするのだろう、とどこか頭の隅で甘く考えて黙ってみていたエドは悲鳴を上げた。容赦なく走っていった少女はオオグの棍棒を全身に受けて体が跳ね上がった。落ちて行くモニカの姿はオオグの群れの中に落ちて行く。

 自分達が倒されれば良かった、庇えばよかった。あんな小さな女の子が殺される必要はなかった。どうして、他の女の子が強いからと期待してしまったんだ。強くないことなんて普通で、簡単に倒されるなんて当たり前なのに。

 モニカを薙ぎ払ったオオグは悦に浸ることもなくエドを目指して走り出す。

 たった今理不尽に失われた少女に娘のサラを重ねていた。これから起こるであろう悲劇が浮かび、エドは力の抜けかけていた腕に意識を集中させて錆だらけの剣を握りオオグと対峙する。しかし、オオグはエドへと二、三歩歩けば後方を振り返った。


 「えいやぁ!」


 オオグの足元には小さな影、死んだはずのモニカがオオグの足の付根に剣を突きたてていた。肉を抉る刃の感触に顔を歪めつつオオグは、モニカを棍棒で叩き潰した。しかし、脇腹の痛みからすぐに顔を歪めた。ぺしゃんこにしたはずのモニカが、自分の隣に立ち剣を何度も打ち付けていた。

 

「でやああぁぁ――!」


 煩わしそうに拳を振るうために、左腕に力を入れれば激痛を感じる。左肩に違和感を感じ、視線を向ければモニカがオオグの背に乗り左肩に剣を突きたてていた。そして、再び痛みが走る。モニカがオオグの足首へ何度も剣で斬りつけているのだ。

 そこでようやく、オオグ。そして、距離を空けてから見ていたエドは気づいた。――モニカが三人いる。よくよく見れば、棍棒によって潰されたはずが、そこにはモニカのものと思われる血痕が一滴たりとも見当たらない。

 最初はノアのように身体能力を全力で使い高速で移動をしているのかと思っていたエド。理解が追いつかないのはオオグも同じことで、苦痛と混乱がその表情に浮かぶ。

 いや、三人だけではない。


 「いっくよぉ!」

 「負けないんだから!」

 「諦めないでください!」

 「ガチではじめっから、全力猛攻撃だよ!」

 「今日のモニカはオラオラ系だからねっ」


 三人でオオグに群がっていたモニカの数はさらに増え、あらゆるところからモニカが出現してオオグへと向かっていく。

 モニカ一人なら脅威に感じていなかったオオグだったが、二人になれば動揺し、三人なれば対応が追いつかない、四人になれば体の動きを封じられ、五人になればオオグは地に伏せる。そして、数の増えたモニカ達は五人がかりのオオグに十人で挑む。次から次に現れるモニカの大群は、次第にオオグの軍勢を押していく。無限にも湧いて出るオオグの大群以上のモニカの大群が数を上回っていっているのだ。

 別方向で足で潰されたモニカが小さな煙に変化して消えるのを見ながら、ただただ困惑するエドの肩をモニカが叩く。


 「ここは私達に任せてくださいっ。今は怪我をした村人達を探して後退することが先決です。身動きがとれなくなっている人がいたら、アルマちゃんが治癒魔法をかけにいきますので、その場所を教えてくださいねっ」


 「あ、ちょっと……!」


 高い声を上げて突撃するモニカの背中に慌てて声をかけるエド。呼びかけられ、小首を傾げるモニカ。


 「場所は……誰に教えればいいのですか?」


 呼びかけられたモニカは歯茎が見えるほど深く笑えば、親指を立ててみせた。


 「――お近くのモニカまで!」



                 ※



 ノアは「おぉ」と感嘆の声を漏らした。その反応を見てモニカは、誇らしげに胸を張った。

 先程までオオグの姿で埋め尽くされていた視界は、後方から現れた何十、何百人のモニカ達によって埋め尽くされていく。それだけでは終わることはなく、モニカの増殖は止まらない。


 「これが、私の新しい力。たいぐんスキルだよ。私の分身を作り出すことができるんだよ、ほぼ無限にね。体力や精神や勇者の力的なものが尽きない限り、何人でも出せるんだ」


 「驚いたわ……」


 素直に驚きを口にするアルマを横にモニカはさらに体を反って胸を張る。


 「でしょでしょ! 私の力で戦いたくて、でも、一人だと限界あって……それでも私の手で二人をみんなを守りたい……そう思ってたら、こーんなスキルができるようになっちゃった」


 「一人ではダメで役立たずなモニカもたくさんいれば、役に立つのね」


 「……そ、そうだね、塵も積もれば何とやらて言うし」


 アルマの発言にやんわりと傷つきつつ、モニカはさらに勇者の力を込めていく。モニカの軍団がオオグを押し返していく。

 ノアが一歩前に前進すれば、自分の士気を高めるように剣を振るった。


 「アルマ! 援護をしながら、モニカを頼めるか?」


 「得意分野よ、魔法使いてそういうもんでしょう?」


 「さすがだ、助かる」


 弱りきっていた体に活力が満ちる。ノアもアルマも、モニカの出現により内から力が溢れていくのを感じていた。


 「ノアちゃん! お供にモニカ小隊をつけるね!」


 「モニカ……しょうたい……?」


 走り出そうとしたノアは足を止めて、蠱惑的(こわくてき)な響きに振り返る。そして、視界の外れからやってくる集団を見つけて目をカッと見開く。


 「ノアちゃーん! お手伝いするよー!」

 「怪我させないよ、私が力になるからっ」

 「よぉし、がんばるよー」

 「ノアちゃんノアちゃんノアちゃんノアちゃん」


 背後から駆けて来るのは、十人ほどのモニカ達。それらがノアの味方をするためにやってきたのだ。

 ノアの体がぐらりと傾く。


 「ノアちゃん!?」


 「……すまない、あまりの光景に理性がトびそうになった……」


 「お、お手柔らかに頼むよ」


 「ああ、もしもの時は体にナイフを突きたてて理性を呼び戻すさ。理性に抗いつつ戦うこと、それが私の正義かな?」


 「それって本当にナイフを体に刺さないと我慢できないようなことなの!?」


 怯えた表情でツッコミを入れるモニカの隣でアルマが溜め息を吐いた。


 「その正義うんぬんがかっこいいと思うなら、やめときなさいよ。恥ずかしいから。……後、やっぱり引くわね、ノア」


 ノアは顔を大きく横に振り、ブレかけていた意識を取り戻し集中させる。


 「では、行くぞっ!」


 親鴨に離れないように必死についていく子鴨達のように走り出すモニカ、先頭は小隊隊長ノア。

 溢れんばかりのやる気と口から洪水のように出る唾液を垂らし、猛然と走るノアを見ながらモニカとアルマは顔を見合わせる。


 「口からよだれ垂らしていたけど、大丈夫かしら?」


 「嬉しいからだよね、きっと素直に喜んでくれているからだよね!? あぁでも……もしもの時は、モニカ小隊を避難させるよ……」



                   ※




 片腕の赤くなったオオグはその光景に言葉も出ないようだった。もっとも後方でただ終わるだけの虐殺を待っていたはずの赤腕のオオグは表情に戸惑いが浮かんでいた。

 赤腕のオオグは自分の授かった力に自信を持っていた。同時にこの力は誇りですらあると考えていたのだ。

 オオグの赤腕にはとある魔法がほぼ永久に使用できる力が施されていた。それは、集団残滓(ポピュラレジデュアム)と呼ばれる魔法だった。赤腕に力を込めれば、オオグの大群を召還して自在に操ることができる魔法。ただ、召還したオオグに心はなく、ただ命令を従うのみの生きる屍だ。それでも、赤腕のオオグはこの力を使うことで仲間達の無念を晴らすことができると考えた。

 オオグは魔力を赤腕に込める。輝き出した腕は、再び百体以上のオオグを出現させた。

 

 「あの程度で何を動揺している……。俺達は負けない、この力で俺達は人間を滅ぼすのだ」


 崖の上に立ち眼下の光景を見れば、同じ顔をした人間の少女が大量にいた。少女の力はそれほど強いようには見えないが、明らかに赤腕のオオグが作り出すことのできる数以上の少女がそこにはいた。

 ここまで来れば、互いの魔力と魔力の勝負だろう。力と同時に与えてもらった知能で、赤腕のオオグがそう考える。


 「いいだろう、どちらかが力尽きるまで化かし合おうじゃないか。人間の小娘」


 低い声で赤腕のオオグが笑えば、さらにオオグを召還した。




               ※



 モニカが去ってから数分、キリカは鈍い呼気を繰り返すだけでそこから動こうとはしなかった。いや、正確には動くことのできないような状態に陥っていた。

 失望と不安、その二つを同時に考えさせられることとなった。

 自分が何者なのかは、自分の思い出が教えてくれる。モニカの言っていたことは、そういうことだ。


 「だったら……」


 立ち方なんて忘れてしまったかのように、よろよろと立ち上がるキリカ。それでも、その顔から見える片目には確かな強い意志を思わせた。


 「だったら、こんなところで何をしているんだ。ボクはっ」


 村とはほとんど関係のないモニカ達が傷だらけになって村を守ろうとしている。これでは、勇者になんてなれやしない。誰が見ても今のボクは勇者などではなく、己のわがままが通らず拗ねているだけのボクだ。そう考えれば、ますます自分が嫌いになっていく。

 あの子、モニカだって葛藤しながら前に進んでいた。だったら、ボクも迷いながらでも進まなければいけない。モニカは、ボクのなりたい勇者になれと言っていた。だったら、ボクのなりたいボクの憧れる勇者は――。


 「――こんにちはぁ」


 「……なに?」


 キリカの前方には漆黒の炎が漂っていた。魔力に精通したキリカは、その炎が単なる炎でないことも、そこに何らかの人格があることも瞬時に理解した。それは、片腕の無いオオグに赤い腕の力をあげた漆黒の炎だった。


 「今は、キリカっていうんだっけ?」


 漆黒の炎が現れた時には見せなかった驚きを、その表情に薄く浮かべるキリカ。


 「ボ、ボクのことを知っているのか……」


 「うんうん、ずっと前にね。でも、口止めされているから言えないわ。あ、だけど、教えてあげれる条件が一つあるの」


 「なに?」


 嘲笑するような喋り方をする漆黒の炎を不快に思いつつキリカは問いかけた。


 「キリカの中の力を貸してほしいの。もし貸してくれたら、過去の記憶も望んでいた力も全て手に入るわ。どう? 悪くないでしょう」


 「ボクの中の力……」


 「知らないフリはしないで、気づいているんでしょう? 自分でも制御できない自分がずっとそこにいることに」


 気のせいだろうが、漆黒の炎はキリカの胸の方を見た気がした。

 事実、キリカには思い当たる点がある。モニカと戦っている間の自分の体は誰かに操られているように自然に動き、喋る言葉も自分が考えもしていないことを口にする。ただし、そこにはキリカの求める力があるような気がした。少し前まで求め続けていた勇者になれるほどの。


 「その力があれば、ボクは記憶を取り戻して、力を手に入れることができるの?」


 俯きつつ問いかけるキリカの声を聞き、喜ぶように漆黒の炎が揺れた。


 「そうよ、あの力を使っている間は満たされたでしょう? 幸せだったでしょう? 迷う必要はないわ。苦しみや悩みからも解放されて、最もキリカらしい存在になるのよ」


 甘い言葉だとキリカは思った。自分というものに迷い、他者を傷つけた愚かさに嘆いた。それを全て取り除くと漆黒の炎は言っているのだ。それも一つの幸せの形かもしれない。

 キリカはすっと右手を肩の辺りまで持って行く。漆黒の炎はそれを友好の握手だと思い、しゅるしゅると漆黒の炎が縄のようにキリカの手へと伸びる。


 「ハッ――」


 そして、それをキリカは左手で瞬時に作り出したアンナス・セイバーで切り落とす。すかさず、右手にアンナス・セイバーを出現させれば、槍のように長く伸びた魔力の剣が漆黒の炎を貫いた。


 「うあぁ……!? いらないっていうの……? なによ、もったいないことをするじゃない……」


 漆黒の炎はキリカの魔力の剣で貫かれたことで、力を奪われたように少しずつ火の勢いが弱まっていった。


 「キミの言うことは、蜂蜜のように甘い言葉だ。だが、ボクはボクの大切な全てを否定してまで、ボクの知らない自分になるつもりはない」


 キリカの言葉が漆黒の炎の怒りを刺激したのか、瞬間、周囲が明るくなるほどの巨大な炎へと形を変える。


 「ふざけないでよっ! キリカの立場は、どれだけ求めても手に入らないものなの! すぐにでも話をしていいのなら、教えてあげたいぐらいだわ! それを聞いた貴女は、必ずそれを欲しがるはず! 絶対よ!」


 「興味ない。あの村で求めた平穏以外のものが、この世にあるとは思えない」


 両手のアンナス・セイバーを交錯させて、×印の形で漆黒の炎を四つに切り裂いた。


 「後悔しなさい」


 恨み言のように低い声で漆黒の炎が言えば、息で吹き消える蝋燭の火のようにそこから消滅した。


 「後悔なんてしない。キミに用意されたボクになるぐらいなら、ボク自身が感じて見たものを信じる。それに勇者を追いかけるのは、もうやめだ。……今度はキミ達みたいな、本当の邪悪を倒すためにボクは進むよ」


 迷わない、信じない、求めない、信じ続ける、想い続ける。たくさんの真っ直ぐな感情が複雑に絡み合い、今のボクを作り出す。それは全てボクが自分で作り上げたボクの証なんだ。誰も手にすることのできない、唯一の。

 消えた炎から残った魔力の残滓をぼんやりと見つめ、キリカは地面を蹴って走り出した。――愛した村人達の元へ、希望の意味を教えてくれた勇者の側へ。

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