第27話 キリカ レベル???
キリカの救った親子の名前は、夫の方はエド、妻はジーナ、娘はサラといった。彼らは、キリカが意識を失っていた森の近くの村に住んでいるのだが、森には凶暴なモンスターは出て来ないはずなのに、と終始困惑気味だった。
村へと向かう道中で記憶がないことを明かすキリカ。最初は驚かれるものの、キリカを家族は心配してくれた。それは、単に勇者としてのキリカではなく、一人の少女として思っていることを強く感じさせるものだった。
到着した村は小さく、周りは畑ばかりに囲まれて、娯楽もなければ特別語るような場所もない。村の外に干されている乾燥させた肉やカゴに入った木の実を日光に当てているのを見れば、畑で取れるようなものではないことはキリカにでも分かる。田を耕すばかりでは生活できないため、近くの森に出れば様々な作物や狩りを行っているようだった。
もともと、行くあてのないキリカはあれよあれよという間に、その村の村長であるアドリアという男と会うことになる。
出てきたのは、村の長にしてはまだ若さを感じさせた。年齢は五十前ぐらいだろうか、鼻の下の髭や膨れ上がった胸や腕の筋肉を見れば何となく安心感を与える。そんな身体的な特徴よりも気になったのは、豪快に笑うその顔だ。
記憶喪失だと告げるキリカを「気にするな!」と笑い飛ばし、初対面のキリカの背中を何度も叩いた。これがなかなかに痛いのだが、無表情で攻撃を受け続けるキリカを気に入ったのか、さらにバンバンと叩いてくる。あまりに叩かれ過ぎて、キリカの姿が分身をし始めた頃、やっとエドが止めてくれた。
「お嬢ちゃん、おもしろいな!」
お前には負ける、と内心言ってやりたいキリカだが無表情でアドリアを見て頷いた。
「行くあてなんてないんだろう? だったら、しばらくココにいればいい!」
「でも、ボクは村の部外者……」
「関係ねえよ! 誰だって、最初から部外者みたいなもんだろ? 生まれてくる赤ん坊だって、出稼ぎに出て久しぶりに村に帰って来るような奴も部外者みたいなもんさ! ガーハッハッハッハ!」
「よく分からない理屈だ」
いくら村長の言うこととはいえ困ったと、連れて来てくれたエド達を見ればジーナと一緒に互いの顔を見て笑い合っていた。
キリカはこの不思議な空間を心地よいと思っていた。しかし、今の彼女にはその感情は理解できず、アゴの下に一指し指を当ててもう一度大きく首を傾げた。
その後、エドはアドリアにキリカが勇者かもしれないということを話をしたが、それを聞いたアドリアはさらに大きく笑った。
「そいつはいい、今日からお前は村の用心棒だな!」
バンバンとアドリアはフライパンのような手でキリカの背中を叩いた。
「……いたい」
二度目の背中叩きを受けたキリカは、そっと声を上げていた。
※
――それから、しばらくの時間が流れる。キリカは、アドリア村長のいる村。レナータ村に住むこととなった。
空き家は大量にあるようで、比較的綺麗な空き家を貰うことができた。埃を払い、雑巾で拭き、足りない家具は用意した。その間もずっと、村人達が頻繁にやってきて掃除の手伝いや家から使わない食器や家具を持ってきてくれた。
小さな村だからなのか村長の性格が村人の人格まで影響を与えているのか、次から次に村人達はやってきて、キリカの世話を焼いてくれる。
レナータ村の住人の数は五十人にも満たない。さらには、年配者が多く、村には穏やかな空気が常に漂っていた。そのためか、キリカを孫のように可愛がってくれることが多いのだが、それが彼女には妙にこそばゆい気持ちにさせる。
料理がからっきしダメなキリカは、毎食を誰かの家で食べていた。村にやってきてからは、むしろ一人で食べることの方が少なく、ひっきりなしに食事に誘われることが多かった。最初はぎこちないキリカだったが、少しずつ確実に村の住人として受け入れられていった。それは、決してキリカが村には珍しい少女というわけではなく、戦闘技術を評価された部分も少なからずある。
例えば、こんな話。
「大変だ、森にオオグが出たぞ! それも、一体や二体じゃない……たくさんいるんだ!」
村の住人が血相を変えて森から帰ってくれば、村中が揺れたようにざわめきが広がる。
混乱するよりも早くアドリアは老人と女性を避難させるように指示を与え、男達は武器をとる準備を始めた。正直、オオグといえば十人程の人数が集まってやっと倒したことがあるモンスター。アドリアも腕に覚えがあるが、どこまでやれるか分からなかった。
覚悟を決めてオオグを討伐するために森に向かったアドリア達は目にした光景に武器を落とした。
「おそいよ」
涼しい顔でそんなことを言うキリカがそこにいた。
十数体のオオグの屍が山のように積み重なり、その上にキリカが座っていた。村の老人達から教えてもらったのか口笛を呑気に吹きながら。
返り血すら浴びていないキリカはオオグの山の上から飛び降りれば、アドリアの前に立つ。オオグ討伐に参加していたエドは、その様子をおどおどとした顔で見ていた。
「ボク、偉い?」
キリカの無機質ともとれる声は、初めて会った人間なら状況も相まって恐怖を覚えるだろう。しかし、アドリアはその姿ににんまりと笑う。
「ガーハッハッハッハ! 偉いどころか、凄過ぎて声も出なかったぞ! さすがだな、キリカ!」
キリカは初めてアドリアに名前を呼ばれたことで、頬を赤く染めた。
※
それからのキリカの日々は忙しいものとなる。
オオグがいつ出るか分からない以上、キリカの護衛は必須条件になった。例えオオグが出たとしても、その存在に気づかない内に脅威を排除していることも珍しいことではなく、キリカの実力はすぐに村人達の語り草となった。
老人は勇者様とキリカの頭を撫で、村の男達はキリカの武勇伝を酒の肴に、数少ない子供達はキリカの真似をして遊び、未婚だったこともありアドリアはキリカを娘のように可愛がった。
欠けていた心が埋まっていくような、不思議な気持ちをキリカは感じていた。それでも、たまに慢性的な毒のようにある考えが浮かぶ。
(ボクの記憶は、どこにいってしまったんだろう?)
森に出た時の青空、村を離れて近くの町に行ったの曇り空、寝る前の星達。空を見上げる度に、ふと考えてしまう。
レナータ村にいればいるほどに、記憶を失っていたことなんて忘れてしまいそうだ。だって、この村には足りない記憶を生めてくれるものがたくさんあるのだから。でも、その記憶を取り戻した時、自分が自分ではないものになっていたらどうなるんだろう。
そこまで考えて怖くなったキリカは、どれだけ働いた日も眠れなくなるのだ。
不安と恐怖の中で体を小さく丸め、ベッドの横の窓からまた夜空を見上げる。
「――よおっ! 元気か!」
ひょっこりと窓から顔を出すアドリア。その顔は赤く、どうやら村で唯一の酒場で酒を飲んできたようだった。
いきなり顔を出すものだから、危うくアンナス・セイバーを発動させるところだった。
「……窓からでもにおう、酒くっさ」
「失礼な奴だな。この臭いを、良いものだと感じる奴こそイイ女て言われるんだよ」
「独身のアドリアに女としての格付けをされたくない。……でも、本当にイイ女と呼ばれるの?」
アドリアはあっけらかんと言う。
「いや、知らん!」
「おやすみ」
シャッとカーテンを引けば、キリカはアドリアの顔を隠す。
「嘘!? キリカ、もっと村長には優しくしろよ!」
わーわー言っていたアドリアだったが、「何時だと思ってるの!? うるさい! 村長!」「うお!? すまない!」と謝る声が聞こえてきたところで、外は静かになった。それでも、キリカは家の外にアドリアの気配を感じていた。アドリがキリカの窓の下のに腰を下ろしている。
気がつけば、キリカの胸の中には先程までのぐちゃぐちゃだった考えは消えていた。
「……キリカ、いろいろ不安かもしれんが、俺達はお前の家族だからな。例え、お前がどんな存在だとしても。俺達は、お前の味方でいる」
壁の外でぽつりぽつりとアドリアがそんなことを言う。キリカには返す言葉もなく、ベッドの体を丸めて枕を握り締めた。
「今のお前には分からんかもしれんが、人てのはな、割といつだって記憶喪失なんだよ。俺だって、エド達だって、いつも何か忘れていて失いそうになりながら、本当に必要なもんだけ抱えようと頑張っているんだ。お前にとって、記憶にデカイ価値があるのは分かる。だけどな、過去を思い出すことばかりが、記憶とは限らないぜ? 考えて迷って、歩き続けることも大事な記憶の一部さ。難しく考えるな。……ガキならガキなりに、もっと簡単に考えろよ」
キリカは心の最も触れてほしい部分を強く刺激されたような気がした。痛いような痛くないような感覚と共に睡魔がやってくる。
「さーて、酔っ払っちまったから、ここで寝ちまうか!」わざとらしくアドリアが言うのが聞こえる。
きっと朝まで起きている気がする。そんな彼に対して、キリカが出来ることは安心と共に眠ること。
「ボクは大丈夫、ボクの記憶はここにあるんだ」
小さく呟いたキリカは、先程までの不眠が嘘のように眠りの中に落ちていった。
その日以降、キリカが不眠に悩まされることはなくなる。
※
キリカの活躍は、ある戦いの引き金になることもあった。それは、キリカのこれからを変える出来事。
何十体ものの仲間をキリカに倒されたオオグ達は復讐のため、ついに大群を連れてレナータ村にやって来ることとなる。それを最初に見つけたのもキリカだった。
森が動いて来たのかと思うほどのオオグの群れ、木々を薙ぎ倒し川を埋めてやってくるオオグ、オオグ、オオグ……。数は百体以上、その目には憎しみの炎が満ち、キリカにも積み重ねた死の重さを感じさせた。
すぐに村に帰ってキリカは、村人達にオオグの大群がやってきていることを告げて避難を促した。キリカの話を聞いた村には、どんよりとした重い空気が漂う。森からやってくるオオグの標的はキリカである可能性は高く、キリカ一人が犠牲になれば救われる可能性があった。それをみんなが気づきはしても、誰一人口にすることはできなかった。
そんな、淀んだ空気中でもアドリアはキリカの話を聞いて笑い飛ばす。
「ガーハッハッハ! いいじゃねえか、キリカなら簡単に倒しちまうだろう。あん? 何心配そうな顔してんだよ。俺がお前の後ろにいてやるから、村には敵一人通すことはねえよ」
笑える状況ではないはずなのに、相変わらずのアドリアにキリカは反論する。
「ボクは負けるかもしれない。それなのに、アドリアはそんな身勝手なことを言う気なの?」
アドリアは溜め息を吐けば、キリカに顔を寄せた。その顔に笑みはなく、普段は垂れた太い眉も今は普段からは信じられないぐらいしっかりと眉の先が上がっていた。
「オオグの足の速さを考えたら、ここの年寄り連中じゃ逃げることもできない。それに、お前は自分が死ねばどうにかなるとか本気で思っているんじゃないのか? オオグにそんな知恵があるかよ、そんな知恵アイツら持ってないぞ。容赦なく、他の人間もなぶり殺しだ」
「そ、それでも、可能性の高い方に賭けた方が――」
「可能性とか知らんぞ。これはお前だけじゃなくて、お前を勇者だと盛り上げた俺達レナータ村の住人が招いたことでもある。俺はそれを隠しはしない。だったら、俺達に勇者としてのお前を見せてくれ。……今一番重要なのは、キリカ、お前が本当の勇者になることなんだ。村長としては、もしもに備えて避難指示を出すが……。寂しがり屋なお前が、寂しくないように後ろにいてやるよ」
キリカは白い肌を淡く朱に染める。
「……誰がそうさせたんだ」
「悪ぃ。たぶん、俺達だな」
大きく笑えば、アドリアはキリカの背後の方に目を向けた。そこには、エドや村にいる男達が手に斧や鎌を持って立っていた。
「みんな……」
「大した力にはなれないかもしれませんが、キリカさんを一人にはしませんよ」
気の弱いエドがそんなことを言えば、各々も頷いたり、照れ笑いを浮かべたり様々な反応を返す。そこには迷いはなく、キリカを信じている眼差しだった。
「みんなは――……なんでもない」
これ以上の問答は不要だった。キリカのやるべきことは一つだけ、あまりに簡単すぎる。
「寂しがり屋なんで、ボクを一人にさせないでね」
顔を上げたキリカの表情には迷いはない、ただそこには強い意志があるだけだった。
※
森と村の間の平地にアドリア達を待機させれば、キリカは森に向かって駆け出した。既に森の出口の手前まで、やってきていたオオグの群れ。その先頭に飛び込めば、キリカは魔力を右手から出現させる。魔力を発生させる時に出る輝きは、ギラギラとしたもので強烈なものだった。
「断つ理! アンナス・セイバー!」
今まで発現させたことない大きさの魔力の剣が現れた。右から左へと振れば、木々を切り倒しながらも群れの一角のオオグを真っ二つにする。今はもう血に濡れることは気にしない、オオグがいきなりのキリカの登場に驚愕している内に左手に魔力を込める。今までしたことはなかったが、もう一つ魔力の剣を出現させるために。
「ボクの居場所を……ボクの記憶を壊すな……!」
左手の魔力が弾ければ、魔力の剣アンナス・セイバーが出現する。これで、両手に魔力の剣を持つことになった。
右手を振り、左手を大きく動かせば、十数メートルの長さになったアンナス・セイバーがハサミのようにオオグ達の肉体を断てば、アンナス・セイバーを小さくさせて通常の一メートルほどの大きさに戻す。
倒れる木々を足場に進めば、うろたえるオオグの一体の首を刎ねる。やっと反応できた二体のオオグの間を潜り抜ければ、棍棒を振り回した二体のオオグは互いの顔面を潰した。
迫るオオグの首を刎ね、難しいようなら腕か足を切り落とし、棍棒を振り回せば、全身を全力で使い回避し、避けられなければ棍棒そのものを破壊した。
少しずつ戦い方は研ぎ澄まされ、キリカの戦いに無駄がなくなる。
(極限の戦いに体が慣れている……。いや、もっと深い部分で戦いに高揚している)
表情一つ変えずにオオグを切断する自分には、きっと恐ろしい血が流れている気がする。
キリカはそんなことを考える。それでも、それが自分とは限らない。それは、レナータ村の守りたいものが教えてくれた。
「ボクはボクだ。そして、ボクが……勇者なんだ」
決められた何かにはなりたいとは思わない。それでも、切に願い望んだのは、勇者という英雄。自分が望めば、その輝きに焼かれてしまうかもしれない。それでも、求めたいと思った。なりたいと思った。
勇者というものが、大切な人達を守る存在なら――ボクはなりたいと思った。
「――ボクの産声を聞けっ」
オオグの屍を足場に、空中で体を回転させて同時に数体のオオグを切り裂いた。
※
数十分戦い続けたキリカは、最後のオオグに剣を刺すと意識を失った。そんなキリカを抱き上げたのは、アドリアの逞しい腕。
「無茶しやがって……よく頑張ったな、おい……」
頬が何か温かいもので濡れた。魔力使いすぎて疲労しているせいか視界が半分見えない。そのため、震えるアドリアの声しか分からないが、それはきっと決して悪いものではない。なぜなら、自分の目からもアドリアが流したものと同じ温かい何かが出ていたから。
満たされた温もりの中、キリカはそっと目を閉じた。
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