第28話 キリカ レベル???
護衛として村人と一緒に町へ行き来することの多くなったキリカ。そんな彼女の耳には、嫌でも”世界の異変”の話が入ってくる。
「ティリア火山が噴火して、そこからドラゴンが出てきたらしいぜ」
「あそこの港、今はもう使えないみたいだ。町の近くまで人を襲うモンスターが出てきちまった。しかも、町から船が襲われているのが見えるんだ! どうして、あんなことになっちまってんだよ……」
「近頃、オオグがよく出現しているみたいだ。モンスターを餌にしてた時はいいが、まさか奴らが人間を餌として見る日が来るなんて。……おぞましい」
凶暴化したモンスターに襲われた話、気候が変化した話、人間の性格まで歪んでしまった話……。いろんな不運不幸理不尽な話を聞いてきたが、その話の中には必ずといっていいほど”世界の異変”という言葉が出て来る。
とても曖昧で不確かなものだったが、多くの人達はそれを知っていた。
レナータ村の住人に世界の異変のことを聞いてみるが、いずれも言葉を濁すのみ。町中の人間が知っているんだ。いくら住民の数が少ないレナータ村とはいえ、知らないというのはほぼありえない。そのため、彼女は町の人間に聞くことを選んだ。
「すいません、世界の異変とはなんですか?」
聞いた相手が話の好きの年配の女性の集まりだったせいか、いきなり現れたキリカに対しても高速回転する風車のような口の早さでキリカに世界の異変とは何かを教えた。そして、彼女は葛藤をすることになる。
※
それはある日の昼下がり、アドリアの家からこんな大声が響き渡った。
「――村を出るだとっ!?」
驚愕の表情と共にアドリアは居間のテーブルを叩いて立ち上がった。テーブルの上に置かれた果物がゴロゴロと音を立てて転がる。その大声をかけられた本人であるキリカが地面に落ちる直前で果物をキャッチする。
「もったいない」
「もったいない……じゃねえよ!」
「それボクのマネ? 似てないよ」
「いいんだよ! 似せてねえからな!」
冷静なキリカに対して、アドリアは顔を真っ赤にし全身を揺らして激しい感情をあらわにしていた。
キリカは拳ほどの大きさの果物を口に運べばかじる。
「そもそも、どうしてそんなことになったんだ」
「もがふんがへんる」
「飲み込んでから喋ろ」
ごくん、と喉を鳴らして口内の物を飲み込むキリカ。普段通りのキリカの様子を見て、うまく言葉が続かなくなったのか、溜め息と共にアドリアは椅子に腰を落とした。
「世界の異変を止められるのは、勇者だから」
「お、おめえ、それをどこで聞いたんだ……?」
「町で、おばさん達に」
「くっそ、しまったな……」
困った様子で頭を搔くアドリアは額に手をやる。
「世界の異変の話は知っていた。だけど、それに勇者が関係しているなんてボクは知らなかった。おばさん達からも言われたよ? 子供でも知っていることだって」
淡々と喋るキリカは、”子供でも”の部分を強調させて言った。それからは、アドリアとキリカの睨み合いが続く。張り詰めた空気を緩ませるように、アドリアは深い溜め息を吐いた。
「……そうだよ、俺達はお前にそのことを隠していた」
「どうして、隠していたの?」
「そりゃ……おめえ……」
アドリアは言いにくそうに口を紡ぐ。しかし、同じく口を閉ざして見つめてくるキリカの視線を受ければ視線を逸らしつつ言った。
「その話を聞いたら、お前は世界の異変をどうにかするために行ってしまうんじゃないか? おめえの記憶の手がかりは勇者なんだからよ」
キリカの小さな口が僅かな時間空いた。そして、ゆっくりと溜まった何かを吐き出すように喋りだす。
「ボクは自分のことが分からない。だけど、ここの記憶があって、ここに居場所がある。レナータ村のみんなが、ボクの側にいてくれる。……だからこそ、ボクは世界の異変を探りに行きたいんだ」
「どういうことだ、俺はてっきり勇者とみんなが言っているから、その使命感とかそんなんで出て行くのかと思ったが」
「うん、確かに”勇者として”ていうのは全く無いわけじゃない。でも、きっとそれだけでは旅に出ようとは思わなかった。今、旅に出ようと思うのは、レナータ村のみんなが勇者と呼んでくれるボクだからこそ、どうにかしたい。……この村のために、世界の異変を止めたい。ボクはそう決めた」
「……つまり、この村のために世界の異変を止めたいて言いたいのか」
「そうだよ、ボクの世界はこの村だけだ。そして、この世界をボクは愛おしく思う。これ以上に相応しい勇者が旅に出る理由はある? 漠然としたものじゃない、ボクはボクの守りたいものだけを救い上げるために……世界の異変を止める」
「おめぇ、どうしてそこまで……そこまで……危険に飛び込む必要はないじゃないか」
アドリアは視線を落とすと、椅子に腰を落とした。呆れたよう疲れたような複雑そうな呼気を漏らす。
キリカは優し過ぎると言ってもいいアドリアの言葉に対してゆっくりと首を横に振る。
「そうかもしれない。ただ村を好きなだけでは、救えない。だから、勇者であるボクとこの村を愛しいと思うボクがいるからこそ旅に出ようと思えたんだ。幸い、周囲のオオグはこの前の戦いでほぼ討伐しているから、ボク無しでも森には入れるはずだよ」
「あの時だって、別にお前に救ってほしかったわけじゃねえよ」
不貞腐れた子供のように、アドリアはぶっきらぼうに言う。
「……ボク、明日出る。村のみんなには、今日の内に挨拶をしとくよ」
それだけ言うキリカが席を立てば、アドリアは腕を組んだままで目を合わせることはなかった。
※
エドとジーナに会い旅に出ることを告げれば、二人からは強い抱擁を受ける。困惑しながらもその抱擁を受けていたキリカ。そして、キリカの足元にはここ数ヶ月で随分と仲良くなった娘のサラがいた。
「これ、あげる」
涙でぐしょぐしょに濡れた顔でサラが差し出したのは一枚の厚紙。長方形のそれを手にしてみれば、普通の紙よりも高価な厚紙だということが分かる。顔に近づけてみれば、そこには黄色い花の絵が書かれていた。それは、この村の周囲でよく見かける花の絵だった。
「これは?」
「んと……しおり」
言われてもう一度見てみれば、確かに書かれたしおりの上の方には穴が空いており、そこから赤色の紐が通してある。
サラが服の袖を引っ張るので顔を寄せてみれば、内緒話のようにこそこそと話をする。
「これ、ひみつなんだけど。わたしがつくって、おとーさんにあげるやつ、キリカにあげるね」
「そんなもの、貰っていいのか?」
「うん、ぼーけんしてるときに、さみしくなるとおもうの。……でね、ごほんよんだら、さびしさあんまりないかなって」
サラの優しい心遣いに、そっと頭を撫でる。サラは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう、大切にするよ」
「ねね、キリカ。もうひとつきいていい?」
懐に大切にしおりをしまおうとするキリカの袖を再び引っ張るサラ。
断る理由なんてどこにもない、すぐに「なんだ?」となるべく優しい口調で聞く。
「どうしたら、キリカみたいにつよくなれるの? わたしも、おとーさんとおかーさんをたすけたい」
素直で真っ直ぐな質問。出会った頃は、こんなことを言うとは思いもしなかった。いや、これが人の成長というやつだろう。村に来たばかりの自分なら、「最初から強かっただけ」とか答えそうだが、今の自分はそんな脆弱な意見は持っていない。
「それでいいんだ、誰かを守りたいと思う気持ちが人を強くさせる。ボクだって、オオグの群れを止めた時は、ただ守りたいだけだったんだ。この村の大切な人達を守りたいだけだった。その想いをどうするかを考えながら、生きていくんだ。そうすれば、そこにはきっとサラらしい強さがある。……ボクも知らないことはたくさんあるけど、それだけは分かるよ」
「少し難しかったかな?」なんて言葉を付け足してサラを見れば、すんすん鼻息を鳴らしながら頷いていた。
「うん、わかった!」
どういう解釈になったのか、それがどういう未来になるのか分からない。しかし、きっとサラは正しい未来をというのを選ぶことができる。なんとなくだが、そんなことをキリカは考えていた。
※
村の老人、共に森まで同行した若者達、住人に飼われていたネコにも別れの挨拶をした。
朝早くから動き出したはずなのに、気がつけばもう日が暮れていた。
「別れをするはずが、どうしてこんなことに……」
自分の両手は塞がり、背中にも荷物がある。手の中には、日持ちのする食材、背中にあるのは暑さ寒さに対応した衣類などの旅に役立つものなどなど。これは、キリカが買ってきたものではない、別れの挨拶をするたびに村の住人から渡されたものだった。
今までの感謝の気持ちを伝えるために回ったはずが、結果としてまるで逆にお礼をしなければいけなくなってしまった気がする。
「ああそうか、お礼してもいいんだ」
そこで気づく、全てが終わればここに帰って来ていいんだ、と。
何だか肩の荷が軽くなったような気がして、抱えた荷物を慎重に支えつつ家の中に入る。こういうところは、鍵をかけてないから楽だなと思いながら、我が家を見れば一人の男性がいた。
「アドリア村長……」
「無用心だぞ、女なんだから鍵ぐらい閉めろといつも言っているだろ」
「そういう村長が、勝手に入って来ている件について」
テーブルの上に大量の荷物を置けば、小さく息を吐いてキリカはベッドに腰掛けた。
「何か飲む?」
「ベッドの上で聞くことかよ」
「なんか、いかがわしい」
「お前みたいなガキに欲情するか」
「ですね」と呟きつつ、キリカはベッドから窓の外を見る。時間も時間のためか、既に村の家の灯りは点々としている。
「なにか、食べたか?」
「嫌というほど、食べて来ましたが」
「明日の準備は大丈夫か」
「余裕で」
アドリアも何となく気まずいのか、キリカと同じように村の外を見た。
「俺はもう行く。……何か言いたいことはないか?」
「……それ、こっちのセリフ」
歩き出したアドリアは扉に手をかけて、半分開いた。その状態のまま背中を向けたままで、アドリアは言う。その肩は小さく震えていた。
「この家は、このままにしておく。お前は旅立つが、終わったらすぐに帰って来い。……恩を仇で返すような薄情者にはなるなよ」
「肝に銘じておきます」
さようなら、またね、なんて言葉は不要で、いつもの感じで、それでいて、どこか寂しげな二人の別れが終わった。
それから、一時間後。準備を終えたキリカは家の照明を消した。
(食材、全部持っていけなから、明日の朝はお腹一杯食べないといけないな)
嬉しい悲鳴を上げつつ、目を閉じてみる。しかし、なかなか寝付けない。
久しぶりの感覚に目を開けてみれば、慣れ親しんだ天井。こんな風に穏やかな気持ちで眠れるのは、これが最後になるかもしれない。いや、そんなことはない、また帰って来れる。またこの天井をボクは見つめるんだ。
不安で眠れない。こんな感覚は初めてで、きっとこの感情をくれたのは、この村の優しい人達。
勇者じゃないかもしれない、世界は救えないかもしれない、それでもただ村はボクの全てを受け入れてくれた。だからこそ、眠れない。この眠ってしまう時間が惜しい、もっとここの空気に触れていたい。
いろんなことを考えてしまうせいで、どんどんぐちゃぐちゃになっていく思考。そんな中――。
「――ふぃ~。酔っ払ちまった!」
わざとらしく窓の外でアドリアの声がした。そして、ドカッと家の壁に寄りかかりながら腰を落とす。
これはあの日、眠れなかったボクにしてくれたことと同じだ。随分と昔のことのように、とても懐かしいことに思える。
どこか無理して作ったような「ガーハッハッハッハ」と笑い声が聞こえた。
「もう一歩も動けねえから、ここで寝ちまうか! 俺は寂しがり屋なくせして、いろいろ不器用でな! 嫁もいなけりゃ、子供もいねえ、だけど自分のガキみてねえな奴がいんだよ。そいつがよ、可愛くて可愛くてさ、しかたねえんだよ。俺はよ……だからなあ、帰って来いよ、必ずお前の好きなこの村に帰って来いよおぉぉぉ」
かなり大きな声のアドリアだが、今日は誰もその声を止めることはない。
後半は泣きながら言ったせいで、ところどころ上手く喋れていない。今も何かキリカのことを言っているようだが、それはもう言葉だか泣き声なのか分からないものになっていた。
キリカはその声を聞きながら、目をぎゅうと閉じる。
ただただ、降り注ぐ雨のような、それでいてとても優しい雨音を耳にしてキリカは眠りに落ちていった。
※
そして、早朝。
キリカは涙で濡れた枕をクローゼットに収納すれば、世界の異変を止めるために旅立つのだった――。
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