第21話 モニカレベル18 ノアレベル36 アルマレベル34

 一旦、テントに戻り、現在の互いの状況を見たノアとアルマ。互いに無言でテントの外に出れば、興奮した様子で、子供ノアが吼える。


 「いっちゃい、これはどういうことなんだ!?」


 この出来事に許容できる驚きの範囲を超えていたアルマは、ノアの声でどこか遠くに飛んでいた意識を呼び戻す。


 「……まちがいにゃいのは、わちゃち達をおそった奴がげーいん(原因)ね」


 露骨に嫌そうな顔で、自分の体をぺたぺた触りながら言う。最高位の魔法薬のようで、ご丁寧に服の大きさも子供用のものに変わっていた。


 「なにかわかりゅか?」


 子供の姿と声のせいか、必死に背伸びをする幼女のようにも見えるノア。だが、それでも中身はノアだ。モニカを心配していることが、アルマにも強く感じられた。

 アルマは魔力の残滓を探すために砂浜を触りつつ、返事をする。 


 「てきのにゃまえ(名前)は、ルビナス。まじょで、ごーとんとおなじようにモニカをねらってるわ」


 子供の頃の癖だったのか、アルマの言葉を聞き、ノアは親指の爪を反射的に噛んだ。

 魔力の残滓を目で追いながら、一応ほっと息を吐いた。どうやら、魔法の知識に関しては子供の頃のままではないようだ。しかし、これだけ強力な魔法薬には副作用があるはずだ。敵に使う薬なら、体に害があるかどうかなんてきっと度外視だ。アルマはそんなことを考えつつ、両手で握った杖を引きずりながらノアを見た。


 「いみゃ(今)は、とりあえず……いちど、ちかくのまちかむらにいきましょう」


 「……なにゅぃ?」


 ノアが眉をひそめた。砂浜の上に置いていた剣を握ろうとするが、あまりの重さに動かないのか、顔を赤くしながら両手でやっと持ち上げた。そして、剣をノアとアルマの間に下ろせば砂に刃が埋まっていく。それでも子供の力なので、動きは遅い。そんなノアの牽制行動をアルマは表情一つ変えずにそれを見ていた。


 「……なにがしたいのよ」


 「モニカがくるしんでるのに、わたちたちはやすんでていいのか」


 ノアは両手で握った剣を、やっとの思いで持てば刃の先をアルマへ向けた。一歩間違えれば、子供といえど怪我では済まない。そんな状況でいながら、アルマはノアに冷めた視線を送る。


 「わちゃちたちがのまされたくすりを、まずはどうにかしましょう。……こんなじょうたいじゃ、たすけなんてむりよ」


 アルマは肌でノアが殺気を放っているのを感じた。子供でいながら、他者に感じさせるほどの殺意を向けるのことのできるノアに感心しながらも、アルマは自分の中で最良だと思う提案をしたつもりだった。


 「ルビナスは、ふだんのわちゃちたちでもたおせなかったのよ。……いみゃ(今)のままでは、むじゅかしい(難しい)のよ」


 アルマが冷静に言えば言うほど、ノアの怒りの炎が燃えていく。もう途中からは、ノアの耳にアルマの言葉は届いていなかった。

 強く歯を噛み締めたノアは、視線を落とした。


 「……もういい、どっかいけ」


 「にゃ、にゃによ、そのいいかた……」


 「どっか行けといったんだ! おまえは、ほんきでモニカをたすけようとしてない!」


 ノアの言葉に、アルマが落ち着けようとした心が激しく騒ぎ立てる。

 アルマだって、モニカを心配していないわけじゃない。それでも、共倒れを防ごうとしていた気持ちを踏みにじられたような気がした。

 言われなくても良い非難をされたアルマは、ノアを強く睨む。


 「ほんきでモニカをすくたいにきまってんでしょっ! ばかじゃない!? そもそも、きのうノアがモニカをつれて、あそんでいたのがわるいんでしょ!?」


 言ってしまった。言ったアルマ自身、すぐに今の発言は最低だと思えた。今のこの姿以上に、幼稚なことを言っているのだと気づいている。それでも、アルマの頑固な性格がそこで頭を下げることを許さない。

 ノアは持ち上げていた剣を砂浜に突き刺す。それは、アルマ足元から僅か数センチ先。


 「おまえ……。アルマだって、あそんでいただろっ。わたちのせいか、わたちがわるいのか!」


 今にも殴りかかりそうなノアを前に、アルマは一歩進んで距離を詰める。頭に血が昇ったアルマは、その全てが自分に返って来る言葉を感情のまま声に乗せる。


 「わるいわよっ。モニカがいなくなったときにきづけなかったことも、すぐにルビナスにやられちゃったことも、ぜんぶ……ぜーんぶ……わるいのよっ。こんどは、しっぱいしないように、わたしがたしゅけて(助けて)やるっていってんのよ!」


 ――パンッ。と空気の入った袋が割れたような音がした。

 ノアがアルマの頬を叩いた音だった。


 「もうだまれ。おまえは、なかまじゃない。もう、ともだちでもない。……わたちは、ひとりでいく」


 冷水を浴びせたようなノアの言葉に、アルマは胸を槍で貫かれたように声を出せなくなる。ビンタをされる何千倍も、苦しく吐き気を覚える言葉だった。

 そのまま、アルマの横をずるずると両手で剣を引きずりながら、ノアは歩き出した。


 「わた、わちゃちは……ただ……」


 ずるずると剣を引きずっていく音を耳に、アルマは振り返ることもできず、その場に膝を抱えてうずくまった。



          ※



 ノアは一人歩きながら、アルマと別れてから持っている剣がずっと重くなったような気がしていた。

 ちらりとそこで初めて海があった方向を見れば、既に海の青色がぼんやりと見えるだけだ。


 「ふん、あいちゅがわるいんだ」


 服の大きさを調整するぐらいなら、剣の大きさも合わせてほしかった。なんて思いながら、ノアは不機嫌そうに鼻を鳴らして再び歩き出した。

 そもそも、最初から気にくわない奴だった。

 勘違いで、モニカを攻撃して、最終的には命すら奪おうとしていた。本人には、そのつもりもがなくても、成功する可能性が低い以上やめとくことが賢明というものだ。そのくせ、ちゃっかりと仲間に入ってきた。それで、気付けば共に戦っていた。

 モンスターが馬車を襲撃した時だって、一人では何もできなかったくせに。

 ゴートンとの戦いだって、何で私と息を合わせているんだ。あれは、モニカを守る為に、たまたま合わせてやっただけだ。

 さっきだって、何だあの提案は。どうしてあんな言い方しかできない。どうして、あんなやり方でしか、モニカだけでなく、私を救いたいといえないのか。

 アイツは無鉄砲な私達と違って、なるべくみんなが生き残れる道を探そうとしている。それでも、私は望んでいない。それを選べば、モニカが生きている道が細く小さくなりそうな気がするんだ。

 三人で、一緒に笑って、遊んで、歩いていければ良かったのに。

 なんだこれは、私はこんなものを作った覚えはない。いや……気づいたら、できていたんだ。

 奴がそうなのか? モニカだけじゃなくて、アルマもそうなのか。私は奴を――。


 『グオォ!』


 ――思考が中断し、全身が警戒信号を出していた。

 ノアの前に影が差していた。ゆっくりと顔を上げれば、目の前には昨日倒したはずのオオガタケンが棍棒を手に持って見下ろしている。

 明確な殺意を感じ、目の前のオオガタケンが昨日倒し漏らしたものだと理解した。

 周囲を見れば、ただ広い緑の原っぱには隠れるような場所はない。舌打ちをすれば、棍棒を頭の上に持ち上げたオオガタケンを見上げた。


 「……とおるなら、いのちおいてけって?」


 自嘲気味にノアが笑えば、容赦なくそこへオオガタケンは棍棒を振り落とした。



          ※



 砂浜で一人になったアルマは、波の音を聞きながら今まで生きてきて感じたことのない苦しみの中にいた。


 「ばか……なんでこうなんのよぉ……」


 涙目をごしごしと服の袖で擦る。体育座りで、丸めていた体をさらに小さくする。

 ノアが歩いていってどれだけ時間が経っただろう。もう時間の感覚は分からないが、あの剣を引きずる音が聞こえなくなったのは分かる。

 友達を失う、というのがこれほど辛いことは思ってなかった。

 いつも一人でいたから、そんな気持ちすら知らずに生きていた。今になって、自分の幼さに気づかされる。そして、そこでようやく気づき気づかされた。

 ノアは、自分の大切な友達だ。

 友達というものは、まだまだ分からないことがたくさんあるけど、モニカは友達だと思っていた。だが、ノアはあまりアルマに素直な感情を向けたことはなかった。友達と思っていいのか、仲間だと思っていいのかずっと迷っていた。だけど、確かにさっきのノアはアルマを友達だと呼んでくれた。友達にならないと思っていないとやめることもできない。そんなの子供でも、友達初心者のアルマでも分かる。

 自分もかなりの不器用だと思うが、ノアも負けていない。互いに言いたいことを言える時には、もう取り返しがつかない。

 なんてことだ、足は動けない。誰かに拒絶されたなんて、どんな魔法よりも強力で無慈悲じゃないか。

 こんなことなら、モニカに会わなければ――。


 ――幸せだね。

 

 なんでだ、なんで、こんな時にモニカの言葉が頭に浮かぶ。

 ゴートンを倒した時、モニカは三人の空間をそう呼んだ。そんな、最高に温かくなる言葉を優しい笑顔で言わないでくれ。

 そもそも、私とノアが一緒にいることがダメだったんだ。少しでも、もっと頼りになる人がモニカとノアと旅をしていれば――。


 ――私も嬉しいよ。こうやって、一緒にいられることが。


 あの一緒は、二人の一緒じゃない。三人の一緒だ。

 ノアもなんで、そんな嬉しそうなんだ。こんな時に、そんな顔を思い出したら、私はもっと辛くなる。そして、どうしようもないぐらい――幸せになるんだ。


 「こんなおわり、いやだ……」


 小さく弱い両手が、扱えるかどうかも不明な杖を握る。

 ノアと私は似ている。だけど、同じじゃない。

 それを信じるなら、きっとノアは私を待っている。もしも、私がノアなら、何度も振り返りながら、やってくるのを待っているんだ。どうしようもないぐらい、寂しがり屋の私と同じぐらい不器用なら。


 「わちゃちのまほうがしんじられなくても……。わちゃちのこころをしんじるのは、じゆうだから。……それだけは、どうにかなるから。だから……わちゃちをしんじる」


 アルマは消えかかっている剣の跡を追いかけた。 

 


         ※



 三発はオオガタケンの攻撃を剣で受け止めたノアだったが、四発目で剣を弾き飛ばされた。


 「やあぁ――!」


 ノアはオオガタケンの足の下へ駆け出せば、そのまままたをくぐり通り抜ける。

 懐に手を伸ばせば、ナイフを取り出した。念のために持っていたものだったが、子供の体のためかナイフでさえずっしりと重みを感じる。

 鼻をすんすん鳴らして、大きな目をこちらに向けるオオガタケンが振り返る前に走り出せば、オオガタケンの足にナイフを這わせた。

 

 『キャァン!』


 甲高い悲鳴はまさしく犬。だが、奴は人語を理解して二歩足で立つ大きなモンスター。

 この程度では、動きを止めることきなかったようで、ノアを目で追うことに成功したオオガタケンは強引に体をひねって棍棒を横に振るう。


 「くぅ――! あぁ!」


 踏み込みが深過ぎたせいで、うまく方向転換のできなかったノアはオオガタケンの棍棒をその体に受ける。オオガタケンの攻撃姿勢が不安定だったことやギリギリで体を捻ったことで、致命傷は回避したが、一回地面で跳ねた後に五メートルほど後方へ吹き飛ばされる。


 「痛いなっ……」


 鍛えられていない体が悲鳴を上げる。すぐに立ち上がることのできなかったようで、足の骨を抜かれたように力が入らない。

 うまく動かない体でノアもがいている間に、オオガタケンは棍棒を構えて近づいてくる。今度こそ、ノアの体を粉々に潰すようだ。

 緊張感と恐怖で全身が強張る。ただ、迫り来るオオガタケンを見続けたノアの前に一人の少女が現れた。それは、見覚えのある三角の帽子を被った少女。――アルマだ。


 「な、なんでこんなとこに……」


 アルマは杖の先端に魔法陣を出現させた。その先はオオガタケンへと向けている。

 

 「うっしゃい(うるさい)! わちゃちはね……なにがあってもともだちをみすてないのよ!」


 ノアはアルマの言葉を聞き驚いた表情を見せて、小さく笑った。


 「ごめんなしゃい」


 「ばか……。おとなのあんたで、ききたかたったわ」


 アルマの急な出現で、オオガタケンも驚きで止めていた体を再び動かす。

 オオガタケンの踏み込んだ一歩で泥が跳ね、アルマの体を汚す。それでも、アルマは杖を構えて真剣な表情を崩さない。

 オオガタケンは『ワウゥン!』と大きく吼えると、棍棒をアルマへ向けて落とした。


 「――フレア!」


 周囲を目の眩むような発光と全身を燃やし尽くすのではないかと思うほどの灼熱が襲った。



          ※



 「ごほっごほっ」


 アルマはその場に横になったままで咳き込んだ。頬は黒くすすけている。

 緑の原っぱは、半径五十メートルほどの距離を緑から黒へと変わっていた。

 オオガタケンへ向けて放った魔法は、下位攻撃魔法で火球を飛ばすだけのはずのフレアとはかけ離れた大爆発を起こすものだった。

 今アルマが助かっているのは杖を上に向けていたことと、異変に気づいたノアがアルマを抱きかかえて地面にうずくまったことで被害は済んでいる。

 アルマの隣には、大の字で横になっているノアが何度も瞬きをしている。


 「きせき、だな」


 「そうね、オオガタケンなんて灰になっちゃったし」


 地面に転がる杖を見る。

 攻撃を行う以上、杖にも被害がいく可能性があるのだが、保護魔法がかけられている杖がどうやら多少ノアやアルマにも働いてくれていたようだった。それでも、爆発の際に発生した衝撃を受けたため一時的なものだが二人を立てなくしていた。


 「むかしから、まほうでこんなことになってたのか」


 無言のままが気まずいと思ったのか、ノアが何気なくそんなことを聞いてくれる。


 「そうよ、だから……ずっとひとりだった」


 その後、アルマは「これからは、ひとごとよ」と言葉を続けた。


 「モニカにうけいれてもらえて、なかまにしてもらえて……うれしかったけど……ノアとかいうむってぽうなやつとは、さいしょなかよくできるかわかんなかった。でも……いまは、たいせつなともだち。このしあわせを、うしないたくない。つらいきもちすら、しらなかったじぶんにもどりたくないよ。あぅ……いいたことわかんなくなっちゃった……。でも、これだけはいっとく……ごめんなさい」


 途中から独り言じゃなくなっていることにノアは気づきながらも、妙に清々しい気持ちで笑う。


 「きにするな、ともだちだろ。あやまったら、ゆるす。……そんなもんだ」


 「ばかじゃん」


 「かもしれんな」


 互いの顔を見ないままで、仰向けになった二人は空を見上げる。あまりの空の広さに、自然と言えなかった言葉が出て来る。


 「モニカ、たすけにいきましょ」


 「ああ」


 ノアが返事をしたところで、汚れた互いの顔に気づき、二人は笑い合った。

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