第22話 モニカレベル18 ノアレベル37 アルマレベル35

 ノアとアルマは子供の体でありながら、モンスターを一体倒した頃。

 モニカは運ばれてきた料理を口にしていた。パンをちぎり、スープに付けて食べようとしていた直前に右手の甲が光りだす。


 『テッテテー! アルマのレベルがいち、ノアのレベルがいち上がったのじゃ』


 暗い部屋、モニカの手の甲からそんな能天気な声が聞こえた。

 スープに浸したパンを口に放り込めば、既に勇者の印の消えた右手を見る。


 「……そっか」


 樹木神の声は、きっと二人が助けにきてくれようとしている証拠だ。

 もしルビナスの言ったことが本当なら、子供の姿になっても戦っているんだ。なんで、そんな状況でも戦っているのかなんて、聞かなくても分かる。久しぶりに樹木神のレベルアップの声に感謝しながら、既に勇者の印が消えた右手を見た。


 「――二人は私を助けるために戦っているんだ」


 よくよく考えれば、ノアやアルマがモニカを見捨てるわけがない。モニカが勇者だからとか関係なく、あの二人なら例え囚われているのがモニカじゃなくても必ず救いにやってくる二人だ。そう断言できてしまうほどの関係に胸の奥がこそばゆくなってしまう。

 ナプキンで口を拭き、モニカは立ち上がる。


 「行こう、ノアちゃんとアルマちゃんが戦っているなら、私も戦わないとっ」


 すたすたと歩き出し、扉のドアノブを捻るがノブが回転することはない。


 「うえぇーん! やっぱり、開かないよー!」


 勢いやノリでどうにかならないもので、モニカの弱い力では扉を壊すことなんて発想も浮かばない。凹んだ気持ちのまま、肩を落とすモニカ。体を傾けたことで、モニカのポケットから響く音を立てながら何かが落ちた。


 「あれ?」


 金属が床を叩く音にモニカは反応する。そこには、見覚えのある針金が落ちていた。


 「これ……この間、牢屋から抜け出す時に使った針金……ん? 牢屋?」


 針金をつまみ、目の前の扉を見る。モニカには分かる。この扉が、今のモニカにとってどれだけ脆弱な壁かということを。

 脱出は絶望的かと思っていたが、これはもしかするともしかするかもしれない。



          ※



 アルマとノアは、岸壁の上に作られた古城を見ていた。

 勝利を疑っていなかったルビナスは油断をしていたのか、よく探せば魔力の残滓が砂浜に盛大に残っていた。さらには、後からやってきてオオガタケンもルビナスの魔力に影響を受けていたため、ルビナスは自分の住処までの道筋をより色濃くさせた。

 距離はそれほど遠くはなかったが、子供の足で歩くとなると既に日は暮れていた。城内に点々と灯る明かりを見るとルビナスがいるのは間違いなさそうだ。


 「よち、いくじょ(行くぞ)」


 ノアが焦りのままに城に向かおうとすれば、アルマはすぐにその肩に手を置いた。


 「ちょっと、まちなさい」


 「なんだ?」と不満そうにノアが言えば、アルマは顎をしゃくって城の扉の前を見るように促す。


 「うぅん? だれか……いるな」


 訝しげにアルマの示した方向をノアが見れば、確かに城の入り口である扉の前には屈強な男が二人立っていた。

 大きな門を抜けてすぐに扉があるのだが、その前には立つ二人の男の腰には剣が見える。


 「おちろ(城)をまもるきしか?」


 「ばか、なにいってんのよ。あいつら、よろいをきてないでしょ? どうみても、よーへい(傭兵)よ」 


 アルマはノアを引っ張れば、草むらの城門の脇の草むらに身を寄せる。


 「あんなやつら、すぐに――」


 「――ほんとばか、いまはこどもでちょ?」


 二人の男はどことなくやる気がなさそうだが、それでも今の二人では正面突破することは困難だ。

 声を詰まらせるノアの姿を見てアルマが溜め息を吐く。


 「でも、やれないことはない。……こどもにしかできにゃい、たたかいもあんのよ」


 「おお!」と目を本当に子供のように輝かせるノアの肩にアルマは手を置いた。


 「だから、ノア。……たのんだわよ?」


 深刻そうにアルマが言えば、ノアは不思議そうに「あぅ?」と首を傾げた。




          ※



 城の扉を守る二人の傭兵。

 特徴的なトサカヘアーをした一人の男は大あくびをすれば扉の前の段差に座る。


 「本当に暇だぜ。報酬がいいから来てみれば、こんなボロ城に誰か来るのかよ」


 無口そうなもう片方の大男はじろりと座り込んだ男を見た。


 「それで金が貰えるなら、楽な仕事だろ」


 「ちげえねえ」


 くぐもった声でトサカ頭の男が笑うと、その男の視線はある一点に集中する。そのまま、ピタリと動きが止まった。

 もう一人の男が突然喋ることをやめたトサカ頭の男に気づけば、さすがに異変を感じさせる。


 「どうかしたのか?」


 「いや、あれ見ろよ」


 トサカ頭の男が指を指せば、門の前には子供が一人。――鎧を外し白シャツに黒いスカートを着たノアが立っていた。どこかもじもじとしたノアは、頬を赤くしながら門の前に立っている。子供姿ノアが鎧を外しただけなのだが、不思議な色気を醸し出していた。

 トサカ頭の男がニヤニヤしながら、ノアへ手招きをした。


 「おいでよ、お嬢ちゃん。お兄さんが、おいしいお菓子をあげるよ」


 「やけに愛想がいいな」


 「可愛い女の子に優しくするならいいだろ。小さな女の子ていうのは、愛でるものだ」


 トサカ頭の男の目には、世間一般の男が持たないような独特の淀みのようなものを感じさせた。


 「随分と特殊な趣味を持っているようだな……」


 「ち、ちげえよ! そういうんじゃねえよ! 他の奴より、少しだけ興味のある年齢が低いだけだよ!」

 

 二人の話が聞こえていたなら、すぐにでも逃げ出したいのが普通だろうが、ノアはとてとてと二人の男の前に立つ。


 「どうしたんだい、迷子かい?」


 トサカ頭の男の高くなった声に、隣の男は顔をしかめる。気色の悪い声に耳を塞ぎたくなりながらも、隣の男はトサカ頭の言葉の後に続いて喋る。


 「この辺では見ない顔だが、どこか遠くから来たのか?」


 「んと……えと……」


 ノアは何か言いにくそうに両手を絡ませれば、腰の後ろ方に手を引いた。あまりに少女然とした行動に、トサカ頭の男は鼻息を荒くする。


 「ほら、何でも好きなこと言ってごらん!」


 少しだけ怯えたようにノアは肩を小さくさせた。その姿を見たトサカ頭の男は、さらに興奮を覚えた。


 「……ここのおしろのかぎを、あけてほしいの」


 ノアが扉へ向けて指を指した。今にも崩れそうな儚げな空気感に胸を打たれたトサカ頭の男はノアと視線を合わせるために体を低くさせた。


 「そうかそうか、きっと大変な思いをしたんだな。おい、お前開けてやれよ」


 「馬鹿を言うな」


 呆れたように大男が言う。トサカ頭の男は、城内に連れ込んでいかがわしいことをしようと考えていたのか舌打ちをして、ノアの方へと向き直ったトサカ頭の男は顔をほころばせた。


 「あかないの?」


 「……あ、ああ、それなら、隅に小屋があったな。泊まるとこを探しているんだろ? あそこなら、キミを泊めることができるかもしれない。俺と一緒に――あれ?」


 「もういい加減にしろ」と言おうとした隣の大男の表情が凍りついた。

 

 「じゃあ、かわりにココあけるぞ」


 ノアの人差し指と中指がトサカ頭の男の両目に突き刺さっていた。だくだくと汗を垂れ流すトサカ頭の男とは反対に銀髪の少女は無表情で男の顔を見ていた。


 「え、おい、あれ、うへ、あが……どうしたの、おれ? なんか……まっくらなんだけど……」


 「ここ、かぎあなじゃなかったな」


 ノアが指を抜けば、そこでやっと痛みが追いついたのかトサカ頭の男は両目を押さえて絶叫する。そのまま地面にごろりと横になるトサカ頭の男の太腿にノアは躊躇なくナイフを刺した。

 再び力の限りの絶叫するトサカ頭の男を横目に、ノアは片手を太腿に置けばそれを支えに突き刺したナイフを抜いた。そこまできて、やっと大男は自分の目の前で起きている状況に思考が追いついた。

 すぐさま大男は腰の剣を抜いた。――はずだった。


 「ぐおぉ!?」


 剣を抜くはずだった右手に深々とナイフが突き刺さっていた。そのため、剣に触れようとすれば激痛に襲われる。

 銀髪の少女はまだ手にナイフを持っている。どうして、自分の左手にナイフが刺さっているかなんて理由は一つだ。第三者が現れたからだ。

 アルマが必死の形相で大男の右手にナイフを突き刺していた。


 「ようじょ、なめんなっ」


 甲高い声で言われれば、大男は自分が馬鹿にされたように思い、次が左手で剣を抜こうとする。


 「どうだ? ようじょもすごいもんだろう?」


 大男は大量の脂汗を浮かべていた顔から、滝のようにさらに発汗する。

 剣を抜こうとしていた左手は、トサカ頭の男から抜いたナイフに貫かれていた。右手と左手の激痛に耐えられなくなった大男は、あまりの痛みに肩膝をついた。


 「何者なんだ、お前たちは……!?」


 アルマとノアが全力で突き刺したことで、手の甲どころか太腿まで貫通した刃の痛みに歯を食いしばる。そんな中でも、大男の傭兵としてのプライドがそんな疑問を声にさせた。

 男を見たままで後方に下がり、ノアは大男へ駆け出しながら疑問に答えた。


 「――ゆうしゃのともだちだっ」


 ようやく自分の頭の位置まで来た大男。そこに狙いを定めてノアは回し蹴りを放つ。アゴをノアの蹴りにより強打した大男は、白目を剥けば扉目の段差から転がり落ちた。

 安堵の息を漏らすノアの隣にアルマが立てば顔を寄せた。


 「ねえ、さいのしょあのへんなあたまのひとに……やりすぎじゃないの?」


 「めつぶしのことをいってるのか? あんしんちろ、しばらくすればまほーなりなんなりでかいふくするだろ。……まあ、ナイフにさされて、あのくるしみかたなら、めがみえてもじかんかかるだろうが」


 モニカと一緒の時は衝撃的な光景だから、あまり使えない攻撃だがな、と小さな声でノアが言葉を付け足す。そして、アルマは倒れた大男の懐から鍵を抜き取れば、ノアとアルマは城の軋む扉を開いた。

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