第11話 モニカレベル10 ノアレベル32 アルマレベル30

ルクセントの街から、そう遠くない場所。馬車が何度も行き来することで、自然と舗装された整った大きな道があるだけで、後は特に障害物もなければ目立つ森や山もないようなすっきりとした風景が続く。

 そんな穏やかさを絵に描いたような光景の中、ある異常が平和を壊していた。


 「あぁっ……はっ……!」


 体を前方向に大きく傾けて走るのは、十歳前後の一人の少年。半ズボンから見える膝は擦れて出血し、頬は跳ねた泥や地面にこけたせいで汚れている。必死にある恐怖から逃げようとしていた。そして、少年を苦しませるのは――モンスターの群れ。

 たった五分ほどで少年の乗っていたものを含めた三両の馬車はモンスター達に破壊された。護衛の兵士や傭兵もいたはずなのに、突然現れたモンスター達になす術もなく倒され、兵士達が息をしているかどうかは少年からは分からないが、意識は完全に失っているようだった。

 金銭を払えば誰でも乗せてくれる街から街を渡る大衆向けの馬車で、少年以外にも多くの人達が乗っていたのだが、そのほぼ全員がモンスターの攻撃によるショックで意識を失っている。

 襲ってきたモンスターの名前は、ロダン。顔がトカゲによく似た生き物で、それを繋ぐ首は胴体から長く伸びている。胴から頭の先までは三メートルもある特殊な姿だ。しかし、首からの下の肉体は爬虫類顔とは反対に、ふさふさとした毛が生えている。毛色は牛のような斑模様で、茶色の毛の上に緑色の絵の具を雑に叩いて塗ったような感じだ。三本爪の両手両足はしっかりと体を支える。四足歩行の肉体は、単純な外見だけで言えば牛の胴体に長いトカゲの顔といえばわかりやすいものだ。

 モンスターといより、進化の途中で過程を間違えたような動物のようだが、おかしな形をしていようともモンスターであるロダンが三頭、舌をしゅるしゅるといわせながら少年を追いかける。足は早く、そのスピードは馬車よりも速いのは間違いないと少年は確信をしていた。

 ロダンは、狩りをした場所でそのまま口にすることはなく、意識を失った獲物を家に持ち帰った後で食する生き物だ。それが幸いしてか、馬車から投げ出された人達はただ眠っているだけだった。しかし、それは格下の獲物を相手にしているのだという余裕からくるもの。だが、余裕があるといっても、それは相手の動きを停止してからの話。必死に走る少年は今もなお息をしている獲物だ。

 餌が転がれば、手を伸ばすというのが生物というもの。


 「も、もうダメだ……!」


 一際大きく息を吐き出せば、少年は砂利だらけの道に倒れこんだ。こけたわけではない、完全に体力は底についていた。

 激しい眩暈の中、少年は背後に視線を向ける。ぎょろぎょろりと目を動かすロダン達が迫っている。足を上げて踏み潰そうか、顎の力で噛み砕こうか考えているのかもしれない、おぞましい想像をするが、それは恐怖を増進させるだけで足を動かす原動力にはならなかった。


 「ごめんなさい、お父さん……!」


 僕に救いはないのか。

 少年は死を覚悟した。しかし、死から逃れるために抗った少年の頑張りに意味はあった――。


 『アギィ!』


 「え……?」


 中央にいたロダンが悲鳴を上げたかと思えば首が飛んだ。ぐるりぐるりと柔らかい棒のような首が空を舞い、そこから重力のままに地上に落下。最初、仲間の首が飛んだことに気づいていなかったロダンは、首の落ちた音を聞いて初めてその出来事に気づいた。


 「やれやれ、ルクセントの兵士達はもう少し周辺の警戒に力を入れたほうがいい」


 剣に付いた血を払いながら、銀髪の少女が嘆いた。


 「そりゃ、こんな数なんて兵士達でも厳しいでしょ。単に剣と防具を使っての殴り合いでは、難しいに決まってるわ。兵士達には、まず柔軟性が必要ね」


 杖を肩に当てて、三角の帽子を揺らしながら少女は言う。


 「――大丈夫? 怪我はない?」


 遅れてやってきた軽装の鎧を着た少女は、少し体を屈めながら少年に声をかける。


 「え、あ……はい」


 気が動転しているせいか、うまく声を出すことができない。やっとのことで返事をする少年の顔を見れば、質問をした少女はにっこりと笑いかけた。

 腰を抜かす少年と膝を曲げて向き合う少女。しかし、少女がロダンに背中を向けている状況に気づいた少年は、喉奥から声を絞り出す。


 「あ、危ないっ!」


 「大丈夫だよ!」


 即答する少女。その背後では、剣を持った銀髪の少女が二体のロダンの首を刎ねたとろこだった。首を刎ねた銀髪の少女は、そのまま駆け出せばロダン達が荒らし回って崩壊している馬車の方向へ向かった。

 呆然とその光景を見ていた少年は、目の前の少女に視線を移す。外見だけで見れば、自分とさほど変わらないような気もするが、しかし、その笑顔には人を安心させる不思議な力があった。

 気が付けば、こんな状況ですら少女のことを知りたいと思っていた。


 「名前は……?」


 最初、少年の言っていたことに首を傾げるモニカ。そこで、質問をされていることに気づき、無邪気な笑顔と共に返答をした。


 「私の名前はモニカ。勇者だよ」




           ※



 少年を助け、三体のロダンを倒したノアは石から石へ跳ぶように疾走する。

 馬車を壊して、その中から人を引きずり出そうとするロダンの群れへとあっという間に距離を詰めた。

 一匹が気づく頃には、一匹の首が飛んでいた。

 ロダンの攻撃方法でもある長い首も、剣術に長けたノアの目からすれば、ただの分かりやすい弱点でしかなかった。

 接近して斬り上げて、首を無くした胴体を蹴れば、次のロダンへと刃を走らせる。血飛沫が噴出するよりも早く、ノアは次の標的へと剣を向けながらも接近する。

 戦いは圧倒的、ロダンからしてみれば一方的な虐殺といっても良い。しかし、群れで行動するロダンを相手にしたことで、さすがのノアも息が上がるのが早くなる。刃は次第に、鈍り、一撃で切り裂いていた首は二回三回と数を重ねなければいけなくなっていた。

 汗を拭うノアの視界には、モニカ達へ向かうロダンの群れが見えた。舌打ちをして、助けに向かおうかと思えば、彼らの頭脳ではそんなつもりはないのだろうがノアの行動を遮るように複数のロダンが立ちはだかる。

 眼前に迫る障害物モンスターに、苛立ちを覚えて剣に魔力を込めた。


 「どけぇ! 邪魔をするな! ――雷撃裂ライトニングスラッシュ!」


 ロダンの群れに一筋の雷撃が迸った。



                  ※



 一方、モニカ達の方にもロダンの群れが迫りつつあった。数は十体ほど。ノアを相手にするよりも、モニカとアルマを敵にする方が良いと判断した少数派。


 「下がってて、二人とも」


 高位火炎魔法のイフリートフレアを使えば、目の前の敵を消し炭に変えることができるだろう。アルマは魔力を込めようとするが、その先を躊躇させる。

 もし、ノアや逃げ遅れた人達にも魔法が向かったらどうしよう。

 もし、全く違う魔法が出たらどうしよう。

 もし、彼らどころかモニカ達まで傷つけてしまったらどうすればいいのだろう。

 いくつも浮かぶ不安に押し潰されそうになった。呼吸はうるさく、生まれて初めて体験する誰かを守るための戦いの重圧に心臓が止まりそうになる。

 「おうえんスキル発動」。そう、背後からモニカの声が聞こえた。


 「がんばれ、アルマちゃん。きっと、大丈夫だから」


 視線だけ向ければ、信頼しきったモニカの表情。

 感じるのは、自分の体に流れるモニカから与えられた勇者の力。モニカから受け取ったエネルギーを肉体に回すことはなく、魔法制御をするための力にあてる。

 ブレていたいろいろなものが、定まっていく。耳に入っていた音は聞こえなくなり、視界は暗くなる代わりに、標的であるロダン達だけははっきりと目にすることができる。


 「ありがとう、モニカ。今なら、いける!」


 初めての感覚。流れる魔力が、肉体の中で実体として感じられる。

 ぶにょぶにょのスライム状の魔力が内の中で眠り、それをこねくり、一つの芸術を作り出していく感覚。それは、間違いなくアルマの望む形で生まれようとしていた。杖をくるりと一度回転させれば、前方へと杖を突き出した。

 既に詠唱は完了し、魔法陣は杖の先から出現している。ただ、息を吐くように、何年もの間に肺の中にたまった魔法のあれこれと共に放出させる。


 「受けてみなさい。――イフリートフレアッ!」


 アルマに大口を開けて迫るロダンの足元から火柱が上がる。まるで火柱を操る指揮者のように、アルマが杖を今一度上に上げれば、火柱は一段と燃え盛り、個の柱だったものは一つの高い炎の塔を作り上げればロダン達を炎の中に沈める。

 炎に揉まれながら、ロダン達は絶叫と共に文字通り消し炭となった。

 生まれて初めてと言ってもいいぐらい、思い描いた通りに決まった魔法を見ながらゾクゾクと身震いを感じるアルマ。

 長年、夢に見るほど言いたかった台詞を声にした。


 「見たか! これが、天才魔法使いの実力よ!」



                ※



 それから、ノアにモニカの”おうえんスキル”の力も加わり、ものの数分でロダンを追い払うことに成功した。幸いにも、連れさらわれた人間はいなかったようで、モニカ達は安堵の息を漏らした。

 ちなみに、今回の戦いでノアとアルマは共にレベルがさん上がった。

 それから、しばらくすればルクセントから兵士達もやってきて、無事にモンスターの襲撃事件はとりあえずの解決しようとしていた。

 話だけ聞いて飛び出してきたモニカ達だったため、これから先はどうしようか。などと三人で肩を寄せて相談していた時、モニカ達の会話をするための空間に小さな人影が差す。


 「さっきは、ありがとうございました!」


 先ほど助けて少年は、お礼を言いにきていた。頬を切ったようで、小さな傷はあるものの後は特別外傷は見当たらない。

 「えへへー」「うふふー」と照れるモニカとアルマ。一人だけ反応が違うノアは村の弟を思い出したのか、自然な動作で少年の頭を撫でた。


 「気にするな。怪我がなくて、何よりだ」


 「あ、あの、僕の家は食堂もしているので、良かったら……ごちそうしましょうか?」


 「食堂? ……もしかして、キミの家は宿屋もしているんじゃないのか」


 「よく分かりましたね!? そうですよ、僕の家は二階が宿屋で一階が食堂なんですよ!」


 ノアはモニカに視線を送り、アルマも彼が宿屋の主人の息子だと気づいて、モニカの腰を肘で叩いた。


 「ねえ、モニカ」


 「んぅ? なに?」


 アルマは視線を送るが、モニカは首を傾げる。ウインクまでしてみて、そこでやっとモニカは何かに気づいたように「あっ」と声を上げた。


 「ぱちん」


 「――ウインク返すんじゃないわよ!」


 ――ポカッ。握り締めた拳がモニカの後頭部に振り落とされた。げんこつだ。


 「い、いきなり、痛いよ!? アルマちゃん!?」


 涙目になりながら顔を上げるモニカ。全然気づかない様子のモニカに、拳をぷるぷる震わせて怒りを表に出すアルマ。仕方がないとばかりにノアの方に顔を向ける。


 「アンタも、何とか言ってやんな――」


 「――よくもモニカを殴ったな」


 低い声を出すノア。まるで、親の仇でも見るようにアルマを見ている。


 「えぇ……?」


 アルマの首には、いつ抜いたのか気づかないノアの剣の先が向けられていた。なんだか喉に冷たい感触がするが、アルマは気のせいだと思いたい。

 モニカは慌ててノアの腕に掴まる。剣の先が揺れる危うく喉を貫通しそうになる刃をアルマは首を動かして慌てて避ける。


 「死ぬぅ!?」


 はぁはぁと荒い息を吐きながら、アルマはその場で手をついて地面に腰を落とす。本気の恐怖からだ。


 「だ、大丈夫だよ! きっとアルマちゃんにも理由があって叩いたんだから! ね、そうでしょ!? アルマちゃん!」


 「もう、なんでもいいわよ……」


 首から血でも出ているのではないかと心配しているアルマに声をかけるモニカだったが、その本人はそれどころではないという感じだ。


 「モニカ、お前は何て優しい奴なんだ……。さすが、私の認めた友達だ」


 「えへへっ、私もノアちゃんのことすごくすごーく優しいて思っているよっ。心配してくれて、ありがとね」


 「モ、モニカ……うひひふぉ」


 先ほどとは打って変わり、モニカの手を両手で握り熱い視線を向けるノア。あまりに嬉しいのか、笑いながら何か喋ろうとして変な笑い方にはなっているが。

 置いてけぼりになっていた少年が、そこでやっと、おずおずと声をかけた。


 「あの……それで、どうしましょうか?」


 アルマは放置してしまった少年を非常に申し訳なく思いながら、説明を兼ねて口を開こうとしていた。しかし、次に現れたのは、少年よりもさらに大きな人影。


 「――失礼。今回のロダンを討伐した者とは貴女方か?」


 次は一体なんなんだ。と開きかけた口を、声のした方向に文句を言うために顔を向ければ、そこには一人の兵士が立っていた。

 眉間にシワを寄せるアルマに一礼をすれば、口を開いた。


 「今回の活躍を聞いた領主様が、是非貴女達を屋敷に招待したいと言っているんだ。無理にとは言わないが、いかがだろうか?」


 思わぬ兵士の提案に、アルマはモニカとノアを見る。ノアの目は何やらどこか遠くを見ているので、とりあえずモニカに意見を求めるために視線を送る。

 ノアに頬ずりされていたモニカは、「アルマちゃんに任せたよっ」とウインクを送る。

 「そこは任せんなよ」とアルマは気だるそうにウインクを送れば。

 「えぇ、だってぇ」と再び困ったようにウインクするモニカ。そしたら、横からぬっと顔を出してくるノア。「私も混ぜろ」とウインクしてくる。

 パチパチ互いにウインクをしまくる三人を前に、兵士は困ったように頭を掻き、残されていた少年は苦笑いをしていた。

 なかなか決められない勇者を前に、少年が助け舟を出すために挙手をした。


 「僕のことは気にしないでください。家の宿屋は、いつでも空いているので、とりあえず領主様のお屋敷に向かった方がいいんじゃないのでしょうか?」


 アルマも、もともと領主の屋敷に向かった方がいいと思っていたのかその意見に賛同するように言葉を続ける。


 「そうね、確かに領主様の家の方が旅に有益な情報が手に入るかもしれないわね」


 うんうん、と少年も頷けば。意見が固まりそうな雰囲気に、兵士はほっと胸を撫で下ろした。


 「僕の名前は、レットと言います。いつでも、お待ちしています」


 大人びた顔で笑いかけるレット少年に、感謝しつつモニカ達は領主の屋敷へ向かうことにした。

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