第三章 闇を貫く絆
第10話 モニカレベル10 ノアレベル29 アルマレベル27
「――本当にごめんなさいっ!」
アルマは深々と頭を下げた。
現在、モニカ達は昨晩宿泊した宿屋の一階の食堂でテーブルを囲む。そこには、モニカ、ノア、それに加えてアルマもいる。
ワイバーンを退治した後に、巻き込まれた少女と別れた一行、アルマは謝罪をさせてほしいとモニカとノアを食事に誘うことにした。
アルマが既に誤解をしていないことを分かってはいたモニカだったが、その信頼を確固としたものにするため右手の印を見せたことで、より深く受け入れてもらえたようだった。
そのため、モニカの旅の目的まで聞いたアルマが頭を下げているという状況が完成しているのだ。
ジト目でノアはアルマを見れば、おかわりしたばかりのパスタをフォークで巻き取れば口に持っていく。明らかに敵意を感じさせるノアとは反対に人の良さそうな笑顔のモニカは両手をぱたぱたと振る。
「気にしないでいいよっ。元はと言えば、いきなり声をかけた私も悪いんだし……」
「でも、私は下手をすればあなたを手にかけていたかもしれない! いや、それどころか、この街の人達まで――」
「――ごちゃごちゃとうるさいぞ」
ノアは皿に盛られたパスタを空にして、おかわりを待っているところだった。口元に付いたソースを拭えば、ノアは言葉を続けた。
「どうして、私がお前を助けることができたか気づいているのか?」
「え、えと……」
そう言われて、アルマ初めて考えることになる。どうして、モニカ達がああも良いタイミングで助けてくれたのかを。
答えに困っているアルマに気づき、ノアは再びやってきたパスタの山にフォークを突っ込ませながら言葉をさらに続ける。
「お前がモニカを狙っていることに気づいていたからだよ。敵意はあっても殺気は感じなかったから、しばらく放っておこうと思っていた。そしたら、お前の後ろをついていくあの女の子を見かけてな。また失敗して巻き込まれたりしないかとか嫌な予感がして、後ろから追いかけてきたんだ」
「そ、そんなぁ」
全てがお見通しだという状況に情けない声を漏らすアルマを横目に、ノアは溜め息を吐いた。
「あれだけじろじろ見られていれば、嫌でも気づくというものだ。あらゆる面が素人同然だが、お前の使う魔法は、なかなか強力なものだな。あれだけの魔法を使えるというのに、どうして制御することができないんだ?」
ノアの容赦のない言葉に、僅かな間だけ口を閉ざすアルマ。しかし、あまりに弱過ぎる自分の立場に、アルマは口を開く方法しかないと判断する。
「……私が、出来損ないの魔法使いだからよ」
「出来損ないの魔法使い? あまり詳しくないから分からないけど、凄い魔法使うのに?」
率直なモニカの疑問は、アルマに嫌な記憶を思い出させる。それでも、一回は開いた口だ。そのまま、言葉を続けた。
「事実、私はいくつもの魔法を使えて、強大な魔力を持つわ。でも、それを操ることができないのよ。おかしな話だけど厄介なことに、いつも望んだ以上の魔法が出てくるの。魔法陣は魔法使いが放出する魔力を制御するための射出口。それなのに、決まった限度の魔力しか出て来ないはずの魔法陣を超えたものがどうしても出て来てくるのよ」
モニカはアルマの言葉を聞き、頭の中で出しっぱなしの蛇口を想像する。つまり、アルマの状況というのは、蛇口のハンドルがずっと全開で開放されている状態なのだろう。さらに加えて、そこから出て来るのがお湯なのか冷水なのかも分からないのという。
アルマの説明を聞いたノアは、興味深そうに頷くと今一度質問をした。
「どれだけ強い魔法を放つことができても、それでは意味がないじゃないか。私の母は戦士をしていたが、魔法使いの補助があってこそ戦える敵もいると聞いていた。背後がそんな魔法使いなら、背中を任せることなんでできないぞ」
声は淡々とした口調で事実を告げるノアはアルマに腹が立っていた。
下手をすれば、モニカが死んでいたような状況はいくつもあった。それに、アルマが魔法を使いを続けていけば、いつ悲劇の引き金になってもおかしくはない。
アルマはノアの言葉に返すこともできず、叱られた子供のように足の爪先を見つめる。足元を見ても、子供の頃から変わらない脆く細い自分の足があるだけ。自分では、こんな空気を変えることも壊すこともできない。こんなに真っ向から言われては、逃げることもできない。
窒息しそうな空気の中、鈴の響くような声が聞こえた。
「――大丈夫だよ、アルマちゃんっ」
驚いて顔を声のした方向に向けるアルマとノア。柔らかい笑みと共にモニカがアルマを見つめていた。
「後ろから補助ができないなら、アルマちゃんが先頭に立って戦えばいいんだよ。思いっきり全力で攻撃したら、制限しようとか考えなくていいから、逆に想像以上にたくさんの敵を倒すことができるってことじゃないのかな?」
ただ目の前の敵を倒すだけなら、気にしないでいい。単純な理由だが、それは一度も試したことのない方法。
アルマは自嘲気味に笑う。
「そうだとしても、私みたいな厄介な奴を仲間にいれてくる人なんていないわ。……もう、このまま魔法使いなんてやめて――」
「――私の仲間になろうよ」
続く言葉を発する前に、アルマは息を呑んだ。アルマの吐き出したいものの代わりのように、ノアの先ほど以上に深い溜め息が聞こえた。
信じられない、そう思いながらアルマは揺らぐ気持ちの中でじっとモニカを見た。そこには、先ほどから変わらない笑顔がある。
「私てさ、ノアちゃんに守ってもらうかばりで、先頭で戦うことなんてできないんだ。いつもノアちゃんの背中を見守るばかりになるの……。だけど、その背中を守ってくれる人がいるなら凄く心強いな。アルマちゃんには、私の代わりにノアちゃんを助けてほしいんだ」
「でも、私は貴女達を……」
「アルマちゃんは正義感が強くて、誰かのために一生懸命になれる人てことしか分からないよ。自分の命を賭けてまで、子供を守りたいと思うアルマちゃんと一緒に私は旅をしたいんだよ」
太腿の上で拳を握るアルマの手の上にそっと自分の手を重ねるモニカ。アルマの手は、じんわりと湿り、汗ばんでいることが分かる。
アルマの緊張を解くように、モニカはその手をぎゅっと包み込む。
「でも、ずっと貴女と……モニカと会ってから……さっきまで傷つけることしか考えていなかったんだよ……」
「うん、アルマちゃんのことは何も知らない。でも、一緒に冒険したいと思った自分の気持を信じたい。私のことを教えるよ、だからアルマちゃんのことを教えて。もっと知りたい、もっと分かり合いたい。そのために……口べたでごめん、長い言葉なんていらないね、ただ私は……アルマちゃんと友達になりたいだけなんだと思う。私はわがままだから、アルマちゃんの気持ちとか考えないで一番仲良くなれる方法を提案しているだけなんだよ」
曇りのない瞳のモニカが、アルマを真っ直ぐに見つめた。あまりに穏やか過ぎるその瞳の揺らぎに吸い込まれそうになる。
アルマは考える。この子は勇者だから、こんなにも温かいのだろうか。違う、この子はこの子だから、モニカはモニカだから、人の心に触れてそこを穏やかに包んでくれるのだ。気がつけば、アルマはモニカと歩く世界に思いをはせていた。
何で即答できなかったのか分からないほど、自然にアルマは声を発していた。
「……私もモニカと旅をしたい。それに、友達に……」
アルマには、昔から友達と呼べる者は限りなくゼロに等しい。あまりに強大な力を持ったせいで、同年代からは距離を置かれていた。自分は強いのだ、彼らとは違うのだ。そう言い聞かせていた。そのはずなのに、罪も全て許して、それでも仲良くしたいと言うモニカの”友達”という温かな言葉に触れたくなる。
モニカは再び、アルマの不安を壊すために口をひらいた。
「なろう! 行こうよ、三人で世界を旅して、異変を止めよう!」
アルマの手の上に重ねられたモニカの手の温もりが強く重たくなる。
モニカには許されてもアルマには、気になるところがあった。視線をノアに向け、その目が問いかける。「貴女の気持ちは?」と。
ノアは諦めたように髪をかき上げた。
「モニカの選択に、間違いがないと信じている。それに、私はお前……いや、アルマを悪人だと思ったことはない。子供を救う勇気、強力な魔法を使用できる実力、罪に苦しむ優しい心、早とちりをしてしまうところがあるようだが、お前の良いところは短い間にこれだけ見つけることができた。……この勇者の旅を共に行くためには、役不足というわけではないさ」
ノアはアルマに微笑を見せた。それは、ノアなりのアルマを認める行動だった。
ぽろぽろと大粒の涙を溢すアルマは、モニカとノアを交互に見つめれば首を傾けた。
「これから……よろしく……」
涙ながらに告げるノアの声を聞き、モニカとノアは目を合わせて笑い合った。
『テッテテー! おめでとう、仲間が増えたのじゃ』
三人は、樹木神の魔法使いの仲間を祝福する声を静かに耳にした。
※
「ぷっはー! おなかいっぱいだよー!」
少しだけぽっこりとした腹をさすりながらモニカが言う。
異世界の食事ということだけ、どんな物が出て来るのかと思っていたが、味としては馴染みのあるものばかりだった。聞いたことのない生き物の肉で作られたハンバーグや、やたらとモチモチした食感のパスタとか。おいしく珍しいということもあってか、気がつけば次から次に注文をしていた。それは、村から出てきたノアにも珍しい物が多かったようで、モニカの倍は口に運んでいた。
モニカの口元をナプキンで拭き取ったノアは、目の前の水を喉に流し込んだ。
「ああ、私も少々食べ過ぎたかもしれないな……」
「食べ過ぎよ……。こんなに、食べるとは思わなかったわ」
「まさか、金が足りないのか!?」
「安心しなさい。後十人分食べても、部屋を借りるぐらいの余裕はあるわ」
自慢気にアルマが言えば、金貨の入った袋があるはずのローブの袖に手を伸ばす。
「あ、あれ? そういえば、ここに……」
ガサゴソガサゴソと袖の中を奥まで探る。そういえば、ずっしりと重たかったはずの懐が軽くなっている。
ない、ない、ないのだ。アルマのお金がない。
「――」
「ど、どうかしたのっ。なんだか、白目剥いているけど、ノアちゃん!?」
落とし穴に落ちた時か、それともベンチで仮眠をとった時か。いや、ワイバーンに襲われた時かもしれない。
記憶を探るが、探せば探すほどに落ちたという記憶はない。やっぱり、あの仮眠をしていた時に盗られたのだろうか。しかし、どれだけ過去を振り返ろうとも、今ここに財布がないという事実が好転することはない。そして、その様子にとうとうノアが気づいた。
「おい、さっきはまさかとは言っていたが……その、まさか、になっているんじゃないのか」
「そんなことなっているわけないじゃないそもそも財布を無くすなんてことはありえないのよ今ちょっと謎を解明しているところだからちょっと待ちなさい犯人は誰かしらこれからアルマ様の謎解きが始まるわけよ。……よし、服を脱ごう」
早口で言葉をまくし立てた後に、とんでもないことを口にするアルマ。ローブの胸元のボタンを外そうとする手をノアが慌てて掴んで止めた。
「待て待て待て待てー! それをすると、また違った意味でお縄にかかってしまうぞ! もう無いものはない、諦めろ!」
混乱しまくるアルマを取り押さえるノア。未だにどうして、二人が慌てているのか分からないモニカ。そんな時、宿屋の扉が勢いよく開いた。
「――大変だ!」
一人の男が飛び込んできた。
男の声に驚いたようで、モニカは肩をビクンと揺らした。
ノアはその男に見覚えがあった。宿屋に泊まった日の晩に、遅くまでカウンターで酒を飲んでいた男だ。宿屋の主人とは仲が良いようで、慣れた様子で話をしていたので嫌でも印象に残った。
汗をまき散らし、宿屋のカウンターに倒れこむように両手をついた。
「どうした?」
主人は何気なくそんなことを言う。今はまだ、何かの冗談をやっているのではないかと思っているようだ。
はっはっはっは、と忙しく息を吐きながら、搾り出すように声を荒げた。
「近くにモンスターが出たんだ! しかも、ルクセントの近くにやってきた馬車が襲われている!」
男の言葉を聞き、主人の表情が大きく歪んだ。
「……おい、冗談だろ?」
「冗談なもんか、おそらく……アンタの息子が乗っている馬車だ」
主人は水滴を拭っていた食器を地面に落とした。その声を耳にした宿屋の人間達は、ざわざわと口を耳に寄せる。出て来るのは、様々な話。しかし、そのどれもが後ろ向きの発言で、聞いている主人の気持ちをさらに不安にさせた。
※
黙って聞いていたモニカは立ち上がった。そして、アルマとノアの顔を見る。二人はモニカの言いたいことを理解していたのか、足元に置いていた杖を持ち、鎧の肩に乗った埃を払っていた。
モニカ達は主人の前に立てば、悲痛な表情を見せる二人の間に小さな親指を立たせてみせた。
「息子さんは、必ず私達が助けますから!」
「き、キミみたいな女の子がかい? ……やめておくんだ、ここの騎士達に任せておくのが賢明だ」
馬鹿なこと言うな、そんな意味も込められた発言を聞きながら、この行動すら決まった流れのように右手の印を見せた。
その印を見た二人は、聞こえないような小さな驚きの声を上げる。主人の目は、確実に希望を見出していた。
「こう見えても、勇者なんです。見た目は子供みたいでへっぽこかもしれないですけど、信じてください」
モニカは背中を向けて、その後ろからノアとアルマは続く。三人は主人の熱い眼差しを受けて、出口へ向けて歩き出していた。そこでふと、主人は我に返る。
「あ、あの、勇者様。お金を――」
ノアが足を止めて反転して、主人を見る。
「主人よ。本当の賢明というのは、いくつもある選択の中で最も最良だと思えるものを選びとることだ。それを私達が証明しよう、私達に託してくれたことが賢明な方法だったと」
アルマの言葉を聞き呆然となる主人、先ほどよりも少し早歩きのノアはやんわりと前方に立つモニカの背中を押して急かすように歩き出す。
主人の前に座る男が、「お会計終わってないよな?」と言い、そこで再び我に返る主人。
「み、みなさん、お会計がまだ――」
主人の言葉を遮るように次はアルマが振り返った。頬を冷や汗が流れる。無論、流れたのはノアとアルマの冷や汗だが。
「主人、報酬なんていらないわ。食事を用意して、息子の体を洗う準備をしなさい。彼は、傷つき汚れた姿で帰って来るとは思うわ。その時は、優しくしなさい。体よりも心を癒すように。きっと、彼は誰よりも貴方の優しさを望んでいるのだから」
舞台役者よろしくの無駄に感情のこもった声をアルマは言いながら、そこから振り返ることもなく早歩きどころ駆け出しながさら三人は宿屋から飛び出した。
ドタバタとした音だけ残して、ぽっかりと大口を開けた主人と男。そこでは、食事をしていた他の客も一緒に呆然としていた。
ただ一言、主人は呟いた。
「……食い逃げ……勇者……」
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