第8話 モニカレベル5 ノアレベル26

アルマはじっくりと待つ女ではない。そして、作戦を練るために時間を無駄にするつもりもない。

 アルマによるモニカ討伐作戦が行われようとしていた。


        ※



 作戦その一。火炎魔法での攻撃。


 ルクセントの街中を歩くモニカに熱視線を向けるアルマ。どうやら、モニカにはノアと呼ばれる戦士がお供にいるらしい。


 (きっと、奴もモンスターなのね。アイツと一緒にいるなら、間違いないわっ!)


 アルマは燃えるような強い責任感と共に、ひたすらにモニカとノアが人通りの少ないところから離れていくのを待つ。だが、狙いはモニカ一体だ。あれが親玉のようだから、モニカさえ倒せばきっと戦いは楽になる。

 そんなアルマの考えた作戦は、非常に簡単なものだ。それは、火炎魔法による攻撃。

 昔から炎を扱う魔法は、モンスターの真の姿を映すとも言われており、最も単純に敵を消滅させる破壊魔法するという意味では、これほど確実性の高いものはない。

 一見使いやすい魔法ともいえるが、今回の場合は周囲に人がいないことが大事になる。ここでモンスターを倒せても、その炎が周囲に人達に回ってしまえば、ただの殺戮者になってしまう。そのため、最善の注意を払った魔法の使用が最低限の条件になる。御が長けていれば、標的以外を傷つけずに対象を攻撃することも可能なのだろうが……今の自分には厳しそうだ。

 アルマは自分の持つ”ある弱点”を考えれば、悔しくて歯噛みをする。

 今はこんなことを考えている場合じゃないと、顔を上げれば、そこにはモニカだけ。街の外れの方にある宿屋に入っていったのはノア、そしてモニカは一人で待っている様子。周囲に人の姿も見当たらない、用意されたような状況に小躍りしたくもなる。 

 狙いを定める。唱える魔法は、下位魔法のフレア。拳程度のサイズから大人の上半身ほどの大きさの火の球体を作り上げて射出することのできる魔法だ。

 杖を構えて狙いを定める。アルマの魔法は杖で制御する魔法が基本だ。

 体内で練成した魔法を放つ場合は、杖の先端に意識を集中させて狙いを定める。そして、物影に隠れたアルマは今まで学んできたことを何度も頭の中で反復しながら杖をモニカへ向けて構えた。


 「フレアなら、詠唱なんていらない。出来損ないの私だって……!」


 杖の先端に二次元的な平らな丸型の魔法陣が出現する。アルマは魔法文字に目を走らせれば、脳裏に弓矢を構える自分をイメージした。そして、限界まで握り締めた矢を放すように魔法を行う。


 「――フレア!」


 「――あ、ちょうちょ」


 「へ――?」


 モニカが目の前に現れた蝶を追いかけるように駆け出した。そして、放たれるのは火球ではなく、地面を焦げ付かせる質量を持った熱。火球なんて生易しいものの代わりに放たれたのは、重力にも似た他者を燃え潰す攻撃だった。

 モニカが先程まで立っていた場所には、直径一メートルほどの黒ずんだ地面。まともに当たれば、そんじょそこらのモンスターならば消し炭も残さない魔法だ。


 「うぅ……そんな……」


 アルマはその場にへなへなと倒れこむ。

 モニカを消滅させることができなかったから落ち込んでいるのではない。自分の魔法が、失敗しているからだ。

 フレアという相手を火傷させる程度の魔法を放ったつもりだった。火に触れれば、正体を現すだろうという考えからだ。しかし、自分が出したのは髪の毛一本残すことなく消滅させるフレイア・グラビトンという上位魔法。もとから、力を抑えていたから、この程度で済んでいるが、本来ならば見える景色が焼け野原に変わっているだろう。


 「どうして、また失敗するの……」


 うなだれるアルマ。思い出されるのは、苦い過去。

 彼女は魔法の天才だ。魔法使いのエリートの中で育ち、幼い頃から神童と呼ばれた。成長してからのアルマの魔力もグングンと増していき、魔法使いを養成する学校の”座学では”常に首席だった。だが、同時に出来損ないとも言われている。

 アルマは自分の強大な魔力に翻弄されているのだ。それは、魔法を生み出すことができないわけではない。――使用する魔法を加減することができないのだ。

 今回のように、魔法使いなら子供でもできるフレアを使おうと思えば、一人前の魔法使いでも難しい上位魔法があっさりと出てくる。迷惑なことに、本人が予期せずにだ。

 魔法使いが仲間を組もうと思えば、自然と接近戦をする者と遠距離の魔法使いに分担される。しかし、アルマは自分の魔力を制御できないために、仲間との行動が非常に困難なのだ。

 下手すれば、敵ではなく味方を攻撃する。いや、敵もろともだ。

 回復魔法を使えば、墓場に眠っていた死人まで蘇らせる。

 強化魔法を他者に使用すれば、三日は強化された状態が続く。そして、強化を受けた人間は、その反動で一週間は動けなくなる。

 敵を魅了する魔法を使うものなら、アルマを見ただけで石化するモンスター達。

 アルマは天才でありながら――天災と呼ばれ。

 最強と言われながらも――最凶と笑われる。

 それでいて、アルマはどうしようもなく、不器用だった。


 「殺すつもりはなかったのに……」


 そう涙ながらにアルマが言えば、自分が言ったことに気づき、口元に己の手を伸ばす。


 「て、違う違う! 敵はモンスターよ! あれで正しいの! むしろ、外れたことが残念で……て、何か焦げ臭いわね」


 それに、チリチリと焚き火をするような音も聞こえる。それだけではない、何か……熱い。

 嫌な予感を感じて、その熱さを探せば、帽子の先と両肩が何か熱くなっていた。いや、そんなものではない――肩と帽子が燃えていた。


 「きゃああああああああっ――! あつあつあつあつぅ――!」


 気が動転したアルマは、服を叩いて火を消そうとするが消える様子はない。この炎は、きっと先ほどの魔法を使った時に体から火の魔法として魔力が溢れ出したに違いない。緊張した時によく起きる出来事で、今までに何度もしてきたためにすぐに状況を理解することができた。

 そうだ、水系の魔法を使えば――。


 (ダメダメダメ! こんな落ち着かない状態で魔法を使えば、この辺一帯に大津波でも呼んでしまうわ!)


 熱さと混乱の中、命の危険を感じ始めた頃。

 バッシャーンと、何か冷たい液体をかけられた。そのまま、ずっしりと重くなる服。涼しくなるどころか冷たくなる体。人の気配を感じて、重くなり傾いた帽子をそっと持ち上げる。


 「大丈夫!? アルマちゃん!」


 顔を上げれば、手に桶を持ったモニカが心配そうに立っていた。どうやら、モニカが井戸から水を汲んできて、それをアルマにかけて助けてくれたようだ。


 「モ、モニカ……?」


 「凄い悲鳴が聞こえたからびっくりしたよ! 来てみたら、アルマちゃんが燃えてるから連続でびっくり!」


 水滴が地面に落ち続ける井戸の桶を脇に持ちながら、モニカは力の抜けるような笑顔を見せた。

 アルマはその人を安心させるような表情に気を抜きそうになるが、慌てて首を横に振る。


 (きっと、これは……モニカモンスターの作戦。騙されないわっ!)


 涙目になりながらも拒絶の意思として、アルマは地面に強く杖の先を叩きつける。


 「お、覚えてなさいっ。モニカ!」


 「う、うん?」


 不思議そうにするモニカを背中に、アルマは杖をふらつく体の支えにしながら歩き出した。



          ※



 作戦その二、水の魔法での攻撃。


 「フフフ」と、悪人面で笑うアルマ。

 彼女が立つのは、ルクセントでも人通りが多いとされる広場。

 ここで行うのは、中位魔法アクウォスフィアと呼ばれるものだ。

 アクウォスフィアとは、水の球体を出現させて、その中に相手を閉じ込める。内側から破れることはなく、水の中で呼吸ができないモンスターなら、そのまま窒息させることのできる魔法だ。

 直接的に攻撃するのは止めた。まずは、奴がモンスターだという証拠をはっきりさせる。そのために、水中という命の危険に陥った場合に、奴は本性を表すはずだ。


 (既に頭の中では、詠唱が完了している。後は解き放つだけだ。……べ、別にモニカに気遣って直接攻撃しないわけじゃないんだから……)


 アルマがいるのは広場の中央。ルクセントを象徴とする大量の花を抱きかかえる女性の銅像の前に立つ。視界の先のベンチでパンをかじるのはモニカとノア。かじる度に、お互いに顔を見合わせて美味しさを共感し合っているようだ。人波に視界が遮られた状態でも、二人の幸せな雰囲気が伝わってくるようだ。


 (な、なによ二人してずる……じゃなくて! 人の気も知らないで……! もう許さないわっ)


 アルマが右手に杖を持ったままで両手を広げた。


 「アクウォスフィア――!」


 アルマを囲むように魔法陣が出現すれば、それは見事なほど水晶のような美しい球体を出現させる。少女一人なら、簡単に入ることのできる水の球。だがしかし、それは予想に反して――。


 「なんで、私の頭の上にできてんのよ……」


 モニカ達を包むどころか、アルマの頭上数メートル上にアクウォスフィアによって生まれた水の球が浮かんでいた。


 「おかしいわね、あっちを狙ったはずなのに?」


 頭の上を見つめていたせいか、ローブの裾を引かれていたことに気づいていなかったアルマ。そこで初めて、裾を引かれていた方向に目を向ける。そこには、五歳になっているかどうかも微妙な幼い少女がこちらを見上げていた。


 「おねえちゃん、すごいねえ」


 「へ? すごいって……?」


 幼女から視線を外して顔を上に向ければ、自分を囲むように人間の半円の輪ができていた。


 「へ? え? は?」


 挙動不審になるアルマの耳に、嫌でも囲んでいる人達の声が聞こえる。


 「いいぞ、ねえちゃん! もっとやれもっとやれ!」

 「近頃、腕が立つ芸人がいないとは思っていたが、こんな芸は久しぶりじゃな」

 「こんな凄い芸は初めて見たよ! ――さすが、大道芸人だな!」


 (大道芸人!? もしかして、私の魔法が芸と勘違いされているの!?)


 左右を見れば、確かに像の回りではちらほらと大道芸人たちが見られる。どうやら、自分も芸を見せているのだと思われているようだ。

足元の少女の輝く瞳が眩しさに胸締め付けられる。


 (ごめんなさいね、これは非道な攻撃魔法ですよ! ちくしょおおおおおおおおおおお!)


 いや、と。この状況で意外と前向きなアルマ。こんなたくさんの人がいる中で、モニカ達の正体を暴くことができれば、間違いない証拠となる。それどころか、魔法ギルドへの良い手土産になるはずだ。

 気合を入れなおして再びアクウォスフィアを行うために、魔法を練り込み――放つ。


 「アクウォスフィア!」


 二度目の魔法、先ほどよりも余計な考えは全て頭の中から追い出した。――はずだったが、湧き上がるのはモニカ達の悲鳴ではなく観衆の歓声。


 「また、私の頭の上にぃ……!?」


 一度目に作り出したアクウォスフィアの下に、もう一つ水の球が浮いていた。先程よりも近くで見る水の球に、観客の声が熱くなっていく。さらに、大道芸人らしさに磨きがかかっていくことは一目瞭然だ。


 「おお! これは凄いな! どういう仕組みなんだ!?」

 「きっと、海を渡った先にある電気の国の代物よ」

 「違う違う、これはマキアで作られた道具なんだよきっと」


 盛り上がる観客とは反対に、がっくりと肩を落とすアルマ。

 落としかけていた杖を再び握り直す。アルマだって、才能だけでここまで来たわけではない、努力があるからこそ今がある。学び舎にいた頃の諦めない気持ちを呼び起こして、再び両手を広げた。


 「見てなさい! 次の瞬間、貴方達は驚愕するわよ! ――アクウォスフィア!」


 周囲の空気が震え、大気となり散らばる魔力が色を持ち質量を持ち、水の球を形成する。そして――アルマ本人を水の球に包みこんだ。


 「もごぼべえよぉ!?(なんでよっ!?)」


 観衆からは何故かよりいっそうの拍手と喝采が起こった。


 「だんだんとお嬢ちゃんに近づいてきているから、もしかしたら……と思ったんだ!」

 「でも、なんだか本気で苦しそうじゃないか?」

 「馬鹿だな、お前。どこからどう見ても、あの子が水の中に包まれる流れだったじゃないか!」


 ゲラゲラと笑う声を聞きながらも、アルマはひたすらにそこから暴れて出ようとする。


 (そうだ、解除の魔法を使えば!)


 そう考えて、杖を強く握り直そうと思えば、そこは水を掴むばかり。自分が握っていたはずの杖はそこにはなく、水の球の下に杖が落っこちているのだ。自分がアクウォスフィアの攻撃対象になるとは予想もしてなかったアルマは、驚きのあまり杖を手放してしまっていた。


 「もぐあー! ばぐぁほぉー!(詰んだー! まずいわー!)」


 口から漏れる息はブクブクと水球の中でアルマの視界を埋める。

 死んだおじいちゃんが、お花畑の中で手を振っているのが見え始めた頃――急に体は軽くなり、待ち望んでいた空気が肺を満たす。


 「えぼぉ!?」


 一度の浮遊感の後、何らかのことが原因で脱出できたアルマは地上に尻餅をついた。

 びしょぬれの服、そして、充血した目で顔を上げれば、そこに立つのは剣を両手で握ったモニカ。


 「だ、大丈夫!? アルマちゃん!?」


 モニカの剣の先から水滴が落ちた。どうやら、アクウォスフィアの中から逃げ出すことのできなかったアルマを再び助けてくれたようだった。水の球体を膨らんだ風船を割るように壊してくれたのだ。

 「どうして、助けてくれたの?」そんな目で見るアルマの視線に気づき、モニカは優しげな笑顔と共に返事をする。


 「最初は何か芸をやっているかと思ったけど、様子がおかしくてノアちゃんに聞いたら、この魔法のことを教えてくれてね……。またまたびっくりしちゃって、助けたんだよ。えへへ、一日一善たくさんできちゃった」


 「だが、芸としては成功したみたいだな」


 モニカの言葉を付け足すようにノアが言えば、モニカ達を中心に今までで一番の喝采が響き渡る。雨のように降りしきるのは、怒声にも似た褒め言葉の数々と観衆から投げられた硬貨達。

 モニカが助けるところまで含めて、事前に計算された芸の一種だと思われたようだった。

 なんだか、みっともない気分になりアルマ。

 ニコニコと手を伸ばしてくるモニカの手をアルマは払いのけた。


 「……覚えておきぼええええええええええぇぇぇぇ」


 アルマの開いた口からは大量の水が流れ出した。


 「う、うわぁ、アルマちゃん……」




           ※



 作戦その三。土の魔法での攻撃。


 「この魔法は今まで失敗したことないのよ……」


 陽は沈み始め、ぼちぼちと店を閉めようとする商店もあれば、今からが本番だと店の外にテーブルを並べ始める飲食店もある。

 空腹を我慢して用意したのは、道の中央に作られた土属性の魔法陣。しかし、外側から見ればそれはただの地面に過ぎない。さらには、魔法使いにしか見えないような、微細な波動を持つもので、ただ魔法が使えるだけでは決して気づくことはない――その罠に。

 街からはそう遠くはないものの、モニカ達が止まる予定の宿へ行く道で待ち伏せをしていたアルマ。彼女達の姿が見えたのを待っていたアルマは、その魔法陣に魔力を込める。このまま、何も気づかずにモニカ達はアルマが仕掛けた魔法に触れる予定だ。


 「一度触れた者の足元に深い暗闇を出現させて、激痛と精神力を抉る罠を発生させる魔法。――アストオブジェ」


 建物の影に隠れながら、アルマは口の端を歪めて笑う。

 実のところ、罠と呼ばれた魔法陣は落とし穴だ。魔力を念じれば念じるほど、穴が深くなっていく魔法で幼い魔法使い達もよくお遊びで使っている簡単なものだ。

 地面に作られた魔法陣に触れさえすれば、発生させた穴の中に吸い込まれるように落ちていくはずだ。正直、アルマ自身、穴がどれだけ深くなったのか想像もできないが、この穴を抜け出すためにモンスターとしての姿を見せるはずだという考えもあった。穴の中なら、身動きもうまくとれない、そこに魔法の一撃でも放てば簡単に撃退できる。

 魔力に対して詳しくもないモニカなら、表面上はただの地面であるこの落とし穴に気づくわけない。

 正直、モニカに対しての不信感というのは揺らぎつつあった。それでも、一度決めてやりだしたことを投げ出すことはできないアルマの頑固な性格が、行動を盲目にさせていた。


 (モニカ達が来た!)


 影からそっと顔を覗かせれば、モニカとノアは相変わらず仲が良さそうに手を繋いで歩いてきている。


 (なによ、仲良さそうにしちゃって……。フン、それもモンスターなりの人真似てことかしらね)


 そのままモニカ達が歩いてくれば、魚が餌にかかるのを見守る釣り人の気持ちで二人を見る。そして、モニカ達は魔法陣を――通り過ぎていった。


 「……」


 空いた口が塞がらないといった様子のアルマ。

 モニカ達は、その道を真っ直ぐ歩いていけば十数メートル先の宿屋へと何事もなく入っていった。

 二人が消えたことを確認すれば、アルマは慌てて建物の影から飛び出した。


 「え、ちょっと!? なんで、用意していたのに!? なんでぇ!?」


 慌てて駆け出したアルマは、あることに気づいた。


 (ど、どこに魔法陣があるの……?)


 アルマの強大な魔力は落とし穴一つとっても、その制御の効かない部分を発揮していた。

 落とし穴という単純な魔法のはずが、強大な魔力を持ったアルマが行ったせいで、本人ですらもわからないほどの落とし穴が作られていたのだ。それはきっと、他の魔法使いが見ても気づくことはない。

 過去に落とし穴という魔法を極めたものは存在しない。しかし、アルマは予期せぬ形で魔法使いにも気づかれることはない、最高位の落とし穴を完成させてしまったのだ。


 「さ、才能が憎いわ……」


 自画自賛したつもりだったが、その顔を引きつっている。

 結果的には、どれだけ強い魔法が使えたからといって、それを制御できないことには意味はない。

 仕方がないと、アルマは地面をトントンと叩いてみせる。足場を確認しながら歩いてみるが、魔法陣の場所が分からないと解除しようがない。


 「こ、この辺だったわよね……?」


 杖で押してみるがやはり、穴が生まれるような様子はない。今、自分が杖で突いたところに一歩踏み出せば――アルマの足の下に落とし穴が出現した。


 (あぁ、なるほど、誤作動を防ぐために生物にしか反応しないように作られたのね。さすが、私の落とし穴)


 両足が宙に浮く、ぽっかりと空いた地面を見ながら茜色に染まる空を見上げた。


 「覚えておきなさあああああああぁぁぁぁぁぁぁい――!!!」


 アルマは落とし穴の中に消えた。



          ※


 その頃、モニカとノアが宿泊している宿屋の二階の角部屋では。


 「あれ?」


 「どうした、モニカ」


 「今ね、なんか聞き覚えのある声がしたような……」


 「ここは夜でも騒がしい場所さ。聞いたことのある声の一つや二つするもんだ。気にしてたら、今夜は眠れんぞ」


 モニカはノアの言葉に納得したように、ニカッと悩み一つない顔で笑う。


 「それもそっかっ!」

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