第6話 モニカレベル4 ノアレベル26
モニカには到底真似できない素早い動きで、ノアはゴーレムに突撃すれば、喉に噛み付く狼のごとく剣を突き立てた。
――キィン、と甲高い音が洞窟中に響き渡る。剣の先に触れてはいるものの、ゴーレムには傷一つ付いた形跡はない。それどころか、攻撃を行ったはずのノアの腕がじんと痺れを感じていた。
人体を突き刺すなら肉体は紙のように貫かれ、木々を切り裂くなら、質量を感じさせないほどに軽やかであるノアの刃はゴーレムに届くことはなかった。
「やはり、刃を通さないか……!?」
両者が予想していたことだったのだろう、舌打ちをすれば両手を握り合わせたゴーレムが手を掲げていた。危険に気づき、背後へ飛ぶことで回避する。直後、振り落とされたゴーレムの拳が地面を陥没させて、そのあまりの重さにモニカの軽い体を宙に浮かす。
トランポリンのように跳ね上がった地面にモニカは腰を打ち付けるが、そうこうしている間にもノアは再び剣を構えてゴーレムの懐に潜り込んでいく。
「はああぁ――!」
気合を込めた呼気を発してノアは、弱点を探して刃をゴーレムの腕の関節部分へと切り上げた。まるで石を叩いてるような感覚に、ノアは表情を歪める。
ヒビが入っているかどうかを確かめる余裕もなく、ノアの腹部へ向けてゴーレムのアッパーが襲う。満足に動かせるその腕が、無傷の証明でもあった。
「――くあぁぁ!」
歯を食いしばり、頭上へ掲げていた剣を引っ込めたノアはゴーレムの拳を剣で受け止めた。しかし、剣での防御すらも無視した衝撃にノアの体が浮き上がれば、宙を反転しながらモニカの後方へと落ちて行く。地面で一回跳ねたノアだったが、足元の岩石の隙間に剣を差し込む形で、これ以上さらに吹き飛ばされそうな衝撃から体を押さえつける。
「ノアちゃん!?」
モニカの声に笑顔で反応することもできず、剣を杖代わりにしながら足腰に力を入れた。
ノアの全身から吹き出す汗は、体の疲労、それから蓄積したダメージを表現しているようだった。
傷つき、今にも倒れそうなノアを目にしたモニカは、気がつけばノアの元へと走り出していた。
「なにしている……モニカ。早く離れるんだっ」
「ノアちゃんが傷ついているのに、黙って見ていることなんてできないよっ」
ノアの脇から腰に掴まるように顔を出すモニカ。ゴーレムの攻撃により吹き飛ばされたことで、距離は空いたのだが、このままで間違いなく二人ともゴーレムの拳に潰されてしまう未来がノアには見えていた。
ノアの体を支えようとしてくれるモニカの腕の力は弱く、ノアが少しでも力を抜くようなら二人して地面に倒れこんでしまうだろうが、不思議とノアは、そんなモニカを迷惑と思うことはなかった。
必死に自分なりに、ノアの力になろうとしているモニカの姿にノアは力を貰った気がした。だからといって、それだけで満足するモニカではないだろう。それどころか、戦いが長引けば戦闘中に飛び込んでくる可能性もある。
ノアは考える。自分のためにもなり、モニカと一緒に共闘でき、なおかつ彼女への危険は極少。そのために、どういう方法があるだろうか。そして、今までの経緯の中である提案が浮かんだ。
「それなら、私を応援してくれ。モニカが私を激励してくれれば、それだけ力になる。……頼めるか、モニカ」
気休めだとしても、それはきっと大きな力になる。ノアは、そう確信していた。
モニカはノアの言葉を聞いて、疑うことも自嘲することもない。ノアの提案が正しいのだと信じて、モニカは力強く頷いた。
「うん! 私、頑張っておうえんするよ!」
ノアはモニカの声を聞き、たおやかに笑った。
「それなら、きっと負けることはない」
そこには、戸惑う少女も故郷を思い出す若者の面影はない。一人の戦士としての顔つきで、ノアはゴーレムへと駆け出した。
早く真っ直ぐに突っ込む姿は、まるで弾丸。ゴーレムの前で急停止をすれば、隙間をぬう風のようにゴーレムの脇の下へと潜り込む。
『ニガサナイ』
ゴーレムのカタコトの言葉と共に、潜り込んだノアを追いかけた腕が伸びる。しかし、ゴーレムはノアの影すら掴むことはできない。それは、当然の出来事だ。――ノアはゴーレムの背中を蹴り上げて、頭上で剣を構えているのだから。
「――砕け散れよ、石のバケモノ!」
空中で体を捻り、渾身の力をふりしぼった一撃を準備する。
ゴーレムはノアを捕捉できていない、しかし、ノアの姿を見守るモニカの目には勝利を目前にしたノアの姿が見えた。
モニカは大きく空気を吸い込んだ。だから、叫ぶのだ。今から放たれる一撃を一緒に押すことはできない。だが、声として発したものならば、ノアの背中を押すことぐらいはできるのではないか。ノアは自分の応援を望んだのだ。だったら、その望みを叶え続ける。
なんたって今の自分は、誰かの希望なんだ。
「がんばれぇ――! ノアちゃーん!!!」
ノアの剣が淡く光り輝く。同時に、ノアの肉体からも淡く光の粒子が舞う。それは、ノアが発生させたものではないが、決して嫌なものではない。それどころか、今まで感じたことのない強烈な力を感じさせる。
(これなら、行ける……!)
ノアは勝利を確信しゴーレムに向かって、雷のような激しい剣撃の突きを放つ。
『ウゴォォォォ』
鈍い音と共に、ゴーレムは低い地響きのような悲鳴を上げて、大きく全身を揺らす。その揺れを止めた時、モニカは上擦った声を上げた。
「うそ……! ノアちゃん……!?」
モニカの視線の先には、ゴーレムに剣を突き刺すことに成功したが、表情を歪めているノア。どうやら、刃はゴーレムの厚い装甲を貫通したものの、相手の致命傷となる攻撃にはなっていない様子だった。
ゴーレムの肩に乗ったままで、ノアは呆然と刺さったままの刃を見つめていた。
「はやく逃げて! ノアちゃん!」
モニカの声を聞き、弾かれたようにノアは目の前の剣の柄を掴んだ。しかし、半端に突き刺さっていたせいか、動かそうにも押し込むこともできなければ抜くこともできない。刹那の葛藤の末、そこから離れるよりも突き刺した剣を押し込んで、トドメを刺すことを選んだノアだったが、背後からその体を狙うゴーレムの腕が迫る。
「そんな……もの……!?」
未だに体が淡く輝いているノアは、小さな足場をうまく使い、刺さったままの剣を掴まり棒のように扱い体を強引に捻らせることでゴーレムの腕から逃げる。再びゴーレムの頭上へと立ち位置を戻すが、このままの状態は長くは続かないだろうという予感がモニカにノアにもしていた。
モニカは、そんな中でも愚直に自分のできることを行う。
「がんばれ! がんばれ! 負けないで、ノアちゃん!!!」
口に両手を持ってきて、それをVの字のように開く形で腹かの大声を出すモニカ。何度も何度も告げられる「がんばれ」の声に反応するように、力が増していく。そこで、ノアはあることに気づいた。力の増大は、決して気のせいではないということに。
何故、先ほどまでは傷一つつけるのことのできなかったゴーレムの体を貫通させることに成功したのだろう。先ほどとは違う。それは、モニカが応援してくれているということ。勝機は、モニカの応援にあるかもしれない。
再び体勢を戻して、暴れるゴーレムの頭の上で両手で剣を握るノア。
「モニカ、もっと応援をしてくれ! 頼む!」
馬鹿げていることを言っているかもしれない、などと思いながらもノアはモニカに声を上げた。
ずっと大声を上げていたモニカだったが、ノアの声を聞くために、一旦喋ることをやめる。
「う、うん! おうえん、がんば……あれ?」
モニカは、そこで初めて自分の右手の勇者の印が光を放っていることに気づいた。
ゴーレムが出る前から光っていたので、モニカはあまり気にしていなかったが、ずっとそれは主張をしていた。
『テッテテー! モニカのレベルが上がったのぉ。モニカは――』
しかも、樹木神のレベルアップシステムがまた何かを言っていたようだ。
声を出すことに必死過ぎて聞いてなかったモニカは、藁にもすがる思いで手の甲に顔を寄せた。
『――”おうえん”、のスキルを手に入れた。……またレベルが上がったのぉ、おうえんスキルが”に”になったようじゃ』
「おお! 敵が強いからか二段階! て……おうえん、スキル……!?」
普通は魔法とか必殺技が来るところではないのだろうか。とモニカは思ってしまう。応援がうまくなったからといって、何が変わるというのだ。
「――早くしてくれ、モニカ!」
再び捕獲するために伸ばされたゴーレムの手を回避しながら、ノアは叫んだ。そして、そこでようやくノアが応援を求めた意味を理解した。――おうえんスキルを使えば、ノアを強くして助けることができる。
祈るように、モニカは強く念じる。
ノアを助けてくれ、ノアを強くさせてくれ、ノアにゴーレムを倒す力を。
思いを声に、モニカは――おうえんのスキルを使用した。
「がんばれえええええええええ!!! ノアちゃああああああああああああん!!!」
自分がただの子供のように、ヒーローショーの戦隊ヒーローに叫ぶように。
貴女の勝利は決まっている。さあ、後は声援と共に倒すだけだよ、と。
「モニカの応援、ちゃんと受け取ったよ!」
ノアは口の端を歪めて笑えば、ここ一番の輝きを体内から放出する。
モニカのおうえんスキルにより、ノアの流れる血液や筋肉、舞い上がる銀髪まで活性化する。自分の肉体とは思えないほどの強い力と共に、ゴーレムに突き刺さる剣をさらに深く押し込む。
「私達に出会った不幸を恨むんだな、マキアの番人おもちゃ」
今なら抜くことも、左右に動かすことも、ここから十字に切り裂くことも不可能ではない。しかし、そこで既に敗者となったモンスターを無駄に傷つけるような真似はしない。ノアは力いっぱいに剣を持つ手に力を込めた。
『ウゴアアアアアアアアアァァァァ!!!』
ゴーレムは苦痛を感じさせる絶叫を上げる。それが、ゴーレムの断末魔となった。それから、ゴーレムはゆっくりと地面へと倒れこんでいった。
※
頭のぱっくりと裂けたマキアゴーレムを見下ろすのは、ノア。
モニカからのおうえんスキルのお陰か、ゴーレムに殴られて傷ついていたノアの体には少しも痛いところなんてなかった。
「さすが、ノアちゃん! ありがとっ」
笑顔で駆け寄ってくるモニカの笑顔に疲れていた精神が癒されていく。走ってくるモニカに心からの感謝の言葉を述べよう。そう思っていたノアに、予期せぬサプライズが起こる。
「いや、私が強いわけではない。身体能力を高めることのできる、モニカの応援スキルのお陰だ。だから、この戦いは、モニカのおかげ――」
「ノアちゃーん!」
「――で!?」
ノアの胸の中に飛びついてくるモニカ。
汗も掻いているのに、汚れているはずなのに何だか甘い香りのするモニカ。ノアは心配になる。自分も汗をたくさん掻いている、臭くはないのだろうか。いや、それよりもあんなに激しい戦いを見せた後だ。モニカは自分のことを怖がっていないのだろうか。いや、それよりも、この柔らかな感触に包まれて永遠に――ていやいや、何を考えているのだ。
激しいノアの葛藤を知らないモニカは、疲れや安心する気持ちもあったせいか甘い間延びするような声を上げた。
「守ってくれて、ありがとう。ノアちゃん。……だ~いすき」
「ぅひょぉ!?」
奇声を上げるノアに気づかないままモニカは、ノアの頬に自分の頬をすり寄せた。そして、そのままそっとノアに囁きかけた。
「……でも、あまり無理しちゃやだよ?」
やっとのことで、という感じでノアは声を荒げた。
「は、はひぃ! 全身全霊を捧げる思いで、モニカを守り抜くことを誓います!」
「もぉ、そんな風に無理しちゃダメだって言ったばかりなのに……」
少し怒ったようにモニカは密着していた体を頬をそこから離した。
名残惜しそうに、「あ……」と小さく声を漏らすノアだったが、ここはぐっと堪えておく。
「あれ? なんだか、また右手が……」
『テッテテー! ノアのレベルが上がったのぉ。落雷裂ライトニングスラッシュのスキルを手に入れたぞぉ。力もいち上がったようじゃ』
「ノアちゃんも、強くなるんだ!?」
「どうやら、勇者のパーティに入った者もその恩恵を受けるようだな。……必殺技というやつか。モニカのパーティを強化するおうえんスキルに、私の落雷裂ライトニングスラッシュ。確かに、強くなるというのは悪くないな」
つい数秒前まで、全くの別人のように挙動不審だったノアがいつもの冷静さを取り戻していた。
モニカは周囲をぐるりと見回せば、足元にあるたいまつを見つけて手にする。それは、自分達が先程持ってきていたものだ。
たいまつを壁にぶつけて、光を灯しながらノアを見るモニカ。
「ねえ、ノアちゃんは、ここのマキアのことどうしたらいいと思う?」
ノアは少し考えるように腕を組んだ。
「……そうだな、ここにあれば、いずれは誰かが見つけるだろう。しかし、こういう場所が見つかると同時に、争いの種になる可能性もある。世界規模で見れば、便利な道具であるマキアが手に入ることは非常に嬉しいことに思えるが……」
何か言い難そうにするノア。それは、彼女の中で答えが決まっている証拠だった。しかし、それを言ってしまえば、きっとモニカがノアの意思を尊重することは明白だった。そのため、ノアは自分の意見を出しかねていた。
普段は鈍感なモニカもノアの気持ちに気づき、全てを許容するように大きく頬を動かして笑った。
「なら、出る時にここの道は隠そう。開けることができたなら、閉めることもできるはずだよ。……へへ、私も正直なところ、世界がどうこうよりも、村の人達が悲しい思いするのは嫌だからねっ」
ノアの考えていた通りのモニカの提案を聞き、ノアは内から出る嬉しさのままに顔に花の咲いたように笑みを浮かべた。
「大好きだぁ、モニカぁ……」
「へ? なんか言った? ノアちゃん」
思わず口にしてしまった言葉を慌てて弁解するように大きく両手を振るノア。
「わわわっ! なんでもいなんでもない! ととと、とにかく、早くここから出よう!」
隠し事が見つかったように慌てるノアを見たモニカは不思議そうに首を傾げるものの、慌てて手を握って歩き出すノアに笑顔で「うん!」と頷いた。
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