第5話 モニカレベル2 ノアレベル25

 「わぁ、これ綺麗だね。”マキア”て凄いなぁ」


 モニカは洞窟の中で感嘆の声を上げた。

 暗く、出口まで何も見えないはずの洞窟だが、モニカとノアの周囲だけ青白い光が灯る。ゴツゴツとした地面を踏みながら進むノアは一本の太い枝木を手にしていた。それは、モニカが見つけたもので、オオガタケンに壊されなかった方のものだ。その先端に、青く発光する石を紐で結び付けていた。その青く発光する石こそ、マキアである。

 ノアは太い枝木を、掲げてモニカと共に歩きながら、悶々と考えていることがある。この枝木も二本あるなら、一人一本でそっちの方がいいのだろうが、探す手間や必要とする時間を考えればあまり遅い時間に洞窟の中を出てもモンスターとの遭遇率を上げるので、なるべくなら早めに出たいのがノアの心境だった。同時に、モニカと一緒に一本の枝を握って歩く姿に興奮したからというのも理由の一つだが、ノアは永遠に黙っておくことにする。どちらが本音かと聞かれれば、間違いなく前者が本心なのだが。


 「このマキアていうのは、魔力で作られた石なんだ。魔力は、いつも空間に漂っているんだが、条件さえ揃えば洞窟の結晶のように魔力密度の濃い場所で採取できる。この石が大きければ大きいほど、高値で買い取ってもらったりすることもできる。つまり、それだけ貴重な石てことだな」


 「どうして、その石が光っているの?」


 「それは、この石が魔力を持っているからな。魔力を持った石は刺激を与えれば内部に貯蓄された魔力を放出して発光する。その作用を利用して、このマキアをたいまつ代わりに使っているんだ。ちなみに、何で直接触らないかというと、私が持っているマキアは刺激を受けると表面が熱くなる。少し触る程度では、何も問題ないけど、しばらく触ればさすがに火傷ぐらいはしちゃうからな。……ほら」


 一度足を止めたノアは、『マキアたいまつ』を持っていた手を横に振る。カツン、と壁に叩きつければさらに明るくなる。どうやら、今が放出している状態になるのだろう。

 物事を深く考えないモニカなりに、この世界の電気というのはどうなっているのだろうかと思ってはいたが、どうやらマキアが電気が代わりになっているようだった。叩きつけると輝くその様子は、今のモニカには懐かしい蛍光灯を連想させた。

 綺麗だと思わせるマキア石の輝きを見たモニカは、素直に感心する。


 「へえ、やっぱり。マキアて凄いなぁ! 私の住んでいた世界は、電気を使って灯りをつけたりしていたんだよ」


 へえ、と次に驚きの声を上げたのはノアの方だった。


 「そっちにも、電気があったのか? なんだか、違う世界と一緒ていうのは嬉しい話だ。一応、こっちにも電気は存在するけど、どうしても扱いやすさからマキアを使ってしまうからな。どこかの街では、電気を中心に扱っているところもあるみたいだが、この辺はまだまだマキア頼みだな」


 「マキア頼み? てことは、村にあった照明も?」


 「そうさ。村の灯りのほとんどは、マキアで発光させている。大きなマキアから放出された魔力が、村の外灯のマキアと繋がっていて、それに刺激を与えることで灯りを維持するのさ。今、手に持っているのマキアは小さいから、長くても三十分程度。村の外灯は大体、五、六時間ぐらいで消えるようになっている。消えても再び刺激を与えれば光り輝くし、マキアそのものは、魔力を集めて発生させることができるから、半永久的に利用できるものなんだ」


 ノアは洞窟に入る前の異世界にいた話のことをしっかりと覚えていてくれたようで、自分が知っている知識をモニカの質問を受け入れて応じてくれている。なんとなく暗くて不安だった洞窟だったが、ノアと一緒にこういう風に話をしていけばあっという間に出口に着くのではないかなんて考え始めた頃。


 ――ゴゴォ。


 「この洞窟にも、そのマキアが眠っているところがあるんじゃないかって昔から言われているんだが発見されたことはない。見つかれば、村のみんなはきっと大喜びなんだろうけど……まあ噂を真に受けるのもなんだかな」


 「ね、ねえ、ノアちゃん」


 「そもそも、樹木神様が近いからってマキアが大量にあるとは限らないものだろう。さすがに、そこまで求められるのも酷というものだ」


 「ノアちゃん!」


 自分の話に集中していたため、ある異変に気づいていなかったノアは足を止めた。


 「さっきから、どうした……んだ……」


 ノアの表情が凍りつき、モニカが水中のプランクトンを食べる魚のごとく口をパクパクとさせている。そのモニカの指差した先に、暗闇が淡くなっている。しかし、それは他の暗闇とは違う、ぽっかり先の見えない空間。言ってしまえば、洞窟の中にいきなり道が出現しているのだ。


 「壁に触れてたら、右手の印が光って……そしたら、洞窟の岩と岩がゴゴゴて動いて……」


 「それで、岩の隙間から秘密の通路みたいなのを確認してしまったと?」


 ノアは何度かこの道を通ったことはあるが、突然生まれた道に驚きを隠しきれない。ただでさえ、こちら側は暗いのに、その通路はさらなる暗闇が広がっている。正直、こういういかにも何かありそうな場所は避けて通ることこそが、この世界で生きていくコツみたいなものだ。しかし、今ノアの隣にいるのは紛れもない勇者。目の前に広がる通路は、もしかしたら世界を救済するために役立つ何かかもしれない。

 モニカはノアの判断を待っているようで、不安そうに視線を送る。


 「モニカは、どうしたらいいと思う?」


 この冒険の主役はモニカだ。ノアは、質問を投げかける。


 「えと……もしもこれが私に関係しているところなら、行ってみたいなと思う……んだけど、ノアちゃんはどうかな?」


 自信なさげに問いかけるモニカを見て、ノアは苦笑を浮かべる。モニカの口から、これだけ聞ければ答えは決まっている。


 「行こう、モニカ。もしかしたら、街までの近道になっているかもしれない!」


 「うん、行こっ」


 とは言いいつつも、モニカが先頭を歩くことはなく、ノアの持つマキアたいまつを一緒に両手で握り締めて歩き出す。ぎゅうぅと体を寄せてくるノアは、喜びに心臓をバクバク鳴らしながら歩き出す。


 「ノ、ノアちゃんも心臓がドクンドクン言ってるね……やっぱり、緊張しちゃうよね……」


 「う、うう、うん! ……でへへ」


 耳元で囁かれて、さらに心音が高鳴るノア。

 いろんな意味で不安定な状態のノアに気づいたモニカは、自分がしっかりしないといけない! と決意を胸に密着して進んでいった。



                  ※



 新たに出現した通路は、それほど長いわけではなかった。硬い石の感触、そしてどこからか冷気のようなものを感じさせる。すぅと肌に触れては流れていく冷ややかな風を感じつつ、前の通路よりも凹凸の激しくなった足元に気をつけつつ二人は進む。そして、辿り着く。

 辺り一面が輝き、洞窟の一角を淡く眩しく照らしていた。


 「ほわぁ、すごぉい……」


 モニカは開いた口が塞がらないという感じに、その光景に目を奪われていた。

 隣に立つノアも、広がる光景の前に目を離すことができないようだ。


 「ああ、確かに……びっくりする光景だ」


 二人の前には、暗闇に散りばめられた花畑のように周囲を埋め尽くさんばかりのマキアが光り輝いていた。単なる暗闇だった視界が急激に明るくなったかと思えば、二人はマキアのない空間を探すほうが難しいとすら思わせる大量の魔力を込めた石が世界を照らしていた。

 モニカ以上にノアの中には、驚くべき理由があった。それは二人が見ているものに対しての価値観の違い。

 マキアの発掘場所というのは、そう多くはない。純粋かつ密度の濃い魔力の溜まる場所で作られる岩石、いわば魔石だ。人が頻繁に生活するような空間では、魔力の流れも一定ではなくあらゆる方向に流れてまとまることはない。だかといって、人が触れない場所ならどこでもできるかと聞かれれば、そう簡単には作られることはない。はっきりとした理由は分からないものの、これだけのマキア石を大量に採掘できる場所というのは、金山と同じで、掘れば掘る分だけ懐が温かくなることは間違いないはずだ。


 「マママ、マキアがこんなにあるなら、ルルを大きな街の寮のついた学校に通わせて、イノにもっと可愛いお洋服を買ってあげて……そうそう、お父さんには新しい農具を、いや、牛や鶏をもっと……」


 「ノ、ノアちゃん!? なんか頭から腰にかけて痙攣しているけど、どうしちゃったの!?」


 「――は!? わ、私は一体なにを……!?」


 どこか遠くを、もっと具体的にいえば何かおかしな薬でも打たれたように朦朧としていたノアが我に返る。彼女からしてみれば、目の前にいきなり金貨の山を置かれたようなものだ。それも、一つの国が買えるほどの。

 モニカとしても、マキアがどれだけ貴重かは理解したつもりだったが、ノアがここまで狼狽するということは、これは自分が思っている以上に大事で生活を潤すことができるもなのだろう。ノアの動揺を見ていれば、それがひしひしと伝わった。


 「す、すまない、私としたことが欲に目が眩んでしまった……。――そ、そうだ、モニカ! こんな私をぶってくれ!」


 「ぶ、ぶって、て……。私にノアちゃんを殴れっていうの!?」


 顔をグイと近づいてくるノアの表情は未だに混乱の中にいるようだった。無論、モニカに同世代の女の子をいたぶる趣味もSの性癖もない。できればお断りしたのだが、「さあさあ!」と必要以上にノアは顔を押し付けてくる。


 「た、頼む、モニカ! ど、どうか私に罰をくれぇ!」


 「ひぃぃん! 怖いよ、めちゃくちゃ怖いよノアちゃん!」


 モニカは思う。

 単純な怖さでいえば、洞窟前で出会ったオオガタケンよりも恐ろしい。

 できれば殴りたくない、できることなら今のノアにあまり触れたくない。凄く嫌だ。それでもやるしかないのだろう、自分がノアを黙らせる方法はもうそれぐらいしかないのだろう。もう一度言いたい、モニカは思う――凄く嫌だ。


 「頼む、モニカ! 私を、止めてくれ! モニカにしか頼めない、ていうかモニカがいいんだぁ――!


 恐怖が極限まで高まってきた辺りで、モニカは小さな五本の指をぎゅうぅと握り締めた。


 「――ご、ごめん、ノアちゃん! えいやっ」


 ――ポカッ。痛くないわけでも、痛過ぎないわけでもないモニカの殴打を受けるノア。


 「あぁん、ご主人様ぁ!」


 その場に両手をつけながら、両膝を曲げた女性らしい座り方で地面にぺたんと倒れこむノア。その顔は熱く、ほんのり赤くする頬はどこか色っぽい。

 モニカは何か聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。聞き間違いだろう、絶対そうに決まっている。


 「ご主人様ぁ! モニカ様ぁ! 勇者様ぁ!」


 色っぽい声を上げるノアに、モニカの心臓は止まりそうになる。

 コイツは何てことを言ってくれるんだ。モニカは、精神を棍棒で殴られたような衝撃を受けた。これ以上は限界だった、あまりの衝撃にスルーするという最善策を忘れて、言葉が漏れ出る。


 「あ、あの……ノアちゃん……勇者様は、まだ片耳閉じて何とか理解できるにしても……ご、ご主人様って……」


 自分の失言に気づいたノアは、失敗がそれ以上口からこぼれないように口元に手を伸ばす。冷や汗をかきながら、クールな笑みを浮かべてそこから慌てて立ち上がった。モニカから見ても分かるが、明らかに誤魔化そうとしていた。そして、それを今さら掘り返すほどモニカも聞きわけがないわけではない。

 頼むから、このまま話題を逸らしてくれ、そう願ったモニカだったが、ノアは予想に反して無茶をする。


 「ご、ごっそりイソジン様と言ったんだ……」


 「ごっそりイソジン様!? ……う、うがい薬かな」


 「……おしい、喉の神様だ。次の街には、イソジン教会があるから、ぜひ一度お祈りしていこう」


 「う、うん……」


 やれやら、とノアは額の汗を拭う。どうやら、今ので難を逃れたと思ったようだ。説明しようのない恐怖をノアに植え付けられたモニカは、記憶を忘れようと強引に話題を転換させる。


 「ね、ねえ、ノアちゃん! ここにあるマキアを貰っていったら、これから洞窟行った時とか野宿した時にも役に立つんじゃない?」


 「あ、ああ! ここでマキアを持っていけたら、そりゃ旅は楽になるだろう。私達がたいまつ代わりに使っているやつも、決して安いものじゃないからな」


 元々持っていた冷静さを取り戻していくノアに安堵しつつ、モニカは手近にあったマキアの岩石に触れる。何故だか、ここのマキアは熱くはない。地面から突き出したそれは、つららのように飛び出し、モニカでも力を入れてしまえば折れそうだ。


 「やっぱり、そういうものなんだね。ここのマキアて何か違うの?」


 「ああ、質の良いマキアほど、触れても熱くはならない。だから、逆に質の悪いマキアが照明代わりに安く出回ったりするんだ。まあ、その反対に質の良いものは使い勝手もいいから、庶民では決して手が届かない金額になったりする。たぶん、ここのマキアはかなり上質だろう」


 「あ、やっぱりそうなんだ! 他のとは違うのかな、て思ったよっ。……あ」


 ――ポキ。


 「さすが、モニカだ。他のマキアとの違いを見抜くとはな。……ああ、だけど一つ注意を言っておくぞ。ここのマキアの持って返ろうなんて考えてはいけないぞ。無論、石一欠片でも持っていこうなんて思うな。特につらら状のマキアは、簡単に折れやすくなっているから気をつけろよ」


 「え!? へ、へえぇ……ど、どうしてダメなの?」


 だらだらと涼しいはずの空間で汗が止まらなくなっているモニカに、ノアは気づくことはない。そのまま、一つの注意として言葉を続けた。


 「これは有名な話でな、もし発見した場合は兵隊や騎士や傭兵を大量に投入する必要がある。こういうマキアのあるところには、魔力の恩恵を受けた強力なモンスターが住み着いているんだ。それこそ、洞窟前で戦ったオオガタケンとは比べ物にもならないぐらいのな。奴らは、自分達の母親のようにこのマキアの濃い空間を愛している。だから、マキアが壊されたり盗まれたりすることがあれば、奴らは命を奪いに来るだろう」


 モニカの口から、「ははは……」と乾いた笑いが漏れる。


 「……や、やばいなぁ。――ノアちゃん、これならどうなるの?」


 モニカの異変に気づいたノアは、やっとのことで異常をきたす彼女を見る。――モニカの手には、折ったであろうマキアのつららが手の中にあった。そして、その手の近くには、ポッキリと強引に折られたマキアのつららが元の姿の半分の大きさになっている。

 絶句するノアに、モニカは震える手でつららを半分になったところに戻そうとして、断面部分にくっつける。


 「こ、これで元通りに……」


 パッと手を離すモニカ。――ガシャン。と音を立てて、マキアのつららは完全に砕け散った。


 「「……」」


 互いに無言で見つめあうモニカとノア。無表情で視線を交錯させて、そっと重たい腰を上げた。無言で相談した彼女達の出した結論は――逃走。

 そして、少しずつ来た道を戻ろうとするが。


 ――ゴゴゴゴゴ。重たい扉が強引に開かれるような、低くも響く音。嫌な予感を感じて、顔を上げれば、前方の逃げようとしていた方向から何かが足を引きずるようにゆっくりとやってくる。


 『ニガシハ、シナイ』


 ゆっくりとやっと人語を喋っているという感じに目の前の物体が告げた。――そいつは、全身岩だらけでやっと人の形をしているモンスター。子供が砂場で作り上げたような、そんな不恰好な体からの上の部分からは一つの金色の目が輝く。辛うじて、その辺りのが顔だと分かる。


 「ゴーレム!? こんな、狭い洞窟にゴーレムがいるなんて……」


 ゴーレムと呼ばれたモンスターは、モニカの背後で砕け散ったマキアを見れば、怒りで咆哮を上げた。そして、全身を緑色に発光をさせる。二人は、その輝きは見覚えがあった。


 「ノアちゃん、あの光り方って……!?」


 「ああ、マキアの光りだ。どうやら、アイツがここを守っている番人で、恩恵を受けているようだな。言ってみれば、マキアゴーレムというところか」


 薄く笑いながら、剣を抜くノアの表情に余裕はない。しかし、どちらにしてもマキアゴーレムを倒さない限りは、ここから逃げ出すことはできないだろう。

 モニカも剣を抜くが、正直ゴーレムの存在感を前に手の震えが止まらない。そんな自分に悔しくて泣きたくなる。そっとモニカの手をノアの剣を握ってない方の手が触れた。


 「今のモニカでは、奴を倒すことはできない。ここは私がなんとかしてみせる。……もしも私が奴を止められないなら、モニカ。キミは逃げてくれ」


 「ノアちゃん!」


 遺言のような言葉を発するノアをモニカは止めることもできず、ノアは素早い動きでマキアゴーレムに飛びかかった。

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