第3話 モニカレベル1

 とりあえず、今日のところはノアの家に泊まらせてもらうことになったモニカ。弟と妹と同じ部屋で寝ることになったのはいいのだが、明日のことを考えると全く眠れない。仕方がないので、モニカは一人部屋を抜け出せばノアの家の前のサッカーボールほどの大きさの石の上に腰を下ろす。

 相変わらず空に輝く月は綺麗で、そこだけ切り取ってみれば元の世界と同じ光景に心が落ち着くようだった。しかし、決闘は明日。今の内に逃げ出してもいいのだろうが、あれだけ一生懸命に勝負を挑んできたノアの気持ちを踏みにじるようで、それはしたくない。自分でも甘過ぎるのではないかという自覚はある。だからといって、モニカにはノアに勝てる自信もないので、適当に負けたら許してくれるだろうか。どちらにしても、負けることしかありえないのだろうが。

 モニカは、明日のことを考えると憂鬱になる。

 やはり、決闘というのは痛いのだろうか。きっと、痛いのだろう。相手を傷つけるのも自分が傷つくのも嫌だな、なんて思いながらも結局は流されるままなのだ。

 ぬかるみに埋まるように、悲観のループに陥るモニカは後ろから近づく足音にも気づくことはなかった。


 「どうした、眠れないのかい?」


 ノア父だ。相変わらず穏やかに笑いかける姿が似合う男性だった。


 「あ、えと……はい……」


 小さな体をさらに小さくするモニカを見たノア父は、とても申し訳なさそうな顔をした。


 「すまないね、うちの娘が迷惑をかけて」


 「い、いえ、私がちゃんと断らないことも悪いので……!」


 モニカは食事もいただいて寝る場所も用意してくれた人に、自分が大変失礼なことをしているように思えた。両手をパタパタと振って謙遜するモニカの姿を見て、ノア父はぽつりぽつりと語り出す。それは、ノア父なりのモニカの睡眠を手助けする方法と信じてのことだった。


 「実は、あの子の母親は私と幼馴染だったんだ。そのまま、当然の流れのように年の近い私と結婚した。同時に、彼女は戦士だったんだ。村を出ては帰って来るたびに、どんどん出世していったよ。私も詳しくは知らないが、村の外ではかなり湯名人になっていたらしい。どれだけ忙しくても、会う時間は減っていったが、ちゃんと娘達にも会いに来てくれた。……そんな時、彼女の死の報せが届いたよ」


 「そ、そんな……!? ど、どうしてですか……」


 あまりにも重たいノア父の言葉が、モニカの胸の奥深くに響く。モニカの疑問を予測していたようにスムーズな口調で、ノア父は言葉を続けた。


 「この世界の異変を追っていたのさ。それは戦士の仕事ではないと周りが何度も止めたが、勇者に憧れていた彼女はモンスターの巣に乗り込んで、そのまま帰って来ることはなかった……。もう三年も前のことになるが、ノアは今でも母親が生きていると信じている。もともと、母親の影響で戦士に憧れていたノアは自分が勇者になることで母親を救いたいと思うようになったのだ。戦士最強である母でも難しいなら、自分がそれを超えた存在――勇者になろうと考えたのさ。その目標へ向け、妹や弟が大きくなるまでという条件を自分につけて、死に物狂いで剣術を頑張っているんだ」


 モニカはノア父の言葉を聞いて、悲しげに視線を落とした。


 「だから……偶然勇者になった私が許せなかった……」


 モニカがもしノアの立場なら、同じように怒っていたのかもしれない。

 世界でもなれるかどうか分からない限られた夢を必死で追いかけていたところへ、突然現れた第三者があっさりそこに立っている。第三者であるモニカは努力もしなければ、勇者になるべくしてなった生い立ちもない。ただ、選ばれただけで勇者になった。それがノアをどれだけ傷つけたのか、考えるだけモニカは自分のことのように全身が重くなる。

 ノア父は、顔を青くさせるモニカの前で腰を落として、視線を合わせた。その真っ直ぐな眼差しからは親の子を想う気持ちが真っ直ぐに伝わってきた。


 「モニカさん、お願いがあります。あの子を、ここで止めてやってはくれませんか。このままいけば、きっと妻と同じ運命を辿ります。明日の決闘で、あの子の夢を砕いてやってください。親がこんなことを頼むなんて、酷い親だと思うかもしれません。しかし、私達はもう失うわけにはいかないのです。身勝手なお願いですが、どうか……ノアの父としての頼みを聞いてやってもらえませんか」


 地面に顔が付くのではないかと思うほど、強く深く頭を下げるノア父。モニカには、それに対しての答えを持ち合わせていない。ただ、祈りにも似た縋りつくような父親の願いを黙って聞いていた。

 いつまでも返事のないことに気づいたノア父は、無理して作った笑顔を浮かべると「おやすみ」とだけ告げて、そそくさと家の中に引っ込む。

 余計に眠れなくなったモニカは、家の扉が閉まるのを確認して、再び空に浮かぶ月を見上げた。


 「私に、答えなんて出せないよ……」


 一人呟いてみるが、誰も答えてはくれない。今は、迷い続けるしかない。自分が、明日どうやってノアと向き合うのか。



                ※


 時間帯は食事も終わり、胃袋の方も程よく消化された時間帯。人が動くことに適し、空いた時間を潰したいと思うほどの絶妙な空白の時刻。

 村の広場では、これだけの人数がどこに隠れていたのかと思うほどの大勢の村人達が輪を作る。そして、村人達が今か今かと向ける視線の中心にいるのは、モニカとノアが。子供達が言って回ったのか、それとも偶然聞こえたのか、ここで出店でも出せば客をとれそうな雰囲気すらある。

 ノアは気合十分という様子で、敵意を一切隠しもしていない。手にしているのは、切先の長い両刃のショートソード。片手で扱える剣だ。しかし、変わっているのは武器を持っていることだけでなく、首から下を覆う銀の鎧。モニカも同じく鎧をしているが、動きやすさを優先させたモニカのものとは違い、ノアの体に隙間なく敷き詰められた金属の板は頑丈そのものだ。


 「これは、決闘だ。手加減なんてしないぞ」


 どうやら、モンスター用の装備と間違えたわけではないようだ。実のところ、モンスター退治用の格好で敵は自分じゃないのではないだろうか、なんて甘い期待を抱いたのが間違いだったと思い知らされた。

 ノアはショートソードを片手で軽く回せば、剣の先をモニカへ向けて頭上近くに抱えた。空いた左手は、宙を掴むようにやんわりと握る。

 片手剣を持つ際は、盾と剣で攻防を役割分担させることが基本だ。しかし、ノアはあえてそれをしない。攻防を組み合わせず、ひたすらに攻めることで、防御の必要性を徹底的に排除した構えとなっている。抱えた左手はひたすらに、己の姿勢を維持するために使う。頭の悪い敵が、無防備な左手を狙うことがあったとしても右手さえ無事なら、必殺の一撃を放つことができる。少なくとも、盗賊やモンスターと戦闘経験もあるノアからしてみればモニカは自分の弟を倒すより楽に撃退できる存在だといえた。

 対するモニカは、緊張で震える両手で腰の勇者の剣を握る。ノアの扱うものよりも太く短い。しかし、それ以外に目立ったところはない。特別語るところがあるとすれば、モニカの全身が恐怖で震えまくっているところだろう。

 滝のように流れる汗を拭うこともできず、モニカは両手で握った剣越しにノアの姿を見る。


 「け、決闘なんてやめようよ、ノアちゃん!」


 モニカの言葉を聞いたノアは、彼女が臆病風に吹かれたように見えた。例え、ノア以上の力をモニカが持っていたとしても、同じような提案をしていたのだが、ノアはそこまでモニカのことを知らない。それどころか、それは上から目線の言葉とノアは受け取ることになる。


 「キミには、私と戦う事情なんてないのかもしれないけど、私には理由も覚悟もある! 自分の覚悟も分からなければ、立場すら理解できない奴になんて負けない!」


 完全に頭に血が昇ったノアには、モニカの言葉も決して届かない。

 ギリギリまで家族がノアを説得していたのもモニカは知っている。身近な彼らでさえ、止められないならほど一途な彼女が一度でも敵と定めたモニカの言葉は単なる雑音に過ぎない。もう戦うしかないのか、と。モニカは剣を握る手に力を込める。


 「どうやら、覚悟を決めたようだな」


 モニカは、判断ミスをしていた。返答することもできず、ただ黙って剣を握り直したことが戦いの合図だとノアは考えたようだ。

 やっとノアの言葉の意味に気づいたモニカが、すぐに釈明しようとするが、それはもう遅い。


 「へ……ち、ちがっ――きゃ!」


 十メートルほど先にいたはずのノアが、モニカの前方にまで迫ってきていた。刃先を構えていた剣が、突き出される槍のようにモニカに迫る。反射的に剣を持ち上げたモニカとノアの剣が交錯する。

 反射的にといっても、ノア自身がわざとぶつけていた部分が大きく、剣が触れただけのモニカの体が後方へと吹き飛ばされた。

 激しく地面に打ち付けられたモニカは、戦いを眺めていた観衆の足元に転がっていく。ざわつく村人達の中から、声が漏れる。


 「さすがに、今のはマズイんじゃないか……」

 「だ、大丈夫なのか。あの子!?」

 「で、でも、勇者て聞いていたし……」


 例え少女の姿をしていたとはいえ、勇者なのだから、見た目では考えられない戦いをするはず。村中を駆け回り、尾びれのついた噂だけを頼りにやってきた村人達はその姿に困惑する。それは、ノアも同じことで、牽制としての一撃を回避することもできず、体を丸めるモニカはただの少女だった。


 「この程度なの、勇者ていうやつは……」


 そうでも言わないとノアは、自分の精神を保つことができなかった。これでは、まるで、自分が本当に単なる子供を殴り飛ばしたのと一緒だった。


 「いたた……」


 ノアの目が大きく開いた。嬉しさと驚き、それに嫉妬が瞳の中で揺れる。

 剣を支えにして起きようとするモニカの体には傷一つなく、まるで少し躓いただけかのように普通に立ち上がった。

 不穏な様相を呈していた観衆が沸きあがり、拍手が起こった。


 「それが、勇者の力……」


 短い言葉に、ありったけの羨望を込めたノア。


 「そうみたいだよ、私もびっくり」


 えへへ、と笑うモニカ自身本当にびっくりだ。

 突き飛ばされ転げたことに対しての衝撃はあるが、それでもそこに痛みという痛覚はない。体が急に数メートルも飛ばされたことに対しての衝撃があるだけだ。淡く勇者の証が光っているところをみれば、今のはどうやら勇者の力のおかげで体を守ってもらえたということなのだろう。

 あれはまだ本気ではない、本当ならモニカは剣を受け止めることなんてできないはずだった。そして、モニカは予感していた。次の攻撃は確実に命を奪いかねないものが来るはずだ。

 そのつもりなのだろう。棒立ちだったノアは、再び剣を構えなおす。それは、彼女が先ほどもしていた必殺の構え。しかし、先ほどよりも腰は低く、持ち上げて引いた剣は腕を固定したようにしっかりとした安定を見せる。


 「そう、だったら私に見せてみるんだな。勇者というのは、どれほどのものかを!」


 それこそ、突き刺さる槍のようなノアの言葉を耳にモニカは思考を巡らせる。

 勇者の力を持つ体が頑丈だといっても、さすがにあの剣を刺されれば命を奪われる可能性は高いだろう。それに、再び同じ攻撃を回避できる自信はない。あんなもの、きっと弾丸を避けるよりも困難だ。――だったら、と。モニカの足は、ノアへ向けて駆け出した。


 「も、もう、戦いなんてやめてくださぁい! 私は戦いたくなんて、ないんです!」


 モニカのただ剣を構えて走っている。という姿に見えたノアは、己を侮辱されたような気持ちになり、モニカへと狙いを定める。事実、彼女の足取りは遅く、いつでも迎え撃てる状態だった。


 「ふざけているのか! お前が、私にとってどれだけ目障りなのか分からないのか!?」


 「そ、そんな……!? 私、ずっと考えていたんだよ……。どうすれば……ノアちゃんと仲良くなれるかを!」


 意味の分からない、そう言いモニカの体を刃で貫けば早い話のはずだった。あまりにもへっぴり腰な構えは、あれはわざとやっているのか。それとも、強力な返し技でも用意しているのか。しかし、ノアの体は動くことはなく、接近したモニカが剣を振り上げるところで、我に返った。


 「うわああああぁぁぁ――!」


 剣を構えたモニカは目を閉じていた。振り下ろすまでには、まだ時間がある。このまま、懐に飛び込んで首をとりにいくか。それとも、これは何かの罠なのか。あえて、隙だらけの体制で飛び込んできた自分を、魔法で焼き尽くすという策があるのかもしれない。――ならば、ここは回避するべきだろう。

 コンマの速度で思考し、避けるために体を捻る準備をするはずのノアの体がピタリと止まる。不思議とさえ思えるものを見たからだ。

 モニカは勇者の剣を放り投げた。


 「なんなの――!?」


 思わず、ノアがそう口に出した時、胸の中に飛び込んできたのはモニカ。

 モニカがノアを抱きしめる体勢になる。困惑するノアの耳には、二人の背後で地面に突き刺さる剣の音が聞こえた。

 ノアは最初、モニカがナイフか何か小型の刃物を持っているかと警戒もしたが、抱きしめた彼女からはそんな様子もなく、ただただ必死にノアにしがみつこうとしていた。


 「は、離せっ!」


 「い、いや! いやだよ! 私の敵は、ノアちゃんじゃない! ノアちゃんが勇者だっていうなら、勇者同士で戦う必要なんてないはずでしょ!」


 引き離そうとするには簡単だった。しかし、そうさせないだけの何かをモニカからノアに感じさせた。剣を捨ててまで見せた必死さ、それは刃を向け合うことよりも困難なものに思えた。

 これが、勇者の力なのか。そう思わせるほどに、ノアは今のモニカを自分から引き剥がしたくないさえと思えた。

 理解のできない感情に困惑しながらも、ノアは身をよじりながらモニカから逃れようとする。


 「な、何だ、お前……。さ、さっきから、勇者なら堂々と……」


 モニカの鎧とノアの鎧がぶつかり合い、がちゃがちゃと音を立てる。それほどまでに密着した状態で、モニカは語りかける。


 「私、気づいたら勇者になっていたんで、そういうのも分かりませんっ。でも、私の私なりの覚悟はありますっ。……私のことを助けてくれて、家族思いで、誰かのために戦いたいと頑張るノアちゃんのこと、私――大好きになりました!」


 「なん……だと……!?」


 運動神経の低いモニカが、急に動いたからという理由もあるが、頬の色をピンクにしながらモニカが告げる。

 友達とか親友とかの”大好き”を語るモニカ。

 愛とか恋とかの意味で”大好き”を受け取るノア。 

 抱き合ったまま停止した時間の中で、互いの思惑が交錯する。



                ※



 互いに熱い視線を交わらせるモニカとノア。

 それを黙ってみていた村人達の主に男性が何故か喉を鳴らした。


 「な、なんだろう、あの二人を見ていると……なんだか込み上げてくるものがある……」


 「お、おい、お前。あんな少女を見て変な気になっているんじゃないだろうな」


 「ち、違う。そういうものじゃなくて、もっとこう……愛とか恋とかよりも何か深い感情、一体これは……」


 彼らはこの感情を知らない。しかし、知る方法が分からない、探し求めようとも思うが、それはなかなかに顔を出そうとしない。理解ができない、この感情は一体なんなのだ。


 「――萌え、じゃよ」


 「「長老!?」」


 いつだった頼れる長老が、すっと男達の隙間から出てきた。

 しわだらけの顔の下に伸びる顎髭を撫でながら、長老は言葉を続けた。


 「ばあさんが逝って以来、久しくわしもこの感情は忘れておった。昔、村にやってきた旅人が教えてくれたのじゃよ。恋でもなければ、愛に等しい何か。それでいて、決して届くことはなく、ただ遠くから眺めるだけで満たされる感情。――それが、萌え。なのだと」


 「も、萌え……」


 長老の言葉を耳にした一人の青年が、その言葉を口にした。

 次々に、他の男性達も口にしていく。「萌え」と。そして、とうとう一人の青年が大声を上げて昂ぶった感情を口にする。


 「そうか、これが俺達の感情! 萌えだ!」

 「気づかなかったよ、最高だ! 萌ええぇ――!!!」

 「萌える、あの二人、萌えるよ!!!」


 この村には娯楽という娯楽はなく、家畜を養い田畑と共に生きるのが村で生きていく人間の基本的な生活になる。しかし、今ここに”萌え”という文化の生まれたら彼らは、時間をかけて世界にその文化を広げていくことになる。――それは、また別のお話。



                  ※



 ――ここで、話は抱き合ったまま離れない二人に戻る。

 外野の声なんて聞こえないほど互いの顔を見つめ合う、モニカとノア。沈黙を破ったのは、ノアだった。


 「お、お前、本当に私のこと……す、好きなのか……?」


 ぷい、と顔を逸らしながら言うノア。敵意がなくなったことを感じたモニカは、満面の笑みを浮かべた。


 「うん、ノアちゃんのこと大好きだよっ。だから、戦いたくない! こんなことでケンカなんかしちゃったら、ノアちゃんと仲良くできなくなっちゃうもん」


 疑うことなんてきでないほど、真っ直ぐな視線を受けたノアの顔は風呂上りのように赤くなる。

 ノアは思う。これは、本物の愛だ。剣を向けて命を奪おうとした相手に、”大好き”と告げるモニカは本気で自分のことを愛しているのだ。これを、愛と呼ばないで何と呼ぶというのだ。さらには、武器を捨てて懐に飛び込んでくる勇気、敵意を抱いた他者を包む愛。そんな相手に、自分は刃を向けていたのか!?

 ノアにはあまり母親の記憶もなく、父親も面と向かって好きだということはない。家族の愛情が伝わるが、ここまでストレートに口に出してくれた人間はいない。ノアには、生まれて初めの経験。それは――モニカが勇者だという現実を塗り潰すには、十分過ぎる出来事。

 モニカへ向けられていたノアの剣が地面に落ちる。


 「私の負けだ。私は、モニカの愛の前に負けた。……認めるよ、勇者モニカ」


 一度、首を傾げたモニカだったが、花が咲いたように顔をほころばせた。


 「ありがとう! ノアちゃん!」


 嬉しそうにするモニカを見て、ノアは自嘲気味に笑う。


 「……しかし、これで私の勇者としての夢は破れたのか」


 ノアの戦いはノアの中で終わろうとしていた。しかし、モニカはそんな剣を落とした手をそっと両手で包み込んだ。


 「そのことなんだけど、ノアちゃんも私も幸せになる方法を思いついたんだ。それはね――私と一緒に旅に出ようよ、ノアちゃん!」


 ノアは一瞬耳を疑い、そして、モニカと旅をする自分を想像した。もしかしたら、モニカと一緒に旅を続ければ、母に会えるかもしれない。それは、自分からしても非常にありがたい提案であった。


 「こんな私でもいいの……? 敵を倒すことと料理を作ることぐらいしかできないけど……」


 「私はどっちもできないから、大丈夫っ」


 モニカの発言が、おかしくてノアは声を上げて笑う。そして、考えるのだ。やはり、彼女と旅をする自分は楽しそうだ。握られてない方の片手で、モニカの体をノアは抱き寄せた。


 「こちらこそ、ありがとう。勇者モニカに戦士として忠誠を誓うよ」


 「うん、よろしくっ」


 モニカとノアは共に笑う。その時、右手の勇者の印がピカッと突然ライトでも付けたように輝いた。


 『おめでとう、仲間が増えたのじゃ。これからは、仲間も一.二倍の経験値を手に入れることになるぞ』


 突然、勇者の印から樹木神の声が響く。どうやら、これも勇者の印の力のようだ。嬉しい反面、手の甲から老人の声が出るというのはなかなかにインパクトがある。悪い意味で。


 「こ、この機能いるのかな……」


 『テッテテー! レベルが上がったのおぉ、打たれ強さがいち、魅力がいち上がったようじゃ』


 勇者の印が再び告げる。

 どうやら、力が強くなるたびにどこが成長したのかを教えてくれるようだ。これからも、こういう風に教えてくれるのかと思えば、なんとなく憂鬱な気持ちになる。


 「お年寄りが良かれと思って、若い子にいろいろしてくれたりするけど、それがうまく伝わらなかったりすることって……あるよね……」


 勇者の印の光が消えれば、なんとなく強くなったような気がしないでもない。打たれ強さと魅力なので、よく分からないが。だからといって、今から試しにノアに殴られたいとも思わないので、その辺は少しずつ学んでいくことにしよう。

 ノアは、励ますような笑顔を作りモニカに笑いかけた。


 「勇者もいろいろ大変なんだな……」

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