#2「銀河の輪舞曲(ロンド)/四角い遊星」
「おかえりツツジ!今日はどんな夢?ゲーム?ゲームにする?それとも」
「ゲームだよ!どこで覚えたんだそんなの」
ソムニアのボケに先制してツッコミを返す筒次。夢魔のソムニアには実体がなく人の夢を通して現実の知識を得ているため、天然かどうかわかりにくいボケが時々炸裂する。かと思えば今のように妙なことには詳しかったりもするので、筒次は常日頃からその言動に振り回されていた。
「ただ、今日はまだ何のゲームにするか決まってないんだよな……テーマは考えてるんだけど」
「テーマって?」
「『宇宙』だ」
宇宙。
「ギャラクシアン」「スペースインベーダー」さらに遡れば「スペースウォー!」……ビデオゲーム黎明期から宇宙を舞台にした作品は数多い。画面の発色制限で画面のほとんどを黒くするしかなかった時代の苦肉の策でもあろうが、人類が月に手を届かせつつあった時代、当時目新しい存在だったビデオゲームに謎とロマンに溢れた宇宙を重ねたとも言えるかもしれない。
どちらにせよ、筒次にとっては自分が生まれる前の話。ゲーム好きの父と伯父から伝え聞く当時の熱狂も、ゲームがありふれたものとなった時代を生きる筒次にとっては歴史や神話とそう変わらない。
「宇宙かあ。たまにヒトの夢に出てくるけど、なんか暗くてよくわかんないのよね。ツツジは行ったことあるの?」
「いや、宇宙はそんな気軽には行けないからな?何十年か後には一般人が宇宙旅行に行ける時代が来るらしいけど」
「へぇ。だから夢の中ででも行ってみたいってワケね」
「そういうこと。ただ、宇宙に行って何しようか、って所が思いつかない」
「なんで?夢に見るほど行ってみたい場所なんだから、なにか良いものとか楽しいことがあるんじゃないの?」
「何があるのか、何ができるかわからないから惹かれるって事もあるんだよ。宇宙飛行士だって無重力でものを投げるとどうなるかとか、普段からやってることを実験のネタに……あっ」
筒次の口の動きが止まった。
「どうかしたの?」
「宇宙で何するか、思いついたわ」
「いいね!どんなの?」
「麻雀」
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宇宙が登場する数あるゲームの中から、筒次が選んだのは「Galaxy Walker」。もとは海外で発売され、後に日本向けにローカライズされたPC向けゲームである。
オープンワールドのマップを宇宙船で自由に移動し、着陸した惑星を探検したり先住民と取引したりして資源を集め、その素材を使って宇宙船やスーツを強化してさらに探索範囲を広げていくのが基本の目的となる。更に特定の惑星や航行中にランダムで発生するイベントが散りばめられており、すべてコンプリートするには年単位の時間がかかる、ともっぱらの噂。
攻略以外にも、公式がMOD(ユーザーが作るゲームの改造データ)をサポートしたことも手伝って、キャラクターの見た目を変更したり、敵キャラクターを捕まえて連れて歩けるようにしたり、惑星を自分好みに開拓して公式のフォーラムにアップロードしたりと、プレイヤーが好みに合わせて自由に遊び方を選べるのがウリだ。
そういうわけで、『明晰』を終えて出来上がった夢の空間に飛び入った筒次とソムニアはゲーム内に登場する自家用の宇宙船に乗り込んでいた。
「ここが宇宙かぁ。星空に囲まれてるみたいで綺麗だねっ」
「あんまりはしゃぐと危ないぞ。って言っても俺もこれはワクワクするな」
目的地の近くまでは
「ところで、麻雀って4人いないとできないんだよね。相手はどうするの?」
「もうちょっとで都市惑星に着くから、そこの酒場か賭場を探す。規模の大きい町にそういう娯楽は付き物だからな」
「ふーん、なるほどね」
「おっ、ワープが終わるな。目当ての星が肉眼で見える」
そこにあったのは、都市惑星の名前にふさわしく一面がネオンの光に包まれたきらびやかな星だ。筒次はコンソールを操作して着陸シーケンスを起動、同時に宇宙船発着港の管制にコンタクトを送り着陸許可を受けた。
「これから着陸する。舌噛むかもしれないから口は閉じておくんだぞ」
「舌を噛む?なんで」
「宇宙船の環境フィルターが効いてても重力圏に入る影響はあるだろ……ってもう時間ないっ」
とっさに口をつぐむ筒次に対して、ソムニアは一向に黙る気配を見せない。それどころか質問攻めや雑談の勢いは強まる一方だ。
なんで喋れる?夢魔だから重力の影響を受けないとか?筒次の思考に疑念が渦巻くが、フィルターに緩和されてなお強烈な重力に耐えるのが精一杯で口を開くこともままならない。無事に着陸を済ませ、一通りの検査をパスしてようやく二人の会話が再開した。
「なんでずーっと黙ってばっかりだったの!」
「聞きたいのはこっちだよ!なんであんなに重力かかってて普通に喋れるんだ!?」
「なんでって、そりゃ話そうと思えば話せるって。ていうか、ツツジの夢なんだからツツジだって話せるハズでしょ」
「……言われてみれば、そうか」
そもそもここは筒次の夢の中。それも内容まで思い通りに作れる明晰夢なのだから、律儀に現実の物理法則に従う必要は無いのだ。思いつく限り自由にできるということは、裏を返せば思いつかない事に縛られてしまうということ。筒次は一本取られた心地で指を額に当てた。
//////
ネオンの光がひしめく繁華街を見て回りながらしばらく歩き、手頃なバーに入る。居酒屋のように手頃でもなく高級クラブのように格式が高すぎる訳でもない、ほどよい堅さと心地よさを共有するタイプの喫酒店だ。店の雰囲気を壊さないよう、筒次はサラリーマン風のスーツ姿に、ソムニアは紫色のシックなドレスに着替えていた。明晰夢だから咎められる事もないだろうが、着替えは一瞬で済むし二人ともこういう雰囲気は気にする性分なのだ。
バーテンダーにお勧めのカクテルと軽食を注文し、出されたダイキリとピニャコラーダを静かに口にする。
「美味しい!甘くて酸っぱくて良い匂いで!」
「気に入って頂けたようで何よりです」
ピニャコラーダを一口飲んだソムニアの率直な感想に、老紳士という言葉を体現したようなバーテンダーが優しく微笑む。
筒次に供されたダイキリも美味だった。柑橘の爽やかな香りが鼻に抜けて、甘辛い液体が酒精をともなって喉の奥へと染み込んでいく。二十歳になったばかりで酒を呑み慣れていないためゲームの知識と想像で明晰したバーだったが、尊敬するゲームクリエイターの「良い作品は時に作り手の予想を超える」という言葉の通りになった、と筒次は二重の感動に打ち震えた。
その後に運ばれてきたサンドイッチもこれまた絶品だったのだが、あくまで本題は麻雀である。店内の片隅にある雀卓を見ると、ちょうど三人だけの卓があった。待たせるソムニアのためにメニューにあったバナナパイを注文すると、そそくさと雀卓に向かった。
「ここ、入って良いですか」
「大歓迎さ。さっきまで常連の仲間がいたんだが帰っちまってな」
「あんた見慣れない顔だが、その格好だと出張かなんかかい」
「そんなとこです」
「それで女連れとはやるじゃねえか。奥さんがいるならバレないように気ぃ付けろよ」
「ハハハ。肝に命じますよ」
会話しつつ相手の顔を確認する筒次。
最初に話したのが爬虫類のような鱗と頭を持ち、電子タバコをくわえる人。次に話したのは鳥のような青い羽毛で全身包まれ、白いバンダナを身につけた人。最後に、未だ口を開かないのは見るからに全身機械の……というより、人型のロボットそのものの人(?)だ。筒次は雀卓の空いている席に座った。
「そんじゃ始めますか。
「わかりました」
筒次が連邦紙幣を取り出したのを見て、筒次から見て
//////
バーの静寂に牌を打つ音が響く。序盤は筒次の優勢で進んだ。
「それ、ロン。タンヤオ
「ツモ!リーヅモ三色に……裏が乗ってドラ1。子の満貫で2000-4000」
筒次はゲームでしか麻雀をしたことがないが、ビギナーズラックかあるいは天性の才能の持ち主なのか、折り返し地点の南入に差し掛かる頃には大きく点数をリードしていた。新顔が調子に乗っていると機嫌を損ねてはいないだろうかと面子の表情をうかがった筒次だったが、
「兄ちゃんやるじゃねえか。これは手強い相手が来たぜ」
「俺らもこの辺じゃそこそこ名前が売れてるからな。トサカが鳴るってもんよ」
と気前が良い。上家の機械人は未だに口をきかないが、特に怒ってはいないようだった。筒次は安堵して対局を続行したがそれも束の間、南入してからというもの筒次のペースはガクンと落ちてしまう。
「ロン。ダブ南チャンタドラ3。跳満だ」
「ツモ。ツモのみで1000点だが、あんた良い手入ってただろ?」
「バレてたか……」
そうこうしている内にオーラス、筒次の親番である。
手痛い反撃を受け点数は減ったがまだ勝ち目はある。それまでと同じように牌山を作り、第一打牌もそこそこに手牌を整理していた筒次だったが、
「リーチ」
と、初めて声を発した機械人のリーチ宣言に耳を疑った。驚きの原因は機械人の声がイメージよりも澄んだ女性の声だったことと、第一打目でのリーチ宣言すなわちダブルリーチだった事だ。ダブルリーチはそれだけで2飜の役。さらに局が始まったばかりで安牌もない。
(通れっ……!)
祈る気持ちで打った牌は、果たして無事に通った。筒次がホッと息をついたのも束の間、
「ツモ!」
「えっ」
「ダブリー一発ツモ、チンイツドラ3。
「げえーっ」
「ヒュウ、ツイてるね。最後の最後に逆転ってか」
トカゲ人の言うとおり、それまで4位だった機械人が今の
「まぁ落ち込むなよ。そういう日もあるってことさ」
「良い腕してたよ、兄ちゃん。また遊びに来な。歓迎するぜ」
「機会があったら、また。会いましょう」
三者三様の見送りを受けた筒次は、バナナパイをすっかり食べ切ったソムニアを回収、代金を支払い店を出た。負けたのは悔しいがそれ以上に最後の一局には驚かされた。役満ではないとは言え配牌であんなに良い手が来るなんて、よほど運が良いか積み込みでもしなければ……
「ん?積み込み……?」
「? ツツジ、何か宇宙船に積み荷でもあるの」
「いや、そういうわけじゃなくて」
さっきの半荘を思い返す。序盤やたらと調子がよかったのも、劣勢でも相手の態度に余裕があったのも、ひょっとして機械人がオーラスまで一言も発しなかったのも何かの符丁だとしたら……!
決定的な証拠こそないが、あの三人(と、場合によってはバーテンダーも)がグルで、最初から筒次をカモと見てイカサマを仕掛けるつもりだったとすれば全て辻褄が会う。
「やられた……!」
「わっ、急に叫ぶとかやめてよ!もしかして酔ってる?」
「いや、なんでもない。悪い」
「ビックリさせるなぁ、もう」
多少うろたえた筒次だったが不思議と怒りは沸いてこなかった。授業料としては安く済んだ部類だし、バーテンダーに作ってもらったカクテルや料理と雀卓を囲んでの麻雀は新鮮だった。それに、「麻雀をしたらイカサマされて負けた」だと情けない話だが、「夢の中で麻雀をしたら宇宙人にイカサマされて負けた」はかなり面白い。
//////
ところで、筒次が麻雀のモチーフとして選んだのは「ザ・ファミリー麻雀ポケット」。その名の通り、携帯ゲーム機の通信機能を使って手軽に麻雀を楽しめるゲームだ。
麻雀のゲームも宇宙が題材のゲームほどでは無いにしろ種類があるが、特殊な環境で麻雀をするならあえてシンプルな方がいい、という考えからのチョイスだった。内容もシンプルそのもので、多少ルールの変更ができる以外はいたって普通の麻雀。当然イカサマなどシステムに組み込まれてもいないのだが。
「『いい作品は時に作り手の予想を超える』か……」
口から零れでた言葉は都市の喧騒に溶けて消えていく。
この星の夜はまだまだ長そうだ。立ち並ぶ店を上機嫌で目移りするソムニアを見ながらそんなことを思う筒次だった。
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