#1-B「ラーメン・コンクエスト/七つ星に愛をこめて」(後編)

 資材倉庫までは10分とかからなかった。


「ここが目当ての場所?」

「いや、ここにも用はあるけどゴールはもっと向こうだ」


 筒次が指差したのは兵舎のある区画の更に奥。食堂や売店などの商業施設が集まるエリアだった。


「あそこまで行くなら、結構歩かないとダメじゃん。この前の旅行ゲームの時よりはマシだけどさぁ」

「あれはちょっと無茶しすぎたな。まさかゲームの観光名所を実際に回るだけであんなに楽しいとは……」

「逆さまに流れる滝とかキレイだったよねー。歩き疲れてヘトヘトだったけど」


 コンテナや作業用クレーンが点在する倉庫を横目に、舗装された道を並び歩く。

 資材倉庫エリアは、この基地で扱う日用品から指揮官プレイヤーの指示を受けて実際に戦う機兵ユニットたちの装備まで、あらゆるものを備蓄する区画だ。

 搬入搬出はきっちりと記録されており、資材管理表アイテム欄を使ってスムーズに発注、利用できるようになっている。

 システムといえばそれまでだが、普段目には見えない所で働く作業員たちの功労の賜物でもある。


「それにしても、まだ誰とも会ってないじゃん。ホントに仲間なんかいるの?」

「基地の外れの方から中央部に向かってるから、だんだん人通りは多くなるはずなんだが……おっ、居た居た」


 ちょうど筒次とソムニアの目指す方から歩いてくる人影。遠目からでも目立つオレンジを基調とした戦闘用スーツのシルエットは、筒次にも見覚えがあった。

 タイミングを同じくして、向こうもこちらに気づいた様子。


「指揮官殿!おはようございますッ!」


 着ている服の色に負けない明るい声が木霊した。


「おはようミノっち!もう昼だけどな」

「これは失敬。そちらの方は見ない姿ですが、新しい機兵ですか?」

「ん、まあそんなトコだな。これから基地を案内するところだ」

「そうでしたか、お務めのところ呼び止めてしまい申し訳ありませんッ」

 ミノっちと呼ばれたスーツの女性は深々と頭を下げた。


「ミノっちは律儀だな……別に挨拶ぐらい普通だろ。気にすんな」

「恐縮ですッ!では私はこれで失礼致しますが、出撃の際は何時でもお呼びくださいッ!!」

「おおっ、気合充分。当てにしてるぜ」


 そのまま道をすれ違い歩き出す二人と一人。

『ミノっち』の去っていく後ろ姿にもその真面目さが表れているようにソムニアは思えた。


「今のがお仲間さん?」

「そう。ちゃんとした名前は『ミノフォートⅡ』だったかな。めんどくさいからミノっち」

「嫌な人でないっぽいけど、なんかやる気ありすぎて逆に頼りない感じ~」

「そうは言っても実際めちゃ強いんだわ。なんと言っても☆5ユニットだし、『原作』でも主役級で人気キャラらしい。よく知らんけど」


 筒次が言った「原作」とは、「迫アドF」の原作である「迫アド」の更に原典となる「白閃のアドミラル」を指す。


 もともと「白アド」の擬人化プロジェクトとして始まった迫アドは、白アドに登場したロボット兵器たちのデザインを踏襲しつつ大胆なアレンジを加えて機兵というキャラクターを世に送り出した。


 一見キャッチーな造形でありながら、持っている武器の傷や身に付けているアクセサリーなどの細かいディテールで原作のエピソードを連想させる心憎いファンサービスも忘れない。

 結果、古参の層と迫アドからの新規層を幅広く取り込む事に成功した。


 筒次はゲーム化作品の迫アドFがリリースされてはじめて手を出したクチで、ファンの中でも特に新参ということになる。

 白アドはSNSでアニメやゲーム情報を探していれば嫌でも目に入る人気作品であるため、多少の原作設定は筒次の頭にも入っていたが、シリーズの他の媒体には特に興味を示さなかった。


 彼はあくまでゲーマーであり、ゲームオタクなのだ。


 とはいえ、人気のあるキャラは性能も高いのが版権ソシャゲーの常。ガチャから出る中では最大レアリティである☆5ユニットとして実装されるのは、多方面から人気の高い主人公機やライバル機たちだ。


 逆に☆5実装をきっかけに大きく注目を浴びて人気キャラになるパターンもしばしばあったが、どちらにせよ強さと人気は不可分という形のない法則がファンコミュニティを取り巻いているのだった。


//////


 兵舎のエリアに差し掛かると、それまでの静けさと対照的に賑わいがあった。

 行き交う機兵も筒次にとっては見馴れた手持ちユニットたちだ。すれ違いざまに軽快に挨拶を交わしていく。


「おややっ、指令じゃん!元気してたーっ?」


「久しいな指揮官よ!いい日和である、一緒に鍛練でもどうかね」


「マスター、今日は敵を狩りには行かないのかな……クヒヒ……!」


 今の筒次は指揮官らしさ皆無のTシャツ&カーゴパンツ姿で、それ以前にゲーム画面を通さずに機兵たちと対面するのは今回が初めてだ。

 それでも機兵たちは筒次を旧知の仲のように接しているし、筒次もそれが当然という態度で応答している。


 自分の夢や空想をそのまま使うことで、いい辻褄合わせを思いつきさえすれば面倒な部分や余計なしがらみをご都合主義的に解決できる。

 つくづく便利な能力だ、と内心で呟く筒次であった。


「なんというか……個性的?な人、多いね」


 筒次が明晰の威力を噛みしめている一方で、ソムニアは先ほどから出会う面々の奇抜な格好に困惑していた。


 物々しい光線銃を提げていたり、身長ほどもあるハンマーを背負っているようなのはまだわかる。筒次の説明や今いる場所からして、戦闘に使う装備を出撃に備えて肌身離さず持っているのはそれほど不自然ではない。


「ちょっと焦げてるコートとか、眼がチカチカする色のドレスみたいなのとか……」


 それでも気になるものは気になる。思ったままを訊ねることにした。


「あとさっき見た女のコの服!あれメイド服ってやつでしょ!?アレも戦うのに便利だったり……」

「一切ない。設定的に意味があるヤツも中にはいるけど、基本的に理由は謎だ。強いていうなら『レアリティが高いから』だな」

「なんでよ~っ!?」


 言葉の意味は通じてる筈なのに、全く理解が追い付かない。


「いくら戦闘メカ的なナニカって言っても、あんなの着てたら無意味通り越して不利じゃないのよ!!」

「知るかっ、ソシャゲーってのはそういうモノなんだよ!大体『迫アドF』はその辺まだマシな方なんだぞ?」

「これより意味不明な格好ってなによ!?」

「例えば正月になると振り袖のまま戦ったり、夏は水着で戦ったり……」


 何を言っているのかわからず頭を抱えるソムニア。それでも筒次は止まらない。


「頑張って育てたキャラが、進化でいきなりどう着脱するのかも謎の半裸みたいな格好になるってのもあるな。そんな装備で外出て大丈夫か?って言いたくなるぞ」


 ソムニアは細い眉をギザギザに歪めて、付き合っていられないわと言わんばかりにこめかみを押さえた。


//////


 その後も誰かとすれ違っては軽い雑談をしつつ歩みを続け、やがて商業区画の中央部、食堂施設の前に辿りついた。


「そういえばツツジ、今回は何して遊ぶの?」


 ようやくショックから立ち直ったソムニアが、後回しになっていた疑問を投げかける。


「戦うゲームなんだっけ。実際にバトってみるとか?」

「いや、それは今回はパス」


 首を横に振る筒次。


「実際に戦うのは機兵たちで、俺は指示出すだけだからなぁ。目の前でビームとか実弾でドンパチするのはちょっと見たいけど」

「じゃあ何するのよ。勿体ぶらずに教えなさいよねっ」

「それは着いてのお楽しみ。どうしてもやりたいことがあるんだよ」


 口角を吊り上げていたずらっぽく笑う筒次。

 ソムニアは溜め息をついた。ツツジがこの顔をするのは、大抵ろくでもないアイデアを思い付いたときだ。


「さぁて、先ずは厨房のほうに……いや、休憩室を見るのが先か?」


 浮かれきった声色で何やらブツブツとつぶやく筒次を見て、ため息を吐ききったソムニアはにっこり笑った。


 変な企みを思いついた時のツツジがすることは、いつでもサイコーに楽しいのだ。


//////


 道中に少し時間をかけたことで、昼食のピークタイムは既に過ぎている。


 食堂から足早に去るもの、あるいはゆったりと自由時間を満喫するもの……人の流れと共にかき交ぜられた独特の空気が食堂を満たしていた。


「人がいっぱい……さっきみたいな変な格好じゃないのもいるのね」

「☆の数が少ない……つまりレア度の低い機兵は地味なのが多いな。もともと派手なメカは少ないらしいしこっちが本流なのかも」

「よかったぁ、仮装パーティーみたいなのじゃなくて……」


 ほっと胸を撫でおろすソムニアを尻目に、筒次は人込みに目を凝らす。


「俺のアカウントのデータなら、きっとこの辺に二人で……居たッ」


 目当ての人物を見つけた筒次は、人通りを掻い潜って一目散に進んでゆく。

 ソムニアも見失うまいと筒次の背に追いすがり、


「わひゃっ」


 と間抜けな悲鳴をあげた。目の前の筒次が急ブレーキしたはずみで背中にぶつかってしまったのだ。


「走ったり止まったり、エスコートの精神ってものがないわよね、まったく……」


 などとぼやきながら筒次の背中越しに覗きこむように顔を出す。


山虎やまとら!ベル!」


 呼びかける筒次。ソムニアがそちらに目を向けると、


「ッ、指揮官さん!?何か用事ッスか!?」


 と、いかにも熱血そうなイガグリ頭の少年。


「……しれー、だ……元気……?」


 こちらは迷彩柄のキャップを目深に被り、眠たげな声で話す少女。


 一見して接点の無さそうな二人組が、食堂に備え付けられた小さめの円卓を囲んでいた。どうやらこの二人が筒次のお目当てらしい。


「ツツジ、この子たちが……?」


 待望の光景を目の当たりにした筒次が喜色満面で頷く。


「俺が会いたかったヤツら、『迫アド・ラーメン部』さ」

「ラーメン、部?」

「おう。今日はこいつらに、最高のラーメンを食わせるッ!!」


 決断的に言い切る筒次。


「ラーメンッスか!?めちゃ食べたいッス!!」

「らーめん……じゅるり……」


 テンションに違いこそあれ、二人組の目に同じ光が宿った。


//////


 絶妙に心をくすぐるキャラ造形で根強い支持を得る白アドおよび迫アドには、様々なキャラ同士の組み合わせ――カップリングが存在する。


 白アド時代から所縁ゆかりのある主人公機とライバル機のコンビ「ミノ・テト」や、同型メカの前世代機と後継機、あるいは亜種バリエーションを家族関係に見立てた「ライゼン親子」「ファルマブラザーズ」などは特に人気が高くファンアートや二次創作の数も枚挙にいとまが無い。


 また、多くのソシャゲーと同じく迫アドFでも何かとお世話になる強化素材クエストを高速周回するため、素早くザコ敵を倒せる編成で有名になった通称「塩カルビトリオ」など、ゲーム化をきっかけにファン先導で考案されたカップリングも幾つかあり、SNSに投稿されるネタ絵を筆頭に活気を見せている。


 一方で、そうした人気のカップリングではなく、マイナーなキャラやカップリングに可能性を見いだす者も居る。


 純粋に見た目が一番好きだから、最初のガチャで出た思い入れあるキャラだから、あるいは大手カップリングでの他のファンと衝突を避けるため……

 理由は人それぞれに、思い入れのあるキャラを溺愛する層が目立たないながらも確かに居るのだ。


 筒次の一押しである「迫アド・ラーメン部」もそうした少数派マイナーカップリングの一つ。きっかけは迫アドFのゲーム内機能である、機兵図鑑で見られる機兵たちのプロフィールだ。


 プロフィールには開発年度(世界観に合わせて「白閃歴」での表記)や機体とキャラの紹介など基本的な情報に加えて、「好きなもの」「嫌いなもの」の欄がある。


 筒次が声をかけた二人のうち熱血少年の方、☆2機兵の山虎の好きなものは「根性のある人、腕立て伏せ、味噌ラーメン」。

 そして迷彩帽の寡黙な金髪少女、☆3機兵のリンガベルの好きなものは「お昼寝、キンモクセイの香り、塩ラーメン」。


 定番キャラと比べれば人気も性能も控えめ、設定的に絡みもない二人のキャラクター。そこに何気なく付加された「ラーメン好き」という設定が、筒次の中の何かをささやかに揺さぶった。


 それからというもの、筒次の迫アドFのプレイスタイルは少し特殊なものになる。

 基本はガチャやイベント報酬で入手した高レア機兵のチームで攻略する。

 しかし、クエストで入手した装備をラーメン部の二人に惜しみ無く与え、二人を含んだ編成でどこまでの強敵を倒せるか、という縛りプレイを始めたのだ。


 ☆3のリンガベルは、スキルこそ悪くはないがパラメータの面で上位レアに劣る。☆2の山虎に至ってはガチャから排出される訳ではなく、通常ステージでドロップするモブ機兵ユニットである。


 迫アドFには一定レベルまで育成した機兵のレアリティと性能を☆ひとつ分上げられる仕様があったが、それでも☆3と☆4。装備での強化を込みにしても、高レア機兵なら易々と倒せる敵を相手に苦戦してしまう。


 そんな逆境かつ得のない縛りプレイを筒次は大いに楽しみ、手塩にかけて二人を育成しては「ラーメン部」のやり取りを妄想した。

 有り体に言えば、迫アドFでの筒次はゲームオタクにしてマイナーカップリングの中毒患者であった。


//////


 ラーメン部の二人を引き連れ、食堂内の人がいない一角に移動した筒次たち。


「ラーメンって人間の世界の料理よね?ここにあるの?」

「食堂のメニューまでは設定にないよ。俺が直接作って、それを食べてもらう」


 答えながら厨房の設備を確認する筒次。


「指揮官さんの特製ラーメンッスか!?考えたこともなかったッス……!」

「あたしのは……塩らーめんがいいな……」


 好物のラーメンを、それも指揮官の手作りを食べられると聞いてラーメン部の二人はごくりと唾を飲む。


「なんでもできる夢の中で、わざわざラーメンを手作り?ツツジ、料理好きだっけ」

「たまに自炊はするけど別に好きって程じゃない。こいつらに手作りのラーメンを食べさせるのが俺の夢なんだよ」

「明晰すればラーメンなんかすぐ出せるのに……ツツジってば物好きね」

「まあ付き合えよ。料理好きじゃないって言ったけど、自分の作った食いもんで喜んで貰うってのは気分がいいんだぜ」

「ま、しょーがないっ。ツツジのそういうところ、最高にヘンテコで面白いもん。協力したげる」

「そう言ってくれると思った。じゃ、いつもの行くぞ」

「あいさーっ☆」


 厨房の確認を終えた筒次がソムニアに右手を差し出す。ソムニアは両手で包むように迎えて、


 互いに目を閉じ、


――厨房の隅、全体の5分の1程度の設備が一瞬にしてラーメン屋台のそれに変貌した。


//////


 ファミリーコンピューター、ちぢめてファミコンを代表する金剛石ダイヤモンド級タイトル「スーパーマリオブラザーズ」。


 全世界売り上げ本数4000万本。世代を越えた知名度を誇る名作だが、その知名度に見合う数々のバグが存在する。

 特に有名なのが「プレイ中に本体の電源を付けたままで本体からカセットを抜き、同じくファミコンの『テニス』のカセットを差し込むと、通常プレイでは到達できない裏ステージが遊べる」というもの。

 言うまでもなくゲームの仕様にない危険な遊び方であり、ファミコンを故障させてしまい泣きをみる者も少なくなかったという。


 二人が起こした現象は、実質的にはそのバグ技と非常に近い。

 既に完成している明晰夢の中でさらに明晰を行い、夢の内容のごく一部だけを強引に差し替える。

 これほどの芸当は人間はもちろん夢魔にとっても相当なイレギュラーである。明晰を多重に成功させることの難易度もあるが、最大の理由として、そもそもこんなことをする意味がないのだ。


 夢とは本来、その日食べたものや聞いた話、悩みの種や近い将来への期待など、脳味噌の中身で闇鍋を作るがごとく不安定な物だ。

 それをわざわざ明晰夢をガチガチに練り込んだ夢世界を作り、あまつさえその完成品に別のパーツを差し込むなど、人間の限界からも夢魔の常識からも外れた行為である。


「かつて遊んだゲーム」という強固で精緻なイメージの設計図テンプレートを有する筒次と、夢魔サキュバスの中でも変わり者を自負するソムニアの遊び心が揃って初めて可能となる、ソムニアに言わせれば「ツツジと私のコンビじゃなきゃ絶対にやらない『裏ワザ級のバグ技本気のおふざけ』」。

 それが二人の奥の手であり、誰にも邪魔されない夢の中での密かな楽しみなのだった。



「うわっ屋台が出たッス!指揮官さんすげーッス!」

「……いい匂い……」


 反応も上々、設備もイメージ通り。筒次は気合を入れ直した。

 ソムニアもなんだかんだと乗り気な様子で、今の明晰のタイミングでワンピースから漆色の割烹着に着替えていた。小柄なソムニアでは少しユニークな印象になるが、和装も案外さまになっている。


「さて、こうしちゃいられん。早速ラーメン作るぞ」

「私もなにか手伝おうか?」

「ラーメンってそんなに分担するような事ないんだよな。出来上がったらテーブルまで持ってってくれ」

「りょーかいっ!」


 手早く指示を出し厨房に向かう。


 既に寸胴鍋にスープは仕込んである。リクエストに答えて、片方は野菜とスパイスそして鶏ガラをじっくり煮込んだ味噌ダレ用スープ、もう片方は鰹と昆布のダシを効かせて隠し味に干し椎茸を合わせた和風の塩スープだ。沸騰させすぎないよう火加減を調節する。


 麺は自分の好みの中太のちぢれ麺と、ベルのような女子が食べやすそうなストレートの細麺を用意した。湯切り用のザルに麺を入れ明晰で作った茹で機にセット。

 なんとなく猫舌がいそうな気がして、茹で時間を短めに設定した。こうすれば食べるのに時間がかかっても麺が伸びるのを防げる。


 麺が茹で上がるまでの間にトッピングを準備しなければ。

 空いているコンロに大小2つの平鍋を置き、モヤシと卵を茹でる。

 まな板と包丁を用意して、醤油と砂糖そして生姜からなるタレに漬け込んだチャーシューを引き上げ、厚すぎず薄すぎない幅に切り分ける。

 大きな冷蔵庫の野菜室から取り出した長ネギを刻み、同じく冷蔵保存していた味噌ラーメン用のバターとコーン、塩ラーメン用の海苔とメンマを取り出して置いておく。盛り付ける前に常温に戻すことで、風味が格段に良くなるからだ。


――身体が軽い。

 自分の夢をコントロールしている筒次は、発想力の続く限りまさに無敵チート

 理想のラーメンを作る為に最適な動きをイメージすればその通りに動ける。

「なんでもできる」の無駄遣いとも言えるが、ゲーマーの筒次にとってはゲームのキャラに会ってゲームのキャラになりきることこそが至上の贅沢だった。


//////


 筒次が先ほど明晰モチーフに使ったゲームは「ラーメン桃源堂」。

 まだスマートフォンが世に出る前、携帯電話ケータイ向けにリリースされたラーメン店経営ゲームアプリである。


 現代のスマホゲームと比べれば使える容量も少なく、メインの操作画面インタフェースも文字主体で携帯のボタンでリモコンのように操作するもので、携帯ゲーム黎明期という情状酌量はあるが率直に言えばチープなゲームだ。

 それでも、コツコツとラーメンを売って稼いだお金で店を発展させる達成感と、自分で味やトッピングを選んでオリジナルのラーメンを作れる当時としては画期的なシステムが中毒性があるとして人気を得た本作は、携帯向けゲームでは異例の8年というロングランを経て、惜しまれつつサービスを終了した。


 ゲームの歴史に地味ながら魅惑的な花を添える料理ゲーの中でも、本作の残した功績と影響力は偉大だ……というのが、老舗ゲームレビューサイトなどで語られる本作の評価となる。



「御馳走様でしたッ!」

「ごちそぅ……さま……でした」


 出来たてのラーメンを思う存分堪能したラーメン部の二人は、かたや激しく、かたや静かに手を合わせた。


「お粗末さまでした。まさに会心の出来、『ラー桃』なら最高評価7ツ星のメニュー間違いなしだな」

「ラーメンってヒトの夢にもよく出るから一度食べてみたかったのよね。こんなにおいしいと癖になっちゃうかも♪」


 ラーメン部に用意した分とは別に、自分達用に作ったラーメンを完食した筒次とソムニア。

 夢での食事は当然起きたら無かったことになるが、明晰の効力もあり味も満腹もしっかり感じられる。四人の表情は、充足感と熱々のラーメンを食べた影響でほのかに上気していた。


「オレ、こんなに美味しいラーメンを食えて幸せッス!オレあんまり強くないかもしれないけど、これからも全力で指揮官さんの力になりたいッス!」

「こんごとも……ヨロシク……すやぁ」


 例え人気でなくとも性能が低くとも、心から大切にした部下からのメッセージに筒次の目頭が熱を帯びる。

 どう返事しようか迷いつつなんとか口を開こうとして、


「あん?おいクソ指揮官、テメェ僕に内緒で美味いもん食ってやがったな!?僕にもよこせやッ!!」

「えっ、何々おいしいもの?みんなー!指揮官がなにかご馳走してくれるってぇ~!」


 不意に食堂に響き渡る怒声と歓声によって、半ば強制的に気分を切り替えざるを得なくなった。


「あー、やっぱこうなったか……よし」


 軽く頭をかき一呼吸。


「ラーメン食いたい奴、全員ここに並べーーッ!」


//////


 一通りラーメンが行き渡り、夕方になってようやく解放された。

 寸胴鍋に並々と蓄えてあったスープも、麺も具材もすっからかん。

 もう数時間したら夕食の時間なのだろう。食堂のスタッフが既に仕込みを始めている。

 勝手にラーメン作り出してすみません、と謝罪するとあっさり許してもらえた。


「だっはー、疲れたぁ!あの二人にだけ食べさせるんじゃなかったの!?」


 結局数時間に渡ってラーメン屋の給仕に付き合わされ、汗を拭いつつグチをこぼすソムニア。こっちにも悪いことしたな、と筒次は思った。


「ごめん。あの場で見つかったら作らないわけにはいかないよなーって思って」

「目的は達成したんだし、あそこで夢を強制終了シャットダウンして逃げちゃえばよかったのに」

「他の奴らも俺のアカウントで頑張ってくれてるわけだし、そんな不義理はイヤだったんだよ。あと、思ったより反応良いからついノリで」

「もぉ~、ツツジはそういうことするー」


 まあでも、と続けるソムニア。


「今夜も楽しかったわ。お疲れ様、ツツジ」

「おやすみ、ソムニア。また今度」


 いつも通りの締めの挨拶。

 言葉を紡ぎきるや否や、二人が座った椅子が溶け、腕を置いたテーブルが溶け、食堂の風景もゆっくりと溶け落ちて、筒次の意識も溶けるように深い眠りに落ちた。


――楽しい明晰夢ゲームは一旦おしまい。

 やがて朝が来れば目を覚まして、そして夜になればまたやってくる。そうしたらまた、二人で新しいゲームを遊ぶのだ


 夢の主とのしばしの別れを済ませ、元通りの灰色の空間を漂いながら、夢魔ソムニアはただ一言、呪文のように呟くのだった。



「おやすみ、ツツジ。良い昼を・・・・――なんちゃって!」

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