#1-A「ラーメン・コンクエスト/七つ星に愛をこめて」(前編)
「とーちゃくっ!……うわ、暑っ!」
「おおっ、いい天気。まあそういう風にイメージしたんだけどな」
ソーダ水を思わせる青い空と薄く伸びる雲。陽射しは白いストローのように真っ直ぐと降り、容赦なく照りつける。
二人の眼前に広がる海も、空の蒼さに負けじと波しぶきを輝かせている。
潮風が吹き抜けて顔を撫でれ、海の匂いすら感じられる。
ゲーマー夏辺筒次と
「久しぶりだけど、うまいこと『明晰《』できたな」
「晴れてるのはいいけど眩しいっ。あと暑い」
「人間はこういうのを『爽やかな夏』って言うんだぜ?」
「嘘だぁ。たまにならいいけど毎日こんなだと絶対具合悪くなるって」
「……ごめん、ちょっと話を盛った。夏はしばらくするとダルい」
「ほら、やっぱり!」
手をかざして日光から視界を守りつつ、筒次は夢の風景を満足げに眺めた。
自分が遊んだゲームを基に、夢の原案を脳内でイメージするのが筒次の担当。そのイメージを夢を通して読み取り、夢魔の能力を駆使して明晰夢の内容を作り替えるのはソムニアの役目となる。
ソムニア曰く「人間と夢魔の合意の上でだけ使える、とっておきの裏ワザ」。それが『明晰』だ。
「それにしてもツツジは凄いよね。こんなにしっかり夢をイメージできるヒト、なかなかいないよ?」
くんくん、と潮の香りを確かめるソムニア。
事実、夢の中では五感の一部が欠けたような違和感を覚える人間は少なくない。感覚刺激を司る脳が、眠っている間に半覚醒して観るのが夢と言われているからある意味それが普通なのだ。
しかし無類のゲーム狂いである筒次には、遊んだゲームのグラフィックや演出から実際の情景を思い浮かべてそこに没頭するという特技があった。
筒次の実家は内陸側にあり、実際に海に行った経験は数回しかなかったが、海が登場するゲームはシューティングからノベルまでごまんとある。ゲームという無数の資料と筒次の
ソムニアは筒次と出会って以来、彼が持っている夢への適正に何度も驚かされている。
「それを言ったらソムニアだって、毎回俺の思った通りに夢造ってくれるし」
「そりゃそうよ。夢魔なんだからヒトの夢を操れるのは当然だわっ」
何でもないことのように言う割には得意顔のソムニア。褒められて嬉しいのだろう。筒次はソムニアのそういう表情を見て自分まで嬉しくなるのを感じた。
「俺にとっては凄いんだよ。流石サキュバス!偉いぞっ」
「そう?私スゴいっ!?」
「スゴいぞソムニア。天才だ」
「ありがとツツジ。ツツジも夢の天才だよ!」
「「天才、イエーイッッ!!」」
筒次より背の低いソムニアが一杯に手を伸ばして、筒次がその高さに合わせて手を出す。ピッタリ息のあったハイタッチがひとつ鳴った。
端から見たらバカとバカなのだが、こうした軽いやりとりが好きな点で二人は気が合った。
「……それで、ここが今日の
「そうそう。『迫戦のアドミラルF』……いわゆるソーシャルゲームってやつだ」
ソムニアは筒次の目の奥に微かに火が付いたのを見て身構えた。一度スイッチが入った筒次は、とにかく話が長い。
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近代ではお馴染みの存在となったスマートフォン向けの基本無料ゲームアプリである。公式のジャンル表記は「メカもるふぉ~ぜRPG」。この手のゲームはとりあえずRPGを付けておけばいいという風潮に従ったと言えよう。
このゲームが誕生した経緯は少々複雑である。「迫アドF」はもともと、マルチメディア展開で人気を博すロボットSF活劇「白閃のアドミラル」のスピンオフ作品なのだ。
遡ること7年前。「白閃のアドミラル」は当時すでに群雄割拠を極めていたロボットSF業界に、アニメ・コミック・ホビーの3メディア同時展開を掲げて殴り込みを始めた。
始めは食傷気味であるとして既存のロボSFマニアから否定的な評価を受けていた本作だが、派手さはないが武骨で機能美を感じさせるメカデザインと、アニメ版で登場する初々しい若者たちが織り成す爽やかな
それから少し遅れて、コミック版のアニメとは真逆のハードな軍事SF路線を往く展開にその筋のマニアの心を掴み、こちらもヒットを上げる。
そして、それぞれのファンの矛先が作中に登場するロボットのプラモデルや登場キャラのフィギュアの大ヒットに繋がる……とまさに現代のサクセスストーリーを駆け上がる大人気作品となった。
最近では、サブカルチャーに詳しくなくても「白アド」の名前は聞いたことがあるという若者は決して少なくない。
また、かつてロボットアニメの勃興期を生きた中年および初老の層にも白アドがきっかけで模型趣味に復帰した人がちらほら現れる……それほどの影響力がある作品だった。
そんな白アドの登場から5年。現在から2年前の春に「迫戦のアドミラル」は登場した。
本編のアニメおよびコミックの完結後も、好評に答える形でその媒体を小説や映画そしてゲームまで拡げ、外伝作品や主人公以外のキャラにスポットを当てたスピンオフなどを展開してきた白アドだったが、迫アドのリリース発表はそれらとは一線を画す雰囲気を持って迎えられた。
それもそのはず、ファンの注目が集まる中で公式から発せられた第一報が「『白アド』に登場する機体を擬人化するマルチメディアプロジェクト」だったのだ 。
各種サブカル誌が特集を組み、ニュースサイトは号外記事を出し、悪質なまとめサイトがそれらを恣意的に引用して煽り、各種SNSは阿鼻叫喚の有り様となった。
メディア展開の第一弾となるWebアニメの放映とプラモデル・フィギュアの日付が正式に確定する頃には
「公式が狂った」
「ヒット作を作って壊す荒神の所業」
「これも帝国の陰謀の一端か」
など、まだ始まってもいないのにネット上のファンを混沌に叩き込んだとして、今でも笑い話のネタにされる異様な光景を呈した。
―――結論から言うと、「迫アド」はウケたし、そして売れた。
もちろん賛否ともに激しい論評が飛び交ったのだが、そもそもロボSFというジャンルが公式の舵取りで大きく路線が変わる事態に見舞われやすいという背景もあり、白アドのファンにもそれらの激動を経験しすっかり慣れきったエリートが数多く存在したことが大きいだろう。
また、キャラデザインに大手萌え系雑誌で活躍するイラストレーター陣と若者向け作品で頻繁に名前が出る実力派メカデザイナーを、Webアニメ版やその後に出たライトノベルの脚本に恋愛ADVで実力を発揮したシナリオライターや気鋭のライトノベル作家などを起用。
話題作りにとどまらずそれぞれの持ち味を活かしたキャラやストーリーを次々に展開した。
(この時の盛り上がりっぷりを指して、総合ディレクターの名字を取って「湖小路無双」などと呼ぶのがファンの通説である)
そういった中身に妥協のないクオリティが古参ファンの一部の琴線に触れ、それ以上にそれまで白アドに興味を示さなかった層からの大量支持を獲得したことで、「迫アド」プロジェクトは名実ともに系列作品として受け入れられたのだった。
さて、その流れを受けて誕生した冒頭のスマホゲーム版「迫アドF」だが、その道のりは平坦ではなかった。
例えば、リリース当初の致命的な不具合の連続と終わらない緊急メンテナンス。
例えば、実装予定キャラのアニメ版からの担当声優が交通事故で入院し急遽差し替えになった「ベクティア騒動」。
例えば、公式のマルチバース概念を知らずに他媒体版との設定の食い違いを糾弾するユーザーが定期的に現れる「いつもの」。
多くの人気作品の宿命には抗えないのか、高まった期待をそのまま負債とする形で迫アドFの道のりは始まる。
始めは一年持たずに終わると囁かれていた本作も、運営の粘り強い努力と広報によって、なんとかファンが離れきる前にゲーム内容を改善することに成功した。
一度軌道に乗ってしまえば、後は魅力的なキャラクターと堅実なコンテンツ配信で売っていくだけのパワーがあるシリーズである。
最初の印象が悪かったのを逆手に取ったか偶然か、迫アドFは
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「……それで、結局どういうゲームなの?」
筒次の説明を適当に聞き流したソムニアは率直な疑問をぶつけた。
「ええと、基本はよくあるガチャで集めたユニットで小隊を組んで……って、その説明じゃわからないか」
「『がちゃ』は見たことあるよ。大当たりして喜んでる夢を見るヒトが最近多いのよね。あれって面白いの?」
「アレはガチャそのものが面白い訳じゃないんだけどな」
夢魔であるソムニアはゲームを遊ばない。
もっと言えば、人間が生活する現実世界に存在する娯楽を、夢の世界にのみ生きる夢魔は直接手にすることが出来ないのだ。
そんな夢魔が人類の叡智に触れる唯一の手段が人間の夢に入りこんで覗き見をすることである。
筒次は所謂「ガチャ商法」を毛嫌いする類のゲーマーではないが、ソムニアの言葉を聞いて苦笑いする他なかった。
「例えばの話なんだけど、『夢で誰かに会いたい!』って人は結構いるだろ?」
「うん、憧れの人とか有名人とか、後は昔お世話になった人に会う夢を観たい、なんてヒトもいたかな」
「ガチャって言うのは、そういう誰かに会えるかもしれない福引きなんだよ」
「んー……?つまり、私みたいな夢魔の仲間?」
「人間の願望を手玉に取る、って意味ならある意味そうかもな」
「ふぅん。わかんないけど、わかった」
ちなみに、以前筒次が明晰で夢の世界にゲーム機とソフト一式を持ち込んでソムニアに遊ばせようとしたことがあるが、
「手しか使わないと退屈。いつもみたいなのがいい」
と冷たくあしらわれてしまった。
その時以来筒次はソムニアにゲームをさせようとはせず、専ら二人での「夢遊び」に熱中するようになった。
「まあ要するに、軍隊の指揮官になって集めた仲間でチームを編成して、敵と戦わせるゲーム、ってとこかな」
「へぇ。自分では戦わないの?」
「プレイヤーはただの人間だからな。仲間たちは人型だけど立派な兵器って設定なのさ」
「なんだかおっかなそう……で、その仲間はどこにいるの?」
「今から会いに行くとこ。ここが波止場だから、向こうの建物にいけば誰かしら居るだろ」
筒次は海に背を向け、施設の集まる区画――迫アドFでプレイヤーが拠点とする港湾基地の一角を指差した。
現在二人がいる波止場から道なりに進むと、資材倉庫のある区画を通って兵舎の正面へ、さらに奥に進めば食堂へ辿りつくルートだ。
「確かに誰かいそうな感じね!でも――」
ちら、と横目で筒次を見るソムニア。
「その格好で『指揮官』なの?」
ぷっ、と吹き出すのをこらえたつもりなのだろうが、明らかに声に笑いを含んでいる。
筒次の今の服装は白いTシャツに七分丈のカーゴパンツというラフな出で立ちをしており、とても指揮官という風には見えない。着ている人間が鍛えられた筋肉の持ち主であれば、逆に海兵や作業員として光景に馴染む格好なのだが、あいにく筒次は中肉中背のインドア人間。
短めの黒髪は爽やかと言えなくもないが、どう見ても冴えない普通の青年であった。
「うっせえ。そういうのは今回はテキトーでいいんだよ。お前だって――」
適当な格好じゃないか、という文句を続けようとした筒次は、しかし言い終えられず全身の動きがフリーズした。
つい一瞬前、筒次が口を開くまでは長袖のTシャツとジーンズ姿だったソムニアが、文字通り筒次が瞬く間に白いノースリーブワンピースと麦わら帽子姿に着替えていたのだ。
これも夢魔の能力――あるいは夢魔の性質と言うべきかもしれない――のひとつだ。現実での肉体を持たない夢魔は、その姿をある程度自在に変えられる。
筒次と初対面を果たした際のソムニアも、灰色のもやのような姿で現れてから現在の少女の姿になった。『サキュバスは理想の女性に化けて現れる』という逸話はこういうことか、と妙に納得した筒次であった。
こうしたソムニアの超常早着替えも筒次には既に何度か見たもので、不意打ちの衝撃はあれども最早いちいち驚く程のものでもなかった。
筒次が絶句した一番の理由は、純白のワンピースを纏い麦わら帽子を被り、海辺に佇みこちらを見つめるソムニアの姿。目も眩む日差しの中で視線を逸らせない程の、この世離れした美しさだ。
風を受けて微かに揺れるワンピースの白さが輝く真珠なら、それに包まれたソムニアの肌の白さはさながら透き通る清水。肩まで露わになった細腕は指の先まで芸術品のような繊細さで空を撫でる。麦わら帽子から覗くセミロングの銀髪は夏の日を浴びて絹糸のごとく艶めき、帽子の
夏の海辺特有の生ぬるい空気の中でさえ
「……どしたのツツジ」
「あっ、いや何でもない」
ようやく我に帰った筒次だが、時既に遅し。
「何でもない、って顔じゃないなぁ~?」
ニヤニヤしながらポーズを決めるソムニア。こいつ全部わかっていやがる。筒次は心の中で毒づいた。
ソムニアは夢魔らしさの一環なのか人をからかうのが好きだ。単純な性格の筒次は特にお気に入りのターゲットのようで、あの手この手で弄り放題の
筒次もやられっぱなしではなく反撃を企てるのだが、たかが人間が夢魔にイタズラで勝とうというのが甘いのか、これまでの戦績は8割対2割でソムニアの圧勝だった。
「うふふー。ツツジはどうして黙っちゃったのかな?ねぇどうして~?」
ソムニアの勝利宣言は止まらない。憎たらしいが可愛く、可愛いからこそ憎たらしい。
「あ゛ぁっ、わかったわかった!ソムニア様があまりに可愛かったので思わず固まってしまいました!!これでいいだろ!?」
「よろしい。ツツジはちゃんと誉めてくれるから好きだよっ」
「言ってろバカサキュバス。ほら、さっさと行くぞ」
「ああっ待ってよツツジ!」
恥ずかしさを振りきって早足で資材倉庫の方へ歩き出す筒次をソムニアが慌てて追う。
少しやりすぎたかな、と反省するソムニアの背を未だ天高い太陽が照らしていた。
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